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第四罪 恐怖の日々

 午後十一時五十分――私立大桜高等学校 正門前。

 結局、俺は深夜の学校に足を運んでいた。なぜかと言えば、言うまでもなく行方不明の生徒たちを探すためだ。半日費やしてもロクな情報が見つからなかったは俺の探し方が悪いのか、はたまた本当に何かの情報規制がなされているからなのか、俺には分からない。しかし俺に全く生徒たちの情報が無いわけではない。その情報はあり得ないルートで入手され、あり得ないほど信用度が薄いけど。

 あの大桜高校の生徒会長の霊。本当に信用して良いのか、それも今の俺にはそれすら判断できなくなっていた。あまりにも情報が少ない、不気味なほどに、不自然なほどに。

 神隠しか、あるいは邪悪な例の仕業か。もしかしたら他の行方不明の生徒たちも俺と同じようにあの霊によってこの学校に誘導されたのかもしれなない。しかし今の俺には康助の元気な姿しか想像できなかった。そんな勇気の足しにもならないような、寂しい心の支えと共に俺は深夜の学校に浮かぶ満月を見上げていた。

「さて、どうやって校庭に侵入したものか」

 ここは昨日、初めてあの生徒会長に会ったところ。あの時はこんなことになるなんて、夢にも、妄想にも思ってなかったな。

 恐怖がないと言ったら嘘になる。深夜の学校と言うだけで妙な雰囲気だし、それこそ受験に失敗して自殺した生徒の霊が出てきてもおかしくない。

 俺が家で小さく決意したその小さな心は既に壊れかけていた。そもそも俺は不登校になるくらい心持が弱いのだ。豆腐の様なメンタルしか持ち合わせていない。こう独りでいると隣に常にいた康助の存在がいつも以上に有り難く感じられるのは、少し恥ずかしく、でも誇らしい事でもあった。

「どうしたものか……」

 俺が校門まで足を鈍らせていると、暗闇の中からギギィ……と何やら擦れた金属音がした。辺りには正門を照らす外灯一つしかなく文字通り真っ暗だ。その闇の中からなにやら足音が聞こえてくる。俺は心臓が口から飛び出るんじゃないかと思う程、鼓動を細かくさせながらその足音に耳を傾けた。

 草木の揺れる音一つしないその静寂の中に心臓の鼓動と足音。しかもその音は徐々に大きくなっている。

ここまで来てやはり引き返そうかと俺の中の豆腐は既にぐちゃぐちゃだった。ついにその足音は聞こえなくなり、元の静寂に戻った。二秒程辺りを見渡そうとすると、次の瞬間、目の前がパッと眩い光に包まれて思わず瞼を閉じた。

「なんだ、大桜の生徒か。全く、驚かせないでくれよ、俺ももう年なんだからさ」

 しわがれた声、怠そうな口調……そんな声が聴こえなくなったかと思うと、また目の前が暗くなって俺は目を開けた。そこには警備服を着たおじさんが懐中電灯を持って立っていた。

「あれ、貴方は……」

「俺か? 俺は夜勤だ。一応この学校の警備員だぜ」

 見たことない顔だったが入学式の時に見た警備員と同じ格好をしていた。俺はいままでの緊張から解き放たれて大きく溜息をした。

「溜息をつきたいのはこっちの方だぜ、ったく」

 面倒臭そうに、頭にかぶった帽子を外した。

「で、なんの用だ、坊主。ここいらはまだ外灯が少なくて危ないって、校長にも言われなかったか? しかもこんな夜遅くに……」

 ふと手元の時間を見るとあと二分ほどで長針と短針がくっついてしまうところだった。

 しかし迂闊だった。今やセキュリティーの厳しい世の中だ。いくら田舎の高校とはいえ、正直に正門から入ろうとすれば警備員の一人や二人いる事を考慮すべきだった。

 俺は必死に言い訳を考えた。しかし妙案が思いつかない、まさか正直に霊に呼ばれてやって来ましたなんて言えば、間違いなく学校には入れさせてもらえない。

 俺が頭を抱えて悩んでいると警備員のおっさんは不審そうに言った。

「坊主、もしかして新入りか?」

 新入り? ……新入生のことか?

「はい、一応……今年から」

 それを聞くと警備員は、はーんと意味深な頷き方をした。

「なんだ、なら早く言ってくれよ、ったく……っつても新入りなら仕方ねぇな、俺は工藤ってもんだ。長い付き合いになると思うからよろしくな」

 急に手を差し出して友好的になった。急な変わり身に怯えながらもその手を握り返した。

「それにしては随分と大物出勤じゃねーか。確か今日の集合は午後八時だったはずだが」

 集合? 八時? それに長い付き合いってどういう意味だろう? 俺は自問自答を試みたが全く答えは出てこなかった。

「あの会長の事だから新入りでも一発目から実践させると思ったんだがな。最近は教育方針を変えたのか? ……まぁ新入りに聞いてもわかんねぇよな!」

 おっさんは俺の話も聞かずに正門を開けた。何が何だかさっぱりだ。やっぱりこれは誘拐か?

「おっと、時間もねえな。早く指定の場所につけよ?」

 一人で混乱しながら校門前で足踏みをしていると、おっさんは妙に納得したように俺の肩を叩いて言った。

「まぁ、気張れや。ここじゃ、一瞬の判断が生死を分ける。間違えるな、お前はお前のために戦うんだ。誰のためでもねぇ、自分自身のために、な」

 意味深な発言ばかりを繰り返すそのおっさんはもうすっかり自分の世界に入っていた。

「あの、何を言って――」

「良いって! 皆まで言うな。身体で覚えていけ……いいな?」

 その妙な自信の籠った声に思わず俺は頷いてしまった。

「よし、その意気だ! 言ってこい!」

 思いっきり背中を叩かれて俺は思わず足を校内に踏み入れていた。振り向くとおっさんは満面の笑みで手を振っている。俺はおっさんの正体も目的も何がなんだかさっぱりだったが、とにかく校内に入れたことにだけは感謝していた。

 手元の時計は既に十二時を指していた。

 ダッシュで校庭に向かった。まだ外は寒くて真っ暗だけど、俺は大切な人を守るために戦う。

 なんてカッコつけられたもこの時までだった。

 俺は見てしまった。この世の終わりを、そして本当の恐怖を。大桜高校の校庭は教室から見えた真っ平らで綺麗な校庭ではなかった。そこには人の形をした血塗れの化け物が校庭一面に広がった血の海からうじゃうじゃ湧き出していた。

 やつらは奇妙な動きをしながらそこら中を徘徊している。

「なっ、なんだ、これ。ウソだろ?」

 化物は人間の形をしているものの皆全裸で、男女の区別がつかない。眼や口などの感覚器官も見当たらなく、顔と思わしき部分は何もない。体の左右に取ってつけられた様な腕や足も普通の人間ではありえない動きをしている。身体に人間の様な凹凸もなく、まるで人間を模した軟体生物だ。

「うっ……」

 それにすごい異臭だ。臭いなんてもんじゃない。ちょっとした生物ならイチコロの激臭だ。とたんに吐き気と頭痛。

 あまりの異臭で足元が覚束なくなってきた。視界も霞んでくる。

「全く、これだからオスはねぇ。行くよ、アルッ!」

「心得た!」

 なんだ……また幻聴か。身体が全く言う事をきかない。

 くそっ、意識が朦朧としてきた。俺は、康助を……助け……。


「……おいおい、こいつ本当に大丈夫なのかぁ? あの程度の雑魚の狂気でやられるとかぁ?」

 ……ここはどこだ。

「おっ目ぇ覚めたか。 コーヒーでも持ってこよか?」

 誰の声だ? ……ここはどこだ?

「真城は狂気感染で気を失った訳じゃない」

 俺か? 俺が、なんだって?

「おいおい、じゃあこいつは貧血かなんかで倒れたってのか? はん、もっと笑いもんだな」

 この声、どっかで聞いたような声だった。

「臭いだな。臭いにやられた」

「鈴木っ!!」

 俺は勢いよく起き上がった。視界には見慣れない光景。俺が倒れていたのは、ソファか?

「会長をつけなさい、会長を」

 それと同時に後頭部に衝撃が走った。

「やっと起きたか、雑魚が」

 その声のする方を見ると、そこにはあの生徒会長が偉そうにいかにもお偉いさんが座る様な豪華な椅子に座っていた。

「起きたか、白雪姫」

 隠れてもない陰口を聞き流して彼女は下等生物を見るかの様に俺と目を合わせた。

「まぁ、客人だ。丁寧にもてなしてやろう、秋山」

「了解」

 俺の後ろから声がしたと思って振り向いたが、そこにはホワイトボードしかなかった。そのホワイトボードには今回の事件で行方不明になった全十三人の名前が書いてあった。

「どうした、真城君? さすがに急な展開すぎて戸惑っているのかな?」

 と高らかに笑う会長。さっきのうちに出た幽霊とはイメージが全く違う。鼻につくやな感じだ。あの人とはまるで――。

「別人の様、と言いたいのでしょう?」

 さっき後ろで聞こえた声の主だ。こいつは初めてみる顔。眼鏡を掛けていてショートボブの女。

「初めまして。私は大桜高校生徒会書記、秋山葵です。以後、お見知りおきを」

 そう言うと俺の手元にコーヒーのカップを置いて部屋の隅に履けていった。そういえばここはどこだろうか。この近代的なデザインからすると学校内であるのはたしかなようだが。

「ここは、オカルト研究会の部室やでぇ、ナツキくん?」

 また声のする方を見るとそこにも知らない人物が壁に寄り掛かっていた。その横の窓からは校庭が見える。あれ、俺なんか忘れてない?

「オカルト研究会顧問の杉島明日香ちゅーもんや、おおきにな」

 聞いて分かる通りその女性は関西弁で話す。すらっとした足でショートパンツを履いている。全体的に黒い服装でシリアスな雰囲気がでている。この学校は教師も美人が多い。彼女は俺と目を合わせると当たり障りのない笑顔をした。

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