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第三罪 不穏な日々

 康助が行方不明になった。

 朝、念のためにと早めに学校に行ったが、いきなり予定とは違う緊急朝会が開かれることとなった。皆、文句を言いつつ講堂に集まった。いつもなら真っ先に俺の元に駆け寄ってくる康助が今日に限って何もしてこなかったのはありがたい事だが、変に調子が狂ったのも確かだった。

 暫くしても康助は講堂に現れなかったが、心配なんて微塵もしていなかった。中学でも遅刻魔で有名だった康助が朝会に遅れるなんて日常茶飯事。高校進学の時も内申点は最高なのに遅刻数で落されかけたらしい。仕方ないので昨日少し仲良くなったクラスメートと喋っていると緊急朝会が始まった。

 最初に校長が出てきて、今回の緊急朝会の理由を聞かされた。それが生徒複数行方不明だった。そして行方不明者が発表されていく中、康助の名が挙がったと言う訳だ。

 始めは俺も何か悪い冗談かと思っていたが、教室で詳しい概要を聞かされた時、確かに康助が行方を眩ました事が確かな事実と分かった。

 そもそも小山康助と言う人物は不良だった。絵にかいたような非行少年で無免許でバイクを走らせて警察に捕まったこともあったし、タバコを吸いながらの登校なんて当たり前だった。酒も飲んでいたし、一部では極道と繋がっているという噂もあったほどだった。しかし先生はあえてそれを黙認していた。

 それは康助が学区内で学力一番だったからに他ならない。

 康助はどうしようもなく、非行人間だったがそれでも誰にも迷惑を掛けず自分の中だけで問題をすべて解決していたからだ。担任にすら迷惑を掛けまいと他中からの強襲も全て仲間うちで片づけ警察にはきちんと事情を話し、学校の悪い噂が広まることもなかった。同じ中学の奴がカツアゲされれば金を二倍にして取り返し、喧嘩が起これば自分は起こしてばっかりのくせに喧嘩両成敗とばかりに、仲直りさせある意味彼は見本となる不良生徒だった。そんな彼がもっとも大切にしていたもの、それは家族だった。常に気を遣い、それこそ心配ごとは一切掛けない、それが小山康助のポリシーだった。

 そんな彼が、親に捜索願を出させるような迷惑ごとなど絶対にかけるはずがなかった。一番あいつを身近で見てきた俺こそ胸を張って言ってやらなくてはならない。

 ホームルーム終了後、康助がどこに行ったか探すことにした。きっとそのうち、「なっちゃーん!」なんて言いながら草むらから出てくるに違いないなんて淡い願いを抱いていた――――あの頃は。

 その日の授業は無くなり、朝会の後すぐ下校になった。が、ただ帰るときは必ず三人以上でと言う条件付きだった。きっと学校側は集団誘拐かなにかと思っているのだろう。

 今回、姿を眩ました生徒は全部で十三人。男子五人、女子八人。共通点は皆が大桜生である事、そして学校周辺に暮らしていること……。

 ふいに昨晩の奇妙な視線の事が思い出された。いや、確証は持てない。とにかく俺は手がかりを集めることにした。

 下校が始まる前、最初に話を聞いたのは同じクラスの姫本さんだった。昨日、康助はずっと姫本さんとメールをしていたようだし、誘拐ならなにか助けを求めるメールをしているかもしれない……と考えていたが詰めがあまかった。姫本さんまで行方を眩ませていたのだ。うちのクラスからは三人が行方不明になっていた。康助、姫本さん、そして桜咲さん。これでは全く手がかりがつかめない。

 そのうちに下校時刻となった。この学校は県内でも有名な高校なので県外からもたくさんの生徒が集まってくる。だから大概の人は電車を利用しているが、この学校の周辺には本当に何もなく駅すら徒歩四十分のところにあるため最寄り駅から貸切バスが出ている。正直、電車組は駅までバスで行けば身の安全は確保できるためそんなに危険視されていなかった。

 逆にとても危険なのは徒歩組だ。その三割ほどは徒歩、もしくは自転車での登校でありその登下校中がもっとも危ないと警察も学校も考えているようだ。

 結局、徒歩組は一斉下校と言う形になり警官五人、教師四人と言う厳重な護衛の元で下校することになった。周りの幼稚園、小学校、中学校といった教育機関も警戒しており、綺麗な国道沿いは閑散としていた。こんな田舎にこんな広い道路はいらないと思ったが今日ばかりは公務員の皆さんに感謝しなくてはならない。

 俺たちはそんな厳重な護衛のなか各家に無事届られた。家に怪我なく着いたが、康助が無事であることを確認するまでは安心して寝ることができない……とにかく情報を。

 俺は家に帰ると新聞、テレビ、ラジオと言った情報機関を目を皿にして探した。やっぱり県内有数の進学校での連続失踪事件は朝の新聞の一面で大きく取り上げられていた。テレビもしかり。特番が組まれて、大々的にニュースになっていた。しかし警察も犯人逮捕に忙しいのか、はたまた何かしらの理由があって隠ぺいしているのか分からないが、詳しい情報は一切伝えていないようだった。そういえば校長もやたら情報漏えいに対して厳しく注意を促していた。これは情報の錯乱を抑えるためなのか、それとも彼らが何か情報規制を?

 その時だった。俺のポケットの携帯がいきなり震えだした。

 電話だ、こんな時に。携帯を取り出して電話に出た。

「はい、もしもし……」

「あっ、なっちゃん! やっと繋がったよぉ」

 この声は桃子さんだ。なぜが電話口で大泣きしている。何を言っているのかさっぱり分からない。どこからか電話を代わるようにと声がして桃子さんの泣き声が遠くなった。するとまた違う男の声がした。

「大丈夫かい、夏希君!?」

 この声にも聞き覚えがある。

「突然電話代わってごめんね、僕だよ。颯馬です」

 桃子さんの婚約者である颯馬さんだ。随分と俺を心配している様子。

「心配しないでください、俺なら無事です」

「本当に大丈夫かい、夏希君? 今、どこに居るの?」

「どこって、家ですが……」

 向こう口で颯馬さんが桃子さんに俺が家に居ることを伝えている。まだ桃子さんは泣いているようだ。

「よかった。それで怪我とか、ないかい?」

「いえ、何も」

「本当だね? 友達が行方不明だからってむやみに探しに行ったりしたらダメだよ?」

 うっ、今まさにしようとしいてた事。先手を打たれた。

「わ、わかってます。それにしても心配し過ぎじゃありませんか? 僕はこの通りピンピンして……」

「ばか野郎っ!!」

 いきなり颯馬さんがあらん限りの声で怒鳴った。耳がジンジンする。

「君って奴はぁ……はぁ……はぁ…………。いや、すまない。僕とした事が冷静さを失ってしまったようだ」

 大丈夫だから、と後ろに向かって話す颯馬さん。

「でも今の君の発言もよくない。いいかい、君の命は京子さんが命がけで産んだものなんだ。それを心配せずになんていられるかよ。君はもう生まれてこないんだぞ? 君は、君しかいないんだ、掛け替えのないない命なんだよ。分かるだろ、危篤になった京子さんから命がけで産まれてきた君なら」

 いつの間にか、颯馬さんも泣いていた。特にこの人の命への執着は簡単に語れる様なものではない。自衛隊で何人もの命が消えていくのを見てきたこの人は。

「だから、君の命は君だけの物じゃないんだよ? いいね、まずは自分第一だからね? あと、桃子、何かある……」

 ブッ……ツーツーツー……。

 ここで唐突に携帯が切れた。画面を見ると電源が切れていた。さっきまで電池あったのに。まぁ、また何かあったら連絡がくるだろう。昔と違って今はいつでも連絡が取りあえるのだから。

 確かに今の状況は芳しくない……しかし命の危機に晒されているという実感は案外感じづらい。

 すると急に辺りが静かになった。テレビが勝手に消えたのもそうだが、さっきから聞こえていたPTAの帰宅放送も聞こえなくなっていた。心なしか窓からの太陽の光も暗くなった気がする。

 時計の秒針が時を刻む音すらしないのだ。自分の吐息がやけに鬱陶しい。まるで時が止まった様な、奇妙な感覚に襲われた。少し怖くなってその場に立ち上がった。取り敢えず、心細いのでテレビを点けよう。

「こんにちは、真城クン?」

 何処からか俺を呼ぶ声がした。気のせいだ! ちょっとこの変な感覚で頭がおかしくなっているだけだ! 女の声なんてどこからも……。

「こんにちは、真城夏希クン」

 俺がテレビをつけようとテレビに近づくと真っ暗な画面の中にはっきりと恐怖でおびえた俺とその後ろに女が一人立っているのが映っていた。俺は反射的に後ろを見た。

「あぁ……うあああっ!!」

 この部屋に誰かいる! なんだ!? 誰だ!? やばい腰が抜けた。

「そんな驚かないでよ……夏希君、ねぇ?」

 どこからか声がするけど、声の主の姿は一向に確認する事ができない。

「くっくるなっ!! やめろぉ! 誰かぁ、助けて!」

「まぁ落ち着いて……ね。私よ、わ・た・し」

「おめぇなんか知らない。だから早くここから消えてくれ!」

 いつの間にか、目の前にどこかで見たことある女性がうちのブレザーを着て正座していた。その距離、約三十センチメートル。

「せ、生徒会長?」

「ご名答!」

 目の前の女性は大桜高校生徒会長鈴木――。

「愛香よ」

 うちの生徒会長が座っていた。でもどうやって家に入ってきた?

「ちょっとは落ち着いたかな、夏希クン?」

「おまっ、お前、どうやってうちに入ってきた!? 確かに鍵も閉めたはず」

 会長はにやりと笑う。あれ、この人こんなに肌白かったっけ?

「それはねぇ、ひ・み・つ!」

「…………」

 呆気にとられた。この鍵の掛かった家に音も立てずに侵入したのも驚きだったがそれ以前に、人の家に不法侵入して、これじゃあただの泥棒だが。なんだこの自信は? どこからそんな自信が湧いてくる?

「まぁ、冗談はこのくらいにして、本題に入りましょう。私もあんまりここに居られないみたいなんでね。ね、キスマーク?」

「あぁ、今のお嬢じゃあ、あともって三分ってとこだろうな」

 またどこからか声がする。今度はどす黒い死を想像させる不吉な声が。もうこの摩訶不思議な、テレビに出たら瞬間移動能力者、はたまた誰にでも見える霊とか言って一時期の話題を持っていける現象を見たあとじゃ、幻聴など聞こえても何も怖くない。

「おい、スゲーじゃねーか、お嬢。こいつ既に俺の声聞こえているみたいだぜ」

「やっぱりね、あの子の予言に違いないはないわ」

 こいつ、幻聴と会話しているってことはこいつにもこの幻聴が聞こえているのか。

「ひっさしぶりの適合者じゃん。もっと喜べよ、お嬢」

「んまぁ、ね。取り敢えず、貴方、昨日手紙読んだ?」

「てがみ? ……あ、校長からの手紙か」

「そーよ。それで読んだの?」

 あの時、ポストから手紙を取り出して、洗濯物を取り込んで……飯食って、風呂入って寝た。よって読んでいないわけだが、それがお前となんの関係が?

「やっぱりね。あんたが昨日、あの手紙を早く読んでくれればこんなことにはならなかったのに!」

 は? 俺の手紙とこいつのこの状況が関係しているのか?

「そうじゃない。今回の学校で起こった連続誘拐事件よ」

 あの事件とあの手紙ってのも納得いかない。どんな接点があるんだろうか。

「んまぁ、それは追々説明していくわ。とにかく私がここで君に伝えなくちゃいけないのは、今夜の夜十二時。大桜高校の校庭に来なさい、ってことだけよ」

「はぁ? お前もお前の言ってることも意味わかんねぇよ」

「おい、お嬢。時間だ、これ以上ここに留まるのは」

「分かっている。真城夏希、必ず来なさい。そうしたらあなたの大切な人も助けることが出来るかも知れない、必ず」

 その言葉を最後に会長は消えた。そこには彼女がいたと言う証拠はひとつも残されていなかった。初めからそこには何もなかったかのようにそこには隙間風が流れるだけだった。

 俺は会長の幻覚を見た後に彼女が言っていた校長からの手紙の封を開けた。しかし中に入っていた手紙は白紙で何も書かれていなかった。

「なんなんだよ、くそっ!」

 俺はただの幻覚を見ていただけなのか……。けどあの幻覚はやけにはっきりしていて、あれを幻覚の一言で済ますのは少しおかしい気がする。本当だったら、今すぐに精神科に行きたいところだが、今外に出るのはリスクが高すぎる。そういえば、テレビはどうなった?

「異常なし……か」

 テレビも電話も携帯も充電すれば十分使うことが出来た。その他家の異常は一つもなかったのだ。おかしいのは俺の頭か、それともこの世界か。とにかく、出来るだけ行方不明者たちの情報を集めなくてはいけない。

 結果から言うと何も分からなかった。康助の家に電話してみたが誰も出ない。康助の携帯もしかり。どこか人気のないところに監禁されていたりとか。どんどん嫌な方に考えてしまう。さっきの会長の幽霊が更に俺を混乱させた。本当なら今すぐに家を飛び出して探しに行きたいが、大の大人が泣いてまで説得しに電話したんだ。約束は守りたい。これは俺を産んで死んだ母のためでもあるんだ。

 日が沈むまで新聞も夕刊もくまなく探したが、捜査は難航しているようだ。何一つ情報を得られていない。テレビも同じことを繰り返すばかりで新しい情報は放送されない。結局、誰も見つからずに夜になった。辺りが暗くなってからずっとネットを探し回っているが、収穫はゼロに等しい。巨大掲示板では変な噂やデマが流され、人々の恐怖心が煽られていた。

 時計を見るといつの間にか二十三時を回っている。

「…………」

――今夜の十二時、大桜高校の校庭に来なさい。

 さっきの会長幽霊の言葉が脳を掠める。もうこれしか。でも外に出てしまうと颯馬さんとの約束が果たせなくなる。

――君の命は君だけの物じゃないんだよ?

 どうすればいいんだよ。なぁ、康助。お前ならどうする?

――そうしたらあなたの大切な人も助けることが出来るかも知れない。

 俺は………。康助、お前に生きるって意味を教えてもらった。絶望の中生きる俺に。今度は俺がお前を助ける番だ。

「こんなに簡単な選択にいつまでも迷う必要はない」

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