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第二十一罪 奴隷の日々

「私は奴隷だった。もうずっと何百年も前の話よ。貧乏な家庭に生まれた。その日を生きていくのがやっとの生活だった。お金も住む所も綺麗な服も無かった……それでも私は家族と一緒にいられるだけで幸せだった。父と母。たった二人の家族だったけど大切な家族だった。……でも両親はそうは思ってなかったみたい」

「ある日、私は狭くて暗い部屋に閉じ込められていた。何が起こっているのか、分からなかった。その部屋には私と同じような身なりをした人がたくさんいた。皆悲しそうな眼をしていたわ。この世界の終わりを見たような目。そんな人達がそこにはぎゅうぎゅうに詰められていた。その部屋が上下に揺れ始めて気づいた。私は売られたんだって。両親に捨てられたんだって」

「当時私は十五歳だった。皮肉にも両親が私を美人に産んでくれたおかげで私は奴隷が売られている市場に入ってすぐに買われたわ。いくらだったか何て憶えてない。でもやけに私を仕入れた売人が笑っていたのを憶えている」

「それはもう、身の擦り切れる思いだった。その家庭は私の育った環境よりもずっと裕福な所だったわ。格差なんて言葉で済まされるものじゃなく、もう天と地の差よ。私は憤慨したわね。こんな社会に、あんな家庭に私を生んでくれた両親様を。

「きっと勘の良いご主人様ならもう気づいていると思うけど、私は女だった。労働力になんてなる訳がない。当時の女の奴隷なんて皆そんな扱いだったと思う」

「……私は只の性の玩具に過ぎなかったのよ。本当に地獄でも生ぬるい様な生活を送ったわ。事を行ってはお腹の子供を殺してまた行っては殺して。一体何人の命を奪ったか、もう考えたくもない。でもそうでもしなくちゃご飯も食べれないような劣悪な環境だったし、私は生きていくために必死でこらえた」

「人間の身に生まれたのに人の生を作っては殺して。神の怒りに触れるのも納得出来るわね」

「私が十八を迎える頃には身体はボロボロ。いつ死んでもおかしくない様な身体だった。何回も死のうと自殺を図ったわ。でも神様はいつだって残酷よ。死にたくても死ねなかった」

「あれは私の十九回目の誕生日。いつも通り祝ってくれる人なんていなくてその日も玩具にされていた。もうそろそろ私の死期が近いことも、これでやっと私は痛みから解放されると、自由になれるとどこかで嬉しがっていた。それでもやっぱり生きていたかった。こんな身体でももしかしたら私に愛を与えてくれる人が居るかも知れない、そうも思っていた。そうしていつか私はこの家から抜け出そうとするようになった」

「色んな計画をたてて、片っ端から実行していった。窓から抜け出すとか買い物に出かけている間に逃げるとか。でもどれもことごとく失敗したわ。それでも私は諦めなかった。人間として生きたかった」

「だから殺したわ。その家族、使用人、ペット。この家庭に関係する全ての人間を殺したよ。今となっては私を玩具扱いした人達だけを殺せばよかったんだけどさ。あの当時の私は憎しみでどうかしていた。殺すには飽き足らず全員の生首をリビングのテーブルに飾って暫く眺めていたのも憶えている。快感だった。私を縛っていたもの全てがこの世から消えたんだもの」

「私はそのまま町に繰り出したわ。この美貌ならそこらの男が拾ってくれると、あそこの環境よりはましになると思っていたわ。……変な自信ね。でも既に時遅しよ、もう死神に足首掴まれていたみたい。そのまま道路で野垂れ死んだわ。その時、やっと気づいた。自由を求めた罰だって」

「それからの事は憶えてないわ。いつの間にか絶望と呼ばれ、神ですら恐怖慄く死神になっていたの。それも結局はカオスって創造神に裁かれて丸くなったけどさ」

「………」

 俺はいつの間にか自転車を止めてフレイの話に聞き入っていた。まだ隣町に入って少ししか進んでいない。

「で、何が言いたいかって言えば、私はそのイカロスって奴と似てんのかもなぁ……ってさ。きっとイカロスも神になりたかったんじゃない。自由になりたかったのよ。本当の自由。何にも縛られることなく生きていきたかった。でも神様はそれすらも罪として私に罰を与えたわ。たかが人間ごときの分際で自由など……ってさ。悔しかった。でもしょうがないじゃん、っていつの間にか自分を納得させていたわ。これも運命なんだって。受け入れるしかないんだって。悲しんでくれるかな、ご主人様?」

「そっか」

 俺は暫く空の青さをずっと眺めていた。この自由奔放そうな死神でも罪に縛られて、運命の中で生きていたんだ。

「お前、元々人間だったんだ」

「うん。ずっと昔の話だけどね。今まで黙っていてごめん」

 その真っ赤に染まった自由の象徴を眺めながら苦しそうに笑った。

「ううん、話してくれてサンキュウな。嬉しかったよ」

 俺は精一杯笑ってやった。

「こんな日に……でも今日だからこそって思ったんだ。前、ビッチ女にご主人様の過去を話している時にさ、もいつか話さなくちゃってさ」

 あれも聞かれていて当然だよな。

「この翼はそんな神に逆らった罪の証、自由と言う名の鎖で縛られた翼なの」

 ふとフレイの方を見るとビー玉の様に透き通った瞳から滴が流れていた。その姿はあまりに可愛くて、愛おしかった

 ……あれ、俺はいつの間にフレイにこんな感情を抱くようになったんだ?

 この隠し様のない感情に俺は戸惑いを隠せなくなった。見た目はほぼ人間だが、本質はそれと全く異なる神だ、死神だぞ? しかも他人には姿すら確認できない化物だ。俺はそんな未確認生物に恋するようになったんだ? でも今、やっと分かった。俺はこの子をこの罪の呪縛から助けてやりたい。それは同じ罪を背負う人間として、一人の男として、だ。惚れた女の涙なんて見たくない。男なんてそんなもんだろ?

 俺はそっと両腕を開いてフレイの身体をそっと包み込んだ。それに合わせてフレイも背中の翼をしまう。こうなってはただのイチャつくカップルだ。他人から見たら俺は誰もいない国道沿いで一人空間を抱いている痛い高校生だが、構うものか。

「う……うう……っ」

 罪で塗れた涙―フレイは俺の胸の中でひと時の涙を流した。


 フレイが泣きやんで俺に頬の赤く上気した笑顔を見せてくれた頃、それに出会った。

「あっ! あの時のお兄ちゃんとお姉ちゃんだ!」

 どこからか聞き覚えのある声がすると振り向くと向こう側の歩道にあのフレイを異様に駄菓子屋に連れて行かせかがっていた少年がこっちを見て手を振っていた。顔には満面の笑み。辺りに少年以外の姿はない。何でこんなところに居る?

「あのガキだ……」

「えっ?」

 フレイが向かいの歩道に視線を向けた時には既に少年は俺達の目の前にいた。

「久しぶりだね、ケチのお兄ちゃん、子供みたいなお姉ちゃん!」

 少年はあの時と全く同じ服装だった。前回はこの幼稚な姿から疑いもしなかったが、フレイが見えると言う事は死神に何か関係する者の可能性が高い。姿、形とはその心を隠す器に過ぎない。俺はグリードと桜咲の一件でそれを嫌になるほど悟ったのだ。

「奇遇だな……ガキ」

 グリードの様にいきなり血が舞う事にもなりかねない。気づかれない様に俺は懐のハンドガンを確認した。本当は使いたくなかったけれど。

「久しぶり……って言ってもまだあれから一週間も経ってないけどさ」

 まだ敵意は感じられない。あの戦い以来、他人に出会う度にこのように警戒するようになってしまった。あまり他人を信用するな、借金取りのセリフだ。

「こんなとこで何やってんだ?」

 なるべく穏便に済ませたい。こちらが敵意を見せなければあちらも何もしてこないか?

 いざとなればそれなりの戦闘は行える。ハンドガンが二丁と手榴弾、フレイに言えば接近戦も行える。あちらがグリードの様な人知を超えた能力を持っていなければ、の話だが。

「何、ってうーん、お散歩かな?」

 少年は怪しい素振りを全く見せない。見た目相応の反応と仕草を行う。

「お兄ちゃん達こそ何しに行くの?」

 あからさまに視線を国道を区切る柵に立て掛けたマウンテンバイクに逸らす。

「……野暮用だ」

 この質問に意味はないだろう。真の理由を答える必要は皆無だ。

「かっこいい自転車だね!」

 と笑顔を振りまく少年。俺にはこいつが人間以外の生物には見えない。しかも初めて出会った時に感じた違和感を全くと言って良い程感じない。何か自分を疑いたくなってきた。こんな子供相手に何やっているんだ。

俺が一人頭を抱えて悶々としていると少年の口からその言葉は聞こえた。

「お兄ちゃん、僕に何か質問でもあるの?」

 その言葉が耳に入るのと同時にまたあの感覚に襲われた。あの初めて会った時に感じた、とてつもない違和感を。

 顔を上げるとそこにはさっきまでとは打って変わって口角を上げ不気味な笑みを溢す少年の姿をした何かが立っていた。既にお見通しってか。

「ああ、そうだった。お前に質問だったな」

 身体中の感覚を研ぎ澄ます。辺りに他の気配はない。

「何かな?」

 また分かりきった事を。

「お前……何者だ?」

 さっきから宙を見つめたまま動かないフレイの耳元で影に戻るように促した。こくりとまるで人型ロボットの様に頷き影の中へ消えていった。少年のそれに対しての反応はなし。

「何それ? 新しい遊びかな?」

 無邪気な表情を浮かべる少年。もう違和感が隠しきれていないぞ。

「とぼけるな。じゃ、なんでお前にはフレイが見えている?」

「フレイってそこのお兄ちゃんが泣かしたお姉ちゃんの事?」

 少年は俺のこの青空のお陰ではっきりと輪郭をだした影を差す。

「もう一度訊く、何者だ?」

「…………」

 長い沈黙が続く。

 ふふ、と子供らしからぬ不敵な笑みを浮かべる少年。

「ここまで……ですかねぇ。真城君?」

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