表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/22

第二罪 始まりの日々

 この学校、私立大桜高等学校は歴史ある由緒正しき学校で偏差値も県でトップクラスの進学校。進学率も他の高校を圧倒している。そんな学校に元々平均以下の偏差値だった俺が入れたのは本当に奇跡だし、きっと授業に付いていくのがやっとだろうと覚悟はしていた。

 たぶん今年入ってきた新入生で最下層は俺だろうと。分かってはいるがあまり認めたくはない。

 だから嫌味な担任とは言ったものの別に目の敵だなんて思わない。そもそも初日から担任を避けていたら学校生活なんて送れたものじゃない。逆にそれくらいの嫌味言ってくれなければこっちだって頑張った甲斐がない。って言うのは負け惜しみなのだろうか?

 さて、担任の自己紹介の後は例にならって生徒の自己紹介。C組は全三十五名、男子十六人、女子十九人と女子が少し多い。まだちょっと気まずい教室で自己紹介は難しいと思うのだが……。

 みんな好きな食べ物、趣味、出身中学なんかを混ぜつつ淡々とこなしていく。男子の中にはギャグなんかを混ぜる奴もいたが、こんな空気の中じゃ苦笑いしかできない。みんな同じような自己紹介なので個人として印象に残ったのもなかった。

 その中で俺が少し気になったのが桜咲光(さくらざきひかる)と言う女子生徒だった。物静かそうな感じで、どっかに私に近寄らないでオーラを発していた。長く真っ直ぐな黒髪を両脇で結んで垂らす、ツインテール。どちらかと言えば綺麗と言うより可愛い寄りの顔だち、つまりは年齢からしたら幼い童顔。

 自己紹介もイメージ通りで小さい声で弱々しく名前と、出身中学と好きな作家とか言っていたのかも知れない。俺の知らない作家だったが。なにせみんな同じような自己紹介だから記憶が曖昧。席は俺の右斜め前。

 別に彼女が俺の好きなタイプだったとかではなく、純粋にその子が脳に残ったって感じだった。

 そして自ずとケツ番になった俺は、一般的な自己紹介をすました。しかし男で「夏希」と言う名前は案外目立つのだ。これでも第一印象としてはいい方のはず……好印象を与えるのは難しい。全員が自己紹介を終えると課題を提出、明日の予定を聞かされて解散となった。すると真っ先に康助がクラス一番のバカの席に鼻息荒く駆け寄ってきた。

「なぁ、あの姫本って奴、めちゃくちゃ可愛かったなぁ。もう男子の中でうちのマドンナってきまったぞ!」

 今日配られた書類やら教科書を鞄にしまいながら生返事をした。

「そもそも、既にうちの男子と打ち解けているのが凄いよ。さすがだな」

「んなことどうでも良いだろ? それよりあの姫本ってやつ、なっちゃんはどう思う?」

 どうでもよくない。初日の友達作りもこれからの学校生活を大きく左右する一つの要因だ。ここはひとつ笑顔を振りまきつつ皆にメールアドレスを聞きつつ交友を深めよう。その姫本って奴からも一応メアド貰っておくか。女好きの康助がここまで言うのも珍しいからな――――。

「なんてしているうちに、すっかり夕方になっちまったわけだが」

 既に空は夕日で真っ赤に染まっている。窓から見える夕日、それはもう格別だった。

「綺麗な夕日だな」

 ほぼ全員のメアドを確認すると、自分の席に座ってポツリと溢した。

「ん? んまぁ、そうだな。ここらへんデカいビルとかないし、景色だけはいいな」

 康助はさっきから頻りに携帯をいじっていた。何でも姫本さんと早速メールしているらしい。

 今頃、姫本さんはうちの男子への返信で大忙しだろう。

「そのおかげでここらへん何も無いけどな!」

 さて、と席から立ち上がり、鞄を持った。

「ほら康助、いい加減帰るぞ。今日の晩飯買いにいかないと。タイムセール過ぎちまう」

 康助はやっと席から立ち上がり携帯をポケットにしまった。

「ったく……おめーは主婦かっての!」

「うっせ」

 教室をでて入り口に設置された訳の分からん機械に身分証明書をかざした。ピッと機械音がなる。

「なっちゃん、なんだよそれ?」

 また携帯をいじっている。姫本さん、返信返すの早いな

「康助、お前聞いてなかったのか? ったく、これは……」

「生徒管理システム、通称SCSだ」

「そう、SCS……って、えっ?」

 聞きなれない声に振り向くとそこにはいつの間にか生徒会長、鈴木愛香が立っていた。その凛々しい顔だちからは何も窺えない。

「君がそこの端末に身分証明書をかざさないと、中の掃除が始まらないのだが」

「すっすいません……」

 康助は迫力に負けて直ぐに端末に証明書をかざした。するとどこからともなくアナウンスが聞こえ始めた。いくら生徒会長とは言え女子相手に慌てるなんて、康助らしくない。

『イチノC セイトキタク カクニン セイソウ ハジメマスカ?』

「始めてくれ」

『リョウカイシマシタ セイソウシュウリョウマデ ノコリ ニジップン』

 急に教室のドアが独りでに閉まった。同時に中から何かブラシで床を擦る様な音が聞こえてくる。

「分かったか、小山康助クン?」

 生徒会長のその笑みは何か別の意味が込められている様な不気味なものだった。

「ありがとうございます、生徒会長さん。いくぞ、夏希」

 康助はそそくさと階段を下りて行った。俺は会長に礼だけして康助を追いかけた。

「……ふふっ。さて君はどんな罪を抱えているのかな?」


 もう辺りは陰り、星々が夜空を彩っていた。この辺は大きな歓楽街もないため星がプラネタリウム並みに見える。夏に見える天の川。最高に綺麗だ。

 結局俺は、帰り道に康助会うことは出来なかった。そんな生徒会長相手に慌てる必要ないのに。

 辺りには十メートルおきに設置された街灯しかなく女性が一人で歩いていたら危険極まりない行為と言える場所だ。しかしこの道が贔屓しているスーパーとうちを一直線で繋ぐ一番の近道なのだ。この道を迂回すると倍近くの時間が掛かってしまう。いくら俺が男とはいえ、地元のヤンキーにカツアゲなんかされたら堪ったものじゃない。なるべく急いで帰ろう。

 結局無事に家に着く事ができた。門を潜り横のポストを確認する。広告ばっかりの中に俺宛の手紙が紛れ込んでいた。差出人は大桜高校校長となっている。まさかあまりの入試の悪さにいきなり退学処分なん事は、ないか。

 最近物騒な事件も多い事もあって俺は直ぐに家の中に入ろうとした。いくら家の前だからと言ってもどこに危険が潜んでいるか分かったものじゃない。

 鞄から家の鍵を取り出そうとしたとき、後ろに視線を感じた。俺は瞬時に振り向いたが

「…………」

 そこには誰もいなかった。気のせいだろうか。俺は二度、辺りに誰も居ないことを確認して家に入った。

 今日、家にはいつも晩飯を作ってくれる桃子さんもいない。両親も兄弟も居ない俺はよってこの家に今一人で居ることになる。それにしてもこの家は二人暮らしには広すぎる。

 今こそ三階建ての家は珍しくないが、俺が小学生だった頃は友達そろって金持ちだと言われたものだった。この辺りは未開拓地でちょっと前までは近所のお隣さんすらいなかった。確かにうちは少し裕福かもしれないが、それでも母がいる友達を羨ましがったものだ。

 母を知らないと言う苦しみは皆にはきっと理解してもらえないだろう。ずっと父と二人でこのだだっ広い家で生活してきて、母への憧れは確固たるものとなった。そのうち俺が大きくなって、そして親父の会社もデカくなって――。

 なんて。過去を振り返るなんて、性にあわない。飯食う前に洗濯物取り込まなくちゃいけない。

 階段を登って最上階にあるテラスにやってきた。こんなにテラスは広いのに干されているのは二人分の洗濯物だけ。スペースの無駄遣いも良いところだ。はやく取り込まないと。いくら春とは言えまだ日が沈めば寒い。風が冷たくて、でもやっぱりここからの夜空は最高に綺麗だ。この家で唯一の自慢できるポイントだから。

 暫く寒さも忘れて星を眺めているとまた下の方から視線を感じた。視線を感じた方を見ると、でもやっぱりそこには誰も居ないのだ。また気のせいか? 

 いや、さっきと全く同じ場所から視線を感じたのだ。何だこれ、気味悪いな……早く部屋に戻ろう。

 早々に洗濯物を取り込んで、リビングでテレビを見ながらさっきスーパーで買ってきた惣菜と冷たい白米で寂しい晩飯を済ませた。料理はこんな生活をしているだけあってそれなりに出来るようになったが、今日は入学式やなんやらで気を使ってしまい変に疲れてしまった。惣菜だと栄養が偏るって桃子さんに怒られそうだが、この際仕方ない。勉強もそこそこやって今日は早めに寝よう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ