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第十六罪 終焉への日々

 渡り廊下だった。第二体育館に繋がる渡り廊下。そこに俺は倒れていた。周りを見渡すと会長、秋山先輩、クラン、倒れた宮戸先輩がいた。今日ばかりはここから見える景色は綺麗とは言えない。

「起きたか……取り敢えずは大丈夫そうだな」

 会長は相変わらず冷酷な口調だったがどこに痛みを隠す様な感じがあった。

「私の再生能力もあまり効きませんね」

「私の力不足です……ごめんなさい」

 リンと秋山先輩は宮戸先輩をずっと看病していた。

「ありゃあ、エニグマじゃねーからな……傷の再生能力がだいぶ遅れている」

 会長の死神は俺達に付きつけるように言い放った。

「しかも元々、リンの再生能力は無機物にしか効かないからな。しかし、これはまずいな……ぐっ!」

 会長の脇腹辺りが赤く染まっていた。あの死神の言っていた再生能力が機能していない。

「確かに……イレギュラーが多すぎるわね」

 クランはもう完全に崩壊してしまった体育館への道を見下ろしながら言った。

「…………」

 俺に痛みは無かった。目立った外傷もなく、まだ無傷でいられている。

「どうする? 今は落ち着いているから良いもののまた暴れだしたら、全滅は避けられないぞ」

 宮戸先輩の死神は心配そうに一向に意識を取り戻さない先輩を見つめていた。既に皆満身創痍だ。時間は午前二時半。

「お困りの様で……」

 どこからか声が聞こえたかと思うと急に辺りが光に包まれた。俺が目を開くとそこにはあの死神、ノルンが立っていた。

「……借金取りのノルンか。久しいな」

「ええ、お久しぶりです、キスマークさん。とそちらの真城様以外はお初にかかります。借金取りのノルンと申します。お見知りおきを」

「その……借金取りが我々に何の様だ。見ての通り我々は今、ガキの面倒を見ている暇はないのだが」

 さすが会長。初対面でもこの冷静さ、あの秋山先輩でも突然の出来事に動揺を隠せないのに。

「いえ、今回の不祥事についてのお話をさせて頂こうかと思いまして」

「はぁ? 不祥事だと? これはてめぇのミスってか!? どう責任とってくれんだ? 先輩も意識もどんねぇし、あたし等の傷も一向に治んないんですけど?」

 ここぞとばかりに立てまくるクラン。絶対、お前元ヤンキーだろ?

「すいません、こればっかりは私一人の力ではどうにも出来ませんでした。……フレイの協力なしでは、ここに来ることもままならなかったでしょう。」

 フレイの協力? そう言えばさっきから姿が見当たらない。影にも居ないようだし。

「今、フレイがグリードの暴走を止めている間に罪人システムの復旧に全力を注いでいます」

 珍しくノルンが弱気だ。あの時と同じノルンとは別人の様。それは死神が突然出てきても全く動じないこの二人組のせいなのだろうか。

「それは……どういう事ですか?」

 秋山先輩が冷静に質問する。この人が居なければ今頃殴り合いになっていただろう。

「ええ、私もそのつもりできました。では、お話させていただきます」

 死神ともども俺らはノルンの言葉に耳を傾けた。それはこの状況が死神でも意図していない物であるという事だった。

 まず、あのエニグマではない女の子の姿をした化物について。あれは人間の欲の具現化した化物の一体、グリードだという。本来は神界で厳重に管理されるものの筈だが、何者かの策略によって人間界に転送させられていたらしい。グリードの暴走によって、罪人の命を身の保証する通称罪人システムが故障してしまい、命の変換、傷の再生能力が間に合わなくなっている。そのため宮戸先輩は命は失っているが、まだ死んではいないという不安定な状況にあるという事だった。

 二つ目はフレイについて。彼女は死神のルールを破って一線を越えた手助けをしているらしい。彼女が今、グリードの暴走を止めている……らしい。そのため姿が見当たらないと言う訳だ。でもフレイの力を持ってもあと持っても三十分。その間に急ピッチで罪人システムの復旧に取り組んでいるらしい。そんな事もあるのか……。

 一通りノルンから今の状況について説明を受けると会長は急に笑い出した。

「これはチャンスじゃないか……。望んでもない大チャンスだ!」

 何を言っているのだろうか、この人? どう考えても最悪の状況だ。

「ですよねぇ……行きましょう、グリードのところへ!」

 クランもその会長の言葉を聞くとにやりと笑ってハンマーを持ちあげた。

「貴方達、私の話聞いてましたか?」

 会長達の奇行に戸惑いを隠せないノルン。

「ああ、聞いていたさ。耳の穴、かっぽじって聞いていた! だからこそ我々は戦う! そうだろう……真城?」

 会長は俺にきつく微笑みかけた。会長の意図はよく分からないが、会長のその言葉は俺の迷いの雲を吹き飛ばすには十分だった。

「もちろんです、会長! どこまでもついていきます!」

 キスマークが日本刀に変わると会長はそれを腰の空っぽだった鞘に納めた。

「秋山、お前はここで宮戸の看病を頼む。なるべく早く起こしてやれよ?」

「了解しました」

 ちょっと、とノルンはなお戦場に向かおうとする俺達を止めるが、そんな声は聞こえない!

「早く行きましょう! フレイが待っています!」

「行くぞ、ここからだッ!」

 俺達は今までの疲れを諸共せずに嬉々とフレイの元に向かった。

「何なんですか、あの人たちは」

「ふふっ、死神さんには分からないでしょうね。人を守ろうとする人の本当の力を……」


 あの日、化物がうじゃうじゃと湧き出ていた大グラウンドは今は静寂を守っていた。見渡す限り動くものは俺達三人しかない。この校庭の周囲にはほぼすべてのメンバーが集まって銃器を構えている。まだ現れる様子の無い事を確認して俺は深呼吸をした。

「真城、お前のあの言葉。あの時、私は思わず笑ってしまったが、本当は泣くほど嬉しかった。あんな罪を犯した私ですらもお前は、受け入れてくれるんだな」

 今は深夜三時。会長の今の人格は冷酷な事極まりないが、どこかに昼間の会長が居るような気がした。口調は相変わらずだけど。

「…………」

「私は妹を殺して、それすら忘れてのうのうと生きてきた罪深き罪人だ。でもここに来て、この学校で皆に出会って、一緒に戦場を潜り抜けられた事を嬉しくも思っている。罪に感謝している……と言うのは不謹慎だが、まさにその通りだと思う」

「それはどういう意味……ですか」

 会長は夜空に浮かぶ満月を見上げながら言った。

「罪もそれを作り出す、人間も全ては否定できないって事さ。確かに人は過ちを犯す、罪を償う……このループを繰り返して歴史を刻んできた。罪を犯すのは間違いだ。罪はどこまで問い詰めてもやっぱり罪なのだから。でもそれは全て否定できるものなのかな?」

 会長は俺に向かって歯を見せて最大の笑顔を見せてくれた。

「私は……この二年間、妹を殺した罪で罪人と言う立場になって色んな人と出会った。皆一様にそれなりの罪を抱えて生きている。その罪を償うためのいくつもの命を失ってきた、らしい。なんせ存在自体が消えた人の事など覚えていないからな。その重圧で私自身、自殺の何回考えた事か。でも今、私はここに居る。罪を死神に返しきらないと死なないのもあるし、それは罪を償うために居るのもそうだが、今の私はそうは思わない」

 俺はゆっくりとグラウンドを見渡した。木の影やら野球部のホームに隠れている奴もいる。辺りに不穏な空気が流れ始めた。黒い雲が月を隠す。

「人間は罪を犯しながら、それでも前に進もうとするものだと私は思う。過ちを繰り返してそれでも生きてそれを償ってまた生きていこうとする、立派な生き物だよ。君も罪を償うため、そしてそれを乗り越えて前に進むためにここに居るんだろう? それでいいじゃないか」

 そうか、これが秋山先輩が言っていた……。

「私達は確実に前を見て歩いているさ、振り向いたらも罪しかなくても前に進もう、一緒にな」

 ああ……。母さん、俺は今まで何をしてきたんだろう。いつまでも母さんを俺の誕生のせいで殺してしまったと俺は痛みを……背負い過ぎていた。そんな事、母さんだって望んじゃいないのにね。俺もそろそろ歩き始めるよ、前見て確実に。

「くるぞっッ!! 全員、構え!」

 高らかに叫ぶクラン。その目には前が映る。

「さぁ、進もう。罪の屍を越えて!」

「はいっ!」

 最後の戦いが始まった。

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