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第十四罪 神と日々

 それから第二体育館で大規模なミーティングが行われた。今回の発生エニグマはたったの一体らしい。この情報は鳳凰院の死神が持つ能力で間違いない。簡単に終わるかと思いきやその出現する一体が相当強力な化物。そのため武器庫から大量の銃器や罠が運び出されていた。既に体育館内には百以上のステルス地雷が設置され、戦場さながらだ。こっちの戦力はざっと五十人。この人数の罪人と死神を見ると迫力満点だ。これなら結構人気のお化け屋敷が出来るぞ。今まで人間だと勘違いした死神はフレイとノルンくらいだ。後は皆まるっきし化物。

 今回は普段出動しない会長まででるらしい。これは期待できる。あの銃の腕前なら百人力だ。

「今回の目的は勿論、エニグマの柱を回収すること。皆……死ぬなよ?」

 会長からの激励の後、各メンバーはそれぞれの持ち場に戻った。学校と言う日常に重火器やらライフルが設置されているという状況は何回見ても慣れない物だ。

 俺は会長率いる強襲部隊に所属になった。本当に大丈夫か俺?


「さっき会長が言っていた柱って何?」

 まだ午後十時。エニグマ出現時間まで時間がある。俺はケータリングを取りにある少女と食堂に向かっていた。

「はぁ、あんた何も知らないのね?」

 こいつはクラン。あの夜、部室に壁を壊して棺桶を持ってきた少女だ。見た目は完全に欧米人、白人だ。何でかんでも破壊することから、皆からは「粉砕女王」なんて呼ばれている。背中に通り名に恥じないほど大きなハンマーを背負って肩こらないのだろうか。

「柱ってのは、あのキモい化物達から取れる魂みたいなもんよ。それを自分の死神に喰わせることで罪を償ったってことになるわけさ。ドゥーユーアンダスタン?」

 こいつは見た目外人のくせにめちゃくちゃ日本語がうまい。でもこいつが喋る英語はなんかムカつく。何故かな、まぁこんなんでも先輩なんだが。

「あれ、そういえばクラン、死神は?」

「一応、クラン先輩ね? 私はそういうの気にしないからいいけど」

「……クラン先輩、貴方様の死神はどこに居らっしゃるんでしょうか?」

 はぁと大きなため息をつく。こっちの方がイラつく!

「さっきから私の後ろの居るじゃない?」

「えっ……」

 クランの後ろには誰も居ない。

「誰も居ないけど?」

 また大きなため息。

「もういい……ジャック、来て」

 ため息交じりにそう言うと何処からか死神らしき声が聞こえる。

「へ~い」

 するとクランの背中に背負ってあったハンマーがぐにゃりと形を変えて死神に変わった。その死神はガリガリで人間でいう骸骨レベルだ。一応ボロ布みたいな服は身に纏っているが。

「分かった?」

 クランはそういうとまた死神をハンマーに戻した。俺は横を黙って歩くフレイを見た。

「お前、あれ出来るの?」

「…………」

 黙ったままだ。徐々に顔が青くなっていく。

「おい、何とか言えよ」

「忘れてた……」

「またかよ! さっきもあれほど言ったのに!」

 俺は立ち止まってフレイに説教する。

「おい、先行っているからなぁ」

 クランとその死神は先に行った。

「フレイ、お前とは一回きちんと話さなくちゃいけないと思っていたんだ!」

「私だって、一回ご主人様とはしっかり話さなくちゃと思っていたところだもん!」

「ほう。だったらお前から先に言えよ! ほら、早く!」

「えっ! えと、うーんと……えーっと」

「……本当はないんじゃねーのか? あん?」

 ここはどすを効かせる。不良の相手の優位に立つ方法その一だ……一までしかないけど。

「えーそう! 私をエロい目で見るのは止めてください!」

「はぁ、べっ別にみてねぇし! 何勘違いしてんだ、この自意識過剰女っ!」

「はぁ? 嘘つけ! 見てたじゃん! 昨日のお風呂とか、私の裸見たい放題だからっていやらしい目で! はっきりと!」

「見てねぇよ! 誰も死神の裸なんて見たくないですぅ! 胸元にほくろがあるとか別に知りません~」

「ほら、見てんじゃん! 知ってんじゃん! しかも胸元って……きゃああああ!」

「ちげぇよ! たまたま視界に入っちゃったんだよ! 別に他意はねぇ!」

「ありまくりじゃん! 変態!」

「そんな事言うけどな、お前だって俺の裸に興味深々だったじゃねーか! じろじろ俺の身体、舐めまわす様に見てたじゃねーか!」

「だって人間の男の裸見るの初めてだったんだもん! いいじゃんそれくらい! 減るもんじゃないし!」

「うっせぇ! こっちの気が滅入るんだよ! 俺をエロい目で見るのは止めてください~!」

「それはこっちのセリフよ! 何でこんなご主人様がご主人様なわけぇ!?」

「もう意味わからねぇよ! ってか死神は別に風呂入んなくても良いんだろ!? 入ってくんなや! ただでさえ狭い風呂なのに!」

「お風呂はレディの嗜みでしょ!? 私みたいな美女が風呂に入るのは当然なの!」

「なーにがレディじゃボケ! 昨日お前俺の隣で寝てる時、普通に服ん中手入れてケツぼりぼり直接、掻いてたじゃねーか!」

「なっ! そんなところまで見てたの!? ……サイテー。そうやって夜這いする気だったんでしょ!? 私の貞操の危機だわ! 助けてぇぇ!」

「んな事するかぁああぁあ!」

「うるっさいっッ!!」

 俺らが不毛な喧嘩をしていると廊下の向こうから聞いた事のない怒声がした。

「すっすいません……」

「ったく、お宅らの喧嘩。食堂まで響いていますよ!?」

「マジでか……」

 フレイがそれを聞いて本気で落ち込んだ。ざまぁないな。

「そこの夜這い趣味のお二人さん、早く食っちまわないとなくなるぞー?」

 また違う人が向こうの食堂から出てきて言った。そこまで聞こえていたとは。

「夜這い趣味って」

 暫くの間、俺とフレイはその場に茫然と立ち尽くしていた。


 結局俺とフレイは傷の舐め合いの様な反省会をして、食堂に行った。ケータリングとは聞こえは良いが、ただの食堂のおばちゃんが作ってくれたカレーやらうどんが食べれるだけだ。そんなに豪華な物じゃない。と言ってもこんな夜中に食事を作っくれるだけ、ありがたいと言うものだ。

 俺がおばちゃんからカレーを受け取ると

「貴方が今回の新人さん? 頑張ってUFO呼んでね? おばちゃん、楽しみにしているから!」

 なんて言って可愛らしい笑顔を見せてくれた。ここではそういう事になっているのか。よく食堂のおばちゃんも協力してくれるものだ。ここ数年やっていてもきっとUFOは一回も姿すら見せた事がないだろうに。このおばちゃん達の努力はいつ報われるのか、多分一生ない。

「あの、ビッチ女……相当な罪を抱えているわね」

「ん?」

 俺が食堂に隣接しているデッキ席でカレーを食べているとさっきまで影で泣いていたフレイがおもむろに出てきてぼそりと言った。

「あの罪の大きさじゃあ、相当な償いをしないと返済は難しいと思うわ」

 フレイは少し悲しそうに言った。月明かりが俺達を映し出す。死神には影がない。それは元々、地球上には居ない物体だから……らしい。この世界の物体に干渉、つまりは物に触れることも触れないのも死神の意志の自由。だから既存の武器なんかじゃ、死神は殺せない。

「それは……そうだろうな。自分の妹を殺したんだから」

 こんな簡単に言っているが人殺しは立派な犯罪であり、時によってはその命を持って償わなくてはいけないこともある。

「人間は不幸な生き物だわ」

 急にシリアスになったフレイ。こいつにこう言う場面はつくづく似合わないと思う。さっきの雰囲気とギャップがあり過ぎだろう!

「どうした、急に?」

「だって人が人を裁いてこの世界の均衡は保たれているのよ。法律とか、条約とかそんな言葉遊びで自分たちを縛って……」

 俺はカレーを食べる手を止めた。確かに人間の過去を学んでいると何とか条約とそんなんばっかりだ。

「だって、もしルールがなかったらこの世界は終わりだぜ? 犯罪が蔓延る最低な世界になっちまう。それこそ他人なんてお構いなしに皆、自分の欲を満たそうと殺しだって……」

「そこにあるわね、神と人間の違いは」

 フレイは言う、神と人の差を。俺達、人間にとっては人間と神の違いなんてあり過ぎて言葉にするまでないが……。

「神は確かにこの世界を創造し、命と言う未だ人間には作れない未知の力を生み出した。だから人間はそんな神々を崇め、奉る。でもそれは人間も同じことで、例え人が神から生まれた存在だとしても既にその技術は創造神と同じくらいの力を持っている」

 創造神、本当にそんな奴が居るのだろうか? でも目の前にそれと何ら変わりのない、死神が存在しているのだ。否定はできない。

「人間は一瞬で地球を破壊できるほどの核を作ったし、その技術は多分、そこらの破壊神より実は力がある。実は神って作る事は出来るけど破壊って向いてないのよねぇ」

「よく言うぜ、自分達だって人間の生を破壊する存在じゃねぇか」

 ふっ、と笑って見せるフレイ。

「確かにね……ご主人様の言う通りだわ。そういう意味じゃ人間も同じ様に人間殺すし、同じじゃない? それこそあのビッチ女の様にね……でも神には人にはある決定的な物がない」

「…………」

「欲ね。罪なんて事故じゃない限り、ほとんど原因はそこにある。元々、あのエニグマとかいう化物達も人間の欲から出来た物だしね」

「そう、なのか……」

 今学校に居る生徒はそれぞれ罪を抱えている。それは自分の欲からきた罪なのかもしれないし、事故で出来た罪なのかもしれない。それの大小に関わらず結局は皆、欲に駆られて生きているんだ。今は、罪から逃れたいという欲がそれを満たそうとしている。

「人間は欲の中で生きている、なんて言うつもりはないけれど、少なくともその欲ってのが人を動かす第一の原動って事に間違いはないわね」

 ……確かに。情けないことに俺もそれを否定できない。俺もその欲に駆られて生きている人間の一人だから。でもそれってあまりに悲しすぎる現実だ。欲が人間を動かしているなんて。

「でも、その欲によって高々一生物に過ぎない猿がここまで発展出来たんだもの。……皮肉な物ね、欲によって進化出来たなんて。しかもその欲によって罪を自ら作り出し、その罪を死を持って償うなんて、本末転倒も良いところだわ」

 やはり死神は本物だ。いままで人間が歩んできた欲と罪の道のりを知っている。この道は果たして正しかったのか?

「そんな事は誰にも分からないわ。例え人を作り上げた創造神でもね。きっと人間はこんなン道は求めていなかったでしょう。でもこの道は人間達が自分たちで選んできた道よ、後戻りは出来ない。この道が罪を生み出す道だとしても人間はこの道を歩み続けなくてはいけないの。それが運命……なのかもね」

「運命……」

 その言葉が強く胸に刺さった。避けられない運命……人間がそれに抗う事は許されないのか? それこそがいままで人間が作り出した罪なのか……?

「人は運命には逆らえない……当たり前だけど忘れちゃう。人間はいつも運命に逆らって生きている。だから神に死を与えられた。神は怖かったのよ。いつの日か人間が運命をも変えてしまう存在になってしまう事が。だから人間は運命を変えれない。いえ、変えられない様に出来ている。それは死神も同じなんだけどね」

 フレイは夜空に煌々と浮かぶ月を見つめて動かなくなった。

「まぁ……あんまり深く考えない事ね、ご主人様。決心の揺らぎは戦場では命取りよ? 今はこれからの戦いに備えて精をつけるべき」

「ああ……分かっている」

 皆が食堂から引き揚げ始めた。さて、俺らもそろそろ行かなくちゃ。

 俺が立ち上がるとフレイは物静かに月を見ていた。寂しそうに、でも少し嬉しそうに。

「もしかしたら……」

「えっ?」

 俺はいそいでカレーを口に入れた。美味いからもっと味わって食べたかったんだが、もう時間がない。

「もしかしたら、ご主人様ならこの罪の輪廻を……断ち切る事が出来るかもしれないわね……」

「…………」

 その時の俺には、フレイの言葉の意味が分からなかった。でもフレイが一人嬉しそうに笑っていたのをはっきりと覚えている。

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