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第十三罪 過去と日々

 辺りは暗くなり、午後八時。

 俺はなけなしの金で購買で買った晩飯を片手に夜の校庭を部室棟、屋上から見ていた。

 月が綺麗だ。真ん丸で今日は満月かな? 風が心地よい。運動部が使うシャワールームを借りて汚れまくった身体を洗ったので気持ちいい。とてもこれから死と隣り合わせの戦闘がここで行われるなんて思えない。本当に静かで、落ち着いている。

「あっ、ここに居たの」

 後ろから会長の声がする。屋上に二人きり。さっきからずっと二人きりだったけど改めてこうしてなるとなんだか恥ずかしいものがある。

 会長は俺の横に来てそのまま校庭を背に手すりに寄り掛かりながら座った。カコッと缶を開ける良い音がした。

「飲む?」

 会長は下から俺に缶を差しだした。アイスココアだった。

「どもです」

 俺はお礼を言ってココアを受け取り早速、蓋を開けた。

 カコッ。

 喉を通るココア……運動の後の甘味は最高に美味い。

「ねぇ、真城君、一つ聞いていい?」

 会長は静かに言った。

「なんでしょう?」

 俺もそれに静かに答える。この静かな空間が心地よくて、壊すまいと小さく口の中にココアを流し込んだ。

「なんでうちに入ろうって思ったの?」

 素朴な疑問だった。それは入試の時も訊かれた。

 しかしまただ……さっきの会長と何か雰囲気が違う。これは昨日、部室でも感じた感覚だった。入学式の日に校門で会った会長と、あの夜の会長は全く違う人の様に感じられた。見た目は全く一緒なのに。

「この大桜高校にですか?」

「そう」

「俺は……」

 取り敢えずは面接の時と同じことを言おう。

「この学校の文武両道と言う生徒象に憧れを持ちました。自分は中学の時正直、人に言えるほど部活も、勉強も頑張ったとは言えません。でもこの学校を受験して、少しでも自分を良くしよう。少しでも高みを目指そうと思ったからです」

 俺の完璧な面接用文句を聞くと、ふふっと笑う会長。

「何それ、塾かなんかで貰ったやつのもろパクリ? これ受験の時に使った文句、丸々いったでしょ?」

 ちっ、ばれたか。本当のところは恥ずかしくて言えないんだけど。さすが会長だ。

「本当のところは?」

「本当のところは……ですか」

 人にこの話をするのも久しぶりだった。

「小山康助って、知っていますか?」

 ブラックコーヒーを飲む会長……あれ俺のと飲み物が違う。わざわざ俺がブラックコーヒー、飲めないのを知っていて。そう言えば初めて部室に行った時に飲んだコーヒーもやけに飲みなれた様な感じがした。この人はどこまで俺の事を知っているのだろうか。

「あの、入学式の時、真城君と最後まで教室に残っていた男子生徒でしょ?」

「そうです」

 あぁ、あの時に康助と会長は会っていたのかあの時、会長から何かを感じた康助がビビって先に帰ってしまったんだ。それで行方不明になって……あれはなんだったんだろう。

「それは君への質問が終わったらね」

「えっ……あ、はい」

 簡単に心を読まれた。俺ってそんなに思っている事が顔に出るのかな?

「で、その小山君がどうかしたの?」

「えっ、あぁ。で実はその、こう、小山君にこの学校に行かないかって誘われたのが始まりでした」

「じゃあ、小山君と一緒に大桜に行こうって約束したから、ここを受験したんだ?」

「まぁ、そういう事になりますかね」

 缶に残った僅かなココアを一気に飲み干した。

「なんで、そこまで小山君に対して貴方は従順なの?」

「従順っていうか、まぁ康助が俺をここまで引っ張ってくれたっていうんですかね。俺がここに入学できたのも康助のお陰なんです」

「それは聞いて大丈夫?」

 会長はゆっくりと立ち上がり俺と同じように手すりに両肘を乗せて綺麗な夜空を眺めた。

「ええ。ぜひ、会長に聞いてもらいたい、俺の罪を」

 俺は全てを話した。俺を産んで母は死んだこと。父親はそれをずっと隠していたこと。それを知った俺は父親に暴力をふるって家出したこと。それから父とは疎遠になっている事。全てを、ありのまま、話した。それは俺に言い聞かせるように、罪から目をそむけない様に。

「――そっか、そんな事が」

「で父親は、それをきっかけにして海外に行ってしまいました。まるで俺から逃げるように。そのまま俺は地元の中学に進学しましたが、そのうち不登校になりました。自分の犯した罪が怖くて、なのに自分は生きてる事か苦しくて。それから逃げるように学校から去りました。中一の時なんて一学期しか学校に行きませんでした」

 会長は黙ったまま、ただひたすら俺の言葉に耳を傾けていた。

「俺が学校に登校しなくなって一年経った、中二の夏休み。俺の家に誰かが来ました。それが小山康助でした。奴は当時、不良で金髪の中学生がいきなりうちの無理矢理入り込んで来た時はそれは恐怖でした。でも奴は俺に危害を加えることなく、毎日俺の部屋でゲームをやりに来ました。最初は俺も乗り気ではありませんでしたが、そのうち康助だけじゃなくてクラスメートも遊びに来るようになって毎日が楽しくなりました。何も起こらない部屋の中でただひたすら液晶画面に向かう日々よりかはよっぽど楽しくて、あんな思いをしたのは小学校の頃以来でした。」

「小山、良い奴じゃないか」

 会長も何故か涙を流していた。

「そして夏休みも終わると、今度が毎日勉強を教えに放課後来ました。康助は中学きっての不良でしたが、何より学校で一番頭の良い奴でした。俺に通わなくなった中学一年の学習範囲から教えてくれました。自分だって、勉強があるのにテスト期間だって奴はこっちの勉強の方が大事だってずっと俺に付きっきりで教えてくれました。俺自身もまだやり直せるかもしれないと思って頑張りました」

 ふと腕時計を見ると八時三十分を指している。あとミーティングまで三十分。

「なんだ、時間気にしているのか? だから私が行かない限り始まんないって!」

「そういって今日の定期朝会普通に時間通り始まったって聞きましたよ」

 焦る会長。

「そっそれは話が別だ! 今回のは部活のミーティングだ。部長が来ない限り始まるわけがない! 多分」

 おいおい、大丈夫か……。

「それより、そのあとどうなったんだ?」

「あぁ……で結局、俺は自分の過去を乗り越えて学校に中二の三学期から行くようになりました。そのこ頃には康助のお陰で勉強の学年上位二十にはいるくらいになっていましたし。」

「それは……真城もすごいが、そこまでした小山も凄いな」

「でしょ? だからある日に康助に聞いたんです。なんでこんな落ちこぼれにそこまでするんだって。そうしたら奴、なんて言ったと思います?」

「お前と一緒にいると楽しいから。それじゃ、ダメかって……」

 ついに涙が止まらくなった。

「だから、俺と一緒に大桜に行かないかって……。俺も不良やめて一緒に勉強するからって」

 会長が泣く俺の背中をそっと擦ってくれた。その手は暖かくてでもどこか悲しそうだった。

「ありがとう……ございます」

 俺は制服の袖で涙を拭いた。いくら先輩の前とはいえ、みっともないな。康助に笑われてしまう。

「こちらこそ、ありがとう。話してくれて」

 そう言うと会長はにっこりと笑った。やっぱりこの会長とさっきまで演習場で狙撃の手順を教えてくれた会長はまるで別人だ。

「じゃあ、まずその話からしましょうか。その方が理解しやすいしね」

「えっ?」

「貴方も私に秘密を明かしてくれたんだ。私も秘密を話さなくちゃフェアじゃないでしょ?」

 と可愛くウィンクをした。俺は胸がキュンとした……なんて古い表現かも知れないけど、それでもその表現が一番俺の感情を表現していた。決して昨晩の会長には抱かない感情。可愛いと言う幼稚で繊細な思い。俺は不覚にも鼓動が高鳴った。月明かりがさらに会長を美しく輝かせる。

「私には、双子の妹がいた。それは可愛い妹だった。私達姉妹は近所でも評判の仲良し姉妹でいつも一緒だった。何をするもの一緒。初めてのお使いも。初めての入学式も。初めての恋も」

 会長は寂しそうにでも、懐かしそうに話した。

「初めての恋は小学校五年生の頃だった。ずっと一緒に居るとやっぱり好きなタイプも似てきちゃうのかな、私も妹も同じ男の子に恋をした。でも恋は残酷だった。やっぱり私たちは初めての告白も一緒だった。全く一緒に告白して。なぜかきっと結果も一緒だと思い込んでいた。フラれるなら一緒に、付き合うなら二人の彼氏さんだって。妹とそう決めた。でもその男の子は私を選ばずに妹を選んだ。その瞬間から、私と妹は一緒に行動しなくなった。それは妹がその両想いの男の子とばかり遊ぶようになったから。私は一人になった」

 ふう、と会長は深いため息を付いた。

「ある日。私の家族は水入らずでキャンプに行くことになった。本当は家族でゆっくり過ごしたかった。でも妹は違った。どうしてもその男の子と一緒に行きたいと、言い続けた。最初は両親も反対したけど、妹の熱意に負けて結局、連れて行くことになった。家族四人で行くはずだったキャンプを……私は部外者を連れてきた妹を初めて恨んだ。好きな子を取られた時でも嫉妬しなかった私が初めて妹に嫉妬した」

「……いいえ、本当は男の子を取られた時点で心の奥底では嫉妬していたのでしょう。でも私はそれを認めなかった」

「やっぱりキャンプ地でも二人はずっと一緒に居た。食事の時も、遊ぶ時も、寝る時も。私はひたすら惨めな思いしかしなかった。両親も微笑ましそうにそれを見ていた。家族で来ているのにやっぱり私は独りだった」

「キャンプ最終日。上流の方で雨が降ったため、急にキャンプ地の近くにあった川の水量が増した。あの二人はそんなことお構いなしで川で遊んでいた。もう流れは相当急で、流されれば間違いなく死は免れない物だった。でも二人はその日に限っていつもの場所にはいなかった。面白半分で上流の方に行っていたの」

「私は必死で探した。いくら憎い妹とは言え大切な姉妹だったから。で見つけた。二人はそうと危険な岩の上に座っていた。私はすぐに止めに行こうとした」

 会長の缶を握る拳に力が入った。

「でもそこで悪魔は私を罪人にしたかったのかしら。私は完全に嫉妬で我を忘れていた。さっきまで助けようとした妹を……殺そうとした。私は二人の背中を思いっきり押した。すると呆気なく二人は川の急流に飲み込まれていった」

「…………」

 俺は何も声が掛けられなかった。

「男の子の方は奇跡的に助かったわ……視力を引き換えにしてね。でも妹は翌日、水死体で発見された。私は人殺しよ、自分の妹を殺した」

「私はあまりのショックでその当時の記憶を完全に失っていた。この学校に入学するまではね。でも思い出した、私は人殺しなんだって。その男の子は今もきっと盲目のままよ。私は一つの命と、一つの世界を奪った罪で、ここに居るの」

 会長はそう言うと長い髪をたくし上げて笑った。空元気な笑顔で。

「勿論、私はこの罪を悔いているし、償いたいとも思っている。でも一番は妹に、美香に、謝りたい。……それが今の私を突き動かすものよ」

 会長は俺に背を向けて顔を隠した。見なくても分かる。

 ――泣いているのだ。罪人たちは皆自分の罪を悔いて、涙する。

「それからね、私が二重人格になったのは」

 俺はその言葉を聞いて納得してしまった。

「正確には全て私、つまりは生徒会長鈴木愛香なんだけどね。これを言葉で説明するのは難しいな。意識は変わらないけど、性格が変わるって感じかな。それって傍から見れば二重人格なんだけど本当は人格は一つしかなくて、今は妹の性格、さっきは姉の性格。みたいなさ感じ。記憶も共有されているから日常生活に支障はないよ。でも少し気持ち悪がられるかな。でもそんな感じ。別に意識しなくても大丈夫だよ。深夜になると冷酷な性格になるのは仕様だと思ってくれれば問題ないからさ」

 だがこれでさっきから感じていた違和感の正体は全て説明がつく。

「これを聞いて私と一緒に戦いたくないって言うならそれもありだと思う。他に信用できる先輩はたくさんいるしね。もしかしたら貴方を嫉妬で殺してしまうかもしれない。まぁ死ぬのは貴方の仲良しさんなんだけどね……」

 会長は振り向いて悪い顔をした様に見えたけど目は充血していて腫れぼったくなっていた。泣いていたんだ。この先輩はこの自分の罪を悔いて償おうとしている。そして何より、今の自分としっかり向き合っている。そんな人を拒絶する必要があるのか? 昔は昔。今は今。そんな過去にちょっとの傷がついたところで人生すべてが終わりじゃない。そう教えてくれたのは誰でもない、康助じゃないか。今度は俺が誰かを支える番だ。

「いえ」

 俺は強い決心を胸に会長に立ち向かった。

「えっ……」

「俺はこれまでも、これからも鈴木会長についていきます。どんな事があっても助け合い、励ましあいながら己の罪を償っていきましょう。貴方は自分の罪を償おうとしている。同じ罪人達をまとめ上げて強大な力に、運命に立ち向かおうとしている。そんな人に何を疑えと言うのですか? 俺は鈴木会長を全力でサポートすることを誓います」

 胸の内を拙い言葉を紡いで伝える。まるで初恋の告白の様に。

「くくっ……」

 会長は途端に大声で笑いだした。その声は校庭中に響き渡り既に登校している生徒たちが校庭に出てきて何事かと騒いでいる。ここ笑う所じゃないぞ!

「いや、ごめん! あまりに面白かったからな……くくっ」

 まだ笑うか。こっちまで恥ずかしくなってくる!

 すると会長は校庭に向かって叫びだした。

「ありがとおぉぉおおお!!! 皆で力を合わせてがんばろうぜええぇえ!!」

 おぉ!! と校庭からメンバーの声が聞こえる。

「ありがとう、真城君。これからよろしくね」

「はいっ!」

 俺達は満月の咲く屋上を後にした。

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