第十一罪 傲慢な日々
俺は会長に連れられて生徒会室の隠し扉の奥に入って行った。学校にこんなものまで作ってしまうなんて。拳銃といい、なんなんだこの人は。
結局、俺は無理矢理拳銃と剣を装備させられた。意外と重い。拳銃はおもちゃとしらを切れるかもしれないけど、この剣はさっき刀身を見たら思い切り剣だった。人を十分殺められるレベルの。これが見つかったらどうするんだと聞いたら、エニグマ発生時間以外は死神に渡しておけって随分雑なんだなぁ。まぁ確かに格好の隠し場所だとは思うけどさ。
「あぁ、それと言い忘れていた。その銃はお前以外には使用できないから注意しろよ」
「そうなんですか?」
俺を先導して真っ暗な階段を下りていく会長が言った。足元が見えずらい為、転びそうで怖い。本音を言うと暗いところが基本的に苦手なのだ。なんて女子の前じゃ、恥ずかしくて言えない。
「あぁ、その拳銃には君から採取した血液が練りこんである。血族ならまだしも、他人では本当におもちゃにしかならない。それに死神の力なくしては使用できないし、安心したまえ」
「じゃあ、殺傷能力はないんですね、良かった」
「何を言っている、君がその拳銃を使えばとたんにそれは武器だ。実弾とほとんど同じ弾がでるぞ。人だって十分殺せる」
「さいですか……」
先が明るくなってきた。
「もうすぐ着くぞ」
そこはオカルト研究会が管理する、言わばアジトの様なところだった。拳銃やら、大剣、手榴弾なんかまである。
「基本的にここは使用しない。一応は演習場として先代が作った場所だったんだがな」
「なんで、使用しないのです?」
「ここは部室棟のすぐ下、つまりは地下にあたるわけだが……昔この上は我々、オカルト研究会の部室しかなかったらしい。しかし最近になって部室棟が建設されてな。それで上に銃声なんかが聞こえるようになって使用できなくなった。だからここは大掛かりな作戦の時のみに来る物置だ」
会長はそこらに無造作に置かれたライフルを持って遠くに見える人型の的に向かって引き金を引いた。
ズカンッと重い銃声が辺りに響き渡り、見事狙いのど真ん中を貫いた。
「ちょっと! ばれるんじゃなかったんですか?」
ふぅ……ともう一回構えなおす会長。無視だった。
二発目はちょっと中心の右に反れたものの相当なガンマンだという事が分かった。
「私もまだまだ現役だな」
満足そうに笑う会長はライフルをまた無造作に床に投げ捨てた。もう少しここは整備するべきだと思う。
「なに、私は掃除してもすぐに散らかしてしまう質でな。もう既にここは散らかし済みだ!」
と高らかに胸を張って笑う会長。その陽気な笑い声がアジト中に響き渡る。
「大丈夫だ。もうこの時間なら、生徒たちも教室に戻っているだろうし」
「え……」
腕時計を見るとまだ三十一分。まだホームルームの時間ではない。
「でも、まだホームルームの時間じゃないですよ?」
「何言っているんだ、今日は定期朝会だろう?」
忘れていた。今からならまだ間に合うか? さすがに康助じゃあるまいし、一年の俺が遅れるのはまずい!
「ははっ。安心しろ。私が行かない限り、朝会は始まらん」
と胸を張って言う会長、そういう問題ではない。それにあの名門、大桜高校の生徒会長がこんな人で良いのだろうか。この人は全国でも屈指の頭脳の持ち主であり、全国の憧れの対象であるのは間違いない。さらにその生徒会長とあらば必然的に注目の的だと思うのだがこの人にはそんなプレッシャーももろともしない様な勢いがある。
「そんな事より早く始めなければ、本当に遅刻してしまう。まぁ、いつもの事なんだが」
俺は会長に促されて初めて拳銃を握った。狙いを定めるのが難しくて、全然狙いに当たらない。それになにより腕にくる反動がすごかった。一発撃つたびに全身の筋肉が痙攣するほどに。会長は難なく撃っていたが、見た目ほど簡単ではなかった。
結局俺は、三時間目まで会長にしごかれる事になった。最初は標準装備の説明とその扱いだけだったが、そのうち会長に変なスイッチが入ってしまい、そこらに置かれている重火器や手榴弾の使い方、はたまた地雷の設置の仕方まで説明された。こっちの銃やらは本物らしい。どこからこんな量の武器を持ってくるんだろう。
「確かにここに警察がきたら我々は即刻ブタ箱行きだな。しかし、私にはもう時間がない。そんなヘマはしないさ」
よく考えれば会長は既に高校三年生。償いの返済期間は高校在学中の三年間。あと一年も残されていないのか。
「まぁな。既に私は四人もの……。いや、この話はまた今度にしよう。さて今は取り敢えずここまでにしようか。先生方には私が話をつけておく、さぁ急いで講堂にむかえ」
自分から誘っておいて……でも何となく分かってきた。本当にあの化物達と戦わなくてはいけない事、この運命からは逃げられない事、俺はたくさんの命を抱えて生きている事。
「なぁ、なっちゃん、どこ行ってたんだよ? 保健室で寝てたなんて本当は嘘だろ?」
そういうことにした。まさか生徒会長に化物を倒すために武器の扱い方を教えてもらっていたなんて言えるわけがない。
「本当に具合が悪かったんだ、心配すんな」
「えぇー。だって朝こいつ、俺に康助ぇ~って泣きながら抱き付いて来たんだぜぇ?」
「本当に?」
「うんマジで! そんな元気あったのに急に体調不良なんて、あやしい……」
「確かにね」
「ちょっとは俺の事、信用してくれてもよくね?」
「う~ん」
と二人同じポーズで腕組みをして悩んでいる。今は四時間目の授業が終わり、昼休み。昼食の時間だ。俺は朝コンビニで買ったサンドウィッチをかじりながら二人の質問に答えていた。
今日から授業が始まったわけだが、基本的に担当の先生の自己紹介などで一時間が終わってしまったらしい。進学校だからそんなの足早に終わらせてさっそく授業やっているだろうと思っていたため、なんだか拍子抜けだ。
そんなこんなで今日が初めての教室での昼食だが、まさかのクラスのアイドル(クラス男子公認)の姫島さん、と桜咲さんと一緒なんてさすが、康助だ。こればっかりはよくやった、としか言いようがない。
さっきからクラス中の男子からの目線は痛いが、確かにこのクラス一番の美女と言っても過言じゃなかった。近くで見ると肌もきめ細かで、色白。顔だちもまさに青春を謳歌する女子高校生って感じの美しさ。若すぎず、大人っぽ過ぎず、日本のまさに芸術。ってのは少しほめ過ぎだが、本当にそれくらい美人だった。なんで自己紹介の時に気が付かなかったんだろう。
「ん、なんか私の顔に付いてる?」
俺が見つめすぎたか、姫本さんに気づかれてしまった。
「え、あっその、なんでもないです」
「なっちゃんは、姫本さんのあまりの可愛さに見とれてたんだよな?」
茶化す康助。余計な事言うなよ!
「馬鹿っ、そんなんじゃねーよ、ったく……」
まぁ強がって見たものの、図星だ。俺は慌ててサンドウィッチを胃にいれた。
「そんなに急いで食べると……」
「うぐっ!」
いかん、焦り過ぎてパンを喉に詰まらせた! しかし喉を通す飲み物がない! 何としてでも食費を切り詰めようと買ってないのだ! これは水道に行くしかない。
俺が息苦しいのを必死で堪えながら立ち上がろうとすると、
「私の飲み物、使って?」
いきなり、姫本さんが可愛らしいカップにお茶を入れて差し出してきた。中身は? なんて気にしてる場合ではない! 事は一刻を争う!
俺は頭を下げて姫本さんのカップを受け取った。それを一気に飲み干す。良かった、なんとか胃に収まったようだ。
「あ、ありがとう、姫本さん」
俺はもう一回礼をしてカップを返した。急に教室が静かになった。クラスの男子が殺気立っているをひしひしと感じる。
俺は康助に助けを求めたが、康助も鬼の様な形相で俺を見ていた。化物にじゃなくて、こいつらに殺されてまう。
「ご主人様、何気なく間接キスなんて……やるわね」
影の中のフレイはまるで他人ごとだ。でもここで殺されても俺が死ぬんじゃなくて、俺の替わりに誰かが死ぬだけなんだ、なんて考えてしまうと虚しくなってくる。
「どういたしまして、真城君。それと、私の事は麻衣でいいから」
この人、わざとやってないか? 本当にここが誰かの墓場になってしまう。
「まぁ、冗談はここまでにして、本当になっちゃん、どこ行ってたんだよ?」
康助がなんとか教室を支配する怨念を取り払ってくれた。ちょっと色んな意味で姫本さんは危険人物だ。
「だから、保健室に行っていたんだって! これ以上言わせんな」
「オカルト研究会」
「えっ?」
「オカルト研究会、入部したって聞いた……」
そう小さな俺たち以外には聞き取れない声で言ったのは俺の前で食事している桜咲さんだ。つまり俺らは康助、姫本さん、桜咲さん、俺を合わせて四人で食事している事になる。さっきから黙々と弁当の中身を空にしていた桜咲さんが急に話し始めてびっくりした。
「えっ、そうなのか、なっちゃん?」
「ま、まぁ……」
なんでそんな事知っているんだ? まだクラスの男子には愚か、康助にすら言っていなかったのに。部員の誰かが喋ったとかかな?
「そうなの? まだ今日から仮入部期間なのに、野球部ならまだしも。随分、気合入っているのね?」
と姫本さん。さっきから気になっていたんだが、弁当の中身、豪華過ぎませんか? 高校生の弁当に普通、伊勢海老なんて入っていませんよ?
「なんだよ……そういう事なら早く言ってくれよ。どうせ杉島先生目当てだろ? にひひっ、友よ、お前は分かってる!」
そういえばさっき聞いた話だが、C組の英語の担当がオカルト研究会顧問の杉島先生らしい。あの人とは妙な縁があるな。
「確かに美人だしな! 何よりあの大阪弁は堪らん!」
じゅるりと涎をたらす康助。止めとけよ、女子の前でみっともない。
「男の人って、考えが邪ねっ!」
ほら言われた。姫本さんは頬を膨らませて大げさに怒りを顔に浮かべる。その何の変哲もない仕草でも、この人の魅力が手に取るようにして分かる。
「違う、無理矢理先輩に勧誘されたんだ」
ちょっと被害者面してみた。別に嘘は言っていない。あの夜俺は無理矢理あの部室に押し入れられたんだから。まぁあんなの見てしまったら、入部せずにはいられないけど。
「そうなのか? マジで?」
康助は俺を信用し過ぎだ。友達なんだしちょっとは盛っているって気づけってこんなこと前に誰かに言われなかったっけ、俺。
「だったら直ぐにでも生徒会に相談した方が良いんじゃない? ここの会長は優しそうだったし、きっと解決してくれるよ?」
と姫本さん。
「でも部長が生徒……」
俺は慌てて口を閉じた。
「部長が生徒、何?」
「いや、ほら、部長が生徒会の書記の人じゃん? だから解決しづらいんじゃないかなぁって!それに俺も納得して入部したし!」
「そう? なら良いんだけど」
ふぅ……。なぜかオカルト研究会の部長が鈴木生徒会長であることは隠しておかなくてはいけないらしい。そのため表向きには生徒会書記の秋山先輩が部長と言うことになっている。なぜかは教えてくれなかった。でもばれると相当まずい事になるらしい。俺は取り敢えず、ばらさないでおこうと思っていた。あんまりにも会長がムカついたりしたらばらしてやろうか何て思っていたが、さっきあんなに優しく教えてもらったので暫くは黙っておこうと思う。
「じゃあ、実はその部長さんが目的とか?」
どうしてもこいつは俺が部活動目的で入部したと思いたくないらしい。
「それも違う、だから俺は純粋に」
「罪を償うため」
「そう、罪をつぐな、ってえっ?」
今、桜咲さん罪を償うって言わなかったか?
「罪を、なんだって?」
やばい……これは本当にまずい、何とかして誤魔化さないと。
「真城君は純粋にオカルトが好きで入部したんでしょう?」
姫本さんが助け舟を出してくれた。こう言うところは普通に気が利く。
「そう、俺は純粋にオカルトが好きで入部したんだ。他意はないっ!」
俺はその場を凌ぐため精一杯の演技をした。単純な康助ならこれで誤魔化せるはずだ。
「純粋に、ねぇ。なっちゃんってそういうの興味あったんだ?」
「まぁ、な」
「知らなかった。なっちゃんはてっきり中学の時みたいにまたテニス部に入るんだとばかり……」
「誰だって趣味や、興味の対象なんて変わるだろ?」
「そういうもんか」
良かった、一応は誤魔化せたみたいだ。なんか半分くらい納得してないみたいだけど。
「私も、オカルト研究会に入ろうか――」
「やめとけッ!!!!」
俺は思わず大声を上げてしまった。一気に集まる視線、静かになる教室。俺はただひたすら黙っていた。そんな事を口にして欲しくなかった。俺も好きでこんな部活に入部したわけじゃない。好きでたくさんの命を背負っているんじゃない。本当は誰に助けてもらいたい。誰かに愚痴りたい。こんなの嫌だ。大声で泣きたい。でもやるしかないんだ、後戻りはできない。俺は罪を完全に償うまで死ぬことが許されない。俺は、俺は。
「ごめんなさい……」
半泣きの姫本さんは俺に謝罪して、そのままどこか行ってしまった。俺はただ黙っている事しか出来なかった。俺に話しかけてくるクラスメートの声も、康助の声も俺には届かなかった。




