第十罪 会長と日々
とても長い回想終了。
そして次の日、つまり月曜日。俺は感動の再開を後にして教室に向かった。入り口の端末に身分証明書をかざす。
『真城夏希 カクニン 鈴木カイチョウ カラ メッセージガ アリマス ブシツ ニ クルヨウニ』
会長が俺を呼んでいる。昨日、部室を出る時にも会長に呼び止められたが、あの時は何か用事が出来たとか言って話さなかったんだよな、行くか。
俺は部室棟に向かった。部室棟は俺らの教室がある北校舎のちょうど向かい側、学校の中で最も北にある校舎だ。一階は運動部の部室、二階と三階には文化部の部室が集まっている。ちなみに生徒会執行部、つまりは鈴木会長が所属している生徒会の部室は四階、他の部室とは隔離されている。これは生徒会執行部がこの学校の象徴であり、支配する者だからだ。支配する者は常に支配される者達の頂に君臨せねばならないなんて昨日会長から聞いたが本当のところは他の意味があるのだろう。正直、四階に部室がある利点が一つもない。
この学校は単純な作りで全校舎にそれぞれ東階段、西階段があってちょうど校舎の真ん中あたりに校舎と校舎を結ぶ渡り廊下が全階層に設置されているだけだ。例外は一つしかない。新入生である俺にとってこの単純な作りのお陰で迷わずに目的地まで行けるが。
さて、北校舎と部室棟を結ぶ渡り廊下に差し掛かった。俺は個人的にこの渡り廊下を気に入っている。ここは全壁がガラス張りになっていて外の様子がよく見える。今日も良い天気だ。校庭の周りに植えられている桜の木が僅かだが色づき始めていた。実はもう春なのだ。寒い季節が過ぎて命の息吹を感じられる。そんなここが好きだ。
ここからは野球グラウンドが見える。あれは一年生だろうか。既に仮入部は始まっている。正式には今日の放課後かららしいのだが、なぜか野球部だけが一日早く仮入部を受け付けているらしい。まぁ、仮入部なんてしないでいきなり入部も可能らしいが、結局全員が仮入部を通して本入部するらしい。
高校と中学の部活なんて全然勝手が違うだろうし、運動部に関して言えば練習量がもっと増えたりしてついていけなくなる子もいるだろう。それにうちは入部は強制ではない。県有数の進学校であり、ここに入るほとんどの生徒が既に大学進学を目標に入学している。部活動より勉強の方が大事だ、という奴も少なからずいるだろうし、これは学校側としても懸命な措置ではあると思う。
俺には大学付属高校なのに別の大学に入ろうとする奴の気持ちが全く分からない。
俺はこの学校に大桜大学を目的に入った。って言うのはもちろん後付けで本当はあのお調子者のせいでもある。
「真城君?」
「えっ?」
俺が外の忙しそうにボール拾いをする野球部員を眺めていると後ろから声を掛けられた。振り向くとそこには生徒会書記、秋山先輩が立っていた。
「あぁ、秋山先輩でしたか」
「はい。どうかしましたか、こんなところで一人呆けて。この先は部室しかないですよ?」
秋山先輩はたくさんの書類を手に抱えていた。こんな量の書類、生徒会関連の書類かな?
「いや、鈴木会長に呼ばれていて」
「ああ、そうでしたか」」
怪しく笑う秋山先輩。
「でも、今はいかない方がよろしいかと」
「どうして?」
「どうしてって、それは私の口からは言えません」
俺に言えない事なのだろうか? しかし不思議な人だ、昨日は緊張してよく顔を見ていなかったが中東系のハーフっぽい顔。白い肌に、綺麗に伸びる黒髪。まさに美女だ。
「ねぇ、真城君」
「なんです?」
「鈴木会長の事、どう思いますか?」
「どうって、うーん」
変な質問だった。自分の事ならまだしも、まだ会って一週間もたっていない人物に対してのイメージを聞いてくるなんて、ここは本音で話すべきなだろうか?
「あれ、そういえば死神はどこに?」
さっきから秋山先輩の死神が見当たらなかった。あの時は常に目に見える範囲に居たのに。実際、別に仕える罪人の近くに居なくても大丈夫ってことはフレアが今、俺の家に居るという事から理解していたが。
「ここよ」
不気味な声と共に秋山先輩の窓からの日光でできた影から何か出てきた。
秋山先輩に仕える死神、リンだった。肩ほどまで姿を現すと俺を確認してまたゆっくりと戻って行った。
「知りませんでしたか?」
「ええ、知りませんでした」
知らなかった。死神を俺の影に収納できるなんて。確かに、いつ死神は寝るんだって話だ。常に罪人の近くに居たら、夜は活動しているし、昼間しか寝れないのか。
「死神に休息などいらないわ」
リンの声。影の中からでも声聞こえるんだ。
「え、じゃあなんで影なんかに?」
「あれ、教えて無かったっけ?」
今度は、フレアの声がどこからともなく聞こえてきた。俺がもしやと自分の影を見るとそこには頭一つ出したフレアの姿があった。
「死神は、罪人の身代わり役、つまり犠牲者にも見えるのです」
呆れ顔で説明する秋山先輩。そうなのか知らなかった。
「ごめーん! 教えるの忘れてた!」
フレアに反省の色は全くない。こいつ昨日は償いに関して教えられる事は全て教えたとか言っていたじゃないか。
「相変わらずね、フレア」
リンも呆れ顔だ。いつから影にいたのだろうか?
「え、朝からずっと。だって、死神には罪人の監視役の意味もあるんだもん。一定以上は私達、離れられないんだよ?」
「そうなのか? そういうことはちゃんと教えろよ」
「だから、ごめんて」
その割には反省の色が見えない。平気な顔をして影の中から這い出てきた。
「あっ、そろそろいかなくては。では、真城君。会長は生徒会室におられると思いますよ」
と秋山先輩は足早に去っていった。あんな大荷物でよく走れるな、と言うか生徒会が廊下走っているし。
「早く、影に戻れ。もし、見られでもしたらまずいだろ」
「っちぇ。もう少し学校ってところ、見たかったんだけどな……」
するとフレアは影の上に立ってぶつぶつ文句を言いながらゆっくりと影に戻って行った。不思議な感じだ。ただの平面に消えていくんだから。おっと、俺も急がないと。
なぜか部室棟の四階と北校舎の四階は渡り廊下で繋がっていない。だから教室が四階にある俺はわざわざ三階まで下りて渡り廊下を渡り更に部室棟の唯一、四階に繋がっている東階段を登らなくてはいけない。今は朝練の時間。まだ本入部者はいないのか上級生が忙しく活動していた。
三階はオカルト研究会、写真部、軽音楽部という変な組み合わせの部室が並んでいた。ほとんどは軽音楽部のスタジオで、なんと防音室が七つもある。さすが私立。変なところにお金がかかっている。この階層はアンプやら、ギターやらで、ごちゃごちゃしていてとても歩きづらい。ほとんど軽音楽部のもの。昨日は夜遅くて廊下の電気もついてなかったし分からなかった。この学校の軽音楽への熱の入れようは凄い。
俺はやっとの思いで生徒会室がある部室棟、四階に到着した。この階は生徒会執行部の部室以外は全部、物置部屋だと言っていた。確かにこの階は来るのにかなり面倒くさいし、物置にするのがベストだと思う。しかし埃っぽい。廊下には使ってない世界地図やら、模型やらが無造作に置かれているだけ。辛うじて生徒会室に行く道が開けられているだけだ。この学校の生徒会は邪魔者扱いなのか? まぁ、あんな生徒会長じゃ嫌われるのも当然と言われれば、当然だった。
生徒会室はこの階層の一番奥、つまり東階段から一番遠い教室だった。それでもドアはかなり立派で他の部室には無かった装飾やらが施されていた。ふと天井を見ると明らかに他の学校に設置されていた監視カメラとは違うカメラが設置されていた。やけに厳つくできている。俺はそれに向かって話しかけた。
「会長、約束通り来ましたよ」
暫く間があってから自動でドアが開いた。
俺は中にゆっくりと入った。そこはどこかのお偉いさんの部屋の様にかなり立派なものだった。
生徒会長と書かれたプレートが置かれた机の奥に座っているのが生徒会長。ずいぶんと偉そうなもので、さらに俺をイラッとさせた。
「待っていたぞ、真城君。まぁ、立ち話もなんだ、そこに座りなさい」
と会長は重い腰を上げて俺を客人席に案内した。
「…………」
俺が席に座ると会長は向かいの席に座った。会長以外の人の姿は今のところ、ない。
「さて、今日君をここに呼んだのは他でもない。今後の君の待遇についてだ」
なんか昨日とイメージが違うぞ。尖った部分削れて丸くなったというか、柔らかくなったというか。
「待遇、ですか?」
「そう。真城君、昨日頼んだアレ持ってきたかい?」
「あ、はい。これです」
俺がポケットからおもむろに取り出したのは入部届だ。ちゃんと印鑑も押されて、俺のサインも入っている。でも一か所変なのは、俺の指印まで押させたところだ。入部届にはどこにもそんな欄はないのに。押して来いと念を押されため、仕方なくつけてきた。
「おぉ。これでいい。これで今日から君もオカルト研究員だ。精進したまえ」
会長は手元にあった大きな判子を入部届に押した。生徒会承認と押されている。随分と大層な判子だった。
「うちの学校は兼部も認めている。他に興味のある部活動があれば、入部してもらって構わない。しかしどちらも手を抜くことなく活動することが条件だがな」
会長が入部届をそばの死神に渡すと死神は面倒くさそうに影に戻って行った。
「我が『オカルト研究会』は正直、名だけ部活動だ。本職はエニブマの討伐、つまり償いを目的に活動している。一人では危険が伴うのでな、皆でお互いに支えあいながら活動しているんだ」
会長の目は輝いていた、まるで待ちに待った機会が来たかのように。
「君も入部した、それなりの覚悟の上で活動してくれると我々も判断している。願わくば裏切っては欲しくないものだ」
ふと時計を見ると、八時二十分を差していた。HR開始は八時四十分、まだ大丈夫だ。
「ん、なんだ。時間を気にしているのか。何、そんなに積る話でもないさ。で、さっそく今日から償いを始めてもらうがそれにあたって、キスマーク」
また影から死神が出てきた。手には銀のアタッシュケースが握られている。
「いや、そんなの受け取れませんよ!」
ここは素直に遠慮しておこう。現金なヤツだなんて思われたくない。
「何と勘違いしているんだ、これは償いには欠かせないものだぞ。それに配給物だから受け取ってもらわなくては困る」
会長はアタッシュケースを開けた。中身は百万円の束、ではなく銀色の綺麗な装飾のされた剣と拳銃だった。高級感あふれるそのアンティークの様な風格に思わず息を呑む。
銃の方は至極一般的な形状の物だった。家にある康助の置いていったエアガンとそう変りない。俺もエアガンすら持っておらず、拳銃なんて生で見るのは初めて妙な緊張感と鼓動の高まりを感じた。
剣の方は鞘に入っているため刀身は分からないが、鞘には見事な装飾が施されていた。こちらも銀一色でよく見ると十字架の形を模している。西洋騎士が持っている感じの細い刀身だ。長さは一メートル強くらいで、とにかく一般人が持っていて良い代物ではない。
「なっ、なんでこんなものを?」
「なんでって、エニグマを倒すに必要だからだ。ほら、持っておけ。お前しか使用できない物だ。私が持っていてもしょうがない」
「俺にしかって言うか、こんなもの持っていたら捕まりますよ!」
日本で拳銃を所持していいのは今も昔も警察官だけだ。こんな拳銃と剣を持っていたら確実に銃刀法違反で捕まってしまう。何を考えているんだ?
「君はちょっとの間ブタ箱に入っているのと仲間と一緒に死ぬの、どっちが良いんだ?」
「それは……」
確かに罪を償わなくては俺だけじゃなくて、俺の大切な人まで見殺しにすることになる。それだけは回避したい。
「それにこれは死神の力なくしては何もできないただのおもちゃだ。もし咎められても、おもちゃだとしらを切れば大丈夫」
どういう意味だだろうか?
「まぁ、説明するより実際に使った方が感覚が掴み易いだろう……こっちに来い」




