今日 ③
口元をぬぐう。
とりあえず胃の中の物が出ていったので、
吐き気と酔いがいっぺんに冷めてきたようだが・・・・まだ物凄く気持ち悪い。
ここに移動してくる道中、あの女とやり合う為に相棒を嵌めた辺りから
物凄い吐き気に見舞われ、どうにかそれを抑えこもうと努力したのだが、
もう・・・・楽になっていいよ・・ね・・・。
って感じで、気づいたら盛大にバーストしていた。
相棒にかからず本当に良かったと思う。
吐瀉物と酒臭さが入り混じって、とてつもない臭いを俺自信が放っているのを感じる。
このままだと間違いなく自分自身の臭いで貰いゲロ・・・いやセルフゲロを・・・、
吐き気ゲージがこれだけで30%くらいまで溜まっている感じだ・・・。
「えっと・・・大丈夫なのかしら・・・?」
こいつは、一体いつからいたのだろうか。全く気づかなかった。
「お酒代を取り立てにきたのだけれど・・・なんか唐突にどうでも良くなったわ。
今日の事はお互い忘れましょう・・・」
あれ?これドン引きされてね?
「うん、そうしましょう。今日は何も無かった。明日からもし街で会ったとしても
初対面と言う事で・・・・後、お酒代もいいわ・・・じゃあ失礼するわね・・・」
違うんだよ、俺ってば本当に結構お酒強い方なんだよ、あれだけ飲んでケロっと
しているあんたが化けもんなんだよ。
そんな事を思った。
だけども、この口が
「あんたが化けもんなんだよ」
最後の部分だけを発していた。
「ごめんなさい・・・良く聞こえなかったわ・・・・・”私が”なんですって?」
なんだろう・・・・・ゲロを目撃したせいか、あんなに冷静になっていたはずなのに、
一瞬にしてまた怒らせてしまっていた。
なにかトラウマ的なのでもあるのだろうか。
とりあえず、俺の言葉がしっかり届いている事はわかった。
「私が・・・・化け物・・・?・・・・そうよ・・・私は・・・化け物・・」
雰囲気が先程と何か違う。
やはり地雷を・・・・、
「普通と違ったら何が悪いの!?何がいけないの!?そんなに恐ろしい事なの!?
私だってこんな・・・こんな!!!!」
盛大に踏んだようだった。
酷いヒステリックになってやがる。
「世の中ってね本当に上手く出来ていると思うわ。誰かが幸せだと、その分何処かで
誰かが不幸になっている。貴方は幸せよね、こんな事考えたもないでしょう?」
言いたい事はわからんでもない。
確かにこの世の中は、あまりにも理不尽な事が多い。
産まれた時からその人物の立ち位置は決まっているのかもしれない。
だけどもだ。
何処かイラつくのはこれは俺の「理」のせいなのか、それとも素なのだろうか。
「そうやって自己完結してろ。世の中を勝手に恨んでろ。
だけどこれだけは言えるぜ、自分の不幸を他人のせいにしてんじゃねーよ。
他人の幸せを自分の不幸の原因にしてんじゃねーよ。
お前の不幸はお前だけの物で、人の幸せはその人だけのもんだ。
お前みたいなアホは、全世界の人間が不幸に陥っても幸せになんてならねーよ」
一気にまくし立てた為に、吐き気がハンパ無い。
が、言わずにはいられなかった。
こいつはあれだ、悲劇のヒロインを確実に気取っている。
「貴方には分からないわ。私の業が、私の存在する意味が!!
私の力は多くの人間を不幸にする。それなら私一人が不幸を背負えば、
多くの人間が幸せに暮らしていける!これがこの世界の在り方でしょう!?」
「自分の存在する意味を自分で知ってる人間なんているわけねーよドカスが。
ホント笑わせてくれるぜ、何か特殊な病気でもかかってるのか?
お前はただ同意して欲しいんだろ?私は不幸だ。私は可哀相だ。
だったらな、○ねよ。自分の力が多くの人の不幸を呼び寄せるんだろ?
生きていくの辛いよな?可哀相だよな?だったら世界の為に○ねよ。
お前が一人居なくなれば多くの人間が幸せになれるからさ
頼むわ、○んでくれよ?」
「・・・・・る・・け・・・・ない・・・!」
「ああん?聞こえんぞゴミカスがっ!もっと大きな声ではっきりと言え!
私は○にますってな!!」
「出来る訳ないじゃない!!!!だから貴方にはわからないって言ったのよ!!!
私の気持ちが!!そんな簡単に割り切れれば苦労は――!!」
「ふざけんな!!○ねないって事は、生きたいって事だろうが!!
何が割り切れないだ。綺麗ごとで済ませようとしてんじゃねぇよ!!
赤の他人の為に○にたいと思っている奴なんていないんだよ!!
誰だって自分の為に生きていたいんだ!!!
幸せだとか不幸だとかはな、生きた過程でしかないんだよ!!!!」
「・・・・・・・・貴方と私は何処まで行っても平行線のままね。
何処かで”衝突”しなければ交わる事が無い平行線」
やはりこの女とは、馬が合わんらしい。
「やろうぜ喧嘩。どっちが正しいかなんてもうどうでもいいよ。俺はお前を――、」
「貴方にこの世の理を教えてあげるわ。多くの民を戦乱に巻き込んだこの力――、」
「泣いても殴り続ける!!!」「存分に見せてあげる!!!!」
色々まくし立て為に俺の吐き気のゲージは60%を超えていた。
■■■■
あまりにも強大の力を目の前で見せられた時、人はどうなるだろうか。
俺はこう思った。
ごめんなさい。
と。
「もしかして怖気づいてるんじゃないでしょうね?」
「お、怖気づいて、ね、ねぇし!!!全然問題ねぇし!!!」
無理と。
本能の部分は叫んでいる。
やれる。
理の部分は反論する。
人は、気を留める事の出来る器だ。
多く満たす事の出来る人間は当然優秀な人であり、歴代に名を馳せている者達は
その全てが人よりも多く気を取り込む事が出来たという。
目の前にいるこの女は、人より多く取り込むというレベルを遥かに超えている。
体に纏う気で、女の向こう側に”見えるはずの景色全てが見えない”
こんな事あるのだろうか。
視界のほぼ全てがこの女が纏っている気で覆いつくされているのだ。
正直に言おう。
俺はビビっていた。
「イニトルタモベとアンダギサタ。二つの国が大昔に始めた長き戦争。
それは流石に知っているわね?」
俺はこいつを初めて今、真っ向から見ているのだろう。
その髪はプラチナブロンドよりも輝いてるように見え、
腰まで長く伸びたストレート髪質のそれは、風ではない何かでゆらゆらとゆれている。
それに加え肌の色が純白のように白く、これらの要素がこの女を・・・・、
「まじ非人間っ!!!!!!」
と、罵倒したくなるほど人間からかけ離れているように見えた。
というか見える。
「くっ!・・・んのっ・・・・・コホン!!戦争を起こした原因。
二つの国に一人づつ、とある『理』持ちの存在があったからよ。
二つの国は、その理持ちの力で国力を急激な速度で増加させていった。
両国の衝突は時間の問題だったの。だってそうでしょう?
小隣国を飲み込み、肥大させていった二つの国の国土はやがてはぶつかる。
その理の力は強大で、たった一人の力で隣国を飲み込む程のものだった。
けれども力が拮抗している二人の存在は、泥沼の戦争へと二つの国を導いた。
長く続いた戦争は、お互いの憎しみを肥大させさらに深い憎しみを生み出す。
原因となった二人が亡くなった後も、両国は戦争を続ける。
両親の仇、子供の仇、友の仇、恋人の仇、仇を討てばさらなる仇が生まれる。
どれほどの人間が犠牲になったのか想像もつかない。
そんな地獄絵図を造りだした力。それが私のこの力『傾国』。
国をも滅ぼす恐ろしき世界の理よ!!!!」
あまりにも長い説明すぎる・・三行でまとめて欲しかった。
つまりは、
昔の戦争の原因であり、
今あいつが持つ力であり、
なんかとりあえず、世界の理であると、
余裕で三行でまとめられる。
こいつは、国をも滅ぼす事が出来る力を持っている(らしい)。
それがこの通常の人間では考えられない量の気を纏っている理由なのだろうか。
確かにばかすごい気の量だが、これで国一つ滅ぼせるとは思えない。
総量で見れば1000人くらいの規模じゃ―――、
「とある故人が言っていたわ。『私は変身を後3回残しています』
今の私もそのようなものね。これで1割弱といったとこかしら」
前言撤回である。
やはりこいつは化け物だ。
「これが私の業よ。理解出来たかしら?こんな力がある限り誰かが悪用する。
誰かが不幸になる。私の存在は、世の中を乱すものになってしまう」
過ぎたる力は身を滅ぼす。
という言葉があるが、こいつはその事を言っているのだろうが、
それでも、
「そんなのお前が使わなければどうという事も無いだろ。
それとも何だ、お前はその力を悪用しようとしているのか?」
「だから貴方は幸せものなのよ、本人の意思とは関係なく思い通りにする力だって
この世には存在する。私がそれに抗えなかった場合、また戦争は繰り返されるわ。
いいえ、実際戦争は再び起ころうとしている!貴方の知らない所で最悪の事態は
少しずつ侵攻している!何も知らないくせに強い言葉ばかり使わない事ね、
矮小に見えるわ」
「なにが何も知らないくせにだ。んなこと当たり前だろ。何処に他人の事情を精通
している人間がいるんだよ。逆に考えてみろ、俺がお前の事をなんでも知ってたら
気持ち悪いだろうが!少なくとも俺はとても気持ち悪いです!」
「本っ当に!屁理屈の多い男ね、話が進まないわ。さっさと己の負けと非を認めなさい。
もう何度目かよねこれも。どうせお酒の時みたいに勝手に負けフラグを立てて
キャンキャン吼えながら逃げるのが落ちよね!」
「力を持ってるってのは凄いよなー、人に対してここまで高飛車になれるんだからな!
俺の妹に似てるぜお前、絶対自分の事を特別な人間だと勘違いしてる。
ふざけてんじゃねーよ、全力で地べたを舐めさせてやるぜクソがっ!」
「流石に私も学習したわよ・・・・・・・・実力行使に出るわ」
女が腰から剣を抜いた。
普通の材質とは異なる刀身。
あれはどうみても気留石で出来たやつだろう。
その剣を振り上げて・・・・・げっ・・・。
膨大な量の気をその剣に流し始めた。
気は剣を形どっていき、その大きさはみるみると巨大化していく。
ついでに俺の吐き気も何故かみるみる増大。
目測10mくらいだろうか。
気留石の剣を中軸とした、一つの巨大な剣が出来上がっていた。
すごく・・・大きいです・・・。
「ま、このくらいあれば逃げられずに”潰せる”でしょ。
安心しなさい。全身打撲程度ですませるつもりだから」
「剣で潰すとか斬新すぎるだろ・・・・」
「カウントを5つ取るわ。0になれば同時に貴方めがけて容赦なく振り下ろす。
逃げようとは思わないでね、手元が狂えば死ぬわよ。
じゃ、0になるまでの貴方の行動に期待をして・・・・5」
さてどうする。
こんなのを相手に抗えるのだろうか。
負けを認めるか?
女相手に許しを請う?
バカを言え、絶対にありえん。
「4」
じゃあどのような方法で打ち負かすか。
気の量で言えば圧倒的に不利。
カウントを取って余裕を見せてるのも、
自らが纏う気の壁が俺の攻撃を全て受けても全く問題がないとみているからだろう。
実際、あの量の気を打ち負かすだけの攻撃力は俺には無い。
「3」
終了のお知らせカウントがせまっている、ついでに俺の吐き気も極まってきている。
一応の所、俺も気を取り込んだがこの化け物からすれば雀の涙程度の物か。
活路は見出せんが、何故か負ける気がしない。
「2」
多分これが俺の理の力なんだろう。
『女相手に負ける気がしない』
くだらん力である。
気持ちでは負けないとでも言わせたいのだろうか。
常に男が上で女はそれに対して一歩下がった位置にいるべき。
という考えだ。
今の世の中では、とんだ不遜な考えだ。
人格を変えてしまう力なんて恐ろしすぎるが・・・・なによりも俺は、
口が先行して挑発的態度に出ることがとてつもなく恐ろしい。
こいつが言うように、力を伴っていない。
ただの口先野郎である。
「1」
まぁそれでも。
こんな力も悪くないと思う程度には、割り切ってきた。
この力が無ければ、俺はこの場面に出くわした時どういった行動を取っていた
だろうか。
土下座していただろうか・・・・・・。
いや。
この場面には出くわさなかっただろうな。
「0」
ため息と共に、剣は容赦なく振り下ろされた。
臆することなく、女を見続けた。
ズシン。
と、重低音が響く
はずだった。
「なん・・・で・・・」
と、目の前の変態仮面が仮面越しでもわかるような驚愕っぷりが認識できる。
程度には、頭はクリアだった。
というのも、
「一体なにが・・・・何故・・・貴方は無傷なの・・・?」
どうやら無事なようだ。
あいつがうろたえるのも無理はない。
俺が無傷などころか、奴の剣に纏っていた強大な気も消失していたのだ。
「お・・おう・・こ、これが俺の力だ。なんかこうすげー力でお前の気をだな・・・」
つーか、俺はその10倍はうろたえている。
「相手の気を瞬時に消失させる力なんて聞いたこと無いわ。
まさか貴方も理持ち・・・それでもそんな理が存在するなんて聞いたことが・・・」
確かに俺も理持ちだが、この力で相手の気を消した事なんて一度も無い。
そもそも、そんな力があるのなら世界制服に乗り出すっつー・・・・・・、
「はぁっ!!!」
掛け声で気づけば、目の前には大きな気の塊が目の前にあった。
どうみても先程と同じものだった。
流石に身構えたが、寸前のとこで消えてしまっていた。
「やっぱり私のミスじゃなくて何かからの干渉・・・?
接触したら消えるなんてやっぱり聞いた事が・・・・ぶつぶつ・・ぶつぶつ・・」
もしかしてこれはチャンスなのではないだろうか。
目の前の女はぶつぶつ言いながら完全に考え込んでいるではないか。
どんな原理でこうなってるかは知らないが、とりあえずの所、
あいつの気は俺に接触する度に消失している。
つまり、俺があいつに殴りかかれば接触したと同時にあいつが纏っている
膨大な量の気も消失させ、直接的に攻撃が出来るんじゃないだろうか。
そこまで考えたところで笑いがこぼれてきた。
多分人生で一番あくどい顔をしているんじゃないだろうか。
即実行に移すべきである。
一気に仮面女の下へと肉薄する。
気を相棒に集中させ、走りこみと共に一気に仮面女の顔面へと―――、
「・・ぶつぶつ・・ぶつ・・・・・っ!!」
叩き込まれること無く、寸前の所でかわされた。
いや、少しかすめたのか、顔面の上半分を隠した仮面が吹っ飛んでいた。
素顔が晒されたが、全くもって隠す必要を感じないくらい――、
「なんだよ・・・てっきり物凄い傷跡とか酷すぎる火傷とか想像してたのに・・・・
目茶苦茶”普通”じゃねぇか!!!」
「普通?・・・そんな馬鹿な・・・なんで・・・?・・・なんでそんな事
言えるの・・・?・・・一体何が・・・」
凄い勢いでしゃがみこんでで両手で顔面を押さえながらまた、ぶつぶつと呟きだした。
なにコイツ気持ち悪い。
もうこの女には最初に感じた「あ、これ死んだかも」というのは感じられない。
ただただ気持ち悪い女なだけである。
マジで吐きそうなくらい気分が悪いのでさっさとケリつけて眠りにつくとしよう。
相棒に気を集中させる。
ふりかぶる。
目の前の戦意喪失っぽい女に振り下ろすように叩き込む←重要
実に俺好みの展開である。
我・・・ここに勝利を確信せり!!!!!
「っしゃぁああ!!!とっととおねんねしとけやこのクソおん・・うぷ・・・
うぷ・・・・・お・・・オエェェェエ・・うぷ・・オェェェェェェェェエ・・・」
ぶちまけられる吐瀉物。
その先にはしゃがみこむ仮面を無くした女。
止まらない俺の吐瀉物。
髪だけではなく、服までも汚されていってる女。
ようやく止まった俺の吐瀉物。
ようやく立ち上がったゲ○まみれの女。
吐いた事により少し気持ちよくなった俺。
おもいっきり右手を振りかぶっている女。
覚えているのは、絶叫と物凄い勢いで振りぬかれる右の平手が、頬ではなく
顎に直撃した事。
そこで俺の意識は完全にブラックアウトした。