今日 ②
第一章 始めさせていただきます。
街での最初の問題はお金だった。
城から抜け出す際に協力してくれた女中の者から、
生きていくうえで絶対に必要な物と聞いていた。
彼女は、それに変わる物を私の部屋からいくつか選んでくれ、
これを”質屋”と呼ばれる場所で換金して下さいと助言も貰った。
さらに彼女曰く、
「あまりにも高価な物を選ぶと、自ら危険を呼んでいる様なものなので
親を無くし、家にあった目につくお金になりそうな物を持ってきた没落貴族。
というコンセプトで選んでみました」
と自慢げな顔だったのを覚えている。
宿屋に着いた当初、そこではやはりお金が必要だったので、
宿屋の主に質屋の場所を尋ねると、
「あそこは本当にお金に困った人しか訪れませんからね、足元を見られます。
銀行へ行って、品を鑑定して貰い正当な金額で買い取ってもらう方が
良いでしょう。いや、そうするべきです!!!!」
と、奥から出てきたご夫人が物凄い熱弁しておられていたので、
言う通りに銀行へと足を運んだ。
この銀行とやらは、ここ最近大きく成長した両替商の名前らしい。
今やその規模は拡大していき、大きな街を対象に次々と設立されているという。
この街の人々の生活にも欠かせない場所となっているそうだ。
街の中心部にに銀行は建っていた。
周りの建物と比べるとやや新しく、そして大きい。
中に入ると、信じられない速度で女の人がやってきて、対応をしてくれた。
換金なんてあっという間。
あれとあれよという感じで事が進み、
口座だの、預金だの初めて聞く言葉を延々と語られ、
現在お金を得る手段が無い事をポロっと口に出してしまった時には、
仕事の斡旋もやっているので是非どうぞ、なんて凄い勢いで勧められた。
今回は換金目的の為だけにここに着たが、この銀行という場所はこれからの
生活を考えると、とても重要な施設になるだろう。
今は、やんごとなき事情で(早くお風呂に入りたい)
早急に宿屋へ戻らなければならないが、
時間が出来たらゆっくりと話を聞いてみよう。
しかしながら、苦労した思いでたどり着いた
この街カシゴテンオは本当に素晴らしい。
人々の活気、市場の多さ、治安の良さ、街の雰囲気がとても良い。
『木の葉を隠すなら森の中』という古代語がある。
ここは沢山の人間が集まる街だ、あまり長居は出来ないだろうが
暫く身を隠すにも適しているだろう。
そして何よりも・・・・・、
宿屋のお風呂がもう最高だ。
シンプルなデザインの一間に、
一人で入るのには広すぎず、狭すぎないという絶妙なバランスの浴槽。
ヒノキの木材で出来たその造りは、独特な香りと安らぎを与えてくれる。
浴槽に浸かった時に丁度視点の先に小さな小窓があり、
恐らく計算されて設置されているだろうその場所から見える景色もまた、
この場所の意居心地を良くする為の設計だろう。
この宿屋を経営している亭主夫婦も良いお人達で、
こんな素性も知らない私を快く長期滞在する許可をくれた。
こんな素晴らしい宿に、身を置く事が出来て私は幸せものだ。
ちなみに宿屋の名前が「質実剛健」だったのでこの場所を選らんだのだが、
なかなか私のチョイスも捨てたもんじゃないと思う。
余裕が出来たので、1日目からさっそく世間の一般常識を学ぶが為に
色々街を詮索。
次々にわかってくる城の外での生き方。
城の中では与えられれるだけだった。
ここでは、自らが自らの意思で行動しなければ何も始まらない。
それがとても新鮮で充実感があった。
情報収集(一般教養)の為に酒場に来るまでは。
■■■■
日も落ちてきて、夕暮れ時となっていた。
お腹もすいたので、探索中に目星をつけていた店で晩御飯を済ませた時には
日は完全に沈み、辺りは暗くなっていた。
そろそろ頃合だろう。
酒場へ行こう、酒場へ。
文献で得た話だと、酒場は多くの人間が集まり沢山の話が酒の肴となっているので
それに耳を傾けるだけでも面白い話が聞けると書いてあった。
特に『ルーツ・レス(根無し)』と呼ばれる者達は、自国や他国を飛び回っている
らしく、話題も豊富で彼等の体験談は大いに旅の役にたつという。
街には色々な酒場があったが、なんせ人生で初めて入る場所だ。
最初から大きい酒場に行くような勇気はなかったので、
こじんまりな酒場を選んだ。
中は少し薄暗く、つりランプ灯りがちらほらあるだけだった。
既に何人かの客がお酒を飲みながら、会話に華を咲かせている。
一人だったので、カウンター席を選んだのは無難な選択だろう。
ここからが本番である。
酒場に来たのだから当然、お酒を注文する事になる。
私はお酒を飲んだことが無い・・・。
というよりどんなお酒を頼めばいいのかもわからない。
店の亭主は私の注文を今か今かと待っている。
先程からチラチラと見ているので、そんな気がする。
よしここは・・・・!!!
「亭主、注文をお願いします」
亭主はこちらを向いただけだった。
無口なのお人なのだろうか?・・・・とにかく続けよう。
「女性にも優しいのを一つ」
そう頼んでみた。
亭主は後ろの棚から1本の瓶を取ってそれを開け、グラスに注いで差し出してきた。
これが・・・・人生初のお酒・・・一体どんな味が・・・。
恐る恐る口にしてみると、
「美味しい・・・・」
自然に声が出ていた。
飲み口がやさしく、スッキリして爽やか。
やわらかな香味とまろやかな・・・・・これほど美味しかったのかお酒というものは。
あまりの美味しさだったのでおかわりを貰い、三杯程いった所で気づいた。
全く、周りの話を聞いていなかったことに。
完全に自分の世界に入ってしまっていた。
これはいけない・・・・耳をすまして他の人達の会話に集ty・・・、
「よっしゃぁ!!」
そんな声が左の方から聞こえた。
と、思ったと同時に右手になにかぶつかって・・・・、
冷たいと思った。
気づいたら服が濡れていた。
そこには倒れたグラスと、そこからこぼれただろうお酒。
なんなんだ、これは一体。
私がなにをした?何故この仕打ちを受けねばならない?
誰だこんな事をしたのは・・・!!
左の方を見ると、薄暗くて顔までは判断出来ないが、男が二人がいた。
一人は、こちらを見ながら無言でもう一人の方を指し、
指をさされた男はカウンターから立ち、それを辞めさせようとあたふたしている。
どう見ても”あいつ”が犯人だ。
自分のしでかした事悪びれもせず、そしてそれを隠蔽しようとまでする。
最低な奴とはああいう男の事を言うのだろう。
やったらやり返すという連鎖は断ち切らなければならないが、
人としての道理を教える為に、例外があってもいいだろう。
グラスを握る。
男を見据え、振りかぶる。
こっちに向かって何か叫んでいるがそんな事は知らない。
全力をもって、グラスをぶん投げた。
□□□□
男達の方に歩みよる。
指をさしていた男の方は席を立って何処かへと行ってしまった。
グラスを当てた方は、頭を抑えうずくまっている。
痛そうだったが、今はおいて置こう。この男に不満を言わねば気がすまない。
「貴方には、自分が犯した罪に対して謝罪をするという気持ちはないのですか?
ここは気持ちよくお酒を飲む場のはず。あのような振る舞いとても許せるよう
なものではありません」
「っつ~・・・だから・・・真犯人は他にいるって・・・言っただろうが・・・」
「自分の非を認めないのですか・・・呆れてしまいますね」
「だから!!俺じゃねーって言ってるだろうが!!って・・・あれ!?
オッサンは!?オッサン何処行ったの!?」
顔を上げて男が叫んだ。
見ると若く私と同世代くらいで、
護身用の物だろうか、腰の後ろの方に剣の柄が見える。
良く見ると顔はある程度整っており、髪も短髪に切りそろえられていて
清潔感があるが、服装が頂けない。
長めな黒色の外套は砂埃でうす汚れ、その外套から覗かせる衣服はよれよれ
になっており、ある程度の外見はほぼマイナスの方向へと傾いている。
「お連れの方なら、先程立ち去られました。
それよりも、店内に入る時は砂埃くらい払ったらどうですか。
他者に迷惑をかけるなと、誰かしらから教わったでしょう?
謝罪の気持ちも大事です。自分の非を認め、悔い改めなさい」
「なん・・・・だと・・・あの野郎逃げたな・・・・。
そして、なんという上から目線。
実際に自分で目撃していないのに犯人を決め付けてんじゃねーよ」
「初対面の相手に敬語も使うことが出来ないのですか・・・・。
それに、犯人はいつも『俺はやっていない』と言い張るものです」
「あれ?なにこの母親と喧嘩している感覚。懐かしくて涙がっ・・・、
ってちげーよ!だから俺じゃねーっつってんだろ!?
そもそもアンタの方がよっぽど怪しいわ!なんだよそのフード姿に仮面。
後ろめたいっていう気持ちが生活面に滲み出てんぞ!!」
「なっ!・・・これはやんごとなき事情の為、仕方ないのです。
そもそも貴方はレディに対して配慮が足りません。
女性に外見的な面で指摘するなんて常識不足!そう、非常識人間です!」
「うっぜえええ・・・マジこの顔面上半分仮面女うぜぇえ・・・・・」
・・・っくぅ!!!・・・この男・・・頭に・・・・きた!!!
「貴方、常識が本当に足りてないわ!
そもそも、人の服を濡らしておきながら謝罪の言葉が無いっていう時点で非常識!
人が安らぐような場所で砂埃も払わず入ってくるのも最低最悪!
おまけに服はよれよれでだらしがない!恥を知りなさいっ!!!!!」
「それが素かこのクソ女!!自分の主観だけで犯人を決め付けるんじゃねぇ!
確信も無しにグラスを投げつけるアンタの方こそ非常識だし、そもそも!
この酒場自体俺みたいな人間が来ることが多いっつーの!!
それにアンタのその服も大概だぞ!?そんなヒラヒラしたのつけやがって
お嬢様はとっととお家に帰って優雅に紅茶でも啜ってろ!」
「無礼な!身を弁えなさい!!!」
言い切ってからハッと気づいた。
頭に血が昇っているからか、安易に身分を知らせるような言葉を放ってしまった。
こんなくだらない事で、足がつくのは避けたいが・・・、
「なにが無礼だ。鏡を見てから言え!そいつ顔面の上半分に無礼なのつけてるから!」
深く考えない性質なのか、それとも何処かの令嬢だと思っているのか、
どちらでも良い・・・・助かった。
だけども・・・・・!!!!
「言っていい事と悪い事がある事くらい子供じゃないんだから分かるわよね・・・?
そろそろ大概にしないと本気で―――、」
「上半分女」
「・・・・・・はい?」
「いやだから、上半分女」
目の前の男は一体何を言っているのだろう。
理解が出来ない。
「顔面の上半分だけ仮面の女。長いから上半分女だ。何か文句あるか?」
冷静な時はくだらないと一蹴するような言葉。
実にくだらないと。
実際くだらない。
だけども、私の理性を吹き飛ばす程度の威力をその時は孕んでいて・・・・、
■■■■
「ますたぁー、もう一杯だ・・・・俺はやれる・・・やれるんだ俺は・・・うぇ・・」
私の隣で先程の若者がグラスを持ちながら、
気だるそうにカウンター席に突っ伏している。
「本当、強いのは口だけ・・・何が『お酒ですら俺には勝てねーよ』ですって?
鼻で笑うとはこの事よね」
数時間に言われた言葉で、私の怒りはどうやら頂点に達したようだった。
今までの人生の中で、食べ物を置く場所をあんなに強く叩いた事は
無かったし・・・・なにより・・・、
『もう言葉でなんてウンザリ。何かで決着をつけましょう、一体どちらが正しいか。
それで文句無しになるような何かで!!!』
と、あんな大声でおもいっきり啖呵を切るなど・・・はしたない・・・・。
またもやお姫様レベルが下がったのを感じた。
『上等だゴラぁっ!!勝った暁には俺の身の潔白を証明するだけじゃ足りねえ!!
代償はその体と仮面で払ってもらうからなっ!!!!』
と、男はもはやゲスの極みだったので、私の冷静さをさらに奪っていた。
ここが酒場という事もあり、なら酒の強さで勝負という事になった。
同じ強さのお酒を同時に飲み、何杯で潰れるかの勝負。
彼は何十杯飲んだだろうか。
私は何十杯飲んだだろうか。
覚えてはいないが、とりあえず。
「ますたぁぁぁ・・・・・おかわりら・・・おかわりを・・・うぇぇ」
私の勝ちは間違いない。
何故かは知らないが、全くといって良いほど酔っていない。
いや、そもそも酔うというのを体験した事がないのだからなんとも言えないが。
目の前にいるこの男のように、気だるい感じは全くない。
「これはもう私の勝ちという事で構わないわね?
ここの支払い。そして私の服を濡らした謝罪。どちらもやってもらうわ」
土下座はさせようかなと考えていると・・・、
「まら・・・・まらら・・・っ!!」
「どうやら諦めも悪いみたいね・・・いい?認めなさい。
貴方は私に負けた。これ以上みっともない姿を晒すのはやめた方がいいわ」
「うるへえぇえ!!・・・まらっていったらまらなんらよ・・・やっぱり・・・
しょうぶといえば・・・・これらろ!!」
そう言って彼が手に取ったのは、腰の後ろにさしていた剣だった。
スーッと冷めたものが落ちてくる感覚がした。
冷静さを取り戻していく。
「これは貴方の為に言うわ。それでは”絶対に私には勝てない”
だからそんな物騒な物は早く収めなさい」
「まちのにしぐちをでるとなぁ、なーんもないそうげんらひろらっているんら。
そこで・・・・・・けっちゃくをらな!!!」
そう言って、ふらふらになりながら立ち上がる。
危なげに剣を収め、ゆっくりと歩き出した彼は、
「さきにいっれ・・・・まってるからら!!・・・ぜっ!・・たい・・に、こい!!」
そう言って、店の外へと出て行ってしまった。
悲しい後ろ姿である。
残ったのは、少しばかりグラスに残ったお酒のみ。
それをちびちびと飲み続ける。
絶対に行ってやるもんか。
人の話を聞かないばかりか、強いのは口だけのあんな男の挑発などに
もう付き合ってやるつもりもな――、
亭主が目の前に立っていた。
なんだろうか、何かを差し出してきた。
それは数字が書かれた一枚の用紙。
「・・っ!!・・・飲み逃げっ・・・!!!」
膨れに膨れ上がったお勘定だった。
□□□□
仕方なくお金を払い、酒場を後にした。
お金を取り立てるべく街の西口へと足を運ぶ。
月が雲に隠れて辺りが暗い。
門から街の外にと出て、少し歩くと一つの人影が見えた。
確実にあの男だろう。
なにやら木に片手を置いて、かがみながら何かをしているようだ。
雲から月が出てきて、明るくその場を照らした。
彼は一体何を――、
「おぇぇぇぇ・・・・うえぇぇぇぇぇ・・・・うぷ・・・おえぇぇぇぇ・・・」
月夜に照らされて見えたのは、盛大に汚物を吐いているあの男の姿だった。
ちょくちょく気になさってくれる方ありがとうございます。




