1ヶ月前 2.5
私よりも気鋼糸を操る才能が無く、それによって家での立場も弱いが
それとは別に兄なのだから妹に対して堂々としていればいい。
昔はそう思っていた。
必死に努力する兄を見ながら、私は適度に鍛錬を行っているだけで
それを軽く超えていってしまう。
自分が兄とは違い、特別なんだと考え始めたのはいつからだったかは覚えていない。
その時には既に兄妹の会話が無くなっていて、ほぼ他人。
上官と部下という感じのやりとりしかしなくなっていた。
上級学校に入学した15の年、父が言った一言で
それはもう会話だけの話では無くなった。
『卒業したらあいつを部下に就かせる。お前の方が三つ年下だが、私の見立てでは、
あいつよりも早く卒業出来るだろう。入隊順として見ても何も問題は無い』
疑問は持たず、ただ受け入れた。
2回生を飛び越え、3回生になった上級学校2年目のある日
私に「力」が発現した。
持つ者と、持たぬ者とでは人としての価値が大きく変わってくる程の「力」
やはり私は特別だったのだ。
古代人が残した言葉。
それは古代人が世の理を文字で表現したものだ。
「力」の発現。
それはこの体に一つの理を得る事。
私に発現した「力」は気鋼糸を扱う者にとって非常に有益な力だった。
その理の名は『灯台下暗し』
遠くを照らすが、近くは暗い。
この力を使ったとき、相手は近づくにつれて私を視認出来なくなる。
1m圏内は全く見えないと言ってもいいだろう。
中距離以上の戦闘が得意な私にとって、これ程に近接特化した「力」を与えて
くれた神に感謝しなければならない。
やはり私は特別なのだ。
父の見立ては外れ、私は一つ遅れて卒業する事になった。
しかし、卒業後の予定は変わらないだろう。
兄は、私の部下としてこれからを生きるになる。
これはもはや決定事項なのだ。
父に対して忠実な兄は、反論しないだろう。
だからか、学園長に呼び出しを受け依頼された時は少し驚いた。
何故飛び出したかは興味ないし、受けた事は確実にこなすが、
あれも父に逆らう様な行動を取るんだなと淡々と思った。
追いついた時には獣に取り囲まれていた、それに魔獣つき。
久しぶりに見た、あれは覚えている姿よりも若干大人になっている。
呆然としているのを見ると、魔獣相手に怖気づいているのだろう。
だから・・・・・、
「だから貴方は落ちこぼれと言われるのです」
罵ってやった。
追いかけるのに多少汗をかいたし、私の手を煩わせたのでイラついていた。
「手に触れるなぁっ!!!!!!」
そう叫ばれながら手を振り解かれた時は、一瞬体が強張ってしまった。
兄からこんな攻撃的な言葉を浴びせられた事が、過去に無かったからだ。
「あ?なんだよその目。あ~出た。出ました! お得意の”お前ごとき”が体制。
下と決め付けていた相手にさ、逆らわれるといつもそういう態度取るよなお前。
治した方がいいぜーそれ、まぁ日々の生活で培ったものだから
いっぺん人生やり直した方がいいかもしれんがな!」
あまりにも不自然だった。
まるで人がかわったように目の前の兄は、攻撃的な表情と言葉で私を責め立てている。
「貴方こそ、さっきから誰に向かってものを言っているかわかっていますか。
それに、言動に対して実力が伴わない相手をどうして敬う必要があるのでしょうか?
今の貴方はそれに大きく該当します。実に・・・・不愉快です」
困惑もあったが、一番強かったのが怒りだった。
将来的とは言え、自分よりも下の人間が特別な私に歯向かうなどありえない。
これは調教しなければならない。
それがたとえ、実の兄だとしてもだ。
「・・・・・言いたい事はわかりました。どうやら直接的に調教しなければいけないよう
ですね。本当に嘆かわしい・・・”弱い犬程良く吼える”・・・まさしくその通りです」
「吐き気がするが同意見だ。知ってたか?会ってからの大部分が
喋ってるのお前の方って事をさ。ホント・・・・良く吼える雌犬さんだぜ」
頭の中で何かが切れる音がした。
あのような蔑んだ目、許せるわけが無い。
あのような不快な言葉、許せるわけが無い。
いいでしょう。
その思い上がった態度・・・・私自らの手で―――ー、
「制裁を加えます!!!」「叩き潰してやるよ!!!」
兄の考えは読めている。
小剣を構え迎撃体制を取っているが、あれで私の気鋼糸を
捌くつもりは無いだろう。
私の扱える気鋼糸は12本。
兄の扱える気鋼糸は、恐らくそれの半分以下。
まともに気鋼糸だけの争いだと部が悪くなる。
まぁそもそも兄は、父に気鋼糸を取られているので、
使おうにも無いのは使えない。
なので、気鋼糸を扱う上で出来る弱点を突いて来るはずだ。
中距離以上で迎撃すれば10本以上相手にする事になる。
気鋼糸を使う相手に対する定石は、一度放たれた気鋼糸を見極めて避け、
距離を詰めて一気に勝負をつける。
兄はそれを狙ってくる。
これは確信だ。
ならばそこに罠を張る。
気鋼糸だけで屈服させるのもいいが、それではつまらない。
私をあそこまで愚弄したのだ。
その思い上がった考えを完膚なきまでにへし折る。
二度と逆らわないようにする為にも、絶対的な「力」でもって策ごと潰す。
扇を振るった。
『気鋼糸術・投網』
11本の気鋼糸それぞれに気を流し込み同時に、切れ味を鈍化させ、
粘着性を付与する。
鋼糸に触れようものなら、それに張り付き絡み取る事で捕縛する武技だ。
放った鋼糸は兄の下へと向かって行く。
これで終わるようでは、本当にがっかりだが。
読み通り、距離を詰めてきた。
その先にある鋼糸は3本。
2本をさけられ、1本はガントレットで防がれた。
さらに私との距離を詰め、小剣を投擲。
恐らく兄は、こう考えているのではないだろうか、
『あいつは俺を舐めているから、近接用は1本しかない。
小剣を防ぐ事でそれも無くなり、その間に懐に潜り込んで決める』
私は、兄の考えどおりに小剣を待機させておいた鋼糸で受け止めた。
さらに接近してきた兄は、気を取り込みガントレットに集中させている。
恐らく間合いに入ったのだろう。
笑いをこらえきれない。
面白いくらい私の思い通りに事が運んでいる。
兄は、私が誘い込んだこの状況に気づいているだろうか?
いや、気づいていないだろう。
一度勝ったと思わせ、それを打ち砕く。
私の絶対的な「力」で打ち砕く。
逆らう牙をこの手で打ち砕く。
『灯台下暗し』
心の中で呟いた。
これで兄は私を視認する事が出来ない。
なんせ、あの拳が届く距離まで近づいているのだから。
私はただゆっくりと横にでも移動するだけでいいだろう。
さて、これからどう制裁を加えようか。
今の兄は、もはやただのお人形さんだ。
とりあえず、鋼糸で縛り上げ腕の骨でも折っておこうか?
片耳だけ切り落としておこうか?
それとも先程から目が合い続けているその顔をぐるぐる巻きにして――、
強烈な違和感。
何故目が合い続けている?
何故拳は私の方へと向かってきている?
これではまるで・・・・見えて・・・・・そんな訳ない!
では何故。
何故兄は、私を眼で追いかけてきてるのか・・・、
追いかけることが出来るのか。
まだ見える範囲?
そんな事は無い、十分この距離は有効範囲内だ。
「力」を使えていない?
そんな訳は無い、使っている感覚が私にはある。
では何故!?
とりあえず、鋼糸を戻・・・・・・!!
またしても違和感。
兄は私の鋼糸をガントレットで”受け止めていた”
何故、普通に防がれているのだろうか。
私は鋼糸の切れ味を鈍化させ、粘着性を付与していた。
ならば、そこに鋼糸が”ついて”いなければおかしいではないか。
何故そこで気づかなかった。
焦っている。
私は何故こんなに焦っている?
決まっている。
私の「力」が通じない。
ただ、それだけの事。
拳は眼前まで迫っていた。
策ごと完膚まで無きに打ち砕かれたのは、私の方だった。
これにてプロローグは終わりです。