1ヶ月前 ②
夜の林道を疾走する。
上級学校の裏林。
林道というよりも、もはや獣道と言ったほうがいいくらいに道は荒れている。
草は腰程まで高く茂り、人の行く道を遮るかのように大きな岩がゴロゴロしている。
が、気の力によって格段に向上した身体能力は、少々の悪条件などものともしない。
しっかしまぁ・・・こんな強行軍になるとは思ってもいなかった。
予定ではちゃんと卒業単位を取って卒業書を貰った上で、
行動するつもりだったんだが・・・・・。
■■■■
「なに?入隊を辞退したいだと?貴様ふざけるのは顔だけにしろ」
流石我らが担当教官だ。痛烈すぎる。
6回生担当の教官が集まる教官室へと懲罰板を返しに来た俺は、ついでだったので
独立機動隊の入隊辞退を進言した。そして顔をけなされている、真顔でだ。
「今年の6回生の中で、お前は優秀な成績を修めている。これは周知の事実であり、
お前一人合格と言っても不自然さはあまり無いだろう。何が不服だ?」
「優秀と言っても、すごく飛び抜けている訳でもありません。
このまま入隊した所で無様を晒すだけだと思っています!
学校にも迷惑がかかりそうですし、今ならまだ間に合います!」
「ふむ、言いたい所はとりあえずわかった。で、貴様の本音は?」
「とてつもなく面倒であります!!!」
グキャっと嫌な音と共に腹にめり込むのは教官御用達の警棒。
しかも用途的に殴打する武器をあえて突きとして使うとは・・・
やめて下さい死んでしまいます。
「貴様一人の問題では無いのだ。これは学校の信用問題に関わってくる。
今回きりで入隊試験が行われなくなったら貴様はどう責任を取れる?」
「しかしながら教官。自分で言うのもあれですが、
このような根性の無い奴が入隊した所で学校の信用問題はガタ落ちだと思われます!」
「理由が薄い!!自分をもっと卑下してもう一度だ!!!!!」
「しかしながら教官!自分で言うのもあれですが私のような根性が腐り、
顔もふざけた奴が入隊した所で学校の信用問題は―――、」
「お前ならまだまだ出来る!!もう一度!!」
「きょおかぁん!!!自分で言うのもあれですがぁっ!!!性根は腐り落ちぃ!
顔は卑しくぅ!道を歩けば人々からクスクスと笑われぇ!!
制服もこのように染みだらけのこの私がぁ!
入隊させて貰った所で学校の信用問題はぁ!」
「入隊した後の事は知らん。お前を見出した第一師団の連中の目が節穴だった。
それで済ませればいい話だ。そんなに自分を卑下するな腐るぞ」
ありがたいお言葉に赤い涙が出そうだった。
「それに貴様にとってこれは大きなチャンスではないか。
あの生意気な小娘達の鼻っ柱を折るには絶好の機会だろう」
「生意気な小娘達って・・・一応この学校で唯一の・・・
いや二人だから唯一ではないか。
まぁ、二人だけの飛び級者じゃないですか。優秀な人材ですよ非常にね」
「貴様・・・・・まさかあの噂を真に受けてるんじゃないだろうな?」
「あの噂?ちょっと多くてわからないですが、どの噂でしょうか」
「本当は兄の学年をも超えているが、我々教官達の配慮で同学年以上の飛び級を
させていないという噂だよ。実にくだらんがな」
「え?それ本当の話じゃないんですか?」
「違うわ馬鹿者。確かに彼女達は非常に優秀な生徒かもしれんが、
それは成績上であって経験がものを言う社会でクソ程にも役立たんわ。
本人達は実家の方で十分経験を積んでますなどとぬかしているそうだが、
家にお膳立てされた経験など犬に食わせてしまえ!」
教官・・・・妹達となんかあったんだろうか・・・尋常じゃねぇ・・・。
「話がそれたな・・・・とにかく辞退は許さん。とあえずは入隊しろ、
それからだったら辞めても構わん!いいな!」
交渉は決裂。
俺はいそいそと教官室から退出し、寮へと向かった。
■■■
で、今に至るわけだ。
要は、もう卒業まで待てません。俺は出て行きます!って事で脱走した。
あの部隊に入隊?冗談じゃない。
絶対にやっていけない自信が俺にはある。
上級学校上がりと言えば、高給取りで有名だがその夢は
1ヶ月くらい前に儚く散っている。
卒業後は、親父に反旗を翻す意味も込めて無職になってやろうと本気で思っていた所だ。
中退という形になってしまったが、一応学園長室の扉に退学届けを貼り付けてきたので
きっと大丈夫だろう。
まぁとりあえず当面の問題は、この先の路銀稼ぎはどうするか――――、
なにかの気配がした。
数は・・・・4・・・5?くらいだろうか。
確実にこっちに近づいてきている辺り、目標は俺なのだろう。、
こう視界が悪いと接近されるまで視認出来ない、ほんとやっかいな地形である。
再度、気を体に取り込みながら腰の後ろに下げている小剣を引き抜いた。
草むらから少し頭を覗かせていた大岩の上に立って迎撃体制を取る。
まぁこの森から逃げ出そうとした時からこれは想定の内だ。
なんせここは・・・・・、
「「「「「ブルルルルルルルっ!!!!」」」」」
こんな感じで唸り声を上げながら襲いくるボア達が多く生息する場所なのだ。
「「「「ブルルルルルル!!!!」」」」
あいつらは結構凶暴な上に群れ単位で行動する生き物だ、
大きくなると1m近くにもなる。
「「「「ブルルル!!!!ブルルル!!ブルル!!!!!!!」」」」
注意すべきは2本の大きな牙、あれに突き刺されたら痛いじゃすまないだろう。
「「「「「ブルルルッ!!!ブルルルッ!!!ブルルルルルルルルルルルルル!!!!!
ブルルルルルルルルルルルルルルルッ!!!!」」」」」
なにより雑食なのが頂けない。あれらは群れで人里を襲い農作物を食い散らかす他、
偶に人までペロっといってしまう。
前に野外訓練を行った時、通りがかった村で奴らと「ブルルァアアアアアアアアアア!!!」
って・・・・・、
「うるせぇえええええええええええええっ!!!!!!!」
一匹のボアが草むらから飛び出て襲い掛かってきたので、横っ腹をおもっくそに蹴飛ばした。
完璧な手応えならぬ蹴り応えがあったので、あいつはもう行動不能と見ていいだろう。
視界が悪く、後何匹いるのか何処にいるのか正確に把握できない。
もはや面倒なので木を伝って移動する・・・・か・・・・・うわぁ・・・。
先ほどの奴とは比べ物にならない程の巨大なボアがゆっくりと暗闇から姿を現した。
目測5mはあるんじゃないかと思う。
ボアは大きくて1mくらいにしかならない、目の前の奴はそれよりも遥かにデカい。
規格外のやつ・・・つまりこいつは・・・・、
「ゴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
魔獣と呼ばれる類の生物だ。
ヤバイヤバイヤバイもう何がヤバイかって、俺の相棒は脱走時に色々詰めてきた袋の中にあるし、
それに手をつっこんで探し出し、黙々と装着する時間なんてコイツは与えてくれそうにもない。
そもそも何でこんな所に魔獣がいるんだふざけんな。
この辺に瘴気地帯なんて無いだろ!!
手元のこの小剣も、元々攻撃を受ける為のものであって武器じゃ無い。
このれであの2mはありそうな角を受けきる? 無理無理、死んじゃう。
逃げようにも魔獣相手じゃ確実に機動性はあっちが上だし、
身を隠しても奴らの嗅覚ではすぐに見つかってしまう・・・ああ・・・・
もうこれ・・・・終わった・・・。
恐らく30秒くらいであのデカいやつの腹の中におさまってるだろう。
人生終了のお知ら―――――、
「だから貴方は落ちこぼれと言われるのです」
声とほぼ同時に、世界がズレた。
ように見えたのは、周りに茂っていた木や草、そしてボアと魔獣。
それらが全て動きを止め、そして鋭利な刃物で斬られた様に寸断されたそれが
ズズズと流れるように落ちていったからだ。
圧倒的な迫力があった魔獣は、体を斜めに切断され事切れている。
木のせいで見晴らしが悪かったこの地形もかなりの広範囲にわたって切断され、
一本、また一本と倒れていく。
草にいたってはもはや踝の位置くらいまでしか無い。
まるでかまいたちに遇ったようなこの状況。
そして俺だけ無傷という事実。
結論。
完全に学園側からの追っ手であり、
「追うのに少々汗をかいてしまいました・・・若干イラつきますね」
5回生の制服を身に纏い、完全に目下の人間を見るような目付きの人物。
二人いる妹の内の上の方がそこにいた。
「こんなくだらない事はさっさと終わりにしたいので、迅速な対応をお願いします。
意味は理解出来ますね?大人しく連行されなさいという事です」
そんな場合では無い。
あの魔獣のせいでこいつの接近にに気づかなかった・・・痛いミスだ。
冷や汗がヤバイ。
早くコイツから離れなければ・・・・コイツ相手だと本当に・・・・。
「ボーっと突っ立てないで早く行きますよ。朝までに戻らなければいけませんからね」
そう言って、俺の手を掴みグイっと引っ張ってくる。
俺の手を掴んできた?
俺の手を?
俺の――、
「触ってんじゃねぇええええええ!!!!!!」
叫んでいた。
無理だった。
耐えられなかった。
このクソ女・・・・このクソみたいな女に・・・!!
「あ~もうマジでうぜぇ!誰に断って俺に話しかけてるんだ?
年上の人間に対する対応は習わなかったのか?人にものを頼む態度もいただけねーよ。
これだから女ってやつは・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
「あ?なんだよその目。あ~出た。出ました! お得意の”お前ごとき”が体制。
下と決め付けていた相手にさ、逆らわれるといつもそういう態度取るよなお前。
治した方がいいぜーそれ、まぁ日々の生活で培ったものだから
いっぺん人生やり直した方がいいかもしれんがな!」
「貴方こそ、さっきから誰に向かってものを言っているかわかっていますか。
それに、言動に対して実力が伴わない相手をどうして敬う必要があるのでしょうか?
今の貴方はそれに大きく該当します。実に・・・・不愉快です」
「お前の不愉快さなんて聞いてねーよ。俺に対してだけじゃねぇ、
自分より格下と認定した人間に対して、お前の態度は最低最悪だ。
死んで詫びるべきレベルに達してる」
「”飼い犬に噛まれる”とは古代人も良く言ったものです・・・・
こういう気分なんですね・・・いいですか?これが最後の忠告です。
大人しく私の言う事を聞き入れ学校へと戻りなさい。
逆らえば容赦なく、徹底的に、貴方をボコボコにして連れて行きます」
袋から相棒を探す。
色々詰め込みすぎたせいでちょっとオイ何処にあるんだ・・・?
クソっ・・・ここか! 相棒カモン! 違う!? ここか!? 違う!?
「何をしているのですか、話を聞いているのでしょうか?私に従えと言っているのです」
ほんとペラペラと五月蠅い女だ。
「今なら先程の件は聞かなかった事にしてあげます。
お父様にも知らせる様な事もしません」
見つけた!! 我が愛しき相棒よ~・・・・でも相棒ならすぐ出てこいよホント
よし、さっさと手に嵌めてっと・・・・うし!これでやっとまともに戦れるってもんだ。
「ガントレット・・・? まさか本気で私相手に戦う気なんですか?
いきなり変わった言動といい、さては貴方別人?もしくは狂って・・・」
「いいや、お前のその無駄なプライドへし折って、目上に対する姿勢を教えてやる。
ついでにあれだな、女ってのは男より一歩下がってるくらいがいいって事も教育だ。
少しばかり力あるからって調子にのりやがって」
「・・・・・言いたい事はわかりました。どうやら直接的に調教しなければいけないよう
ですね。本当に嘆かわしい・・・”弱い犬程良く吼える”・・・まさしくその通りです」
「吐き気がするが同意見だ。知ってたか?会ってからの大部分が
喋ってるのお前の方って事をさ。ホント・・・・良く吼える雌犬さんだぜ」
言い切った瞬間、とてつもない殺気を叩きつけられた。
今ので完全に怒らせてしまったらしい。
男には勝てないと解っていてもやらなければいけない時がある。
それが「力」持つ奴が相手でもだ。
こっちだって”折角たがが外れたんだ”・・・・その鼻柱・・・完膚無きまで・・・、、
「叩き潰してやるよ!!!」「制裁を加えます!!!」
右で持った小剣を前に構え、左手だけに嵌められた相棒はやや後方に引いて
構える。
あいつが起こした、かまいたち現象の原因はわかっている。
それが俺達の家系の技であり、俺と妹達との埋められない実力差を示した最初の原因だ。
『気鋼糸』と呼ばれる鋼と気留石を混ぜ合わせ、特殊な技術により糸状にし
限界まで研ぎ澄ましながら恐ろしい頑強性を兼ね備えた糸で、
それを気を通す事で自在に操り、敵を殲滅する技。
家で代々引き継がれてきた武技であり、誇りでもある。
俺が8歳の頃1本の気鋼糸をも操れないのに対して、
上の妹は当時5歳で5本の気鋼糸を自在に操った。
下の妹も姉とまではいかないが、5歳の頃には3本まで操ることが出来ていた。
俺が特別劣っていた訳ではない、妹達が歴代の中で規格外だったのだ。
そして現在、俺の前方で攻撃態勢を取っている雌犬(上の妹)はというと・・・・・・、
手に握られているのは一つの扇。
扇を構成する骨組み一つに対して、1本の気鋼糸が組み込まれている。
骨組みの数は12本、つまり気鋼糸も12本。
親父が操れる数は14本、歴代最高が18本
若干17歳にしてその数はやはり規格外。
そしてそれこそ雌犬(上の妹)が天狗になっている原因であり、他者を見下す要因だ。
「気鋼糸の才能が無いという事がわかった後、色々な武技に手を出しているとは聞いて
いましたが・・・これは滑稽ですね、剣と拳を使おうだなんてダジャレですか?」
「・・・・・・・・・・」
「だんまりですか・・・全くこれだから――、」
「キャンキャン吼えるなよ雌犬」
「まだいいますか!覚悟なさい!!!」
雌犬が扇を振るった。
上下左右から1本1本が生き物のようにうねり、俺へと目掛けて襲ってくる気鋼糸。
この小剣は攻撃を受ける為の剣だが、あれ相手に受けるつもりは無い。
糸に絡めとられ、最悪こちらを向く刃と化すからだ。
留まって迎撃すれば10本程度一度に相手にしなければいけない。
なら、自分から動き、移動した先の数本をかわせばいい。
雌犬の方へと全力で前進する。
前方からの2本をかわし、かわしきれなかった1本はガントレットで
滑らせるように受け流す。
腕に巻きつかれる前に受け流す事で生まれた空間に入り込んで前へと離を詰める。
小剣を雌犬に向かって投擲。
気鋼糸は一度振るえば中距離以上で圧倒的なアドバンテージを得るが、その一方で
接近されれば、長く伸ばしている分近距離での操作性が落ち、
ちょっとした間が生まれてしまう。
それを防ぐために、1から2本程自分の周りで待機させているのだ。
ちょっとした間が勝負だ。
小剣を投げたのは防御を一枚でも崩すのが目的で、これからが完全に直感だが
雌犬は俺を舐めきっているので、自分の保身用気鋼糸なんてせいぜいあって一本だろう。
投擲された剣は、当然の如く待機されていた気鋼糸に防がれる。
その間にさらに距離を詰める。
完全に俺の間合いに入った。
後は相棒で雌犬の顔面を思いっきりぶん殴るだけである。
呼吸をし、
気を再度取り込んで、相棒に集中させる。
左腕を振りかぶり、
左足から右の軸足に体重を移動させながら乗せて、
思いっきり、
顔面を―――――!!
雌犬が笑っていた。
まるで、罠にかかったな、と言わんばかりの顔である。
俺の渾身の一撃をかわす用にして、体を横へと移動させ始めた。
滑らかな動きと言えば滑らかだが、はっきり言って動作が遅い。
これだと俺も単純にそれを追う形にしたら当てられる、全然回避になってないのだ。
一体・・・・・なにがしたい?
ここで引く必要は無い。
所詮、相手は雌犬。
誰が上で誰が下かここで理解させる!!
そのまま薄ら笑いした雌犬の顔面に拳を叩きつけ、振りぬいた。
雌犬は盛大に茂みの中へと吹っ飛んでいく。
超絶にスカッとした。
手応えもバッチリだった。
が、疑問が残る。
何故雌犬はあの状況で笑っていた?
あんなに簡単と懐へもぐれるはずがないので、恐らく何か策があったはず。
そして何より雌犬の「力」を見なかった。
油断しすぎて使っていなかったのか・・・・・・。
まぁなんにせよ。
「俺の勝ちだな、そのままそこでおねんねしてくれ」
茂みの方に向かって決め顔をしておいた。
改行ミス多発・・・・
気をつけます。