三日前
私は国の為に生き、国民の為にこの生を使うものだと思っていた。
幼い頃からそう育てられていたし、私自信もそれに対して疑問を抱いた事など無かった。
今でもその考えは変わっていないし、その為に出来ることはしようと思っている。
100年あまり前、この国イニトルタモベと西の国アンダキタサは長い戦争の末に停戦協定を結んだ。
あまりにも長かった戦争はお互いの国をただただ疲弊させただけだった。
多くの人が国の為に死んでいったのだろう。それはこの国だけでは無く、隣の国もまた同じだ。
私は戦争を文献でしか知らない。
けども、これは繰り返してはいけない歴史だ。
停戦から100年で両国の間のわだかまりは薄れつつある。
もう一度戦争を起こしてはならない。だから私は―――、
「こんな所で捕まる気もないし、お前達だって簡単に連れ戻せるとは思って
いないんでしょう?」
挑発的に目の前の者達に問う。ここで引き下がる訳にはいかない。
「国王様からのご命令です。どうかお戻り下さい」
ニトル街道。見晴らしがよく、所々に緑がある王都と衛星都市を繋ぐ街道だ
その行く道を遮る者は5人。どれも見覚えのある近衛兵である。
恐らく偶々、街道へと出ていたのだろう。でなければ追っ手としては早すぎる。
「断る。と言ったはずです。道を開けなさい」
「なりません。ほどなくすれば――」
「増援もやってきて無理やり連れて行かれる事になりますよ、とでも繋げますか?」
「・・・・・・・・・」
相手方の人員がこれ以上増えてしまうのは避けたい。
だとすれば目の前の者達を打ち倒してでも、ここを通るしかない
結局、争いごとは避けられない。
「お願いでございます姫様。わたし達は連れ戻せとしか命令を受けていません。
姫様がどのような理由で城を出られたかは存じ上げませんが、
この近辺には凶暴な魔物も存在します。我々と共に城へお戻りください」
この者達は知る由も無いだろう。私が連れ戻される事によって
何が起ころうとしているのかを。
あの父、国王の考えを私はどうしても受け入れる事は出来ない。
「不本意ですがしかたありませんね、私はここで捕まる訳にはいきません。
武で争う事を良しとしたくありませんが・・・・・これで決めましょう」
そう言って、腰から下げた剣を鞘から引き抜いた。
「お戯れを・・・」
「あら、私は本気ですよ? それにお前達は”あの”上級学校を卒業したのでしょう?
聞いています『欲しいものは勝ち取れ』 実にシンプルでわかりやすい校風ね」
国に直接属する職は大抵上級学校の卒業生だ。この者達もそうだろう。
全くもって共感出来ない考えの校風だが、今はかえって好都合だ。
「よろしいのですか?我々は遊びできている訳ではありません。ここにいる5名全員で
姫様のお相手をいたします。お怪我をなさる事だってあるかもしれませんよ」
「構いません。それがお前達の仕事でしょう。では、いきますよ・・!」
”呼吸をし”大気中にある『気』を体に取り込む。
イメージするは血液。体中に駆け巡らせ馴染ませる。
体は器であり、気でもって満たさせる。
器が大きいければ大きいほど取り込む『気』は多くなり、得られる恩恵は比例していく。
大きく変わるは身体能力。
さらにイメージ。体中に満ちた気を、手から剣へと流す。
通常、器でないものに気は満ちない。しかし、この剣は例外だ。
「先ほどから気になっていましたが、やはりそれは気留石の剣ではありませんか!!
姫様何処でそれを!?」
「頂戴しました。独立機動七師団隊の訓練場からね」
気留石とはその名の通り気を留めておくことの出来る石だ。
石の質によって留める量は異なるが、この石で作られた武具は使用者の力量次第で
性能の差が大きく変わる。
「ちっ!・・・やむおえん。総員戦闘用意!! 姫様を捕縛する!」
先ほどまでの穏やかさが無くなり、一瞬で空気が張り詰める。
この場にいる全員がそれぞれ『気』を取り込み、ぶつかり合おうとしているのだ。
幼少の頃からそこそこ武技の稽古はしていたが、やはり実践では勝手が違う。
胸の動悸は激しくなり、体が熱い。
こういった時こそ思考は冷静に・・・冷静に状況を把握しなければ・・・・
槍兵3名に剣兵2名。相手は洗練された近衛兵であり、
当然の如く”軍御用達”である武具は、
気留石で出来たものだ。同じ物を持って初めてわかったが、気を纏ったこれらの武具は
全くもってやっかいだ。
囲まれれば終わりな上に、1人と鍔迫り合いなどすれば、
この広い場所で私の武技の力量では後ろからズバっ。で終わりだろう。対応は困難だ。
槍兵との間合いも気をつけねばいけない。
囲まれないような立ち回りをしながら鍔迫り合い、
打ち合いをせず一撃で行動不能にさせる。
5名全て打ち倒す必要は無い。突破口を開き、そこから強引に抜けられれば私の軽装と
彼らの甲冑姿では重量が違う。どうにか逃げ切れるだろう。
「姫様ご覚――――んなっ!?」
という訳で先手必勝といかせて貰う。
囲みながら徐々に距離を詰めて包囲態勢を整え、
後は号令をかけるだけであっただろう近衛兵の
1人の元へと『気』によって向上した脚力で一気に距離を詰める。
剣を振り上げ、袈裟切り。
イメージする。切れ味は鈍く、衝撃を特化。
『気』で覆われた剣の性質を変え、近衛兵に向かって振り下ろす。
これは完全に決まっ・・・たのは槍の柄、丁度中央からボキっと音を立て折れた。
槍は柄の部分まで気留石でない為『気』を纏う事が出来ない。
故にこちらの剣を受けきる事が出来ず、折れたのだ。
意表を衝かれながらも、咄嗟に槍を正面に持ってくることでの防御。
それに若干攻撃を受け流すという荒業。
槍ごと本人にまでダメージを与える事は出来なかった。
流石は我が国の近衛兵だ、素晴らしい。
なんていう称賛をしている場合ではない。
周りの近衛兵を確認する。
まだ距離がある・・・・いける!
槍を折られた近衛兵はよろめきながら後退しようとしていた。
その後を追うようにして追撃。
足を一歩踏み込み、全力で剣を横に振りぬく。
「っぐっぁあああっ!!!!」
剣は近衛兵の腹部へと直撃し、その体を弾き飛ばす。
手に少しばかりの衝撃。甲冑越しであったが大分ダメージを与えただろう。
お互いに『気』で強化された体はほぼイーブンのはず、それでもってこの威力。
やはり気留石の武器は恐ろしい。
しかしこれで、突破口は開けた。
「では、皆さん。ごきげんよう」
”仮面越し”ではあるがにこやかに告げ、この場から全力で離脱するべく―――、
ドドドドドドドドドドドドドドド・・・・、
地響きと共に、大地が揺れていた。
「え、援軍だ! 援軍がきたぞ!」
「なんて数の騎兵隊だ・・・姫様1人の為だけに・・・」
「それより、隊長を非難させるぞ! あれじゃ俺らまで巻き込まれかねない!!」
近衛兵達が驚き、うろたえるのも無理は無い。
王都からの街道を大きな砂埃を巻き上げる程の大群。
数は千騎程いるのではないだろうか。
あれ全てが”私だけの為”に向けられた追っ手なのだ。
この道は衛星都市に続くまでずっと見晴らしの良い陸路だ。
身を隠せる場所も少なく、そもそも徒歩と騎兵では機動性が違いすぎる。
父は、私が戦を疎むのを知っている。私が国民を愛しているのを知っている。
私の「力」を知っている。
父は無能の王では無い。ただ1人の為に千騎もの騎兵隊を追っ手として出したのは
私が国民に向けて「力」を使わないと確信しているからだろう。
怒りで全身が震えた。しかし頭の何処かでは父ならやりかねないと冷静な自分もいる。
彼らは1000人の戦力では無く、1000人の人質。
これは父の出した答えであり、私に対するメッセージだろう。
(わたしは本気だ。娘よ、お前はどうする?)
やるべき事は決めてきたのだ。
ならば私の全てを持ってこれに応えねばならない。
だから私は。
「私は―――――!!」
■■■■
「お伝えします・・・騎兵隊千騎がただ今帰還したとの事です」
「ほう、全騎戻ってきたか・・・・して、あれは大人しく戻ってきたのか?」
「いえ・・・それが・・・」
「フフ・・・やはりか。あのバカめ」
彼は笑う。
娘の出した応えに笑う。
■■■■
「おい、聞いたかよこの間の話!」
「」
「なにがって、騎兵隊だよ騎兵隊! この間大勢で何処か向かってただろう。
見なかったのか?」
「」
「まぁいいわ・・・それがさ、医療隊のダチに聞いた話なんだけど、
出動した騎兵隊全員が病休を取って休んでるんだとさ」
「」
「それが怪我じゃないんだって! 全員無傷で帰還したらしい」
「」
「だろ?おかしいよな! 俺もそう思ってつっ込んだんだよ、そしたらさ・・・・」
「」
「全員が全員ガタガタ震えながらこう言ってんだとよ。
『化け物・・・仮面姫・・化け物』ってな!
こういうのが都市伝説になってくんだよな! 恐怖!仮面姫の謎!って」
「」
「しっかしあれだなー。仮面姫って・・・・なんだ?」
■■■■
「やっと!・・・着きました!!」
ニトル街道を2日かけて抜けた先、衛星都市カシゴテンオ。
この2日間の旅は私の想像絶するものだった。
知識として野宿というのは知っていたが、地面の寝心地は最悪。
夜の寒さは、身を隠すために着てきたフードでなんとか凌げたが、
食料として持ってきたパンは真っ黒にカビ化。
パンが無ければ、お菓子を・・・と呟いていた時は、
って誰もいないじゃない。と、一人で自分自身にツッコミみを入れた。
水は底をつくし、雨が振らなければ本当に危なかったかもしれない。
トイレも危なかった。ただただ広がる陸路で、おろおろ おろおろ。
事を済ませた後は密かに泣いた。お姫様レベルも4つくらい下がっただろう。
そして何より! 何よりお風呂が無いのがもう許せない。
体は汗でドロドロ。髪はベタベタ。
一刻も早く宿を取り、お風呂に入りたい。
そしていい感じに減っているお腹を満たして、情報収集といこう。
私は世間一般の常識がかけていると自覚している。
これからは外で生活しなければならないのだ、いつまでもお姫様気分ではいられない。
まずは常識を学んで地盤を固め、これからについてじっくり考える。
これが今私が出来る最善だろう。
よし、考えがまとまった所でひとまず宿屋を探す事にしよう。
やっぱ、情報収集の場所はオーソドックスに酒場だろうか?そう本で読んだ事があるし。
そんな事を考えながら私は、カシゴテンオの街へと足を踏み入れた。




