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彼と彼女と私

作者: 千雲楓

 今思えば、私は何か期待していたのかもしれない。

 祭りに行けば、『もしかしたら』なんてことがあるかもしれないって。






「あ、イインチョーじゃん」


 とぼとぼ一人で暗い夜道を歩いていた私は、さびれたバス停の横でばったりクラスメートの倉田敦に会ってしまった。

 よ、と手をあげられたけどどうしていいのか分からなくて、最終的に自分もよ、と手をあげかえした。敦はいつもの黒縁眼鏡をかけていなかった。


「もしかして、祭り?」

「そうだよ、彼氏と一緒に行くの」

「ふぅん、同じ。俺も待ってんだ」


 さも面白げに言う敦。

 全く嘘だったのに。あーあ、自分で墓穴掘っちゃってかっこ悪ぅ。

 そこからぽっかり空いてしまった不自然な間を取り繕うように、私は言った。


「彼女、真由だったね」

「ん」


 野坂真由。私の友達だった。

昨日も浴衣の着付けを教えてあげた。頭が特別いいとは言えないけれど、素直でかわいくてしおらしくて誰よりも女の子らしい子。いつもみんなの嫌がる委員長を引き受けたり、先生の手伝いを引き受けたりする『堅実で真面目な生徒』な私とは全く世界が違うけれど、真由と私は気の許しあえる親友だった。


 敦が真由に告白するまでは。


「真由のことどう思ってる?」

「え?」

「真由のこと好き?」

「うん、まあ」

「良かった」


 敦に向かってにっこり笑ってみせた。親友の幸せを願っているいい友人の笑顔。もうそれ以上は目を合わせてられなくて、笑顔を保ったまま目線をそらした。顔にヒビが入りそうだった。


「イインチョー、」


 空白を破って、急に敦が肩を叩いてきた。え、と振り向こうとすると、頬に指がむにっと当たる感触がした。驚いて敦を見ると、整った顔にいたずらっ子みたいな笑みを浮べてにやにやしていた。


「引っかかったー」

「もう、ばか」


 むっとして睨む。でもだんだん睨むのが難しくなってきて、くすっと笑ってしまう。とうとう、こらえきれずに大声で笑った。敦も笑っていた。祭りの太鼓がかすかに聞こえてきた。寂しい夜道で、二人して馬鹿みたいに大笑いした。

 しばらくして笑いが収まると、はぁはぁと息を整えながら敦が言った。


「ねぇ、暑くない?」

「わかんない」

「そんなに薄着してるのに?」


 敦は私のチェックのタンクトップを見て言った。

とたんに、自分がいつも見せていないようなあけっぴろげな格好をしているのに気付いて顔が熱くなった。さっきまで全く意識してなかったくせに。でも慌てて距離をとったのが悔しくて、わざといつもの冷たい声をだして返事した。


「全然暑くないし」


 首を傾げる敦。その頬に、街頭がやわらかな陰影を作っていた。優しそうな瞳をしているように見えるのは、黒縁眼鏡をかけてないせいだろうか。どぎまぎして、目をそらすのが難しかった。


「そう」


 あっさりとした声。その声を聞いて、もっとかわいげのある返事をすれば良かったと今更に悔やんだ。

 ああ、駄目だ私。心が天秤みたいにぐらぐら揺れ惑ってる。相手は彼女持ちでその彼女は私の友達。勘違いしちゃ、いけないのに。

 早く、早くどこかへ。


「あのさ佐川、俺・・・・・・」


 気配が近付く。柔かい吐息まで聞こえてくる。もう、動悸を隠し通すことは出来ない。

 無音の瞬間。


「敦ー、お待たせー!」


 彼を呼ぶ、少女の高い声。一瞬のうちに敦の気配は離れて、私と彼の間の距離はただのクラスメートのに戻った。体中の熱が急激に引いていき、私はどうしたらいいかわからずうなだれた。

 きれいな浴衣をまとった真由が敦に駆け寄るのが見えた。私が着付けを教えた時の、紺に大輪の朝顔をあしらったあの浴衣。そうか、この為のものだったのか。敦が笑って彼女の頭を撫でている。私には見せない笑顔で。


「あれ、有紀じゃない!やだ、浮気?」


 真由が敦を睨む。でも瞳はとろけんばかりだ。じゃれあう幸せな二人。今一番見たくないものだ。


「まさか」


 声が重なる。敦はやっぱり笑っているのだろう。確かめるために顔を見ることさえ嫌だった。


「うふふ、そうだよね。 有紀も祭り?」


 輝かんばかりの笑顔で真由が覗きこんでくる。見たくない見たくないと、心の底の醜いものが叫んだ。

それでも私は必死にそれを押し隠して、また物分りのいい友人の仮面をかぶった。


「そうだよー。真由とも一緒に行きたかったな」

「ごめんねー、でもまた今度埋め合わせするから、ね?」

「そんなのいいよ、二人で楽しんできて」

「ありがとー! やっぱり有紀いい人!」


 いい人。

そう、私はいつだって『いい人』だった。


「じゃーまた今度ねー!」


 顔いっぱいの笑顔で、腕を組み歩いていく二人に手を振った。

 それから、誰も居ない夜道で、声を立てずに泣いた。






 あの時、なぜ敦は私を『イインチョー』と呼ばず佐川と呼んだのか。

 一体私に何を伝えたかったのか。



 残った謎に鍵をかけて心の底に沈めたまま、私はいつまでも、彼と彼女を見守っていく。




 やっとのやっとで短編を投稿できました!!

お待たせしていた皆さま、本当にすみませんでしたっorz

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― 新着の感想 ―
[良い点] 読み易く、切ない想いが良く描かれた作品だと思いました。 [気になる点] ストーリーが明確ですが、削り過ぎの様な気がいたしました。 描かれている想いに共感は出来るのですが、これだけですと良く…
2011/06/18 20:56 退会済み
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