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清く正しい断罪を

作者: みき
掲載日:2026/10/29

「エマ・ローラン! お前との婚約を、今日この場で破棄する!」


 華やかな音楽が、ぴたりと止まった。


 王立学園の卒業祝賀会。


 その会場の中央で、婚約者であるレオン王太子が私を指さしていた。


 隣には、目に涙を浮かべた男爵令嬢ミアが寄り添っている。


「お前がミアにしてきた卑劣な行いは、すべて明らかになった!」


「……卑劣な行い、ですか?」


「ああ! 言い逃れはできんぞ!」


 レオン殿下は勝ち誇ったように笑った。


 私はエマ・ローラン。


 この国の公爵家に生まれ、十歳の頃からレオン殿下の婚約者として教育を受けてきた。


 王太子妃になるために、礼儀作法も政治も経済も学んだ。


 少しは、殿下のお役に立てていたと思っていたのだけれど。


 どうやら、そうではなかったらしい。


「エマ様……どうして私にあんなひどいことをなさったのですか?」


 ミア様が震える声で尋ねる。


「あんなこと、と申しますと?」


「とぼけるな!」


 殿下が声を荒らげた。


「昨日、ミアを階段から突き落としただろう!」


「まあ」


 初耳だった。


「さらに、お前は孤児院に送るはずだった金貨三百枚を横領した! 証拠も揃っている!」


 会場がざわめく。


 金貨三百枚。


 それは、貧しい子供たちが冬を越すために用意された大切なお金だった。


 私は思わず、殿下の顔を見つめた。


「……殿下。その件も、私の罪になさるおつもりですか?」


「当然だ!」


 なるほど。


 私は小さく息を吐いた。


 最後まで、信じたかったのだけれど。


「エマ。罪を認め、ミアに謝罪しろ。そうすれば、国外追放だけで済ませてやる」


「レオン殿下……」


「何だ?」


「一つ、お願いがございます」


 私はドレスの裾をつまみ、丁寧に頭を下げた。


「どうか、正式な裁判を開いてくださいませ」


「……裁判だと?」


「はい。私の罪を、皆様の前ではっきりさせていただきたいのです」


 殿下は呆れたように笑った。


「いいだろう! どうせ結果は同じだ!」


「ありがとうございます」


 私は微笑んだ。


「では、清く正しい断罪を、お願いいたします」


 そのとき、殿下は気づいていなかった。


 私が一度も、許しを請うていないことに。




 翌日。


 王宮の大広間に、多くの貴族が集まっていた。


 中央には裁判官。


 その奥には国王陛下が座っていらっしゃる。


 そして、告発者であるレオン殿下とミア様。


 被告人である私。


 本来なら、公爵令嬢の裁判など非公開で行われる。


 けれど今回は違った。


「エマがどれほど悪質な女か、国中に知らしめてやる!」


 そう言って公開裁判を望んだのは、レオン殿下自身だったからだ。


 なんともありがたいお話である。


「それでは、裁判を始めます」


 裁判官の声が響く。


「まず、告発者は宣誓書に署名を」


 この国では、正式な裁判で誰かを告発するとき、必ず宣誓書に署名しなければならない。


 そこには、こう記されている。


『故意に嘘の告発をした者は、その身分を問わず法によって裁かれる』


 当然の決まりだ。


 嘘をつくだけで誰かを罰することができたら、裁判など成り立たない。


 レオン殿下は書類をろくに読まず、さっさと署名した。


 ミア様もそれに続く。


 私は二人の名前が書かれたことを確認してから、静かに口を開いた。


「それでは、始めましょう」


 最初の告発は、ミア様への嫌がらせだった。


「エマ様は昨日の午後三時頃、学園の西階段で私を突き落としたのです!」


 ミア様は涙ながらに訴えた。


「私は怖くて……! もしかしたら死んでいたかもしれません!」


「なんと恐ろしい!」


 レオン殿下が私を睨む。


「エマ! まだ言い逃れをするつもりか!」


「いいえ。まずは一つ、確認させてください」


 私はミア様に向き直った。


「昨日の午後三時。間違いありませんね?」


「え、ええ」


「西階段ですね?」


「そうです!」


「私があなたを突き落としたのですね?」


「何度も言わせないでください!」


 ミア様は苛立ったように叫んだ。


「わかりました」


 私は裁判官に一礼した。


「では、こちらをご確認ください」


 差し出したのは、一冊の記録帳だった。


「これは?」


「王立孤児院の訪問記録です」


 裁判官がページを開く。


「昨日の日付ですね」


「はい。午後二時から四時まで、私は孤児院におりました」


「なっ……!」


 レオン殿下が目を見開いた。


「そんなもの、いくらでも偽造できるだろう!」


「おっしゃるとおりです。記録帳だけでは、十分な証拠とはいえません」


 私は素直に認めた。


「ですので、証人にも来ていただきました」


 扉が開く。


 入ってきたのは、白髪の女性だった。


 王立孤児院の院長先生だ。


「エマ様は昨日、確かに当院を訪ねてくださいました。冬支度の相談をしていたのです」


「本当に午後三時も、そこにいたのか?」


「はい。ちょうどその時刻には、子供たちとお茶を飲んでいらっしゃいました」


 さらに院長先生は、王立孤児院に出入りしていた役人の記録も提出した。


 その役人も、私が院長先生と話していたことを覚えていた。


「学園から孤児院までは、馬車で一時間ほどかかります」


 私はミア様を見た。


「昨日の午後三時、私は西階段にいることができません」


「そ、それは……!」


 ミア様の顔色が変わる。


「じ、時間を間違えただけです!」


「そうでしたか」


 私は微笑んだ。


「では、昨日ではなかったのですね?」


「え?」


「一昨日でしょうか。それとも、その前の日?」


「そ、そんなの、急に聞かれても……!」


「おかしいですね」


 私は首をかしげた。


「先ほどは、何度も確認したのに『昨日の午後三時』だとおっしゃいましたよね?」


 ミア様は黙り込んだ。


 そのとき、レオン殿下が口を挟んだ。


「しかし! 現場にはエマのハンカチが落ちていた! 証人もいる!」


「証人?」


「侍女のリリーだ!」


 呼ばれて入ってきたのは、まだ十六歳ほどの少女だった。


 リリーは真っ青な顔で震えていた。


 私は彼女を知っている。


 真面目で優しい、働き者の侍女だ。


「リリー。お前は何を見た?」


 裁判官に尋ねられ、リリーは唇を震わせた。


「わ、私は……」


「正直に答えろ!」


 レオン殿下が怒鳴る。


 リリーの肩がびくりと跳ねた。


 私は静かに手を挙げた。


「裁判官様。先に、私から質問してもよろしいでしょうか?」


 許可をいただき、リリーの前に立つ。


「リリー。昨日、西階段で私を見た?」


「……いいえ」


「では、私がミア様を突き落とすところを見た?」


「……見て、いません」


「エマ!」


 殿下が立ち上がった。


 私は構わず続けた。


「それなら、あなたが見たものは?」


 リリーの目から涙がこぼれた。


「……ハンカチ、です」


「ええ」


「ミア様に……エマ様のハンカチを、階段に置くように言われました……!」


 会場が静まり返った。


「なっ! 何を言っているの!」


 ミア様が叫ぶ。


 リリーは泣きながら頭を下げた。


「ごめんなさい……! でも、弟の薬代を出さないって言われて……!」


「そんなの嘘よ!」


「ミア様」


 私は初めて、少しだけ声を強くした。


「リリーには、病気の弟がいます。あなたはそれを知っていましたね?」


「し、知らないわ!」


「では、こちらは何でしょう?」


 私は一通の手紙を差し出した。


 そこには、リリーの弟の治療費を打ち切ると書かれていた。

 

 差出人の名前は、ミア。


 もちろん、手紙一通だけで罪を決めるつもりはない。


 だから私は、手紙を届けた使用人にも証言を頼んでいた。


 その使用人は、ミア様の命令で手紙を運んだことを認めた。


「……っ!」


 ミア様は口を開いたまま、何も言えなくなった。


「リリー」


 私は彼女に向き直る。


「よく話してくれました。弟さんのことは、もう心配しなくて大丈夫ですよ」


「エマ様……!」


 リリーが泣き崩れる。


 私はそっと、その背中に手を添えた。


 怖かっただろう。


 ずっと、一人で抱えていたのだから。


「裁判官様。リリーは脅されていました。その事情も、どうかお調べください」


 裁判官は深くうなずいた。


「もちろんです」


 私はもう一度、ミア様を見た。


「それでは、次のお話をいたしましょうか」


「孤児院への寄付金三百枚を横領した件だ!」


 レオン殿下は、待っていたとばかりに書類を掲げた。


「ここにエマの署名がある! 金を動かしたのは、お前だろう!」


「はい。私の署名です」


 会場がざわつく。


 殿下は得意げに笑った。


「ほら見ろ! 自分で認めたぞ!」


「ええ。確かに私は、その書類に署名しました」


 私は落ち着いて答えた。


「ただし、それは孤児院へ寄付金を送るための申請書です」


「何?」


「殿下。お金を送るよう申請することと、実際にそのお金を受け取ることは、別の話です」


「そんな屁理屈が通るか!」


「では、確認しましょう」


 私は裁判官に三枚の書類を渡した。

 

 一枚目は、私が署名した申請書。


 二枚目は、王立銀行の送金記録。


 そして三枚目は、宝石店の領収書だった。


 裁判官が二枚目を読み上げる。


「送金先……王都宝石店?」


 会場にどよめきが走った。


「お、おい!」


 レオン殿下の顔色が変わる。


 私は続けた。


「金貨三百枚は、孤児院には届いておりません」


「そんなことは知っている!」


「では、どこへ行ったのでしょう?」


 私は三枚目の書類を指さした。


「王都宝石店に、金貨三百枚が送られています。送金を命じた方のお名前は……」


「やめろ!」


「レオン王太子殿下です」


 静寂。


 今度こそ、誰も声を出さなかった。


「そして宝石店は、そのお金で青い宝石の首飾りを販売しています」


 私はミア様を見た。


「……素敵な首飾りですね、ミア様」


 ミア様の首元には、大粒の青い宝石が輝いていた。


「そ、それは……!」


「殿下からの贈り物でしょう?」


「ち、違うわ!」


「そうですか。では、領収書に記された商品と、あなたの首飾りが同じものか調べていただきましょう」


 裁判官が首飾りの確認を命じる。


 宝石の裏には、宝石店の印と商品番号が刻まれていた。

 

 領収書に記された番号と、一致していた。


「なぜ……!」


 ミア様の顔が引きつる。


 レオン殿下が叫んだ。


「私は知らん! その送金記録は偽物だ!」


「残念ながら、王立銀行に保管されていた正式な記録です」


 私は答えた。


「銀行の責任者にも、確認していただいております」


 実際に送金の手続きを行った銀行員が、殿下の署名を確認したことを証言した。


 それでも殿下は、首を横に振った。


「違う! 私は……私は、そんなつもりでは……!」


「殿下」


 私は静かに呼びかけた。


「先月、私がこの件についてお尋ねしたのを覚えていらっしゃいますか?」


「……っ」


「そのとき、殿下は何とおっしゃいました?」


 殿下の唇が震える。


 私は懐から、一通の返書を取り出した。


 あの日、私が寄付金の行方を問いただした際、殿下から届けられた手紙だ。


 そこには、こう書かれていた。


『金の使い道は私が決める。お前は余計な口を出すな』


 王家の印が押された、正式な返書だった。


「私は、そのお言葉に従いました」


「エマ……」


「ただし、寄付金は子供たちのためのお金です。ですから、国の監査を担当する方には相談しておきました」


 王のそばに控えていた監査官が立ち上がった。


「エマ嬢からの報告は、先月受けております。銀行の記録を調べていたところでした」


 レオン殿下は、その場に崩れ落ちた。


「エマ……」


 しばらくして、殿下が顔を上げた。


「すまなかった。私が悪かった」


 先ほどまでの威勢は、どこにもなかった。


「婚約破棄は撤回する。お前には、これからも私のそばにいてほしい」


 私は思わず、目を瞬いた。


 ……まだ、そんなことをおっしゃるのか。


「殿下」


「何だ?」


「孤児院の寄付金を、ご存じでしょう?」


「……ああ」


「その三百枚があれば、子供たちは暖かい冬を過ごせたのです」


 殿下は何も言わない。


「院長先生は、壊れた暖炉を直すために毎日頭を下げていらっしゃいました」


 私は続けた。


「小さな子供たちが、寒い夜に毛布を分け合って眠っていたのです」


「……」


「そのお金が、宝石になりました」


 ミア様の首元を見た。


 美しい宝石だった。


 きっと、子供たちが何年も暖かく暮らせるほどの価値がある。


「私は、殿下がミア様をお好きになったことを責めるつもりはありません」


 本当に、そう思っていた。


 恋心は、命令して生まれるものではないのだから。


「ですが、そのために子供たちのお金を使ったことも、自分の罪を私になすりつけようとしたことも、許すことはできません」


「エマ……」


「それから、もう一つ」


 私は微笑んだ。


「婚約破棄は、ありがたくお受けいたします」


「なっ……!」


「殿下は昨日、大勢の方の前で、私との婚約を破棄すると宣言なさいました」


「だ、だが!」


「私も、もう殿下の婚約者に戻るつもりはありません」


 私は深く頭を下げた。


「どうか、お元気で」

 

 そのときだった。


「レオン」


 低い声が響いた。


 国王陛下だった。


「お前の話は、もう十分だ」


 陛下は厳しい目で、息子を見下ろしていた。


「民のために用意した金を、私欲のために使った。さらに、その罪を婚約者になすりつけようとした」


「ち、父上……!」


「王太子の地位は、お前には重すぎたようだ」


「お待ちください!」


「本日をもって、お前を王太子の地位から外す」


 会場が大きくざわめいた。


「父上! どうか!」


「罪については、引き続き法に従って裁く。お前がエマ嬢に求めたようにな」


 殿下は何も言えなくなった。


 ミア様も、偽りの告発と侍女への脅迫について調べを受けることになった。


 金貨三百枚は王家によって補われ、孤児院へ届けられることが決まった。


 こうして、私の裁判は終わった。


 ……ようやく。


 本当に、ようやくだ。


 王宮を出ると、澄んだ青空が広がっていた。


「エマ様!」


 後ろから声がする。


 振り返ると、リリーが駆け寄ってきた。


「本当に、ありがとうございました!」


「いいえ。あなたが勇気を出して話してくれたおかげです」


「でも、私……エマ様を陥れようとして……」


「怖かったのでしょう?」


 リリーはうつむいた。


「……はい」


「それなら、もう十分です」


 私はそっと、彼女の手を取った。


「これからは、困ったときに誰かに相談してくださいね。あなた一人で抱え込まなくてもいいんですよ」


「……はい!」


 リリーは涙を浮かべながら、何度もうなずいた。


 彼女を見送ったあと、私は一人、王宮の庭を歩いた。


 少しだけ、胸が痛かった。


 レオン殿下とは、長い付き合いだった。

 

 幼い頃、一緒に庭を駆け回ったこともある。


 私が転んだとき、手を差し伸べてくれたこともあった。


 あの頃の殿下は、優しい人だったと思う。


 だからこそ、最後まで信じたかった。


 けれど。


「……終わったのね」


 私は小さくつぶやいた。


 もう、誰かの顔色をうかがう必要はない。


 もう、王太子妃にふさわしくあろうと、自分を押し殺さなくてもいい。


 そう考えると、不思議と足取りが軽くなった。


「エマ・ローラン嬢」


 突然、声をかけられた。


 振り返ると、見知らぬ青年が立っていた。


 明るい茶色の髪に、穏やかな青い瞳。


 彼は丁寧に一礼した。


「初めまして。私はノア。隣国の王弟です」


「まあ。これは失礼いたしました」


 慌てて頭を下げると、青年は笑った。


「堅苦しい挨拶は結構です。実は、今日の裁判を拝見していました」


「そうでしたか」


「見事でした」


「ありがとうございます」


「特に、侍女の証言が印象的でした」


 ノア様は続けた。


「あなたは、彼女が嘘をついているとわかっていたのでしょう?」


「……ええ」


「なのに、彼女を責めなかった」


 私は少し考えた。


「嘘をついた理由が、気になったのです」


「理由?」


「はい。嘘をつく人は、必ずしも悪い人とは限りませんから」


 リリーは、弟を守るために嘘をついた。


 もちろん、嘘をつくことはよくない。


 けれど、彼女を脅した人間と同じ罰を与えるのは、違うと思う。


「悪いことをした人は、きちんと裁かれるべきです」


 私は言った。


「ですが、事情を確かめる前に、その人を悪人だと決めつけてはいけません」


 ノア様は、しばらく黙っていた。


 やがて、ふっと笑う。


「なるほど。あなたは面白い方ですね」


「そうでしょうか?」


「ええ。実は、あなたにお願いしたいことがあります」


 彼は一通の封筒を差し出した。


「私の国で、ある少女が罪に問われています」


「少女、ですか?」


「ええ。村の診療所に毒を入れ、何人もの人を殺そうとしたそうです」


 私は眉を寄せた。


「……それは、恐ろしい事件ですね」


「証拠も揃っています。本人も犯行を認めました」


「でしたら、裁判はすぐに終わるのでは?」


「普通なら、そうでしょう」


ノア様は首を横に振った。


「ですが、一つだけ妙なことがありまして」


「何でしょう?」


「その少女は、自分が殺そうとした村人たちから、命を助けてほしいと嘆願されているのです」


 私は目を瞬いた。


「……村人たちが?」


「ええ。どういうわけか、被害者全員が彼女をかばっている」


 なるほど。


 それは確かに、不思議な事件だ。


「その少女の話を、聞いてみませんか?」


 ノア様が尋ねる。


 私は封筒を受け取り、少し考えた。


 つい昨日まで、私の未来は決まっていた。


 王太子と結婚し、王妃になる。


 それが私の人生だった。


 けれど、今は違う。


 どこへ行くのも、何をするのも、私の自由だ。


「……一つ、確認してもよろしいですか?」


「もちろん」


「その少女は、まだ裁かれていないのですね?」


「ええ。裁判は来月の予定です」


「でしたら、ぜひお話を聞いてみたいです」


 私は微笑んだ。


「どのような罪にも、理由があるはずですから」


 ノア様も笑った。


「では、決まりですね」


 差し出された手を取る。


 その手は、思っていたよりも温かかった。


「ところで、エマ嬢」


「はい?」


「あなたは、今日の裁判で最初から勝てるとわかっていたのですか?」


 私は少し考えてから、正直に答えた。


「いいえ」


「おや?」


「もちろん、証拠は集めておりました。でも、裁判は最後まで何が起こるかわかりませんから」


「では、なぜあんなに落ち着いていられたのです?」


「そうですね……」


 私は空を見上げた。


「私が、正しいと思うことをしたかったからでしょうか」


 誰かを裁くのは、恐ろしいことだ。


 一つ間違えれば、罪のない人を傷つけてしまう。


 だからこそ、思い込みで決めてはいけない。


 証拠を確かめる。


 相手の話を聞く。


 間違っていると思ったら、何度でも考え直す。


 それが、私の考える正しい裁き方だった。


「ノア様」


「何でしょう?」


「先ほどの事件について、資料を拝見してもよろしいですか?」


「ええ、もちろん」


「ありがとうございます」


 私は封筒を開いた。


 そこには、一人の少女の名前と、犯したとされる罪が書かれていた。


 毒を入れた罪。


 人を殺そうとした罪。


 そして、本人による自白。


 一見すると、疑う余地のない事件だった。


 けれど。


「……あら?」


 私は、ある一文に目を止めた。


「どうかしましたか?」


 ノア様が尋ねる。


「いえ。少し、気になることがございまして」


「もう何かわかったのですか?」


「まだ、何も」


 私は笑った。


「ですから、まずは確かめてみたいのです」


 本当に、その少女は悪人なのか。


 彼女が何をしたのか。


 そして、なぜ村人たちは彼女を守ろうとしているのか。


 確かめなければ、何も始まらない。


 私は封筒を閉じた。


「それでは参りましょう、ノア様」


「はい。エマ嬢」


 新しい風が、頬をなでていく。


 私の人生は、これからだ。


 そして、もし次に誰かを裁くことがあるのなら。


 そのときも私は、きっと同じ言葉を口にするだろう。



 ――どうか、清く正しい断罪を。

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― 新着の感想 ―
最後に触れた事件が気になるなぁ。
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