清く正しい断罪を
「エマ・ローラン! お前との婚約を、今日この場で破棄する!」
華やかな音楽が、ぴたりと止まった。
王立学園の卒業祝賀会。
その会場の中央で、婚約者であるレオン王太子が私を指さしていた。
隣には、目に涙を浮かべた男爵令嬢ミアが寄り添っている。
「お前がミアにしてきた卑劣な行いは、すべて明らかになった!」
「……卑劣な行い、ですか?」
「ああ! 言い逃れはできんぞ!」
レオン殿下は勝ち誇ったように笑った。
私はエマ・ローラン。
この国の公爵家に生まれ、十歳の頃からレオン殿下の婚約者として教育を受けてきた。
王太子妃になるために、礼儀作法も政治も経済も学んだ。
少しは、殿下のお役に立てていたと思っていたのだけれど。
どうやら、そうではなかったらしい。
「エマ様……どうして私にあんなひどいことをなさったのですか?」
ミア様が震える声で尋ねる。
「あんなこと、と申しますと?」
「とぼけるな!」
殿下が声を荒らげた。
「昨日、ミアを階段から突き落としただろう!」
「まあ」
初耳だった。
「さらに、お前は孤児院に送るはずだった金貨三百枚を横領した! 証拠も揃っている!」
会場がざわめく。
金貨三百枚。
それは、貧しい子供たちが冬を越すために用意された大切なお金だった。
私は思わず、殿下の顔を見つめた。
「……殿下。その件も、私の罪になさるおつもりですか?」
「当然だ!」
なるほど。
私は小さく息を吐いた。
最後まで、信じたかったのだけれど。
「エマ。罪を認め、ミアに謝罪しろ。そうすれば、国外追放だけで済ませてやる」
「レオン殿下……」
「何だ?」
「一つ、お願いがございます」
私はドレスの裾をつまみ、丁寧に頭を下げた。
「どうか、正式な裁判を開いてくださいませ」
「……裁判だと?」
「はい。私の罪を、皆様の前ではっきりさせていただきたいのです」
殿下は呆れたように笑った。
「いいだろう! どうせ結果は同じだ!」
「ありがとうございます」
私は微笑んだ。
「では、清く正しい断罪を、お願いいたします」
そのとき、殿下は気づいていなかった。
私が一度も、許しを請うていないことに。
翌日。
王宮の大広間に、多くの貴族が集まっていた。
中央には裁判官。
その奥には国王陛下が座っていらっしゃる。
そして、告発者であるレオン殿下とミア様。
被告人である私。
本来なら、公爵令嬢の裁判など非公開で行われる。
けれど今回は違った。
「エマがどれほど悪質な女か、国中に知らしめてやる!」
そう言って公開裁判を望んだのは、レオン殿下自身だったからだ。
なんともありがたいお話である。
「それでは、裁判を始めます」
裁判官の声が響く。
「まず、告発者は宣誓書に署名を」
この国では、正式な裁判で誰かを告発するとき、必ず宣誓書に署名しなければならない。
そこには、こう記されている。
『故意に嘘の告発をした者は、その身分を問わず法によって裁かれる』
当然の決まりだ。
嘘をつくだけで誰かを罰することができたら、裁判など成り立たない。
レオン殿下は書類をろくに読まず、さっさと署名した。
ミア様もそれに続く。
私は二人の名前が書かれたことを確認してから、静かに口を開いた。
「それでは、始めましょう」
最初の告発は、ミア様への嫌がらせだった。
「エマ様は昨日の午後三時頃、学園の西階段で私を突き落としたのです!」
ミア様は涙ながらに訴えた。
「私は怖くて……! もしかしたら死んでいたかもしれません!」
「なんと恐ろしい!」
レオン殿下が私を睨む。
「エマ! まだ言い逃れをするつもりか!」
「いいえ。まずは一つ、確認させてください」
私はミア様に向き直った。
「昨日の午後三時。間違いありませんね?」
「え、ええ」
「西階段ですね?」
「そうです!」
「私があなたを突き落としたのですね?」
「何度も言わせないでください!」
ミア様は苛立ったように叫んだ。
「わかりました」
私は裁判官に一礼した。
「では、こちらをご確認ください」
差し出したのは、一冊の記録帳だった。
「これは?」
「王立孤児院の訪問記録です」
裁判官がページを開く。
「昨日の日付ですね」
「はい。午後二時から四時まで、私は孤児院におりました」
「なっ……!」
レオン殿下が目を見開いた。
「そんなもの、いくらでも偽造できるだろう!」
「おっしゃるとおりです。記録帳だけでは、十分な証拠とはいえません」
私は素直に認めた。
「ですので、証人にも来ていただきました」
扉が開く。
入ってきたのは、白髪の女性だった。
王立孤児院の院長先生だ。
「エマ様は昨日、確かに当院を訪ねてくださいました。冬支度の相談をしていたのです」
「本当に午後三時も、そこにいたのか?」
「はい。ちょうどその時刻には、子供たちとお茶を飲んでいらっしゃいました」
さらに院長先生は、王立孤児院に出入りしていた役人の記録も提出した。
その役人も、私が院長先生と話していたことを覚えていた。
「学園から孤児院までは、馬車で一時間ほどかかります」
私はミア様を見た。
「昨日の午後三時、私は西階段にいることができません」
「そ、それは……!」
ミア様の顔色が変わる。
「じ、時間を間違えただけです!」
「そうでしたか」
私は微笑んだ。
「では、昨日ではなかったのですね?」
「え?」
「一昨日でしょうか。それとも、その前の日?」
「そ、そんなの、急に聞かれても……!」
「おかしいですね」
私は首をかしげた。
「先ほどは、何度も確認したのに『昨日の午後三時』だとおっしゃいましたよね?」
ミア様は黙り込んだ。
そのとき、レオン殿下が口を挟んだ。
「しかし! 現場にはエマのハンカチが落ちていた! 証人もいる!」
「証人?」
「侍女のリリーだ!」
呼ばれて入ってきたのは、まだ十六歳ほどの少女だった。
リリーは真っ青な顔で震えていた。
私は彼女を知っている。
真面目で優しい、働き者の侍女だ。
「リリー。お前は何を見た?」
裁判官に尋ねられ、リリーは唇を震わせた。
「わ、私は……」
「正直に答えろ!」
レオン殿下が怒鳴る。
リリーの肩がびくりと跳ねた。
私は静かに手を挙げた。
「裁判官様。先に、私から質問してもよろしいでしょうか?」
許可をいただき、リリーの前に立つ。
「リリー。昨日、西階段で私を見た?」
「……いいえ」
「では、私がミア様を突き落とすところを見た?」
「……見て、いません」
「エマ!」
殿下が立ち上がった。
私は構わず続けた。
「それなら、あなたが見たものは?」
リリーの目から涙がこぼれた。
「……ハンカチ、です」
「ええ」
「ミア様に……エマ様のハンカチを、階段に置くように言われました……!」
会場が静まり返った。
「なっ! 何を言っているの!」
ミア様が叫ぶ。
リリーは泣きながら頭を下げた。
「ごめんなさい……! でも、弟の薬代を出さないって言われて……!」
「そんなの嘘よ!」
「ミア様」
私は初めて、少しだけ声を強くした。
「リリーには、病気の弟がいます。あなたはそれを知っていましたね?」
「し、知らないわ!」
「では、こちらは何でしょう?」
私は一通の手紙を差し出した。
そこには、リリーの弟の治療費を打ち切ると書かれていた。
差出人の名前は、ミア。
もちろん、手紙一通だけで罪を決めるつもりはない。
だから私は、手紙を届けた使用人にも証言を頼んでいた。
その使用人は、ミア様の命令で手紙を運んだことを認めた。
「……っ!」
ミア様は口を開いたまま、何も言えなくなった。
「リリー」
私は彼女に向き直る。
「よく話してくれました。弟さんのことは、もう心配しなくて大丈夫ですよ」
「エマ様……!」
リリーが泣き崩れる。
私はそっと、その背中に手を添えた。
怖かっただろう。
ずっと、一人で抱えていたのだから。
「裁判官様。リリーは脅されていました。その事情も、どうかお調べください」
裁判官は深くうなずいた。
「もちろんです」
私はもう一度、ミア様を見た。
「それでは、次のお話をいたしましょうか」
「孤児院への寄付金三百枚を横領した件だ!」
レオン殿下は、待っていたとばかりに書類を掲げた。
「ここにエマの署名がある! 金を動かしたのは、お前だろう!」
「はい。私の署名です」
会場がざわつく。
殿下は得意げに笑った。
「ほら見ろ! 自分で認めたぞ!」
「ええ。確かに私は、その書類に署名しました」
私は落ち着いて答えた。
「ただし、それは孤児院へ寄付金を送るための申請書です」
「何?」
「殿下。お金を送るよう申請することと、実際にそのお金を受け取ることは、別の話です」
「そんな屁理屈が通るか!」
「では、確認しましょう」
私は裁判官に三枚の書類を渡した。
一枚目は、私が署名した申請書。
二枚目は、王立銀行の送金記録。
そして三枚目は、宝石店の領収書だった。
裁判官が二枚目を読み上げる。
「送金先……王都宝石店?」
会場にどよめきが走った。
「お、おい!」
レオン殿下の顔色が変わる。
私は続けた。
「金貨三百枚は、孤児院には届いておりません」
「そんなことは知っている!」
「では、どこへ行ったのでしょう?」
私は三枚目の書類を指さした。
「王都宝石店に、金貨三百枚が送られています。送金を命じた方のお名前は……」
「やめろ!」
「レオン王太子殿下です」
静寂。
今度こそ、誰も声を出さなかった。
「そして宝石店は、そのお金で青い宝石の首飾りを販売しています」
私はミア様を見た。
「……素敵な首飾りですね、ミア様」
ミア様の首元には、大粒の青い宝石が輝いていた。
「そ、それは……!」
「殿下からの贈り物でしょう?」
「ち、違うわ!」
「そうですか。では、領収書に記された商品と、あなたの首飾りが同じものか調べていただきましょう」
裁判官が首飾りの確認を命じる。
宝石の裏には、宝石店の印と商品番号が刻まれていた。
領収書に記された番号と、一致していた。
「なぜ……!」
ミア様の顔が引きつる。
レオン殿下が叫んだ。
「私は知らん! その送金記録は偽物だ!」
「残念ながら、王立銀行に保管されていた正式な記録です」
私は答えた。
「銀行の責任者にも、確認していただいております」
実際に送金の手続きを行った銀行員が、殿下の署名を確認したことを証言した。
それでも殿下は、首を横に振った。
「違う! 私は……私は、そんなつもりでは……!」
「殿下」
私は静かに呼びかけた。
「先月、私がこの件についてお尋ねしたのを覚えていらっしゃいますか?」
「……っ」
「そのとき、殿下は何とおっしゃいました?」
殿下の唇が震える。
私は懐から、一通の返書を取り出した。
あの日、私が寄付金の行方を問いただした際、殿下から届けられた手紙だ。
そこには、こう書かれていた。
『金の使い道は私が決める。お前は余計な口を出すな』
王家の印が押された、正式な返書だった。
「私は、そのお言葉に従いました」
「エマ……」
「ただし、寄付金は子供たちのためのお金です。ですから、国の監査を担当する方には相談しておきました」
王のそばに控えていた監査官が立ち上がった。
「エマ嬢からの報告は、先月受けております。銀行の記録を調べていたところでした」
レオン殿下は、その場に崩れ落ちた。
「エマ……」
しばらくして、殿下が顔を上げた。
「すまなかった。私が悪かった」
先ほどまでの威勢は、どこにもなかった。
「婚約破棄は撤回する。お前には、これからも私のそばにいてほしい」
私は思わず、目を瞬いた。
……まだ、そんなことをおっしゃるのか。
「殿下」
「何だ?」
「孤児院の寄付金を、ご存じでしょう?」
「……ああ」
「その三百枚があれば、子供たちは暖かい冬を過ごせたのです」
殿下は何も言わない。
「院長先生は、壊れた暖炉を直すために毎日頭を下げていらっしゃいました」
私は続けた。
「小さな子供たちが、寒い夜に毛布を分け合って眠っていたのです」
「……」
「そのお金が、宝石になりました」
ミア様の首元を見た。
美しい宝石だった。
きっと、子供たちが何年も暖かく暮らせるほどの価値がある。
「私は、殿下がミア様をお好きになったことを責めるつもりはありません」
本当に、そう思っていた。
恋心は、命令して生まれるものではないのだから。
「ですが、そのために子供たちのお金を使ったことも、自分の罪を私になすりつけようとしたことも、許すことはできません」
「エマ……」
「それから、もう一つ」
私は微笑んだ。
「婚約破棄は、ありがたくお受けいたします」
「なっ……!」
「殿下は昨日、大勢の方の前で、私との婚約を破棄すると宣言なさいました」
「だ、だが!」
「私も、もう殿下の婚約者に戻るつもりはありません」
私は深く頭を下げた。
「どうか、お元気で」
そのときだった。
「レオン」
低い声が響いた。
国王陛下だった。
「お前の話は、もう十分だ」
陛下は厳しい目で、息子を見下ろしていた。
「民のために用意した金を、私欲のために使った。さらに、その罪を婚約者になすりつけようとした」
「ち、父上……!」
「王太子の地位は、お前には重すぎたようだ」
「お待ちください!」
「本日をもって、お前を王太子の地位から外す」
会場が大きくざわめいた。
「父上! どうか!」
「罪については、引き続き法に従って裁く。お前がエマ嬢に求めたようにな」
殿下は何も言えなくなった。
ミア様も、偽りの告発と侍女への脅迫について調べを受けることになった。
金貨三百枚は王家によって補われ、孤児院へ届けられることが決まった。
こうして、私の裁判は終わった。
……ようやく。
本当に、ようやくだ。
王宮を出ると、澄んだ青空が広がっていた。
「エマ様!」
後ろから声がする。
振り返ると、リリーが駆け寄ってきた。
「本当に、ありがとうございました!」
「いいえ。あなたが勇気を出して話してくれたおかげです」
「でも、私……エマ様を陥れようとして……」
「怖かったのでしょう?」
リリーはうつむいた。
「……はい」
「それなら、もう十分です」
私はそっと、彼女の手を取った。
「これからは、困ったときに誰かに相談してくださいね。あなた一人で抱え込まなくてもいいんですよ」
「……はい!」
リリーは涙を浮かべながら、何度もうなずいた。
彼女を見送ったあと、私は一人、王宮の庭を歩いた。
少しだけ、胸が痛かった。
レオン殿下とは、長い付き合いだった。
幼い頃、一緒に庭を駆け回ったこともある。
私が転んだとき、手を差し伸べてくれたこともあった。
あの頃の殿下は、優しい人だったと思う。
だからこそ、最後まで信じたかった。
けれど。
「……終わったのね」
私は小さくつぶやいた。
もう、誰かの顔色をうかがう必要はない。
もう、王太子妃にふさわしくあろうと、自分を押し殺さなくてもいい。
そう考えると、不思議と足取りが軽くなった。
「エマ・ローラン嬢」
突然、声をかけられた。
振り返ると、見知らぬ青年が立っていた。
明るい茶色の髪に、穏やかな青い瞳。
彼は丁寧に一礼した。
「初めまして。私はノア。隣国の王弟です」
「まあ。これは失礼いたしました」
慌てて頭を下げると、青年は笑った。
「堅苦しい挨拶は結構です。実は、今日の裁判を拝見していました」
「そうでしたか」
「見事でした」
「ありがとうございます」
「特に、侍女の証言が印象的でした」
ノア様は続けた。
「あなたは、彼女が嘘をついているとわかっていたのでしょう?」
「……ええ」
「なのに、彼女を責めなかった」
私は少し考えた。
「嘘をついた理由が、気になったのです」
「理由?」
「はい。嘘をつく人は、必ずしも悪い人とは限りませんから」
リリーは、弟を守るために嘘をついた。
もちろん、嘘をつくことはよくない。
けれど、彼女を脅した人間と同じ罰を与えるのは、違うと思う。
「悪いことをした人は、きちんと裁かれるべきです」
私は言った。
「ですが、事情を確かめる前に、その人を悪人だと決めつけてはいけません」
ノア様は、しばらく黙っていた。
やがて、ふっと笑う。
「なるほど。あなたは面白い方ですね」
「そうでしょうか?」
「ええ。実は、あなたにお願いしたいことがあります」
彼は一通の封筒を差し出した。
「私の国で、ある少女が罪に問われています」
「少女、ですか?」
「ええ。村の診療所に毒を入れ、何人もの人を殺そうとしたそうです」
私は眉を寄せた。
「……それは、恐ろしい事件ですね」
「証拠も揃っています。本人も犯行を認めました」
「でしたら、裁判はすぐに終わるのでは?」
「普通なら、そうでしょう」
ノア様は首を横に振った。
「ですが、一つだけ妙なことがありまして」
「何でしょう?」
「その少女は、自分が殺そうとした村人たちから、命を助けてほしいと嘆願されているのです」
私は目を瞬いた。
「……村人たちが?」
「ええ。どういうわけか、被害者全員が彼女をかばっている」
なるほど。
それは確かに、不思議な事件だ。
「その少女の話を、聞いてみませんか?」
ノア様が尋ねる。
私は封筒を受け取り、少し考えた。
つい昨日まで、私の未来は決まっていた。
王太子と結婚し、王妃になる。
それが私の人生だった。
けれど、今は違う。
どこへ行くのも、何をするのも、私の自由だ。
「……一つ、確認してもよろしいですか?」
「もちろん」
「その少女は、まだ裁かれていないのですね?」
「ええ。裁判は来月の予定です」
「でしたら、ぜひお話を聞いてみたいです」
私は微笑んだ。
「どのような罪にも、理由があるはずですから」
ノア様も笑った。
「では、決まりですね」
差し出された手を取る。
その手は、思っていたよりも温かかった。
「ところで、エマ嬢」
「はい?」
「あなたは、今日の裁判で最初から勝てるとわかっていたのですか?」
私は少し考えてから、正直に答えた。
「いいえ」
「おや?」
「もちろん、証拠は集めておりました。でも、裁判は最後まで何が起こるかわかりませんから」
「では、なぜあんなに落ち着いていられたのです?」
「そうですね……」
私は空を見上げた。
「私が、正しいと思うことをしたかったからでしょうか」
誰かを裁くのは、恐ろしいことだ。
一つ間違えれば、罪のない人を傷つけてしまう。
だからこそ、思い込みで決めてはいけない。
証拠を確かめる。
相手の話を聞く。
間違っていると思ったら、何度でも考え直す。
それが、私の考える正しい裁き方だった。
「ノア様」
「何でしょう?」
「先ほどの事件について、資料を拝見してもよろしいですか?」
「ええ、もちろん」
「ありがとうございます」
私は封筒を開いた。
そこには、一人の少女の名前と、犯したとされる罪が書かれていた。
毒を入れた罪。
人を殺そうとした罪。
そして、本人による自白。
一見すると、疑う余地のない事件だった。
けれど。
「……あら?」
私は、ある一文に目を止めた。
「どうかしましたか?」
ノア様が尋ねる。
「いえ。少し、気になることがございまして」
「もう何かわかったのですか?」
「まだ、何も」
私は笑った。
「ですから、まずは確かめてみたいのです」
本当に、その少女は悪人なのか。
彼女が何をしたのか。
そして、なぜ村人たちは彼女を守ろうとしているのか。
確かめなければ、何も始まらない。
私は封筒を閉じた。
「それでは参りましょう、ノア様」
「はい。エマ嬢」
新しい風が、頬をなでていく。
私の人生は、これからだ。
そして、もし次に誰かを裁くことがあるのなら。
そのときも私は、きっと同じ言葉を口にするだろう。
――どうか、清く正しい断罪を。




