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ダンジョン最底辺の芋虫に転生した俺は、寄生能力で美少女を支配する  作者: 葉月


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第9話 おっさん、20年越しのキッス

「う〜ん……どうしたもんかな」


 現在、俺はダンジョン奥のいつもの芋虫ソファに座りながら、脳内モニター越しにエルメスちゃんを操作している。覚えたての新スキル【増殖】を試すため、人通りの多い大通りまでやって来たのだが――どうすればいいのかわからず、ただ立ち尽くしていた。


「なんで条件がマウストゥマウスなんだよ! 普通に寄生するより難しいじゃねぇか!」


 というのも、おっさんだった前世の俺は独身だった。もちろん女性と付き合った経験くらいはある。断じて童貞とかそういうのではない。……いや、本当だ。


 強いて言うなら、セカンド童貞。


 十代、二十代の頃はそれなりにイケていたと思う。それなりにブイブイ言わせていた。だが三十代で役職がついてからは恋愛どころではなくなった。気がつけば腹は出るし、髪は田植え直後のような有様で、女性からは完全に恋愛対象外になっていた。


 それでも一度だけ、このままではいけないと思い立って婚活パーティに参加したことがある。四十代、年収六百万。悪くないと思っていた。だが現実は違った。女性陣は俺の年収を聞くや否や、潮が引くように去っていった。


 恋愛アドバイザーは言った。


「あなたの場合、最低でも年収二千万は必要ですね」


 それ以来、俺は結婚を諦めた。恋愛もやめた。つまり――二十年以上、異性と肌を合わせていない。


 そんなおっさんに、美少女と口づけはハードルが高すぎやしませんかね。


 ……え? 最初は男でいいだろって? バカを言いなさんな! こちとら二十年以上そういうことをしてないんだぞ! たとえエルメスちゃんの体とはいえ、意識を共有している以上、久しぶりのキッスは女の子がいいに決まっている! しかも絶対美少女! そこだけは譲れない!


「だ、大丈夫。今の俺は金髪美少女のエルメスちゃんなんだ。女の一人や二人ナンパできなくてどうする!」




 ――――三時間後。


「……ああ、俺はなんて意気地のないダメ親父なんだ……」


 結局三時間、行き交う人々を眺めていただけで、何もできなかった。

 あまりの情けなさに、今は路地裏で膝を抱えている。


 ……トホホ。


「こうなりゃやけ酒だ」


 せっかくのスキルも、俺みたいなへたれが持っていては宝の持ち腐れだ。陽も傾いてきたし、ギルドで腹ごしらえをしながら作戦を練ることにした。




「リンスちゃん、エールおかわり!」

悪魔の女(メンタルクラッシャー)、今日はよく飲むネ」

「リンスちゃん! そういうのは陰でこっそり言うものですわよ!」

「普通の人は、陰でも言われたくないネ」

「わかってんなら言うんじゃありませんわよ! ――あ……逃げやがった。くそっ」


 エルメスちゃんの体を乗っ取ったばかりの頃は、腫れ物に触るように遠ざけられていた。だが最近は普通に話しかけてくる連中も増えてきた。


「おっ、エルメス一人か? 良かったら一緒に飲もうや! ぐへへ」

「おい、おっさん! 気安く触れやがったらぶっ殺しますわよ!」


 その結果、酔っ払いが絡んでくるようになったのが面倒くさい。とはいえ、エルメスちゃんが睨めば大抵の男は退散する。勘当されたとはいえ、腐っても伯爵令嬢だ。


「はぁ……上手くいかないもんですわね」


 むさ苦しい男なら簡単にチューできそうなのに、相手が美少女となると、どうしても緊張して一歩が踏み出せない。


「どうせなら――」


 ジョッキを片手に頬杖をつき、ぼんやりと受付嬢へ視線を向ける。


「あれくらい綺麗な姉ちゃんとキッスしたいですわよね」


 目が合った瞬間、受付嬢は「ふん」と顔をそらした。相変わらずギルド職員からは、害虫を見るような目で見られている。





「ちょっとあなた! いつまでそこに居るつもりなんですか! こっちは帰れなくて迷惑なんですけど!」

「へ?」


 気づくと受付嬢が鬼の形相で立っていた。慌てて周囲を見ると、ギルド内の灯りは消え、客は誰もいない。窓の外は真っ暗だ。どうやら営業時間はとっくに過ぎていたらしい。


「も、申し訳ありませんわ」


 慌てて立ち上がる。だが相当飲んでしまったようで、視界がぐるりと回る。足元もおぼつかない。まるで荒れ狂う大海原の船の上に立っているようだ。


 あ、これヤバい。


「ちょっ、ちょっと!?」


 足がもつれる。


 ドテッ!


「――――ッ!?」


 受付嬢を押し倒すような形で、俺は倒れ込んでしまった。


「……」

「……」


 目が合う。受付嬢は、すっと視線をそらした。その仕草が妙に色っぽい。年は二十代前半くらいだろうか。ウェーブのかかった髪が大人の女らしさを際立たせている。エルメスちゃんとはまた違う種類の美しさで、美少女という年齢ではないが、かなりの美人だった。


 ……いい匂いだな。


 女性特有の柔らかな香りが鼻腔の奥にふわりと広がる。そのたびに、まるで魅了魔法でもかけられたんじゃないかと思うほど、エルメス(おれ)の心拍数が跳ね上がった。


 ごくり、と唾を飲み込む。


「い、いつまでそうしているつもりですか」


 早くそこをどけ。


 言葉にすれば、きっとそんな意味なのだろう。だが俺は動けない。開いたブラウスの隙間からちらりと見える谷間に、どうしても視線が離れなかった。


 そして俺の視線は、ある一点へと吸い寄せられる。


 ぷるんと艶めく、リップの塗られた薄いくちびる。


 酒も入っている。距離も近い。

 そして――理性は、もう限界だった。


「――――ちょッ!? んンンンっ!」


 気づいた時には、体が勝手に動いていた。引力に引き寄せられるように、俺はエルメスのくちびるを受付嬢のくちびるへと押し当てていた。暴れる受付嬢の両腕を押さえつける。


 そして俺は、二十数年ぶりのキッスに心拍数が跳ね上がるのを感じていた。


 ……正直、その後のことはあまり覚えていない。


「お、おい……大丈夫か?」


 気がついた時には、受付嬢は白目を剥き、びくん、びくんと痙攣を繰り返していた。


「……これ、ヤバくないか?」


 エルメスちゃんとシャネルちゃんに寄生した時にも、似たような症状が出ていた。だが今回は濃厚なキッスによる寄生だ。果たして成功しているのだろうか。


「酔った勢いとはいえ、とんでもねぇことしちまったな……」


 もし寄生が失敗していたら、目も当てられない。痴漢行為で憲兵に突き出され、そのまま豚箱生活――なんて未来も普通にあり得る。俺は祈るような気持ちで受付嬢を見つめた。


「おっ!」


 不安げに脳内モニターを見つめていると、新たなモニターが追加されていることに気づく。成功だ。デバイスを切り替えるように操作対象をエルメスちゃんから受付嬢へ変更し、ついでにエルメスちゃんの設定を自動(オート)にしておくことも忘れない。


「セリーヌ=トリオンフ、か」


 記念すべき寄生体三号の名は、セリーヌ=トリオンフ、二十二歳。


「……げっ、彼氏持ちかよ。おっさん萎えるわー」


 しかも相手は、いかにも金持ちそうな商人。


 金か? やっぱり世の中、金なのか? 年収二千万とかあんのか、そいつ。


「くそっ! 清楚系お姉さんかと思ったら、港区女子みたいなビッチじゃねぇかよ! 吐き気がするわッ!」


 前世で付き合いのあった成り金ブタ野郎の顔が脳裏に浮かぶ。


「あー、なしなし。今はあんな奴のことどうでもいいの!」


 せっかくの異世界転生だ。前世のクソみたいな記憶なんて、思い出さなくていい。今は今。芋虫ライフを楽しまなきゃ損だろ。


「それにしても、さすがギルド職員。すげぇ情報量だな」


 セリーヌと意識を共有した瞬間、ギルド内部の情報がどっと流れ込んできた。次の討伐計画、各パーティの実力評価、ダンジョン攻略の予算――ありとあらゆる情報が筒抜けだ。


「ギルドって、情報の宝庫やん!」


 俺は芋虫ソファの上で、くねくねと体をよじりながら快哉を叫ぶ。


「久しぶりのキッスの相手が港区女子だったのは残念だけど、寄生体としてはかなり優秀なんだよな」


 次の寄生対象は、セリーヌの情報を元に決めるのもありだ。


「クックックッ……」


 いいねぇ、楽しくなってきたぞ。


 ――さて。


 次は、どの女に寄生してやろうか。

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