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ダンジョン最底辺の芋虫に転生した俺は、寄生能力で美少女を支配する  作者: 葉月


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第10話 商人の目

 セリーヌ=トリオンフという新たな情報源を手に入れてからというもの、俺はしばらく情報整理に追われていた。


 寄生体を増やすことは重要だ。だが、無闇に増やせばいいというものでもない。この街には――俺にとっての天敵になり得る存在がいる。


 神眼を持つ神官だ。


 前回はエルメスの祖先に魔族の血が混じっているという話でなんとか誤魔化せたが、同じ手が何度も通用するほど、相手も間抜けではないだろう。


 彼女がいる以上、無鉄砲に寄生体を増やすわけにはいかない。今は――数より質だ。


 人間社会の裏側から街を操り、ダンジョンの平穏を脅かす存在を排除できる。そんな権力者を手に入れる必要がある。

 そのためにも情報の精査が重要になる。最善の一手を打つためには、まず盤面を理解しなければならない。


 この場合の盤面とは――商業都市オールセルテス、そのものだ。


 そして、狙うべき"王"は決まっている。


 街の領主――ボッテガヴェネタ=イントレチャート子爵。


 だが相手は貴族にしてこの街の支配者だ。一介の冒険者や受付嬢が気軽に会える相手ではないし、ましてや口づけなど論外だ。


「……いや、まあ」


 伯爵令嬢のエルメスちゃんなら、ワンチャン会えなくも無さそうなんだよな……。


 だがエルメス=バーキンは、バーキン伯爵家を追放された身だ。稀代の悪女として社交界からもほぼ締め出されている。


「やっぱり今のエルメスちゃんが、いきなりイントレチャート子爵に会うのは無理だよな」


 いきなり"キング"は取れないだろうよい。


 前世で好きだった漫画の台詞だ。


「まずは飛車角あたりから落としていくのがセオリーってやつだ」


 急がば回れとも言う。

 そのためにも――セリーヌの情報が必要になる。


「……あんまり気は進まないけど、こいつ以外に適任はいないんだよな」


 芋虫ソファに体を預けながら、俺はセリーヌから得た情報を元に作った資料に目を通した。


「ハミルトン=カーキフィールド。二十四歳。職業、商人。フィールド商会の跡取り息子。頭は切れるが、女癖が悪い……か」


 港区で遊び歩く若手経営者みたいな奴だな。

 正直、寄生体にするのも気が進まない。

 なにより――


「男とチューしなきゃいけないのが、マジで嫌だ」


 男と舌を絡める濃厚キス。想像しただけで吐き気がする。リアルゲロチュになりそうだ。


 ……すまん。

 多様性とか色々言われてる世の中だが、そこだけは対応できそうにない。


「……っ」


 いや、分かってる。

 安全に、平穏に生きるためだ。そのためにはさらなる情報源が必要になる。


 ハミルトン=カーキフィールドは、男という一点を除けばこれ以上ない寄生対象だ。こいつを取り込めば、商人のコネも金も情報も手に入る。活動資金だって確保できる。


「……はぁ」


 深くため息を吐く。


「決まりだな」


 次のターゲットは――ハミルトン=カーキフィールド、お前だ。





「おお、マイハニー! 会いたかったよ、僕の子猫ちゃん!」


 ……げっ。きも。


 嫌なことはさっさと済ませるに限る。そう思った俺は、セリーヌを通してハミルトンにアポを取った。恋人同士ということもあり、週末のセリーヌの休日に会う約束がすぐに決まった。


 待ち合わせ場所は、街の噴水広場。


 そこに到着すると――女みたいな長髪のナルシスト野郎が、全力でこちらへ駆け寄ってきた。

 そして俺の前でいきなり跪く。手には花束。控えめに言って、キモすぎる。

 もう帰りたい。


「あ、ありがとう」

「僕の子猫ちゃん、セリーヌのためならこれくらい当然さ」


 ウインク。

 キラッ。


「……きゃ、きゃー。ウ、ウレシイなー」


 あああああああああああああああああああああ!!


 あかん!! 吐きそうや!! 目の前のナルシストにも! それに付き合ってる自分にも!! 口からうんこが出そうや!! なにより周囲の冷ややかな視線が痛すぎる。


 なんでセリーヌはこんな奴と付き合ってんだよ。やっぱり金か? 世の中、金なのか?


 セリーヌ、そこに愛はあるんか。


 思わず某保険CMの人みたいなこと言っちまったじゃねぇか。


 ……いや、落ち着け。


「スー……ハー……」


 深呼吸。

 これは仕事だ。そう、営業。ハミルトンは大事なお得意様。


 ワッショイ、ヨッショイ、どっこいしょって感じで上機嫌に持ち上げて、さっさとぶちゅっと決めてしまおう。


「それじゃあ行こうか、ハニー」

「え、ええ」



 男とのデートに興味は皆無だが、いきなりキスを仕掛けるのも不自然だ。いくら恋人同士とはいえ、真っ昼間の人通りの多い広場でいきなりぶちゅっ――というのは、元日本人のおっさんには少々ハードルが高い。なにより、男とくちびるを合わせる覚悟が、まだできていない。


「市場?」


 ハミルトンにエスコートされてやってきたのは、露天が並ぶ大通りだった。

 商業都市オールセルテスの台所と呼ばれる場所だ。


「……なるほど」


 さっきまでのナルシストぶりが嘘のように、ハミルトンは黙々と露店を見て回っている。こちらに話しかけてくることもなく、ただひたすら商品を観察している。


「知ってるかい、ハニー。これ、今値上がりしてるんだよ」

「そうなんだ」

「ちなみにあの黒胡椒、去年の三倍の値段になったんだ。面白いだろ?」

「……ええ」


 なるほど、こいつは根っからの商人らしい。

 市場で香辛料を確認したかと思えば、次は宝石店、その次は布の店と、気がつけば何件も店をはしごさせられていた。


 華奢なセリーヌの脚は、すでにパンパンだ。

 ……こりゃ明日は筋肉痛だな。


「今日も素晴らしく有意義なデートだったよ、マイハニー」

「お役に立てたなら良かったわ」


 ん?


 ハミルトンがこちらを見つめたまま、動かない。その表情は妙に真剣だった。


「マイハニーさえよければ、今夜は久しぶりに外泊でもどうだい?」

「そ、そうね」


 ……ついに本性を見せたな、このドスケベ野郎。だが寄生するには好都合だ。


「私も……今夜は帰りたくない気分だったのよ」


 そう言って、腕に軽く抱きつく。


「……そっか」


 あれ? 頑張って甘えてみたのに、反応が妙に薄い。それに――なんでそんな悲しそうな顔をするんだよ。


 ハミルトン=カーキフィールド、こいつ、何を考えているのかまるで読めない。


 ……まあいい。もう寄生するだけだ。


「では、ここにしようか」


 案内されたのは宿屋だった。……が。


「……」


 てっきり商会の跡取り息子なんだから高級宿でも連れて行ってくれるかと思えば――とんでもないボロ宿だった。


 ドケチにもほどがある。よくこんな性格で女にモテるな。やっぱり家が太いと恋愛は有利ということか。


 ……まあいい、さっさと寄生して帰ろう。





「ごゆっくり」


 受付を済ませ、無愛想な店主から鍵を受け取る。ハミルトンに手を引かれ、二階の部屋へ向かった。


 ――ガチャ。


 部屋に入ると、ハミルトンはすぐに鍵を掛けた。そんなに見つめなくても逃げないっての。


 遅い。


 さすがにセリーヌの方からキスをせがむのも変だろうから、ハミルトンが動くのを待っているのだが、一向に近づいてくる気配がない。

 まさかここまで来てビビったとか……?


 そもそもこの二人って、もうヤッてるんだよな? ……あれ、まさかまだなのか?


 寄生体の記憶はある程度なら覗き見ることができる。だがすべて見えるわけではない。セキュリティレベル一、二といった具合に、記憶を司る海馬にロックが掛かっているのだ。今の俺が見られるのは記憶の低層階だけで、深い記憶にはまだ手が届かない。


「ハニー」


 ハミルトンが静かに言った。


「君は誰だ」

「……え?」

「もう一度聞く。君は誰なんだい」

「何を言っているの、ハミルトン」


 笑顔を作る。


「私はあなたの恋人のセリーヌよ。恋人の顔を忘れたの?」


 ハミルトンは、ゆっくりと首を横に振った。


「違う。君はセリーヌ=トリオンフじゃない」


 ――なぜだ。なぜバレた。


「君はセリーヌ=トリオンフという女性のことを、まるで分かっていない」


 ハミルトンがため息を吐く。


「いいかい。あのセリーヌが、こんな安宿に泊まるわけがないんだ。それに、たとえ高級宿を用意したとしても、婚姻前の男女がそういう行為をすることを、彼女は良しとしない」


 そして一言。


「彼女はアルテミス教徒なんだ」


 ……アルテミス教徒? なんだそれ。そんなの、芋虫の俺が知るわけねぇだろ!


「ちなみに、君が本物のセリーヌでないことは、市場を見て回っていた時から気づいていた」


 は? それって、ほとんど出会ってすぐじゃないか。


「セリーヌは、君みたいに大人しく露店を見て回ったりしない。いつも僕の隣で文句ばかり言っていたよ。宝石店に入れば、僕に買わせようとあの手この手で迫ってくる。店主まで味方につけてね」


 少しだけ口元が緩む。


「でも、僕はそういうセリーヌが嫌いじゃなかった」

「なるほどなぁ〜。そりゃバレるわけだ」


 ここまで言われてしまえば、もうセリーヌを演じる意味はない。


「で、君は誰なんだい?」


 ハミルトンの目が鋭くなる。


「本物のセリーヌをどこにやった」

「本物のセリーヌなら、目の前にいるだろ」

「君はセリーヌじゃない」

「中身はな」

「……中身?」


 そんな言葉で、すぐ理解できる奴なんていない。まあ、理解する必要もない。


 なぜなら――ハミルトン=カーキフィールドという存在は、もうすぐこの世から消えるのだから。


「おっと、それ以上近づかないでもらおうか」


 ハミルトンが懐から短剣を抜き、構えた。


「大人しくセリーヌの居場所を吐くんだ。そうすれば命までは奪わない。言っておくが、僕はそれなりに強い」


 刃先がこちらに向けられ、じりじりと距離が縮まる。


「商人なんてやっているとね。盗賊や悪質な同業者に命を狙われることも多い。だから僕は、幼い頃から戦闘訓練を受けている。それに――君が丸腰なのも知っている。僕がただ馬鹿みたいにデートを楽しんでいたと思うかい? 僕がなぜ、このボロ宿を選んだかわかるかい?」

「てめぇがケチだからだろ」

「……確かに僕は無駄が嫌いだ。だが、必要なものには金を惜しまない。この宿は、顔馴染みの金貸しが経営している。彼は金さえ積めば、大抵のことには目をつぶる。例えば――この部屋で人が死んでも、憲兵に報告されることはない。それどころか、死体の処理までしてくれる」


 ハミルトンが薄く笑う。


「どうだい? 素敵な宿だろう?」


 なるほど、裏社会のクズが経営してる宿か。善人面してる割に、こいつも随分と黒い商売に手を出してきたらしい。


 だが――


「それがどうした?」


 前世の俺だったら、こういう話を聞いた瞬間ガクブルだっただろう。


 だが今は違う。


 今の俺はモンスターだ。しかも芋虫。こんなことでビビっていたら、とっくに死んでいる。


「その痩せ我慢、いつまで持つかな。丸腰の君に勝ち目はない」

「そりゃどうかな?」

「減らず口をッ!」


 次の瞬間、ハミルトンが短剣を振り上げて突っ込んできた。

 刃が振り下ろされる――その瞬間。


 ヒュッ。


「ぐうッ!?」


 窓の外から飛んできた矢が、ハミルトンの右肩に突き刺さった。

 体勢を崩し、短剣が床に落ちる。


「くそっ……仲間がいたのか!」


 即座に状況を判断し、ハミルトンはドアへ向かって駆ける。


 ――ガチャッ!


「!? ――――ぐはぁッ!?」


 ドアを開けた瞬間、強烈な前蹴りがハミルトンの腹に突き刺さった。吹き飛ばされ、床を転がる。


 その首筋に、そっとハミルトンの短剣を当てる。


「動くな。動けば殺す」


 そう警告してから、俺は扉の方を見た。


「中に入って扉を閉めろ」


 扉の前に立っていたエルメスが、静かに部屋へ入る。


 ……ふぅ。危ない危ない。


 予想外の事態に備えてエルメスとシャネルを待機させておいて正解だったな。


「……エルメス=バーキン」


 床に倒れたハミルトンが呻く。


「君もグルなのか。答えろ! 君たちの目的はなんだ! セリーヌをどこにやッ――」


 その言葉は、途中で途切れた。

 セリーヌの唇が、ハミルトンの口を塞いだからだ。


「んンッ!?」


 舌を絡ませながら、卵を流し込む。

 やがて白目を剥き、体が痙攣した。


 ――寄生完了。


 さっそくハミルトンの意識と接続する。


「……いってぇッ!?」


 同調(リンク)した瞬間、焼けるような痛みが頭を貫いた。頭蓋骨の内側をナイフでかき回されるような感覚に、すぐに接続を切断する。


 エルメスからポーションを受け取り、ハミルトンの傷を治療してから、改めて接続した。


「へぇ……」


 世界が広がる。


「これがハミルトン=カーキフィールドか」


 すべての思考が分かるわけではない。だが、一部は理解できる。商品の流れ、どの商会が儲かっているか、誰が誰に借金しているか。


 さらには――領主の懐事情まで。


「男だけど……やっぱり手に入れて正解だったな」


 脳内モニターが一つ増えるたびに、視界が広がる。

 この感覚、嫌いじゃない。


「これ、完全に経営シミュレーションゲームだよな」


 おっさん、前世でこういうゲームはかなり好きだった。俄然やる気が出てくる。


「この調子で……もう一人くらい確保しておくか」

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