第8話:リナの秘密と、迫る影
リナが働き始めて1週間。
予想以上に、彼女は仕事ができた。
お皿洗いは丁寧で、掃除も完璧。
お客さんへの接客も、恥ずかしがりながらも一生懸命やってくれる。
「リナ、すごいな。助かってるよ」
「本当?」
「ああ。リナのおかげで、俺は料理に集中できる」
「えへへ……」
リナは嬉しそうに笑った。
最初に会った時とは、まるで別人のようだ。
でも――時々、リナは不安そうな顔をする。
店の外を気にしたり、物音に怯えたり。
「何か、事情があるんだろうな……」
ある夜、閉店後。
リナがいつもより遅くまで残っていた。
「リナ、もう遅いよ。家に帰らなくて大丈夫?」
「……」
リナは黙り込んだ。
「リナ?」
「……実は、私、家がないの」
「え?」
「村の外れの、壊れた小屋に住んでる。でも、あそこ、寒いし、怖いし……」
リナは震えていた。
「そうだったのか……」
「ごめんね。こんなこと言って……」
「謝ることないよ」
俺は考えた。
店の2階には、使っていない部屋がある。
「リナ、よかったらここに住まない?」
「え……」
「2階に空き部屋があるんだ。掃除すれば十分住める。家賃はいらない。その代わり、ちゃんと店を手伝ってね」
「いいの……?」
「もちろん。リナは大切な従業員だから」
「ケント……」
リナの目に、涙が浮かんだ。
「ありがとう……ありがとう……!」
その日から、リナは店の2階に住むことになった。
部屋を掃除して、ベッドと家具を入れて。
リナは初めて、自分の部屋を持った。
「私、がんばる!ケントのために、絶対がんばる!」
「ああ、期待してるよ」
平和な日々が続いた。
でも――その平和は、突然破られた。
ある日の昼下がり。
店に、黒いローブを着た男が3人入ってきた。
「いらっしゃいま――」
言葉が途切れた。
その男たちから、ただならぬ雰囲気が漂っていた。
「お前がケントか」
「……はい」
「俺たちは『黒の商会』の者だ」
黒の商会――聞いたことがある。
闇の組織だ。
「用件は?」
「簡単な話だ。お前を雇いたい」
「お断りします」
「即答か。話くらい聞けよ」
男は不敵に笑った。
「お前の料理、噂は聞いてる。回復効果がある料理を作れるんだってな」
「それが?」
「俺たちに協力しろ。そうすれば、金も地位も手に入る」
「だから、お断りします」
「……そうか」
男は舌打ちした。
「じゃあ、こういうのはどうだ」
男は、リナを指さした。
「あの嬢ちゃん、お前の従業員だろ?もし協力しないなら――」
「脅しですか」
俺の声が、低くなった。
「脅しじゃない。忠告だ」
「帰ってください」
「……いいのか?後悔するぞ」
「帰れと言ってます」
男たちは、不満そうに店を出て行った。
でも――その目は、明らかに殺意を帯びていた。
「ケント……」
リナが怯えた顔で、俺を見ていた。
「大丈夫。何があっても、俺が守るから」
「でも……」
「大丈夫だから」
そう言ったものの、内心は不安だった。
黒の商会は、王国でも悪名高い組織だ。
このままでは、危険かもしれない。
その夜、俺は料理ギルドに連絡を取った。
「黒の商会が接触してきた……?」
ギルバートさんの声が、深刻になった。
「分かった。すぐに護衛を派遣する。それまで店を閉めて、村長の家に避難しろ」
「はい……」
「安心しろ。料理ギルドが、必ず君を守る」
翌日、料理ギルドから派遣されたのは――
「久しぶりだな、ケント」
Bランク冒険者、レイナさんだった。
「レイナさん!?」
「料理ギルドと冒険者ギルドは協力関係にある。君の護衛は、私が引き受けた」
「ありがとうございます……」
「礼はいい。それより、あの嬢ちゃんは?」
レイナさんはリナを見た。
「リナです。俺の従業員です」
「……そうか」
レイナさんは、何か言いたげだったが、黙った。
「とりあえず、今日から私が店に常駐する。黒の商会の連中が来ても、心配するな」
「頼もしいです……」
こうして、カフェ・ミルフォードは、Bランク冒険者に守られることになった。
でも――これは、嵐の前の静けさに過ぎなかった。
ーー第9話に続く




