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95 みんなで変装



「…と言う訳だ。街の人間に聞き込みをしたところ、その屋敷はこの領地の領主の所有する邸宅と分かった。だが、領主とその家族は今、王都で暮らしていて、現在は管理を任された人間が居るだけらしい」

宿で俺の報告を聞いた英子は憤然と胸を逸らして立ち上がった。


「助けに行きましょ!」


「やっぱり、そう来るよな…」


「何をのんびりしているのよ!早く行くわよ!」


「まあ、待て。落ち着け。無策で動いてもどうにもならないぞ」


「こうしている間にも、セシルちゃんが酷い目に会っているかもしれないのよ!」


「精神感応の方はどうだ?何か変化はあったか?」


「まだ、何もないわ」


「五体無事でさらったんだ。すぐに身の危険は無いだろ」


「でも、セシルちゃんはあんなにかわいいのよ!」


「ああ、貞操の危機だけだろ?そんなものは犬に嚙まれたような物じゃないか」


「馬鹿!」


怒った英子に拳骨で頭を叩かれた。


「いってえ!何をする!」


「冷血人間!」


「冷血だったら、そのまま放って置くぞ。それから、お前、前世の価値観を引きずり過ぎだぞ。いいか、この世界の身の下事情はかなり緩いんだ。田舎の人間は特に早熟なんだ。男も女も十代前半から、皆そっち方面の経験があるらしい。あの娘は田舎の庶民だぞ。そっちの経験くらい何度かあるはずだ」


「そうとは限らないわよ!もしあの子が可憐な乙女だったら、どう責任を取るのよ!」


「俺が責任を取るのか?それは違うだろ?」


「駄目よ!責任取ってあの子をお嫁さんに貰いなさい!」


「はあ!?お前、頭沸いてるのか?」


「歳も同じくらいだしいいじゃない」


「だから、なんでそういう話になるんだ!」


「あの子には精神感応で女神として相談されてたのよ。今彼女は村の権力者の四十三歳のおっさんに結婚を迫られているのよ。かわいそうだと思わない?」


「権力者と言うことは金があるんだろ?いい暮らしが出来るんじゃないのか?いい事じゃないか。それに、旦那が老いぼれなら、早く死ぬから財産も手に入るぞ」


「カー!」


また真上から頭を殴られた。


「いって!おい、つむじの辺りを殴るな。脳みそに響く」


「響かせてるのよ!なんて無神経なガキ!あんたに女の子の気持ちなんて分からないわよ!」


「分かるわけないだろ!俺は男だぞ!権力者はみんな若い娘を侍らせたい物だろ?嫌なら断ればいいだけじゃないか。何が問題だ?」


「力関係があって簡単じゃ無いのよ!」


「そんな事俺が知るか!」


「あー、もおいい。あんたにいくら言っても無駄だわ。砂漠に水を撒くようなものだわ」


「それはこっちのセリフだ。とにかく落ち着け。イライラしても何にもならないぞ。まずは策を練るんだ」


「ふんっ!」


不満げに英子は荒々しく椅子に腰を下ろす。


それを横目に俺は孤児ハルマの方を見る。


「何をやっている?」


「戦いの準備だ。腕が鳴るぜ」


孤児ハルマは俺がやった魔鋼の短剣と土産の短剣をそれぞれ左右の手に持って盛んに振り回している。


「お前と同じ二刀流だ」


と、ニヒルに笑う。


「あー、そういうつもりでもう一本短剣をやった訳じゃな無いんだけどな。それにお前にまだ二刀流は無理だ。そんなへろへろののろい振りじゃ、何も切れないぞ。まず一本の短剣をしっかり使える様にした方がいい」


「そうなのか?」


「そうだ」


「分かった」


意外に孤児ハルマは素直に言う事を聞いた。


服をまくって魔鋼の短剣のズボンの腹の紐にきっかけて、もう一本の短剣を両手で掴んで構える。


「お前は力が無いから、短剣の柄を腰骨の辺りにあてて、両手で腰だめに持って構えろ。そして、体ごと相手に体当たりする感じで、全身の勢いで刺すんだ」


「こうか?」


「うん、いいぞ。なかなか様になっているな」


「大勢殺したからな」


孤児ハルマは得意げだ。


末恐ろしい奴だ。


「で、どうするのよ?」


英子が苛ついてせかしてくる。


「うん。俺たちは、たった三人だ。この戦力で強引に奪還するのはやめた方がいい。相手は領主の関係者だ。つまり貴族だ。下手に動くと俺達なんかまとめて殺されるぞ」


「つまり、何も出来ないってこと?」


「いや、一つ方法はあるんだが、ちょっとこれは、個人的に気が進まないんだよなぁー…」


「方法があるなら、何でもいいからさっさとやりなさい!この愚図!」


右の眉を吊り上げて、冷めた目線で英子が俺を見下ろす。


いつの間にか閉じた扇子を右手に持っていて、それを俺の眉間の前に突きつける。


「…おまえ、今凄く悪役令嬢っぽいぞ。その扇子どこから持って来た?」


「これは、決め台詞で自然と手の中に現れるのよ。何故かは知らないわ」


「マジシャンかよ。なんのチートだ?」


「と言うのは冗談よ」


「冗談かよ!」


「場をなごませたかったの」


「そんな怖い顔で言われたら本気にするわ!」


「で、その方法って?」


「うん。それは、俺がガルゼイに…、ガルゼイ・リース・ヘーデン様に変装するんだ」


と言って髪色変化の魔術具を切る。


俺からは見えないが、今俺の髪は漆黒に戻っているはずだ。


「?」


「まずは、貴族が着るような、上等の服の手配だ。お忍びと言う事にすれば、完全に貴族の身なりでなくてもいいんだが、ある程度は上等の服でないとな」


「どういうこと?」


「まあ、見てろ」


まず、俺たちは、マルヤ商会の護衛たちの宿に出向いた。


そして、ヨグと、セシル、アルスの三人が、役所の中でとらえられて、拉致されたことを説明した。この商隊にマルヤ商会の人間はヨグだけしか居ない。小さな商隊なので必要最小限の人数でやっているのだ。

商隊の責任者が居ないので、後のことは今いる人間の独断でやるしかない。


「客車の乗客はこの街でかなり減ったみたいだが、ここから西に行くのはあと何人だ?」


と護衛のサブリーダー的な、四十代の白髪交じりのおっさんに訊く。


「ここから西に行くのはお前達だけだ。ほとんどの乗客はこの街が目的地だ。ここから西への道はあまり良くないし、人種も変わる。駅マ荷車を使って『ヤマ』に行くのはあっちに親類がいる人間くらいのものだ。商売目的の人間は自前のマ荷車で行き来しているしな。積み荷もここで三分の二は下ろすから、箱車も一つは要らなくなる。いつもなら、空の箱車で西に行って、向こうの産品を積んでくるのだが、今回は一台が酷く壊れたんで、この街で処分することになった」


「そうか、いいぞ。おあつらえ向きだ。それなら、お前たちは、明日の朝いちばんで出発して、まちの外れから一リ先の脇道で待っててくれ。俺が三人を助け出したら、追いかけて合流する」


「助けるって、どうするんだ?」


「実は貴族にコネがある。その貴族にお出まし頂けることとなった」


「貴族って、本当に大丈夫なのか?」


「ああ、何とかなるだろ」


「足はどうするんだ?」


「箱車を一台借りれるか?」


「荷も少なくなったし、ワマも四頭立てで箱車を引くから、こっちは一台で何とかなる。もう一台を空にして貸すことは出来る」


「それで頼む。でもこんな話を良く受け入れるな。俺達みたいな胡散臭い余所者を信じるのか?」


「今更だろ。命を懸けて助け合った仲じゃないか。信じるよ。それに相手が貴族ならどのみち俺ら平民の出る幕は無い。何もできないのは同じだ。あいつら三人を助けるには、いくらうさん臭くてもお前の話に乗るしかないんだよ」


「そうか。おい、ハルマ」


俺はついて来たハルマに声をかけた。


「なんだ」


「お前、マ荷車の御者とか出来るか?いや、出来なければ、俺が自分でやるが、可能なら誰かにやってもらいたいんだよな」


「出来るぞ」


「ほんとか?」


「ほんとだ。狩人の仕事を手伝った時に教わった。その時に動物の解体も覚えたんだ」


「やるな。それじゃ御者は任せたぞ」


これで、商隊の段取りはいい。その後俺たちはこの街で一番大きい服飾店に出向いた。


仕立てている暇は無いので、古着で程度のいいものを見繕う。


貴族の着るような服はさすがに売っていなかったので、俺は裕福な商人に見えるような服を買った。袖と裾が長いので、それだけはその場で詰めてもらった。


英子には侍女の着るようなメイド服っぽいものを買った。


孤児ハルマは御者の役なので、俺の貸した短衣の上下のままでいいだろう。


ただ、顔が見えないように、つばの広い小さめの帽子を買ってやった。あと、奴のサンダルがぼろぼろだったので、中古の編み込み皮サンダルを買ってやった。新品は足に馴染むまで、靴擦れが出来るから、中古の方が履きやすくていいのだ。


宿で服を着替えて、ファルカタの二刀を、ヒューリン棚にしまう。


すぐに取り出せるように、一番手前に置いておく。


「英子、完全魔力回復薬はまだ残っているか?」


「あと、四本半あるわ」


「充分だな」


「ハルマ、認識疎外の魔術具の魔石は新品に代えておけよ」


「分かった」


俺は髪色変える魔術具を切り替えて自分の髪色を漆黒に戻した。


英子も金髪に戻している。


「よし、今夜は良く食って。休んでおけ。明日の朝市で出かける」


「今晩行けないの?」


「無理だ。商隊の出発準備が間に合わない」


「そう、仕方ないわね。でも精神感応で危機が分ったら、夜中でも行くわよ」


「ああ、分かった」


その夜英子の精神感応にセシルの反応は無かった。


遠いから声は聞こえないらしいが、生命反応は感じられるので、危機は分かるそうだ。


翌朝、孤児ハルマと準備を終えて英子の部屋に行くと、寝ぼけた英子がだらしない寝間着姿で出て来た。


「寝てたのか?」


「夕べよく眠れなかったのよ。それでバラエ酒を貰って飲んだら、つい飲みすぎちゃって…」


「三十秒で支度しろ」


「無理よ。三十分ちょうだい」


「十五分だ!それで来なかったら置いていくぞ」


「分かったわよー」


英子の支度が済んでから宿を出る。


宿の人間が俺達の身なりを見て首をかしげていた。


髪色も服装も昨日と違っているので、俺たちが誰かすぐに分からなくて戸惑っている。


商隊から借りた箱マ荷車に乗って俺たちはオレク子爵邸に向かう。


子爵邸の門に到着して、英子が箱車を降りる。


「お取次ぎ願います!」


と門番に声をかける。


「なんだ」


と無能そうな太った門番が横柄な態度で出てくる。


箱車の中から覗いていると、門番の男は英子の美貌に驚いてから、舐め回すような目で英子の体を見た。


「オレク子爵様にお取次ぎ願います」


「子爵様は王都に居る。ここには居ない。会いたければ王都に行け」


「それでは子爵様の親族方はどなたかいらっしゃいますか?」


「親族は…」


門番は何故か言い淀んだ。


「し、親族は居ない。誰も居ない!」


と強く否定する。


その態度の不自然さが気になった。


「それでは、この領地を預かる代理の方にお取次ぎください」


「代官様はお忙しい方だ。帰れ!」


「こちらの名も聞かずに、門番でしかないあなたが、勝手に決めるのですか?あとで罰せられますよ」


「生意気言うな!まあ、お前が少しあの番小屋で相手をしてくれるなら、考えんでもないがな」


門番はスケベな顔でいやらしく笑って言う。


「無礼者!」


英子が怒鳴る。


俺は箱車からゆっくり降りた。


「おい、何をもたもたしている!取り次ぎ一つまともに出来ないのか!」


と侍女英子を叱りつける。


「も、申し訳ございません。この門番が取り次がないと言うのです」


「なに?おい、貴様、この俺、ガルゼイ・リース・ヘーデン男爵子息様を待たせるとはいい度胸だな。そんなに死にたいのか?」


「はあ?男爵子息?お前が?」


と俺を頭のてっぺんからつま先まで見下ろす。


その膝に蹴りを入れる。


「わっ!」


門番が地べたに膝を付く。


「俺を見下ろすな。跪け、下郎!」


「貴様!」


立ち上がろうとする門番の右頬を拳骨で殴りつける。


「がはっう!」


口から血を吐いて、デブ門番が崩れ落ちる。


「二度言わせるな、早く代官に取り次げ!」


異変を察知して、奥から執事のような初老の男が騎士二人を引き連れて走ってきた。


「何の騒ぎだ!」


と俺を睨む。


「この馬鹿が、代官に取り次がないと抜かした。しかも俺の侍女を手籠めにしようともした。俺はガルゼイ・リース・ヘーデン男爵子息だ。ゼルガ公爵様の懐刀のヘーデン商会の会頭の長子と言った方が分り易いか?こんな田舎でも俺の評判くらい聞いたことは有るだろう。さっさと、代官に取り次げ!俺を待たせるな!俺は自分の時間を、無駄にされるのが我慢ならないんだ!行け!」


「は、はい、お貴族様でしたか。この者の無礼を謝罪いたします」


執事男が慌てて詫びる。


「お前の詫びなんぞに価値は無い!余計な追従はいいから。俺を中に案内しろ!」


「はっ、ただ今!すぐに準備いたしますので、しばしお待ちを!」


騎士二人を残して、執事風男は奥の屋敷に走って行った。


俺は御者の孤児ハルマに耳打ちする。


「お前はこのまま門の外で待て。無駄に争う気は無いが、もし、中で騒ぎが起きたら、お前は箱車から離れて身を隠せ。それで騒ぎが収まっても、俺と英子が出てこなかったら、そのまま逃げろ。そして、街の外の商隊に合流して『失敗した』と伝えて、西に旅を続けるんだ。いいな」


孤児ハルマは無言で俺の顔を見つめていた。


「いいな」


と念を押す。


「お前の言うことは、よく分かった」


落ち着いた様子で孤児ハルマは答える。


執事風男が戻って来て、案内される。


俺と英子の後ろに騎士二人が続く。


庭のあちこちに神々を模した彫像が置いてある。


珍しい植栽がきれいに刈り込まれて、しっかりと手入れが行き届いている。


「随分庭に金をかけているな。田舎の子爵にしては分不相応だな」


と貶してみる。


「はい、代官さまご自慢のお庭です」


「ん?代官?ここは子爵邸だろ。子爵が自慢するなら分かるが、なぜ代官ごときが庭を誇る?」


「あ、いや、代官様がお庭の管理をしていますので…」


執事風男は歯切れ悪く返事をする。


どうも胡散臭い。この子爵邸には何か事情がありそうだ。

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