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93 更に厄介な戦後処理

翌日の早朝に商隊は野営地を出発した。


昨日激戦のあった草原を通る時は皆緊張したが、今度は何事もなくその場を通り過ぎた。昨日歩夕方に就く予だった街の入り口には、昼頃に着いた。


それはそうだ。一日の半分の行程の場所で野営したのだから、残りは半日で着く計算になる。


ここはオレク子爵領と言う場所にある街らしい。


その領都で、この領地の中で一番栄えている街との話だ。


ここの行政機関に賞金首を持って行けば、賞金を身らえるそうだ。


「だが、まず服を買わないとな」


街に入って、灰髪の傭兵アスルが言う。


着替えを持たない護衛たち十人は、上半身裸でズボンもぼろぼろの半裸族と化していた。


むきむきマッチョボディを見せつけながら男たちが練り歩くさまは、中々の壮観だが自称文明人の俺としては、側に居るのが少々恥ずかしい。


本来の予定では今日の朝にこの町を出て領境を越え、属領ヤマに入る予定だったが、このオレク子爵領都で数日足止めになった。


死んだワマの代わりの調達と、爆裂矢で破損した箱車の修理もある。


盾代わりにした取り外し式の箱車の板壁もかなりの数が、爆裂矢の攻撃で吹っ飛んでしまっているので、それも新しく作りなおさなければならない。


そんなこんなで、乗客たちは二日から三日はこの街でぶらぶら時間を潰さなければならない。


「そんな。三日もどうやって飯を食えばいい…」


孤児ハルマが絶望の顔をしていたので、


「この街でお前に英子の護衛をしてもらう。常に英子の側に居て、この女を守れ。それがお前の仕事だ。護衛をする間、飯は食わせてやる」


と恩着せがましく言ってやった。


それを聞いた孤児ハルマは、


「まかせろ!この女に手を出そうとするやつはみんな殺してやる。簡単だ。この短剣の切れ味なら、人間の首は簡単に切れる!魔獣を解体するよりずっと楽だ!」


と、なんだか危険な方向に妙に張り切り出した。


「あー、街中でなるべく人間の首は切らないこと。食べる目的以外で生き物は殺さないように」


などと、もったいぶった顔で言って、奴があまり暴走しないように釘を刺しておいたが、孤児ハルマは、俺の言う事が分かったのか分かっていないのか、よく分からない満面の笑顔で、


「大丈夫だ、分かっている。食べるなら殺してもいいんだな?ちゃんとやる。ちゃんとやってやる。俺にはなんだって出来るんだ」


と懐の短剣を両手で握りしめていた。


この孤児に切れ味抜群の短剣を渡したのは、間違いだったかもしれないと、俺は少し後悔していた。


盗賊との戦いを終えて、商隊のメンツの中で、二人の人間が、『変』になってしまった。


一人は『殺人童貞』を卒業した孤児ハルマで、もう一人は光魔法使いの少女セシルだ。


金髪セシルはぼんやりと空を見上げて、『女神様…私の使命を果たします』とか言って、道中ずっと、うっとりとした顔をしていた。


「これ、どうすんだよ?」


小声で言って英子を睨むと、


「知らないわよ。私のせいじゃないってば。そもそもはあなたがこの子に『英雄になってもらう』って言ったんじゃないの。あなたのせいよ」


英子が開き直る。


「馬鹿たれ。限度があるだろ。もう少しほどほどにしとけば良かっただろ。やり過ぎなんだよ。この娘の人生、確実に変わったぞ。それも、かなり訳の分からないヤバい方向にだ」


「言わないで、言わないでよ。あー、聞こえない、聞こえない…。私は何も聞こえません。というか、魔力のパスが私と彼女の間につながって、『精神感応』しちゃって、今凄く困ってるの。彼女が心の中で『女神様、女神様』って、むっちゃ話しかけてくるのがとても苦痛なんだけど、どうしたらいいの?」


「仕方ないだろ。この旅が終わるまで我慢しとけ」


「ひー、ずっとこのままなの?勘弁してよー……。頭の中で、崇拝の言葉をずっと聞かされるのって、思ったよりきついから」


英子に泣きが入り始めた。


「崇拝されてるならいいだだろ。俺なんかいつも他人の悪口が勝手に耳に入って来るんだぞ。褒められてるだけましと思えよ」


「あ、ガイ君、耳がいいんだ?でも、こっちも大変よ。崇拝の言葉がちょっと、ヤバいゾーンに入ってて、背筋がぞわぞわするんだってば。あー、ヤバいヤバい。今もヤバいが継続してるの。このままじゃ、『ヤバい中毒』になりそうよ」


「そんな中毒は無い。深呼吸をして、何か楽しいことでも考えておけ」


「お酒飲みたい……」


「昼酒は禁止な。それはダメ人間への道だぞ」


「飲まなきゃ、やってられないわよ」


「酒を飲みたければ、代わりに俺の師匠特製の『元気が出る薬』を飲め。とても『元気』になるぞ」


「酒よりヤバそうなんですけど」


「一週間に一本しか飲んじゃいかんとは言われたな」


「酒なら毎日の飲めるわよ」


「昼酒禁止な」


「昼酒が旨いのよ」


「それはダメ人間への道だと言っただろう」


「ダメ人間でなんで駄目なのよ。ダメ人間にはダメ人間の良さがあるのよ」


「良さは無い。駄目さがあるだけだ」


「あー、お酒飲みたい」


「人の話を聞いているか?」


「もう、何だっていいわよ」


「開き直るな。そんなだから婚約破棄されるんだ」


「うるさい。振られたくせに」


「ふぐ―…」


俺達の商隊は街の入り口近くにある、駅マ荷車の停留場のような広場に着いた。


この停留所で俺たちは一時解散となる。


取りあえず、二日後の朝にここで集合と言うことになった。


二日後に集まって、まだ箱車の修復が終わらないようなら、もう一日この街で、延泊となる。


「じゃあまたな、イゼル人のガキと、べっぴんの姉ちゃん」


灰髪の傭兵アスルが手を振る。


その横で、妹の光魔法使いセシルが空を見上げて、ぶつぶつ何かをつぶやいていた。


俺の隣で英子が蒼ざめて身震いしている。


取りあえず、良さ気な宿を探す。


中クラスのしっかりした宿にしようと思うが、中級の宿であまり良さそうなものが無かったので、めんどくさくなって街一番の高級宿に部屋を取った。高級宿と言っても王都なら中の下と言った作りだ。


俺の部屋は二階の角部屋だ。


その隣が英子の部屋だ。


孤児ハルマは俺と同室だ。


この高級宿の受付の人間は最初俺の民族衣装と、孤児ハルマを見て渋い顔をしていたが、宿泊費を先払いした時に、俺の皮袋の財布の中に金貨がぎっしり入っているのを横目で覗き見てから、態度が百八十度変わった。


異民族の貴族とでも思われたかもしれない。


いや、宿の人間の嫌そうな態度がむかついて、わざと財布の中身が見える様にしたんだけどね。


高級宿だけあって、部屋に風呂がついていた。しかし、湯は張っていない。湯を別料金で頼み、風呂に入る。気持ちがいい。体の芯からあったまる。


俺が出てから、孤児ハルマに風呂に入るように命令した。


奴は嫌そうな顔をしていたが、


「臭いぞ!」


と言って強引に服をひん剥いて風呂に放り込む。


嫌々風呂に入った孤児ハルマだったが、それでも湯船に首まで浸かると『うあー…』とうめいて気持ちよさそうに目を閉じていた。これで、こいつも風呂の良さに目覚めるかもしれない。


奴の服は臭いので、奴が風呂から出た後の残り湯につけて石鹼で念入りに洗う。


「自分でやる」


と奴は言っていたが、どうせちゃんと洗わないのが分かっていたので、俺が直々に洗う。


奴の服は風呂の残り湯が、黒ずむくらい汚かった。


しっかり洗うと、服の色がかなり薄くなった。


それを念入りに絞って、部屋の窓辺に干した。


俺が服を洗っている間、孤児ハルマはフリチンで待たせておいた。


洗い終わってから、俺の短衣の上下を荷物から出して、孤児ハルマに渡す。


俺は背が低くて小柄だし、短衣は服の袖が短く、ズボンも膝丈なので、子供服の代わりになる。地味な服だが、新しい服だし、生地もいい生地を使っているので、孤児ハルマの見た目もそれなりになった。


「あ、これ返す」


孤児ハルマが自分の首に掛かった、『認識疎外』の魔術具を外して、俺に差し出した。


「いや、いい。お前が英子の護衛をしている間は貸しておいてやる。お前みたいな子供が大人と戦うには必要な魔術具だ」


「お前は使わないのか?」


「俺は魔術具師だ。自分で作れるから、もう一つ同じのを作る。ただ、こいつは術式が複雑だから、作るのに少し時間がかかる。まあ、二日後の出発までには間に合うようにする」


俺と孤児ハルマが話していると、俺たちの部屋のドアが勢いよく空いて、英子が入ってきた。


「ねえ、お昼食べに行きましょ。もう腹ペコよ。とっくにお昼過ぎてるわよ。あ、ハルマくん随分さっぱりとしたわね。うん。その方がいいわよ。きれいになって、だいぶイケメンになったわね。すごいわ。服が変わって、どっかのお坊ちゃんみたいよ。かっこいい」


「おい、ノックくらいしろ。今まで俺たちはフリチンだったんだぞ」


「あー、大丈夫よ。私の守備範囲に『ショタ』は入って無いから。私の大好物は、背中に哀愁の漂う、苦み走ったイケオジよ」


「誰がお前の性癖を聞いた。そんな下らない情報は犬っころにでも食わせろ」


「相変わらず私の扱いが、ぞんざいね。これでも王都では美人で有名で、結構モテたのよ」


「ふん、笑わせるな。お前程度の美人はさんざん見慣れてる。しかも、お前も中身が『アレ』じゃないか。中身が『アレ』な美人にはなるべく近づかないと、俺は堅く心に決めているんだ」


「おまえもって、他にも『アレ』な美人が居たってこと?」


自分の中身が『アレ』な事には反論しない英子。


「ああ、居た。それも最強に『アレ』な、クイーン・オブ・『アレ』だ。その人?は、お前の十倍は美人だったぞ」


「ふーん、それほどの美人が王都に居たかしら。私が見たことのある別格の美人さんは、『白銀の光巫女』のミーファさんと、王立魔導研究所の『賢者ヒューリン様』くらいね」


「ぶはっ!」


「えっ、どうしたの?何か心に刺さることがあった?」


「お前、実は俺を監視している、バルドの『耳』じゃないだろうな?」


「何それ?そういう『中二』な発想は卒業しなさい。来年、成人でしょ」


「お前、今の二人に会った事があるのか?」


「ええ、ミーファさんは、魔剣闘士のデビュー前の晩餐会で見かけたわ。妖精みたいにきれいで、つい見とれちゃった。賢者ヒューリン様には、王立魔導研究所に光魔法の質問をしに行った時に偶然お会いしたの。本当に美しくて上品な方よね。女神のように神々しくて後光が射していたわ。お声も鈴を鳴らすようにきれいで、それで頭もいいなんて、あの方に何か欠点ってあるのかしら?」


「むしろ、欠点しかないぞ」


「え、今何て言ったの」


「なんでもない。千年生きた妖怪は人に化けるのが上手いという話だ」


「何の話よ。唐突ね」


「分からなくていい。言っても恐らく誰も信じない話だ。俺が頭のおかしい陰謀論者にされるだけだ。でも陰謀論には、意外に本当の話が混ざっているって話だぞ」


「変な子ね。何言ってるか分かんない」


「信じるか信じないかは、お前次第だ」


「だから、何なのよ。右手の平を上に向けて前に突き出して、上目遣いで、ほっぺたの端っこだけでニヤニヤ笑ってて、気持ち悪いわよ」


「これ以上の質問は受け付けない。ここから先の話は有料だ!会員登録して、会費を払え。講演会に来い。今はまず昼飯だ。行くぞ」


身ぎれいになった、孤児ハルマと英子を引き連れて、一階の食堂に降りた。


メニューを開いて、適当に何品か注文した。


味は期待しなかった。こんな地方の子爵領では料理人も大したことは無いだろう。


…と思ったら意外に旨かった。


高級店とあって、大衆料理店にあるような安い水酒が店に無かったので、『クリエ水』という弱アルコールの果実酒を英子は注文して飲んでいた。


これはクリエと言う水分の多い果物を潰して、一週間ほど一時発酵させただけの、簡単な飲み物だ。ちゃんと炭酸のシュワシュワが生成されていて、水代わりにジュースの様な感覚で飲める爽やかな味わいのお酒とのこと。


クリエの実が高級品なので、この果実酒を作ってメニューに載せている店は、そこそこ程度のいい店と分かると、英子が説明してくれた。


「まあまあね」


ガラスの透明な容器でライトグリーンのシュワシュワを一口飲んで、偉そうに言う英子。


「昼酒はやめろと言ったのに…」


「これは酒精が弱くて、一般にはお酒と見なされてないのよ。だから、貴族の子供たちも食事の時に普通に飲んでるわ。ふっ、このクリエ水と、バラエ酒に関してはちょっとうるさいわよ、私」


「聞いたことのない酒だな」


「バラエ酒はブドウによく似た『バラエの実』を潰して発酵させて、樽で長期熟成させた果実酒よ。前世で言うとワインに近いわね。色が真っ赤だから本当に血を飲んでるみたいな感じ。貴族が良く飲むお酒ね」


「そう言えば母の実家で、うちの爺さんが口の周りの白髭を赤く染めて何か飲んでたな。あれがそうだったのか」


「それよ。バラエ酒はウルスのステーキによく合うの。でも今はまだ昼過ぎだから、クリエ水で我慢しておくわ」


と言いながら英子が目の前の焼けた肉を一切れつまんで口に入れる。


「今食べてるこの肉がウルスか?どんな動物なんだ?」


「あなた、ウルスのチーズ食べてたじゃない」


「えっ、牛だろ?あの囲いの中に居て放牧されてるの、牛じゃないのか?」


「牛っぽい何かよ。この世界ではウルスって名前の家畜なの。無害な動物だけど、時々変異種が生まれて魔獣化することがあるから酪農家さんは注意が必要よ。魔獣化したウルスは雷魔法を使うわ。でも魔獣化ウルスの肉はとても旨いから、ひそかに育てる酪農家も居るの。それで、魔法で柵を破って逃げたウルスが森で野生化したりもしているわね」


「ふむ、それなら、森で野生化したウルスを捕まえたら、高く売れそうだな」


「無理よ。むしろ魔獣化したウルスを森で見かけたら、すぐ逃げた方がいいわよ。雷魔法は早いから、狙われたら逃げきれないわ。そーっとその場を離れるしかないって」


「魔獣化したウルスってどうやって見分けるんだ?」


「普通のウルスは頭の左右に太い角が生えてるけど、魔獣化したウルスは額の真ん中に三本目の角が生えて、そこから雷魔法を飛ばすんだって。その角ですぐ分かるって知り合いが言ってたわ」


「そう言われると、逆に魔獣ウルスの肉食べたくなったな」


「死ぬわよ。死んだら私も治せないからね」


「S級冒険者に指名依頼を出すか。とりあえず金ならある」


「どこにそのS級冒険者がいるのよ」


「まず冒険者ギルドを作らないとな」


「えっ、そこから?頑張ってね。上手くいったら私が受付嬢をやってあげる」


「うん、それで、このハルマは薬草採取からだな」


「ガイ君は何するの?まさかギルドマスター?」


「まさか!俺はうだつの上がらない底辺冒険者だ」


「でも、この世界に本当に冒険者みたいな人って居ないのかしら?」


「傭兵の灰髪アスルがちょっとそれに近かったな。今、この西の辺境では戦争をしていないから、傭兵と言っても何でも屋みたいな感じみたいだ」


「戦争が無いなんていい事よ」


「でも、戦場を経験した傭兵は食いっぱぐれると、盗賊になったりするからな。ああいう、力でしか自己表現できない連中は、戦場に置いておかないと、よそで悪さをするんだ」


「他に何か仕事をしないのかしら?」


「敵から略奪して稼ぐことに慣れたら、地道に働くなんて馬鹿らしくなるんだろう。元傭兵でちゃんと商売をやって成功している人間もいるが、女を食い物にしていたクズもたくさん知っている。正規の騎士団では、規律に従って行動することを徹底的に仕込まれるが、傭兵は放し飼いだろ。そんな連中に社会性を求めてもな…」


「商隊の護衛の傭兵さんたちはみんな感じが良かったわね」


「あいつら、戦場を知らない傭兵だ。今回は激戦だったけど、普段は人足みたいな事をやってる連中だから、あまり、傭兵と言う感じじゃないんだよな」


「セシルちゃんのお兄さんかっこよかったわよね。私のストライクゾーンにはちょっと若すぎるけど、将来性は感じるわ。もう少し『熟成』してくたびれたら、かなりいい感じね」


「あいつはお前と同い年くらいだろ。あいつが熟成したら、当然お前も熟成しているよな。永遠にあいつを『おじさま』とは呼べないぞ」


「そこよ、問題は。いくら将来性があっても、私が収穫できないのよね。後進に道を譲るしか無いのが悲しい」


と英子は口をへの字にして、椅子の背もたれにふんぞり返る。


「ふー、食った」


孤児ハルマは腹いっぱい食べて、満足顔だ。


皆、風呂に入ってさっぱりして、腹も一杯になった。


寝るには早いので、俺、英子、孤児ハルマの三人で街をぶらついてみた。


それなりに大きな街だが、これと言って特徴がない。


領都というが、ただの埃っぽいごみごみした街並で、見るべきものも無い。


それ程発展した様子でも無いし、活気もあまり無い。


王都の賑やかな暮らしに慣れていたが、地方都市と言うのはどこもこんなものなのかもしれない。


見物にもすぐに飽きてしまった。


街の中央に大きな噴水式の水場があり、その側のベンチに掛けて、暇つぶしをしていた。


すると、道の向うから、見た顔がやってきた。


商隊長のヨグに、灰髪傭兵のアスル、光魔法使いのセシルの三人だ。

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