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92 厄介な戦後処理

暫くは空を見上げてそのまま倒れていた。


剣で刺された左目は復活していた。


孤児ハルマが残りの盗賊を始末してくれたおかげで、瞬く間に、霊エネルギーの備蓄が出来た。まだ満タンには遠いけど、四分目くらいは満たされていた。


これだけあれば何かまだトラブルがあっても町までは持つだろう。


次の町に着けば、いくらかは霊魂の補充が出来るだろう。


体の傷も癒えた。


しかし、今俺の腹からは、使い捨ての槍先が、絶賛、二本突き出し中だった。


これをまず抜かないといかんのだが、俺はこれを抜くのを躊躇していた。


なぜ躊躇するかと言うと、戦闘中は体にアドレナリンが出まくって、あまり痛みを感じなかったのだが、今はいろいろと状態が落ち着いてきて、痛覚が最大限に復活してしまっているのだ。


で…、腹から突き出た槍の先を軽くつまんでは、『いたたたた』と言って手を放すのを何度も繰り返していた。


その俺の顔を覗き込む人間が居た。


箱車の上で頭を矢で射抜かれながら治癒魔法を使っていた女の子だ。


髪色が薄い金髪だったはずだが、今は鮮やかなプラチナブロンドに光輝いている。


このわずかな時間で髪色が変わったみたいだ。


どういう、変化なのだろうか?


「ああ、大丈夫ですか?生きていよかった。ちょっと待ってくださいね。今、この怪我を治しますから」


と彼女は言う。


「あ、どうも…」


と曖昧に返事をすると、彼女は俺の腹から突き出した槍先にぼろ布をぐるぐると無造作に巻き付け始めた。


「いたた、いたた。もっとそっと、そっと」


その俺の言葉を無視するように、彼女はぼろ布を巻いた槍先を両手でしっかりつかんでその場で腰を下ろして、これから大根でも抜くような姿勢になった。


「えっ、ちょっと待って?何する気だ?ちょちょちょちょ!」


「よいしょー!」


「うぎゃー!」


その子は全力で槍先を引き抜き、抜かれた槍先に続いて、俺の腹から血が噴水のように噴き出してきた。


「大丈夫です。私治せるんです!」


自信満々でらんらんと目を輝かせている。


当たり前だ!


治せもしないのにこんなことをされてたまるか!


すぐに、彼女が治癒魔法を発動し、俺の腹の傷がみるみる塞がってきた。


黒衣の老人より、治癒スピードが早い


「おい、気を付けろ!今はかなり敏感になってるんだ!抜くなら先に声を掛けろ!いきなりやるな!こっちにも、心の準備というものがあるんだ」


「はい、分かりました!」


と元気に言うが、分かっている様子はかけらも無かった。


目は俺の腹のもう一本の槍先をロックオンしている。


獲物を狙う肉食獣の目だ。


(駄目だ。この子ナチュラルハイになってる。こっちの話が全然頭に入ってない)


彼女はもう一本の槍先に同じようにぼろ布をぐるぐる巻きつけ始めた。


「いたた、いたた、だから敏感になってるんだってば…」


「抜きます!」


「ばっ!待て!」


「よいしょー!」


「ふぎゃー!」


「ふーん、ふふーん。さあ、治しますよー」


鼻歌を歌ってやがる。


駄目だこいつは、治癒魔法ジャンキーだ。


または、怪我人を求めて草原をさまよう、治癒ゾンビーだ。


でも、腹の傷は塞がった。


確かに魔法の腕はいい。


「他にどこか怪我はしていませんか?」


「無い!もうどこも無い!終わりだ!はーい、もう終わりー。かいさーん」


「そうですか…」


がっかりした様子だ。


俺は立ち上がる。


向こうから、英子と孤児ハルマが歩いて来た。


「はーい、げんきー?」


能天気な様子で英子が手を振る。


「お前の顔を見て、今まさに元気がなくなった」


「ひねくれ語の呪いは継続中ね」


「この光魔法使い娘は何だ?なんでこんな変な感じになってる?ほんの少し前までは、もっとおどおどしていて、可憐ではかなげな感じだったぞ!何がこの娘を変えた?お前何かやっただろ!おかしいだろこれ!」


「えー、何言ってるのかわかんなーい」


「後で反省会だ!覚えてろよ!」


孤児ハルマが俺の前に短剣を差し出した。


「ん?何だ?この旅の間は、貸しておいてやるって言っただろ?」


「俺はあんたに謝らないといけない」


「何が?」


「これの臭いを嗅いでみてくれ」


と、短剣の刃を少し引き出して俺の顔に近づける。


それを嗅いでみる。


「うんこ臭い…」


「そうだ。うんこ臭いんだ。俺、あんたの言う通りに、敵の後ろから刺したんだ。でも、大分昔、知り合いのガキから指でかんちょーをされて、すごくケツが痛かった事を思い出した。それで、盗賊の尻の穴にこれを刺してやったんだ。そしたら臭くなった。水で洗っても臭いが消えないんだ。ごめん、もう、これで肉が切れない。許してくれ!」


「むー、駄目だ!許さん!」


「そんな!それじゃ、もう飯は食えないのか?」


絶望の顔で孤児ハルマが俺を見上げる。


「ちょっと、ハルマ君は私がやられそうになったのを助けてくれたのよ!私の命の恩人よ!あなたの言いつけを守ってちゃんと私を守ってくれたんだから!」


英子がむきになって孤児ハルマに助勢する。


「いや、絶対に許さん。俺はそんなうんこ臭い短剣をもう使いたくない。よって、罰としてお前はそれを引き取るんだ。それでうんこ臭い短剣の持ち主になれ」


「えっ、この短剣、くれるのか?」


「言っただろ、罰だって」


「そうか!そんな罰ならいくらでも貰うぞ!」


「うーん、お前人を殺したのは初めてか?」


「ああ、始めてだ。どうってことない。悪い奴は殺してもいいんだ」


「という事は騎士団で言うところの『童貞を卒業』したんだな」


「なんだ、どーてーって?」


「気にするな。でも、『おっさんの尻の穴で童貞を卒業』って言うのは何とも外聞の悪い話だなぁ。いや、そういう性癖の人間を否定するつもりは無いが、お前はそっち側だったか。ふっふふふふ」


「また、悪趣味な事を…」


英子が呆れている。


「よし、お前が大人になった時にまだ俺が生きていたら、お前の知り合いに酒場でこの話を言いふらす。それでこの短剣の件はチャラにしてやる」


「そんな事でいいのか?これ高いぞ!」


「余裕で居られるのは今の内だぞ、青年期のかっこつけたい時に、こんなこっぱずかしい話を公衆の面前で話されたら、きっとお前は自分の頭を抱えて地面を転げまわるに違いない。その時のお前の絶望の顔が今から目に浮かぶ。ふっふふふふ。俺の取り立ては厳しいぞ。逃げられると思うなよ」


「だから、悪趣味なんだってば」


とまた英子。


孤児ハルマは意味が分からなくてぽかんとした顔で俺を見る。


治癒魔法使いの女も意味の分からない顔をしている。


「この中で意味が分かっているのは、心の濁った英子と俺だけか…」


「えー?私もわかんなーい」


「この飲んだくれの嘘つきめ!」


「うるさいわよ、前世不細工おやじ」


「今は少年だ!」


「私は前世も今も美女よ!多分、行いがいいのよ!」


「行いがいい奴は、婚約破棄されないぞ!」


「あ、言ったわね。言っちゃいけないことを言ったわね!」


「お前よりましだ!」


「あなたが不細工なのも、私が美人なのも事実じゃない!」


「お二人とも、喧嘩をしないで下さい。せっかく助かったんです。今は生きていることを喜びましょう。そして、女神様に感謝をささげましょう」


「うっ、そうね。そうしましょう。でも、女神様の事はそんなに気にしなくていいと思うわよ。多分、通りすがりの野良女神が気まぐれに助けただけだろうから」


「何だ、女神って?なんの話だ?」


「ガイ君は話に入ってこないの。それより服がぼろぼろよ。体を洗って着替えなさいよ」


「そうだな、さっき小川で水を補充したから、皆が体を洗うくらいの水はあるだろう。みんな血まみれで町に行ったら大変なことになる」


「後始末が大変ね」


「今日はここから動けないな。この場で野営だろ」


「えっ、町に行かないんですか?」


と治癒魔法使いの少女が言う。


「盗賊共の死体をこのままには出来ないだろ。破損した箱車の応急処置もしなければならないし、死んだワマも埋めないとな。それで、聞きづらい事なんだが、商隊側の犠牲者はどれくらいいる?」


「いません」


「ん?まさかあれだけの派手な戦いで誰も死んで無いのか?」


「ええ、女神様の加護がありましたから」


治癒魔法少女はうっとりと夢見るような顔で手を合わせて、空を見上げながら言う。


「この子、なんか変な薬でも飲んで無いか?さっきから様子がおかしいぞ」


「脳内麻薬よ。ドーパミンが出まくりなのよ」


「そっちか…」


一休みしてから、精根つきはててへたばっている護衛の男たちに秘蔵の『元気の出る薬』を一本づつ分けてやった。ヒューリン棚に有ったものだ。


かつてヒューリンさんが言っていた。


「ふっふふふ。この薬を飲むと男どもは皆元気になるのじゃ。それはそれは、とてもとても元気になるのじゃ。抑えきれないくらい『ガキーン!ガキーン!』と元気になるのじゃ。ほれ、騙されたと思って試しに飲んでみよ。ほーれ、ほーれ」


と邪悪な美しい顔で言っていたことを思い出した。


薬の中身が何かは知らないが、これを飲むと、目が覚めたように力が湧いてきて、元気になるのは間違いなかった。俺も魔族と戦った後にこれを飲まされた。


中身は知らないが、とても良く効くのは間違いない。


中身は知らないが……。


このエルフの秘薬で元気になった護衛の男たちと皆で穴を掘り、そこに盗賊の死体を放り込んだ。


俺が草原に出てから殺した三人の盗賊はどうやらネームドで指名手配をされている奴らしかった。こいつらの首を街に持って行くと賞金がでるらしい。


俺は変な事で目立ちたくないので、その手柄は全部商隊の護衛連中に譲ることにした。


もちろん賞金もだ。


今回の戦いで、護衛たちの武器も防具も全て鉄くずと廃棄物になってしまったので、買い替えるのに金がかかるという話だ。それで、賞金がもらえる事に皆喜んでいた。


「君の言う事を信じなくて悪かったよ。俺も人を見る目がない。でも、俺の立場ではああするしかなかったんだ。すまなかった」


立ち上れるようになった商隊長は俺の所に来て謝ってくれた。


「気にするな。俺があんたでも、信じないと思う。仕方なかったんだ。あんたは最善を尽くしたと思うよ」


「ふー、年下に気を遣われて、俺は情けない。君が居なかったら、この商隊は全滅していた」


「そんな事は無いだろ。俺は数人を相手にしただけだ」


「その数人が問題だ。名が知られた、とんでも無く強い連中だったんだよ。あいつらがこっちに来ていたら、まず持ちこたえられなかった」


「そんなにか?」


「ああ、氏名手配されている札付きだからな。一人で五人分の以上の戦力だ。それを三人倒した君は何者だ?」


「通りすがりのイゼル人です」


「言う気は無いと…。訳ありみたいだな。まあ、恩人に余計な詮索はしないでおこう」


「助かる」


ん?


不意に鳥との接続が復活したのを感じた。


自動修復機能が働いて、破損部の修復が終わったらしい。


目をつむって鳥を飛ばす。


一度上空高く飛翔して、自分の現在位置を確認した。


意外に近くに落下していたみたいだった。


鳥を急降下させて、俺の肩にとまらせる。


「この鳥にも世話になったな。魔鳥と言ったか?あんなでかい岩を持てるなんて、凄いな。あの岩で敵襲を知らせてくれたおかげで、誰も死なずに済んだ。ありがとな。この鳥はなんていう鳥なんだ」


「ぺーちゃんよ」


英子が勝手に答える。


「そうか、『ペイチャン』と言う魔鳥なのか。初めて聞く名だ」


商隊長は派手に勘違いしながら、俺の鳥の頭を優しくなでた。


鳥が気持ちよさそうに首を傾けた。


(んん?なんだ今の反応は?プログラムされた行動か?まさかこの鳥に自我なんかは無いよな…。オートマタに人口生命体の皮をかぶせただけのものだからな)


「おーい、勇敢なイゼル人の子供!おまえ凄かったな」


護衛のリーダー格で矢を素手で掴んでいた灰髪の超人青年が、声をかけて来た。


「いや、凄いのはあんただろ。飛んでくる矢を手で掴むなんて、出来る奴いないぞ。俺も無理だ。あんたが、箱車に飛んできた矢を防いでくれなかったら、俺の連れは死んでいた。感謝する」


「それが仕事だ。気にするな。それにしても、賞金首を譲ってくれたんだってな。いいのか?」


「いい。見ての通りこっちは変装中の訳ありなんだ。あまり目立ちたくない」


「それなら賞金は山分けにしよう」


「いい、要らん。あんたの仲間には俺たちの事は話さないで欲しいんだ。賞金を山分けしたら、色々と仲間に説明しないといけないだろ。それは困る。あの状況で俺の戦いを見ていたのは、今のところあの治癒魔法使いの娘だけみたいだから、あの娘にも口止めをしておいてくれ。頼んだぞ」


「セシルだ。名前はセシルって言うんだ。俺の妹だ。美人だろ。それから俺の名前は、アスルだ。傭兵のアスルって言うんだ。まあ、傭兵と言っても戦場には一度も行った事は無いがな。商隊の護衛でもっぱら生計を立てている。護衛の仕事が無いときは、狩人や、大工や、畑仕でも何でもする。言ったら、ただの便利屋だ」


「ふーん、なるほど。つまりあんたは異世界小説で言うところの『冒険者』だな。薬草採取なんかはやるのか?」


俺はうきうきして訊いた。


「ん?ああ、魔獣の出る森でしか採れない希少な植物を採取する仕事の時は、何人かで森に入るぞ。それがどうした?でもそんなのは狩人なら誰でもやっている仕事だ、わざわざ傭兵にそんな仕事が回ってくることはあまりないな。森の事なら専門の狩人や木こりが一番詳しい。傭兵に仕事が来るのは採集に大勢の人手が居る時だけだ。まあ、護衛と言うより、人足として雇われることがほとんどだな」


「うん、でもいいぞ、なんか『冒険者』っぽい。やり方によっては、『冒険者ギルド』が作れそうだな。やっぱり、異世界で一度は『冒険者』になってみたいよな」


「何を言っている。冒険はしないぞ。貴族の道楽でもあるまいし。俺たち傭兵がやるのはただの雇われ仕事だ」


「いいんだ、いいんだ。この世界に冒険者の概念が無いのは知ってるんだ。でもそれは男の子のロマンなんだ。胸のドキドキが止まらなくなるんだ」


「言っている意味がよく分からないな」


「ふっふふふ。気にするな今は分からなくていいんだ。ただ希望の光が見えたという話なんだ」


「まあ、俺の話で何かいい事があったなら、そりゃよかった。なんだか分からないが、良かったな」


「ああ、良かった」


結局この夜にそのまま戦いのあった草原で野営をするのは落ち着かないという話で、前に昼休憩をした小川のある広場まで戻ることになった。


先頭の死んでしまったワマ四頭は土に埋めて、最後尾の箱車のワマ二頭と、客車のワマ一頭を先頭の箱車に回して、商隊を復活させた。


取り合えず、客車の屋根は壊れっぱなしで放って置くしかなかった。修復は街に着いてからだ。


戻り路は緩い下りになっていて、それほど負担なく進むことが出来た。


昼休憩の場所について、野営の準備をする。


男どもは外の地べたに寝るとして、体力の無い年寄りや女子供は屋根のあるところで寝かせる必要がある。


森に入り、葉の茂った常緑樹の木の枝を何本も切って来て、半壊した客車の上に屋根代わりに重ねてのっけていった。


それでいい感じに屋根が出来た。箱車を動かさなければ、落ちる事もなさそうだ。


雨はともかく森の中では夜露で体が冷える。


傭兵たちと手分けして枯れ枝をたくさん集めてきて、箱車の側で焚火をした。


寒さ避けと、魔獣除けのふたつの意味がある。


夕食は、昼に俺の鳥が捕まえた『ドグラ』の肉がまだたくさん残っていたのでそれを焼いてみんなで食べた。


塩と香辛料と乾燥した香草を大判振る舞いしてやったら、みんな感激してむさぼるように肉を平らげていた。当然だ。こんなたくさんの香辛料を使えるのは貴族か豪商だけだ。これで俺たちの正体がバレてしまいそうな気がしたが、今夜だけは気にしないことにする。イゼル人の亡命貴族とでも勘違いしてくれればいい。


護衛たちは交代で寝るみたいだが、俺は焚火の横にイゼル人の服で横になる。腹にはミーファのぼろ布を腹巻代わりに巻いている。


温かい焚火の横で俺は夜明けまでぐっすりと熟睡した。

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