91 光魔法使いセシルの独白
今日、私は初めて商隊の護衛に参加することになった。
二日目からの途中参加だ。
私の村はこの町から歩いて行ける近くにある。
護衛の定員は十人だから、本当言うと私は参加できなかった。
私がこの護衛の仕事に付けたのは兄の推薦があったからだ。
この商会の護衛を何度もしている兄が、商隊の責任者に頼んでくれたみたいだった。
朝、挨拶に行った時、商隊の責任者のヨグさんは、私の頭のてっぺんから足元まで見て、困ったような渋い顔をしていた。
「護衛と言っても、仕事のほとんどは荷物の運搬だから、本当は男の傭兵が良かったんだがなぁ。まあ、人足としての人数は足りてるから、お前は周りの警戒と、食事の支度をしてくれればそれでいいからな。ただし、給金はそんなに出せないぞ。今回はお前の兄貴の顔を立てただけだからな。なんでも、治癒魔法使いとして、経験を積ませてやりたいという話だ。山道で疲れたワマに治癒魔法をかけてやってくれ。いい兄貴を持ったな。兄貴に感謝しろよ」
「はい、足手まといにならないように頑張ります」
と頭を下げた。
自分に光魔法の才能があると分かった時は嬉しかった。
しかし、それはすぐに失望に変わった。
自分の魔力量はとても多いという話だったのに、実際治癒魔法を使おうとすると、簡単な傷くらいしか治せなかった。
血が沢山出た怪我人に血止めを御願いされて、続けて三回くらい、傷に魔法をかけると凄く疲れて、頭がくらくらして、胸が痛くなった。
それでも無理に魔法を使うと、苦しくなって、気を失ってしまった。
うちの村で魔法を使える人は居ないから、それでも凄い事だと兄は褒めてくれたけど、将来の期待が大きかった分、自分の能力の低さが悲しくて辛かった。
今私に出来る仕事は近所の農作業の手伝いと、家に帰ってからやる『糸つむぎ』くらいだ。
『糸つむぎ』は女性が暇な時に家でれでやる、誰でも出来る簡単な仕事だ。
問屋の人が持って来た、色々な家畜の毛を、かたまりから細く引っ張り出して、糸つむぎ棒によじって巻き付けていく。
小さな円盤に細長い棒の付いた道具をぶら下げて、ぐるぐる回しながら、糸をよじるやりかたで、大きな道具などを使わない、一番簡単なやり方だ。
これは、農作業と違って、雨の日でも部屋の中で出来るけど、いくらたくさんやっても、とにかくお金にならない。せいぜいがお小遣い稼ぎくらいの収入にしかならない。
だから、この『糸つむぎ』だけで生活は出来ない。
私は『村一番の器量良し』らしくて、村の男の子はみんな私が好きだ。
その中には、変な人や強引な人も多くて、そういう良くない人はみんな兄さんが追い払ってくれる。
家に親は居なくて、兄さんが親代わりに私を育ててくれている。
最近、村長さんの二度目の奥さんが病気で亡くなって、村長さんの後添えの話が私に来た。
村長さんはいい人だけど、今年四十三歳だ。
最初と二度目の奥さんの間に六人の子供が居る。
一番上の娘さんは二十三歳で、今年十四になった私より九歳も年上だ。
兄さんはその話を断ってくれたけど、村長さんの方はまだあきらめていないらしい。
実は、村長さんの長男にも言い寄られたことがある。
村長さんの長男には、奥さんも子供もいるのに、私を好きだと言って、畑仕事の途中で追いかけて来た。
その時は、他にもたくさんの人がいたから、諦めて帰ってくれたけど、道で会うたびに、いやらしい目で私の体を見てくる。
それで、外を歩くのが嫌になってしまった。
家にずっと籠っていたら、兄さんが今回の話を持って来てくれた。
たまに外に出てよその町に行くのは気晴らしになると言ってくれた。
陽が昇って、商隊が出発する。
農作業で足腰は鍛えられているから、長い間歩くのは辛くない。
いい天気の街道を歩いていると、とても気分がいい。
山道では今まで見たことのない鳥や動物を見かける。
道の端に、きれいな花が咲いているのを一輪摘んで臭いをかいでみた。
いい香りで気持ちがすっとする。
この商隊に参加させてもらってよかったと思った。
多分、護衛の仕事は今回だけで、次は無いだろうけど、旅行だと思って楽しもうと思う。
兄さんは護衛の責任者みたいな立場で、忙しく周りに指示を出しているから、あまり私に構っている暇はなさそうだ。
他の護衛の人たちも、『こいつはなんで参加しているんだ?』と言うような不思議そうな目で私を見るけど、兄さんの手前、文句を言って来る人は居ない。
私もあまり目立たないようにして、自分の出来ることを一生懸命手伝うようにしようと思う。
客車の横を歩いていると、箱車の小さな窓からきれいな女の人が顔を出しているのが見えた。
異民族の華やかな服を着ていて、目の周りを大きく黒く塗っている。
とても美人だ。
私が器量良しと言われてもそんなのはしょせん小さな村の中での話だ。
本当の美人と言いうのはこういう人の事なんだなと思って、その人の顔を見つめた。
すると、その女の人が私を見て、にこりと笑った。
笑顔もきれいだ。
私は恥ずかしくなって、顔を背けて、そっぽを向いてしまった。
私も笑顔で挨拶すればよかったと、後から後悔した。
多分、不愛想な田舎者と思われてしまったに違いない。
仕方ない。
私は何もできない田舎者なのだ。
お昼になり、小川のある広場で私は食事の支度をしていた。
食事と言っても大鍋に切ったお芋と千切った干し肉を放り込むだけの簡単な食事だ
それでも、肉の入っている食事はめったに食べられないから、私にとっては御馳走だ。
商隊長のヨグさんは椅子に座って、地図を確認している。
地図を読めるなんて、凄いと思う。
私も後ろからこっそりのぞいてみたけど、ぐにゃぐにゃの線がいっぱい書いてあって、何が何だか分からなかった。
ヨグさんは商隊を任されるだけあって、とても頭がいいのだろう。
ヨグさんに奥さんは居るのかな、と少し気になった。
居ないなら、兄に紹介してもらって、ヨグさんの奥さんになってもいいと思う。
村長と村長の長男から逃げられるなら、とりあえず相手は誰でもいい。
村の男の子で、村長に逆らって私をお嫁さんにしてくれる人は居ないから、村の外の人と結婚するしかない。
でも、町の人は奇麗な女性をたくさん見ているだろうから、私みたいな村娘は物足りないと思う。そう思うと気持ちがしぼんできて、悲しくなってしまった。
干し肉を千切っていると、異民族の服を着た男の子がヨグさんの所にやってきた。
あのきれいな女性の弟かもしれない。
でも、この男の子は平凡な顔だから、姉弟じゃなくて、従兄とか、知り合いの子供とかそのくらいの関係かもしれない。
食事の支度を続けていると、男の子の声が聞こえて来た。
「盗賊が隠れているのを見つけた。このまま進むのは危険だ」
と言っている。
ドキリとする。
手を止めて、話を盗み聞きする。
「何の悪ふざけだ?大人をからかうな!」
とヨグさんが怒っている。
それで、男の子はヨグさんから離れて行った。
それでもすぐにその男の子は戻ってきた。
手に大きな獣の肉を持っている。
それをヨグさんの目の前に落とす。
男の子は少しヨグさんと話して、『俺はここでこの商隊から離れる』と言い残して立ち去った。
私は不安になった。
あの移民族の子は何か特別な魔法を使って先の事を予知できるのかもしれない。そういう能力のある一族が居るという話を聞いたことがある。
ヨグさんの顔を見ると、深刻な顔で考えこんでいた。
お昼休みのあとで商隊が出発する時、いつもは半分が休憩している護衛が全員外に出されて、大きな盾を持たされた。
私も、小さな皮張りの小楯を渡された。
こんなものを渡されても使い方が分からない。
「ねえ、盗賊がでるの?」
私は兄の所に行って小声で訊いてみた。
「ん?心配するな。ただの用心だ。変な子供が訳の分からない事を言ったんで、一応備えているだけだ。まあ、演習みたいなもんだ。ずっとぼけっと歩いていても緊張感が無いからな。こうやって、時々警戒するのはいい事だよ。全体の意識が引き締まる」
と、兄は気楽な顔をしている。
それでも商隊が小さな草原の様な広場に差しかかったところで、兄はヨグさんに走り寄って何か小声で話している。
そしてヨグさんの合図で護衛の全員が背中の盾を体の前に持ち直して、辺りを警戒しながらゆっくりと歩く。
私も緊張して自分の小楯を胸の前に構えて歩いた。
客車の小窓を見上げると、あのきれいな女性が真剣な顔で外を見つめていた。
視線を左右に動かして、辺りを警戒するような様子をしている。
この女性も何か異変を感じているようだった。
でも、あの男の子が居なくなったのに、この女性は一人で残ったのだろうか?
同じ連れでは無かったのかもしれない。
商隊の箱車が草原の中ほどに来た時に、『ドスン!』とすぐそばで大きな音がした。空から大岩が降ってきて、地面にめり込んでいる。驚いてとっさにそちらに顔を向けたら、私の顔の側を凄い速さで何かが通り過ぎて行って、後ろの箱車の壁に『カツン!』と乾いた音を立てた。
ハッとして振り返るとそこに矢が突き立っていた。
「襲撃だー!盾を構えろ。気をつけろー!」
というヨグさんの大声が辺りに響き渡った。
頭の中が真白になった。
何をしたらいいのか分からなくて突っ立っていたら、兄が走って来て私の前で大きな盾を構えてくれた。
「いいか!絶対にこの盾から顔を出すなよ!ここの持ち手を両手で持って支えているんだ!」
と私に盾を渡して兄が盾から顔を出す。
そこに次々と矢が飛んでくる。
それを兄は少し顔を傾けるだけで簡単に避けている
時々飛んでくる矢を素手で掴んでいる。
こんな時だけど、凄いと思った。自分の兄がこんなにすごい人だったなんて今まで知らなかった。やっぱり兄さんは特別な人間だったんだ。
不出来な私とは全然違う。
少ししてどこか遠くの方で、空気が引きちぎられるような大きな音がした。
あれは、何の音だろう?
雷が落ちたような凄い音だった。
私は兄さんの言う通り、ずっと大きな盾の陰に隠れて震えていた。
「ぐわっ!」
声がした方を思わず見ると護衛の一人が肩を矢で射ぬかれて倒れていた。
(直さなきゃ…)
そう思うけど足がすくんで動かない。
兄さんは盾から顔を出すなと言っていた。
それに私の魔法じゃどうせあんな怪我は治せない。
いろいろ頭の中で言い訳をして私は盾の後ろから動かなかった。
少しして矢の雨が止まった。
ほっとしていると、兄さんが私の所走ってきた。
「敵が来る。お前は、後ろの森に走って逃げろ。反対側には敵が居ない。逃げるなら今しかない。いい気晴らしになると思って、お前をここの護衛に誘ったんだが、俺の考えが甘かった。怖い思いをさせてごめんな。ほら、早く行け!俺も必ず後から行くから!」
兄さんはそれだけ言うと、手に持っていた弓を投げ捨てて、腰の剣を引き抜いて、盾から飛び出して行った。
私も盾から出て兄さんの背を目で追う。
「いいか!敵が来るぞ!ここが踏ん張りどころだ!気合入れろ!全員生きて家に帰るぞ!」
と仲間の護衛のみんなに大声で言っている。
「おー!」
と仲間の護衛の人たちもその声にこたえて、叫んでいた。
兄さんは横顔で私に振り向いて『行け』と言うように反対の森の方に顎をしゃくって見せる。
その横顔は笑顔だった。
(嘘だ…、後から行くなんて嘘だ!責任感の強い兄さんが仲間を見捨てて、独りで逃げる訳はない…)
兄さんの大きな背中を見ていて、体の震えが止まった。
(逃げちゃ駄目だ!兄さんを助けるんだ!)
私はさっき矢で打たれた人の所に駆け寄って矢を引き抜いて、傷の上から治癒魔法をかけた。
最初の魔法で血の出方が少なくなった。次の魔法で血が止まった。
頭がくらくらする。
それで、一休みしていると不意に背中に何か熱いものを感じた。
その熱いものは私の体の中に強引に入り込んできた。
直後、全身に焼きつくような衝撃を感じた。
「ああー!」
と大声で叫んで私はその場に倒れてしまった。
ものすごく苦しい。
体の真ん中に焼けた火箸を突き入れられたような気がした。
「どうした!?」
と兄さんが私に駆け寄って、体を抱き起してくれる。
「どこかやられたのか!」
と私に聞くけど、それに返事をする余裕なんて無かった。
とにかく苦しくて、どうにもならなかった。
その時、頭の中に誰かの声がした。
《あっ、まずいわ!やっちゃった!この子の魔力回廊、バラバラに壊れちゃった。どうしよう。こんなに道が細い子だなんて知らなかった。ああ、くっそ、やるしかない、今治すのよ。私ならやれる!私はやればできる子よ。ソーレ、治れー!全部治れー!どりゃー!よいしょー!》
誰の声だろうか?
次の瞬間体の中がものすごく温かくなって痛みが引いていく。
全身が温かい光で満たされて体が羽根の様に軽く感じた。
それからお腹の底からあふれ出すような大きな魔力の流れを感じた。
自分が自分で無くなったような、生まれ変わったような、清々しいいい気分だ。
(今、私に話しかけたのは女神様ですか?)
と心の中で質問してみる。
《えっ、なに?聞こえる?ひょっとして今ので魔力のパスが繋がった?これって精神感応?》
よく分からない言葉を使っている。
《えー、そうね。おほん、おほん。ええ、私は女神です。今あなたに、神の力を少し分けました。これからあなたはこの商隊の人たちを救うのです。できますか?今だけ私はあなたに無限の魔力を与えます。これからしばらくの間、あなたは聖女と同じ大きな力をつかえます。さあ、立ちなさい。あなたの、なすべきことを成すのです!》
その声は美しい響きで私の心の中で反響していた。
(はい、女神様!私やります!)
兄さんの腕の中で私は目を開いた。
「大丈夫か?」
心配そうに見下ろす兄さんの顔があった。
「兄さん。私、女神様のお告げを聞いたわ!私、今だけ聖女様の力が使えるんだって!」
嬉しくてそう話すと、兄さんの表情が曇る。
「恐怖で幻覚を見たのか…」
「違うわ、兄さん。体が光の魔力でいっぱいに満たされているの。見てほら」
体を起こして、肩を矢に打たれて倒れていた護衛の人に治癒魔法を飛ばす。
金色の光が傷口の上で輝いて、あっと言う間に傷口が塞がった。
「痛くない!矢傷が跡形も無いぞ!」
と、その護衛の人が自分の肩を触る。
「ねっ!女神様が約束してくれたのよ!」
「お前…、本当なのか?」
「ええ」
私は立ち上がって前を見る。
森の切れ目から、今いる護衛の倍くらいの数の、強そうな人たちが、剣を振りかぶって走ってくるのが見えた。
(怖い!でも負けない!女神様が約束してくれたから、頑張る!)
森の方から三本の矢が飛んでくるのが見えた。
それは前列の護衛の人の盾に当たって、同時に大きな音がした。
みんなが後ろに吹っ飛んできた。
私も衝撃でその場に倒れる。体が痛い。
飛んできたたくさんの石や破片が体に突き刺さっていた。
それでも必死に立ち上がる。
体に力がみなぎっている。
辺りを見回すと、酷い状態だった。
私も怪我だらけで服のあちこちが破けて血が出ている。
大勢の護衛の人たちが倒れている。
(どうしよう?こんな大勢、一度に治せない)
呆然として立ちすくんでいると、また頭の中にさっきの女神様の声がした。
《エリアヒール!》
一面に金色の光が広がって、倒れている人たちの傷が瞬く間に癒された。
私の体の傷もあっという間に治った。
(女神様の力だ!女神様も助けてくれているんだ!)
感動しているとまた三本の矢がこちらに向けて飛んできた。
今度は真ん中の箱車目掛けて飛んでくる。
(どうしよう⁉)
私が慌てていると、兄さんが飛び上がって、三本の矢の内、二本を掴んで、後の森に放り投げた。それでも残った一本の矢が箱車の前の方に当たって、大きな音で破裂した。中の人たちが心配になった。
箱車の中を覗くと半分くらいの人たちが倒れていたけど、けが人はいないようだった。
服が焼け焦げたみたいに破けている人が何人かいたけど、何故か皆、体は無事みたいだった。
自分に何が出来るのか考えた。私は背が低いからここからだと周りで誰が怪我をしたのかが良く見えない。
私は先頭の箱車の屋根の上に登った。
ここなら周り全体が見えて誰が傷ついてもすぐに分かる。
《あ、あまり、無理しないでね》
とまた、女神様の声がする。
(いいえ、私はここからみんなを癒します!)
強く心に思って、周囲を見回した。
剣を持った盗賊達がすぐそこまで迫っている。
また、森の方から三本の矢が飛んできた。
「もう、その手は食わねーぞ!」
兄さんが声を上げて矢の方に跳び上がって、二本を手で掴んで残りの一本を足で蹴ろうとした。
でも、足で蹴ろうとした一本の矢は兄さんの足を避けて、兄さんの体に向かって行った。
「駄目!」
とっさにそちらに手を伸ばす。
兄さんの体の前で大きな音で矢が炸裂して、兄さんの体が下に落ちる。
「ああっ!」
死んでしまったと思った。
でも、兄さんの周りの煙が晴れるとそこに無傷の兄さんが居た。
兄さんの胸の前に光の板の様な物が広がっていた。
《凄い!光の盾が出せるのですわね!やりますわね。おほほほほ》
とまた女神様の声がする。
(えっ、今の、私がやったの?)
でもそんな事を考えている暇もなく、大勢の盗賊と、護衛の人たちの切り合いが始まっていた。
ほとんど二対一の切り合いになっていて、盗賊の方に勢いがある。護衛の人たちは体のあちこちを切られてしまう。私は、すぐに切られた人に治癒魔法を飛ばした。
私の治癒魔法を受けた護衛の人の傷が一瞬で治っていた。
それを見て背筋がぞくぞくした。
凄く気分がいい。
(私がみんなを助けるんだ!)
休む間も無く、次々、治癒魔法を飛ばし続ける。
いくら力を使ってもお腹の底から、大量の魔力が湧いてくる。
(女神様の力はやっぱり凄い)
感動していると、また、女神様の声がした。
《私は、今、あなたが使っている力の半分しか助けていません。その魔力の半分はあなたの本来の力です。今まではあなたの魔力回廊がぜい弱で、本当の力を出せなかったのです。あなたの魔力回廊を大きく広げておいたのでこれからは、今までより大きな力が使える様になります。取りあえず結果オーライで、私もほっとしています》
最後の言葉は意味が分からなかったけど、この力の半分が私の実力なんてちょと信じられない話だった。でも女神様が嘘を言う訳は無いから、きっと本当なんだ。
みんなを癒していると不意に頭に衝撃を受けて目の前が真っ暗になった。
でも一瞬後すぐに意識がはっきりする。
今のは何だったのだろうか?
力の使い過ぎで負担が掛かって意識を失ったのかもしれない。
また、頭に衝撃を受けて、気が遠くなるけど、すぐに元に戻る。
それから、体に何本かの矢が次々刺さって背中に突き抜けるけど、何故か痛みを感じない。邪魔なので力一杯引き抜いて側に捨てる。
矢の先に、私の肉がくっついている。
気持ち悪いからそれはなるべく見ないようにした。
時々頭に衝撃を受けて気が遠くなるけど、すぐに治るので、あまり気にしない事にした。
自分の足元を見ると何故かたくさんの矢が落ちている。
こんなにたくさんの矢を体から引き抜いた覚えはない。
この矢は誰が持って来たのだろう。
その時、真ん中の客車の中に盗賊の男が一人乗り込んでいくのが、壊れた屋根の上から見えた。
その男は剣を振りかぶって今にも乗客に切りつけようとしている。
盗賊の前に、あの異民族の服を着たきれいな女の人が両腕を広げて立ち塞がっている。他の乗客を守ろうとしているみたいだ。
「危ない!」
思わず声が出たけど、ここからではすぐに助けられない。
また、光の板を出そうと思ったけど、さっきは無意識にやったみたいで、どうやったら同じに出来るのか分からない。
このままでは、あの女の人が死んでしまう。
絶望的な気分になった。
でも、その盗賊はいつになっても剣を振り降ろさない。それどころか、手から剣を落としてその場で痙攣している。
よく見ると男の後ろに小さな子供の人影があった。
その脚元に血だまりが広がっている。
あの子が後ろから盗賊を何かの武器で刺したみたいだった。
盗賊の男がその場で倒れた。
良かった。
でも、あの男の子は何処にいたのだろう。
あの盗賊が剣を振り上げた時、確かにあの男の後ろには誰も居なかった。
あの男の子が突然何もない所から現れたように見えた。
私もかなり疲れているみたいだ。
でも、ひとまず安心して、草原に目を戻す。
森の切れ目から5人の強そうな人達が走り出て来たのが見えた。
新手の盗賊だろうか?
あんな元気な盗賊が五人も来たら、護衛の人たちはもう持ちこたえられないと思う。
兄さんも敵に体を切られ過ぎて、上の服が千切れかけている。皮の胸当ても穴だらけで、両手で二本の剣を持って、今も三人の相手と切り合いをしている。
どうしたらいいかと考えていると、森から出て来た五人の様子がおかしい事に気が付いた。
一番前の小さな人を後ろの人たちが剣で切りつけている。
先頭を走る小さなひとの髪は、くすんだ赤髪だった。
あの髪色は、盗賊の事を教えてくれた異民族の子供じゃ無いだろうか?
あの子は逃げるような事を言っていたけど、ひそかに森の中であの盗賊達と戦っていてくれたのかもしれない。
でも、独りであんな大勢と戦うなんて、無茶だ。あんなに離れていたら、私の治癒魔法も届かない。護衛の人たちを癒しながら、その赤髪の異民族の子の事も気になって見ていた。
護衛の人達の何人かに治癒魔法を飛ばしてから、またそっちを見ると、赤髪の小さな人はあっという間に三人をやっつけた後だった。今は最後に残った一人と向き合っている。
でも、手に何も武器を持っていない。
このままじゃやられてしまう。でも、あの人を助けに行けるような元気な人はここに誰も居ない。
すると『ピュピュー』と大きな笛の音がして、盗賊の内の何人かがも草原を離れて森の中に入って行くのが見えた。
それから少しして、また『ピュー!』と大きな甲高い笛の音が草原に響いて、最後まで残っていた盗賊達が、剣をひっこめて、よろよろしながら森に戻って行った。
後には動けなくなって倒れた盗賊と、死んだ盗賊だけが残されていた。
少し森の方を見ていたけど、盗賊達が戻ってくるような感じは無かった。
盗賊達は逃げて行ったみたいだった。
ほっとして気が抜けると足ががくがくして立っていられなくなって、その場で倒れてしまった。
頑張って戦っていた護衛の人たちも立っていられなくなってへたり込んで倒れている。
その中に商隊長のヨグさんも居た。誰が誰だか気が付かなかったけど、ヨグさんも護衛の人たちと一緒に剣を持って、戦っていたみたいだった。
偉い人なのに隠れていないで戦うのは凄いと思った。
もう盗賊は戻ってこないと思う。
でも、まだ完全には安心できないから、森の方を目だけで見つめていた。
あの、赤髪の男の子も生きてるみたいだった。良かった。
でも大怪我しているに違いない。
早く側に行って癒してあげたいけど、体が動かない。
どうしよう?
そうして男の子を見ていると、何か男の子の体の周りに、不吉な黒い雲の様な物がまとわりついているのが見えた。
(何?)
それがとても良く無いものであることが、直感で分かった。
黒いもやは長い触手の様な物を伸ばして草原のあちこちを這いずるように蠢いていた。
何をしているのか分からないけど、とにかく気持ちが悪い。
(女神様!悪魔の様なものが赤髪の小さな人を襲っています。お願いします。助けてあげてください)
と、心の中でお祈りした。
《あー、あれですか?あれは確かに良くないものですが、今のところは無害なので、とりあえずは大丈夫です。なので、気にしないで放っておいて下さい》
と女神様が言った。
あんなに不吉な物なのに女神様はあまり気にしていないみたいだ。
わたしが不吉に感じただけで実はたいしたことのない、とても弱い悪魔なのかもしれない。
(女神様が言うのだから間違いないはずだ)
黒い変な物が蠢いているのを、不思議な気持ちで私はただ眺めていた。




