90 戦闘の行方
「何人やられた?」
と屈強な首領。
「八人です!」
と誰かが答える。
「やってくれたな。だが、まだこちらが二倍以上の兵力だ。よし、こっちの相手は一人だけだ。恐らく、こいつはただの攪乱役だ。多少腕は立つが、どうと言う事は無い。こちらは一、二、三班でやる。残り二十人で森を出て獲物を仕留めろ!」
男の言葉で俺を取り囲んでいた男たちが商隊の方に移動していく。
まずいな、思ったより敵を減らせなかった。
八人倒して、商隊の方に二十人行き、ここに六人残る。と言うことは全部で三十四人いたという事か。思ったより数が多い。森の中では正確な数が見通せていなかったようだ。
商隊が心配だ。
何とかここを切り抜けて助けに行かないと。
「そんな、内部情報を俺に聞かせていいのか?」
余裕の振りをして、軽口を叩く。
「気にするな小僧。お前はここで死ぬからな」
手前の斧槍の大男が笑う。
首領の後ろから一人の大柄な赤茶髪の短髪女性が現れた。
「おい、隊長!道を塞いでいたあたいの仲間が四人やられた!どうしてくれるんだ!こっちの配置は、矢で牽制するだけでいいから安全だと言っただろ!こんなガチの戦闘になるなんて聞いてないぞ!」
女は怒っている。
それに、斧槍の大男が振り向く。
「それで、役立たず共を助ける為に、切り札の魔法を簡単に使ったのか?音が聞こえたぞ。それは最後まで取っておく約束だろ」
「ふざけんなよ!仲間が殺されるところだったんだ!襲ってきた鳥の魔物を仕留めた。多分、奴らの従魔だ」
女がいきり立つ。
「待て」
隊長と呼ばれた盗賊の首領が二人に割って入る。
「こっちも四人やられた。想定外だ。相手は俺たちの襲撃を予期していた。情報が漏れている」
「この女の仲間が酒場で酔って話でもしたんだろ」
と斧槍の男。
「何だって!?誰に口をきいてるんだい。この領地であんたらが気楽に稼げてるのが、誰のおかげか忘れたのかい?」
「待てと言っている。女、魔法はあと何回使える?」
「一…二回かな?」
「これを持って行け」
隊長と呼ばれた男が、小瓶に入った赤い薬を女に渡す。
魔力回復薬だ。
あの爆発は、爆薬などではなく、この女の魔法か。
「それで獲物を必ず仕留めろ。俺たちはこの小僧をやってから合流する」
「なんだいこのガキは?」
「こいつがあっという間にこっちの四人をやった」
「ふーん」
言うなり女が弓に三本の矢をつがえて早業で打ちだす。
矢は俺の両腿と右肩に同時に突き刺さった。
あまりの早業で、一歩も動けなかった。
「うがっ!」
さすがに痛い。
「こんなのに四人やられたって?あんたたちの仲間の方が役立たずなんじゃ無いの?」
と言い捨てて女は俺達に背を向けて商隊の方に走り出した。
「あのアマ!舐めやがって」
斧槍の男が腹を立てて女が去った方向を睨む。
俺は歯で右肩の矢を引き抜く。
矢尻の返しで肩の肉がぶちぶちと千切れる。
めちゃくちゃ痛い。
剣を持ったまま手を交差させて、両腿の矢も引き抜く。
うおーん!
黒衣の老人の声が聞こえる。
体内で老人の手が傷を修復していく。
「お前達、油断するな。こいつにはまだ何か隠し玉がある。目が死んで無い。囲んで確実に削って仕留めるんだ」
隊長が温度の感じられない冷たい目で冷静に言う。
「いや、俺死にそうだから、油断してくれていいんだけどなぁ…」
と嘆息すると隊長はにやりと笑った。
「昔、お前みたいなやつと戦場でやり合った事があるんだ。『死の二刀』って二つ名でな。あいつは刺しても切っても死にやがらなかったな。確実に致命傷を与えたと確信しても、次の戦いではぴんぴんして前線に出てくる。自分の目が信じられなかったぜ。『死の二刀』の二つ名は『死なない二刀』の意味でもあるんだ」
「へえ、そうかい、それ、実は俺の師匠だ。参ったな。『死なない二刀』か。その二つ名は初めて聞いた。説明が足りないんだよな、あの人」
「やっぱりか。お前の剣と、その技。あいつにそっくりだ。見た瞬間、あいつが来たのかと思って背筋が凍ったぞ。しかし、弟子か。いいぞ。あの時の戦場での恨みをここで返させてもらおうか」
まいった。こいつはモンマルと戦った事がある。
こっちの戦法はお見通しじゃねーか。
しかも『死なない二刀』って何だよ?
まるで、俺じゃん。まさかあの人も俺みたいに『魔人』に憑依されてるの?
でも、そんな気配は無かったな。あの人が魔人を身に宿しているなら、俺が分からない訳はない。それなら治癒魔法を使える?うーん、謎だ。今度会ったらとっちめてやる。また、会えればの話だが…。
俺は話をしている間に黒衣の老人の片手を密かに伸ばして、さっき倒した四人の霊を吸収して回った。
鳥の倒した霊魂の方は遠すぎて射程圏外だ。
「俺達四人で囲むんだ。お前達二人はこいつの後ろから背中に短槍を投げろ」
まともに攻めないで、遠隔攻撃に徹する気か?
「さーてと、時間も押してるし、さっさと決着を付けますか」
と俺はファルカタをくるりと返して両肩に担ぐ。
がら空きで隙だらけの胴を敵にさらす。
「それは知ってる。それで仲間の槍使いが何人もやられた」
マジか?
「じゃあ、これは?」
とカマキリの様に、二刀を高々と斜め上に掲げた。
「それも知ってる。体に突き刺したところで、同時にこっちは頭を割られてるんだ」
マジか?
「じゃあ、これ…」
と言いかけると、俺の背中に投げ槍が突きさる。
二本の槍の先が腹から突き出している。
刺さった、細い槍先が途中から折れて俺の腹に残る。背中の持ち手の部分だけが地に落ちた。
使い捨ての短槍だ。
柄を残して、槍先部分が相手の体に残って、敵を死に至らしめる。
柄の部分にまた使い捨ての槍先を付れば何度でも使い回せるという、お手軽で合理的な作りだ。
(くっそ!)
俺はすぐに後ろを振り返って、槍を投げた二人に迫るが、後方に立っていた細マッチョの若者二人が、正眼に構えた剣で俺をけん制して、行かせない。すると背中にまた槍が突き立ち、すぐに引き抜かれる感触があった。
横目で振り返ると、斧槍使いの大男が俺の背中から得物を引き抜いて油断なく構えている。
うおーん!
うおーん!
黒衣の老人の手が体の中で目まぐるしく修復を続ける。
霊エネルギーの備蓄がごんごん減って来る。
「これで死なないか。こいつもやっぱり不死身だ。あいつと一緒だ。だが、どれだけもつかな?めった刺しにして首を切っても生きていられるか試してやろう」
不吉な事を言う。
その言葉のまま、盗賊の隊長が、俺の首めがけて剣を振り下ろす。
とっさにそれを右の剣で受ける。
同時に斧槍の先が俺の右の脇腹に突き刺さる。
背中からも細マッチョたちの剣が交互に切りつけてくる。
それを左の剣で受けるが、背中を縦にざっくりと割られる。
右を防げば左から切られ、前を防げば後ろから切られる。
取りあえず、心臓と首と頭だけを守って、後は切られ放題になっている。
(まずい、まずいぞ。傷の修復が追い付かない)
包囲を振り切ろうと横に走ると、俺を囲んだ全員が同じように、横に走る。
二人の槍投げ役が前から短槍を構えて同時に投げる。
(チャンス!)
俺はそれを剣の腹で弾いて、二人の細マッチョの方に飛ばす。細マッチョ二人が剣でその槍を受けたところに『瞬歩』を発動する。
体が一瞬で前に行くかと思ったら、俺はその場で地面に突っ伏していた。
足が何かに引っかかった。
斧槍使いの大男が得物の鎌部分で俺の足首を引っかけていた。
前に行こうとする、予備動作を見抜かれていた。
倒れた俺に向け、四本の剣が一斉に突き立てられる。
心臓を狙って来るのを、体をねじって避ける。
「おい、お前達。槍は前から投げちゃ駄目だ。今みたいに利用される。攻撃は必ず背後からだ」
俺が聞いているのも構わず、仲間に指示を出している。
「こいつ、心臓を守っているぞ。心臓を狙え」
その場で転がって避けながらなんとか立ち上がったが、両側からアキレス腱の辺りを切られて、その場に膝を付く、同時に前からの剣が俺の左眼に突き刺さり、左側の視界が塞がる。
首元にひやりと殺気を感じ、左の首筋の上に当てずっぽうで剣を振る。
その剣が俺の首を切り落としに来ていた隊長の剣先を衝撃波で弾く。
参った、こいつら、俺一人に全く油断しない。
脳筋的な斧槍使いですら、暴走しないでちゃんと隊長の指示に従っている。
こっちは、付け込む隙が無い。
どうしたものか…。
全身がだるい。腕の力が抜けていく。
限界が近づいている。
『跳躍』で一度上に跳んで木の枝に乗ってから、また別方向に跳ぶか?
囲みを破って敵を一人でも倒せれば突破口が開けるかもしれない。
遠くで爆発音が何回か立て続けに聞こえた。
人の怒号と悲鳴、剣と剣の切り結ぶ金属音が聞こえて来た。
始まった。
駄目だ!
こんなところで何時までも、もたもたしてられない。
平面の動きじゃ駄目だ。
相手の意表を突いて、空間を立体的に全部使うんだ。
(跳躍!)
俺は真上でなく斜め前に跳び上がった。左の足首に痛みを感じる。
また引っかけられたようだが今度は体がそのまま斜め前に跳んでいく。俺の体の下に、槍を投げていた二人組の男の頭が見えた。その頭に正面からファルカタを振り下ろす。二人の頭が、てっぺんから首元まで真っ二つに唐竹割になった。
その背後に着地するが、バランスを崩して転がる。
よく見ると左足の足首から先が無くなっている。
跳び上がった時に鎌で切られたようだ。
ぎこちなく立ち上がると、既に四人が俺の周囲を取り囲んで四方から切りつけてくる。
左右のファルカタを体の周りに振って、それを防ぐ。
黒衣の老人の手を伸ばして、すぐさま死んだ二人の霊を吸収する。
「てめーらー!なんだ、この状況はー!」
俺は切れかけていた。
「ふざけんなよ!これがお前らの戦いか⁉ねちねちと、かったるいやり方すんじゃねえよ!もっとわかりやすく派手に来やがれ!」
と周囲の男たちに向けて、挑発的に笑いかけてやった。
「……」
相手は無言で俺を取り囲み、交互に切りつけてくる。
俺の挑発に全く反応しない。
そうかよ。ああ、分かったよ。
こっちのやり方にはあくまで付き合わないと?
そんならいいよ。
無理矢理付き合わせてやる。
俺はひょこひょこ歩きながら自分の足首の落ちている方に移動する。
そして、取り囲む四人を無視して、地面に胡坐をかいて座る。右手の剣を手放し、その手で自分の足首を拾って、切れた部分をくっつける。
その間に、斧槍使いの槍が後ろから俺の首を貫く。
首から槍の先が突き出る。その槍先を右手で掴んで、左手のファルカタを背後に振り抜く。
斧槍の柄の部分がファルカタの衝撃波で切り飛ばされる。
斧槍の先端が俺の首に残る。
これで厄介な武器を一つ潰した。
そのまま俺は二刀を持って立ち上がる。
左足首はくっついて治っていた。
(ふん、見たか!俺の治癒スピードもかなり早くなっているんだ)
「ば…化け物かこいつ…」
斧槍使いの巨漢が怯えた声を出す。
「慌てるな!何かの魔法だ!それも無限ではない!包囲を崩すな!」
恐怖を感じている味方を隊長が鼓舞するように声を出す。
俺は何か言おうとして、言葉が出ない事に気が付いた。
首から突き出ている斧槍の先を、釘を打つように前から剣の腹で叩いた。斧槍の先は、首から後ろに弾き飛んだ。
喉から空気が抜けてごろごろとしゃがれた声が出る。
「タイチョーさーん。あんたら、たかが子供一人にビビりすぎだ。こんなの戦士の戦い方じゃないぞ。くっだらねえ!本当に下らねぇ!つまんねえ奴らだなー!」
そうだ、この二刀流の持ち味は敵を攪乱する変幻自在の動きだ。
一か所に足を止めて戦っていたら持ち味が出ない。囲まれた事に慌てて、そんな基本的な事も忘れてしまっていた。
「じゃあ、こっからは俺のやり方に付き合ってもらおうか!行っくぞー!せーの!」
ファルカタをクルリと返して肩に担ぎ、俺はその場から商隊の方向に向かって『瞬歩』で全力ダッシュをした。俺の前に立ち塞がる細マッチョ二人組がとっさに後ろに下がるが、前を向いた全力ダッシュに後ろ向きでついていけるわけがない。前方の二人を追い抜くと、二人は行かせまいと、俺の胴目掛けて剣を振り抜いて、ゆく手を阻む。それをファルカタの振り下ろしで叩き落とす。
軌道をそれた剣の刃がそれでも俺の腰骨の辺りを切り裂いて背後に抜けていく。構わずそのまま走り抜ける。やっと囲みを振り切った。
四人の盗賊が俺の背を追う展開になった。
ただ、俺は足が遅い。
背後から何度も剣で切りつけられて後頭部や肩のあたりが傷だらけになりながら走る。だが、相手も森の不安定な足場で走りながら剣を振るので、充分腰の入った一撃が出せない。剣を木の枝にひっかけているような、鈍い乾いた音が何度も聞こえる。必然的にその剣筋は小手先のへなちょこ剣になる。そんな柔い剣でいくら切られても大きなダメージにはならない。
しかし、受ける傷の数が多すぎて修復が追い付かない。
足元に血がダラダラ流れている。
貧血で頭がくらくらする。
あと少しで霊エネルギーも備蓄が尽きる。
目の前の木々が薄くなって、前方が明るくなってきた。
不意に森が尽きる。
俺は森の外に飛び出していた。
(商隊はどうなった⁉)
今、小さな草原は激戦の真っただ中にあった。
人が乗っていた中央の箱車は前方半分が黒焦げになって半壊している。
ただ、その箱車の中に何人か動く人影が見えた。
どのくらい犠牲が出たかは分からないが無事な人間もいくらかはいるようだ。
箱車の前の地面にも爆撃で吹き飛んだような形跡があった。
護衛の持っていた大盾の破片が辺りに散乱している。
しかし、目の前の護衛たちはまだ防衛線を維持して健闘していた。
先頭の箱車の上に薄い金色の髪の少女が仁王立ちになって、次々と味方に治癒魔法を飛ばしている。時々矢が飛んできて彼女の体に刺さるが、それに構わず矢を引き抜きながら、味方の傷を癒している。あの少女は見た目と違ってかなり肝の据わった人間のようだ。それとも、この戦闘の中で覚悟が決まり覚醒したのか?
少女の頭に矢が二本同時に突き立ち、ふらついて倒れそうになる。直後、半壊した箱車の中からそちらに手を伸ばす英子の姿が見えた。
すると、少女の頭から矢がスポーンと抜けて、少女が意識を取り戻し、何事も無かったようにまた仲間の護衛を癒す。箱車の護衛たちは、上半身の服が裂け目だらけで、ぼろ布みたいになりながら戦っていた。それだけ敵に切られたという事だ。何度切られても、治癒魔法で復活して、戦い続けている。
まさに不死の軍勢だ。
皆、鬼の様な鬼気迫る表情で切り合っている。護衛たちの持っている剣はぼろぼろで、もはや刃など付いていないようだった。平たい鉄の塊でぶんなぐっている感じで戦っている。
それでも相手が、機動性重視の軽装防具なので、むき出しの体に当たれば骨が砕けるダメージは与えられようだ。
そこかしこに、曲がった腕を抑えたり、あばらを抑えてうずくまっている山賊の姿がある。
(やっぱり、チートだよ。とんでもねー力だぞ。英子さん)
これは、俺が居なくても英子一人で仲間を助けながら防衛出来たのではないかという気になって、少し気分がしょげた。その背中に剣先が同時に二本突き刺さる。
口から血反吐を吐いた。
馬鹿な感傷に浸っている場合じゃない。
まず、俺は俺の後ろの四人を始末しないといけない。
足の『瞬歩』と『跳躍』のアンクレットの魔術具はあと何回使えるだろうか。瞬歩ならクズ魔石一つで五回行けるが、跳躍は跳ぶ高さにもよるが、二回しか使えない。とすると、あと使えるのは『瞬歩』が一回くらいだ。
よっしゃ、ここが勝負どころだ。
俺はその場で急停止して振り向きざまに、四つん這いになり、追手の四人に向かって『瞬歩』を発動した。
先頭で俺を追う細マッチョ二人が身軽に飛び上がって俺の体をかわす。だが俺は自分の小指側に引っ掛けたファルカタを下から回転させるように上に向かって振り上げて手を放した。
二本のファルカタは上空に跳んだ二人の腹に突き刺さり、衝撃波でその背後まで貫いていた。二人はそのまま、地に倒れ落ちる。
俺はその勢いのまま、一番動きの遅い後方の元斧槍持ちの大男の足にタックルして仰向けにひっくり返す。
ロングソードに持ち替えていた巨漢は転がった姿勢で、剣の柄尻を俺の頭に打ちつけて来た。
それを額の真ん中の一番固い部分で受ける。
額がぱっくりと割れて、血が噴水の様に噴き出す。
眼から火花が散るが、かろうじて意識を保つ。
「この野郎!」
俺は巨漢の股間に手を伸ばす。
そして、服の上からその一物を掴み、一気に握りつぶした。
分厚い王国銅貨を二本指で折りたたむ握力だ。
盗賊のふにゃちん野郎の一物を潰すくらい、豆腐を握りつぶすより簡単だ。
「グギャー‼」
と巨漢は大声で叫んで痙攣しながら失神した。
俺はゆっくりと立ち上がる。
俺の目の前には剣を正眼に構えた、闘志みなぎる盗賊の隊長が立っていた。
さあどうする?
どう戦う?
ぼんやりとする頭で、考えて見たが、さすがにどうもならない感じだった。
霊エネルギーの枯渇で、肉体の修復は停止していた。
自分が倒した細マッチョに目をやる。
二人とも瀕死だがまだ息がある。
足元の巨漢も失神してるだけで、まだ死んでいない。
商隊の箱車の辺りには、霊が何体か見えるが、ここからでは遠すぎる。
霊の吸収にあそこまで腕を伸ばしている間に、目の前の隊長に攻撃されてしまうだろう。
魔石切れで、『瞬歩』も『跳躍』も打ち止めだ。
走る体力も残っていない。
膝に力が入らない。
立っているのがやっとだ。
手には武器もない。
ここまでか……。
どうやら、ここが俺、ガルゼイ君の死に場所のようだ。
諦めの気持ちで棒立ちになって、商隊の方を見る。
俺が死んだ後、商隊は助かるだろうか?
今はそれだけが気がかりだ。
盗賊達の半数以上は地に伏している。今戦っている連中も満身創痍の全身傷だらけ打ち身だらけの酷い状態だ。
さっき俺に矢を打った赤茶髪の短髪女が草原の端で呆然と立っている。
彼女の矢筒に矢は一本も残っていないようだ。
箱車の上から仁王立ちで仲間を癒し続ける、金髪の少女に、女の眼は釘付けになっている。
「なんなのよ!何度、頭を矢で射ても死なないって、なんなのよ!」
と叫んでいる。
「もう、やってられない!引くよ!」
と言って笛を『ピュピュー!』と、リズミカルに吹く。
その音で、彼女の仲間と思しき三人がふらつきながら撤退してくる。
弓の達人の女と、たった三人に減ったその仲間はいち早く戦線を離脱して森の中に消えて行った。
盗賊の隊長は草原をぐるりと見回した。
そして長い溜息をついた。
「俺はあいつの弟子にすら勝てないのか……」
と独り言のように言って、懐から笛を出す。
そして『ピュー‼』と強く長く一回笛を吹いた。
すると盗賊達がよろめきながら撤退してくる。その数は十人にも満たない。
盗賊の隊長は俺を無視して、そのまま歩きながら森に入っていった。
少し後に、歩ける全ての盗賊達が、森に消えて行った。
「助かった…」
思わずつぶやいてその場にへたり込む。
もう、一歩も動けない。それは今まで戦っていた商隊の護衛たちも一緒だ。
逃げる敵を追撃する余裕など誰も無い。
今立っていた場所で崩れ落ちる様に、皆が倒れる。
箱車の屋根の上に立っていた癒し魔法使いの少女もその場で倒れる。
俺はかろうじて意識を保ちつつ、黒衣の老人の手を細長く伸ばして、この戦闘の死者の霊を吸収する。倒れる前に最低限これだけはやっておかないと、今後の霊エネルギーの備蓄が無くなってしまう。傷は英子が癒してくれるかもしれないが、霊エネルギーが枯渇すると、次何かあった時に何もできなくなる。それはまずいのだ。
意識が朦朧としながら吸収作業をしていると、箱車の中から小柄な人影が下りて来た。手に俺の貸した短剣を持っている。孤児ハルマだった。
(ああ、あいつも生き残ったか…)
と嬉しくなった。
孤児ハルマが倒れてうめいている盗賊の元に歩み寄る。
何をするかと見ていると、彼はその盗賊の髪を掴んで持ち上げて、首を短剣でかき切っていた。
盗賊の首から血が派手に噴き出す。
それが済むと次の息のある盗賊の所に行き、同じようにトドメを刺す。その作業を淡々と無表情で繰り返している。
(大した奴だよお前は……)
俺はその場に倒れて、そのまま身動きが出来なくなった。
かろうじて意識は保っていた。
見上げる空が、ただ青い。
いい天気だ。
悪役ガルゼイ君はまた死に損なってしまったようだった。
(結構しぶといなこいつ…。これだけ無茶してるのに、全然死ぬ気配がない。運がいいのか、悪いのか…)




