89 戦闘開始
二刀のファルカタの握りを両手で何度か確かめる。
Jの字に曲がって返しの付いた握りの縁が両手の小指にぴったりフィットして、収まりがいい。
この返しのおかげで、片手で無造作に剣を振っても、剣が手からすっぽ抜けることが無い。
それで、剣を小指の元にひっかけて、握りを緩く持ち、両刀を交互に振り回しながら踊るように左右で切り付ける刀法が可能になるのだ。
剣を振る時は肩の力を抜いて余計な力を入れず、剣が当たる瞬間だけ、握りを強く握り、剣全体を軽く手前に引き絞る。
丁度、濡れタオルを前に飛ばして急に引っ張ると、『パン』といい音がするのと同じ原理で、インパクト地点で強い斬撃が生まれる。
無理に力を使わずに、剣の自重だけで強力な斬撃を生み出すことが出来る。
剣を鞭のように使うという言い方がしっくりくるだろうか。
ただ、鞭と違って俺のファルカタは射程がとても短い。
なので、闘技会でミクル・ジン・マルーク先輩と戦った時の様に、狙いすました細剣の一点突破に対しては隙が多すぎて分が悪い。
だから、その隙の多さの分、一か所にじっとしないで動き回って、相手をかく乱し、左右の剣の手数の多さで、隙をカバーする必要がある。
つまり、このファルカタ二刀流は実に体力の要る刀法なのだ。
普通の人間ならこんなシンドイ剣を学ぼうとはしないだろう。
俺は無知だったから、うっかりモンマルを師匠にしてしまったのだ。
宮本武蔵の二刀流の場合は、右手の剣が長刀なので、その辺の欠点はカバーできているのかもしれない。知らんけど…。
それなら、俺も片方の剣を長刀にすればいいかと、思われるかもしれないが、そうすると左右の重さのバランスが崩れて、踊る様な変幻自在な身のこなしが出来なくなる。
それで、一か所に足を止めて、剣を持つことになり、そうなると、二刀を持つより、ロングソード一振りを両手で持ったほうが扱いやすく、俺の様な体の小さい人間は大柄な人間のリーチにかなわなくなり、結局、身長の不利が解消されない。
なので、一周回って、ショートソードのファルカタ二刀流で行くしかないという結論になるのだ。
モンマルに習い始めた時はそんな事は考えていなかったが、そういう事なのだ。
それにしても、モンマルの持久力はとんでもないと思い出す。
俺が『無限の体力』を発動していても、叶わないのだ。
よく考えたらそんな事は常人には不可能なのだ。
あの、おっさん何者なのだろうか。まだ何か強さの秘密を隠しているはずだ。
俺が問い詰めても『歳の功で、体力を使わない身のこなしが出来るだけですよ』と笑っていたが、絶対に嘘だ。いつか、あの秘密を暴いてやりたいと思う。
そんなことをつらつら考えて、待っていると街道の先に商隊と隊列が来たのが、頭上の木の枝にとまっている鳥の目に映った。
いよいよだ。
盗賊達にも、斥候の連絡がきたようで、動きが慌ただしくなってきた。
商隊の三台の箱車が森の間に開けた、草原地帯に姿を現した。
ゆっくりと商隊が進む。
十人の護衛が皆背中から大盾を下ろして、体の前に持つ。
彼等も襲撃されるならここだと分かっているのだ。
慎重に商隊が進む。
盗賊達戸惑ったような様子が見える。奴らは二人一組で行動するようで、隣の相棒と何かを小声で話している。
商隊の襲撃を予想しているような様子が予想外だったのだろう。
罠の可能性を考えているのかもしれない。
(頼む。引いてくれ)
と願う。
しかし、その願いはかなえられなかった。
盗賊達の動揺は一時だけで、すぐに落ち着きを取り戻す。
(やっぱり駄目か)
戦闘は避けられないようだ。
俺も覚悟を決める。
盗賊達が弓に矢をつがえる。
見たところ火矢を使う人間は居ない。
当然だ。森で火矢を使えば山火事になるし、商隊の物資がそれで燃えてしまったら、なんのために襲ったのかが分からなくなる。
商隊が草原の中ほどに差し掛かる。
(まずいな…)
狙い澄ました最初の矢の一斉射撃で護衛がみんな殺されてしまうかもしれない。
それだけは避けないと。
俺は鳥を飛ばして草原の端に落ちている一抱えもある大石を掴んだ。
魔鋼の鋭いかぎ爪が石を穿ち深々と突きさる。
(やれるか?)
上空に向け羽ばたく。
重い。
さらにパワーを上げると、地中に残った部分が土ごと引き出される。
地上部分と同じくらいの大きさが地下に隠れていた。
思ったより大きな『岩』だった。
それを掴んだまま上空に舞い上がる。そして商隊のすぐそばの上空十メルスくらいの所で岩を放す。
商隊のすぐ横に岩が落下して、『ドスン!』と、馬鹿でかい音を上げる。
十人の護衛がハッとしてそちらに盾を構える。
その瞬間に盗賊達の矢が一斉に放たれた。
護衛たちが急に動いたせいで、盗賊の矢は狙いが反れて、一本も護衛に当たらなかった。
護衛たちの大盾に何本かの矢が突き立つ。
「襲撃だー!盾を構えろ。気をつけろー!」
聞き覚えのある商隊長の大声が草原に響く。
草原の先に待ち構えていた、十人程の盗賊達も一斉に立ち上がり、矢を放つ。
先頭の箱車を引いている四頭のワマが皆、射殺されてしまった。これで後方の箱車は先頭の箱車が邪魔で前に進めなくなった。最後尾の箱車も、道が狭くて方向転換して逃げる事も出来ない。前にも後ろにも進めない状況だ。
盗賊達は、距離を詰めずに、そのまま矢を打ち続ける。
本当は最初の射撃で護衛の数を減らして、一気に勝負を決めるつもりだったのだろうが、その目算が狂って、次の行動を考えているのだろう。
商隊の十人の護衛の動きはいい。
無駄のない動きで、人が乗っている中央の箱車の周りを取り囲むように散会している。
リーダー格の灰色髪の若い傭兵風の男が盾の陰から頭を出して、矢を避けながら周囲に指示を出している。顔の前に飛んできた矢を空中で掴んで横に放り投げている。
凄い身体能力と、動体視力だ。あの灰髪の傭兵風の男が居ればしばらくは大丈夫だろう。
俺も行動を開始することにした。
まず、商隊の逃げ道を作らないといけない。
鳥を飛ばして草原の出口を塞いでいる十人程に狙いを定める。
彼等の頭上からほぼ垂直に急降下して最後方の男の右のふくらはぎの辺りに爪を立てて、そのまま上空に飛び上がる。
「うわー!」
男が叫ぶ。
前の盗賊達が思わず振り返る。
そのまま十メルスほどの高さで男を放す。
男は頭から落下して、ぐしゃと潰れた。
(死んだな…)
初めて人を殺した。
以前、魔族の戦士を一人殺したが、魔族は人間と見た目が違っていたし、考える間もなく戦いに突入していたので、相手を殺した事を実感する余裕も無かった。
今回は盗賊とはいえ、同じ人族だ。
騎士の世界では人を始めて殺すことを『童貞を卒業した』と言うらしい。
本当の童貞は卒業してないが、別の童貞をここで卒業してしまった。
童貞にいくつも種類があるのが変な感じだ。
(殺そうとする奴は、殺されても仕方ない。今は何も考えずに、出来るだけたくさん敵を殺そう)
殺戮マシーンになるように気持ちを切り替えた。
次の餌食を求めて草原の盗賊にまた急降下する。
盗賊達はそれを転がって避ける。
なかなか身が軽い。
今度は上手く捕まえられなかった。
上昇する俺の鳥に盗賊達がすかさず矢をつがえて狙う。
その、盗賊の背に、矢が突き立つ。
「ぐっ!」
うめいて盗賊が倒れる。
商隊の護衛が、弓を構えて、盗賊を狙い撃ちしたようだった。
商隊にも弓の熟達者がいるようだった。
その商隊の護衛に森から矢が雨あられと降り注ぎ、俺の鳥を援護してくれた弓手は盾に隠れる。
鳥であまり敵の側に寄ると、剣や弓で狙われる。
やり方を変えて、俺は鳥にさっきの大岩を取りに行かせた。商隊の前の岩に降り立ち、鳥が岩を持ち上げる。
それを見た護衛たちはその意図を悟って、『やれ!行け!』とはやし立てる。
みんなこの風変わりな変な鳥が俺の肩にとまっていた事には密かに注目していたらしい。
その変わった鳥を援護しようとしてくれているようだ。
自分が独りで戦っているわけでは無いという事実に胸が熱くなった。
鳥を矢が届かないくらい高く飛ばす。
草原の入り口の盗賊達の上空に行くと、鳥を見上げた盗賊達が逃げ始めた。
上を見て無防備になった背中に矢が突き立つ。
草原の盗賊十人のうち、これで三人が死んだ。
護衛は今のところ無傷だ。
残った七人の盗賊が矢を警戒して商隊の方に目をやった頭上に大岩を落とす。
上手く当たってぐしゃと潰れる。
これで残り六人。
森の方から『ピュピュー!』と、リズミカルな笛の音が聞こえてきた。
何かの合図だ。
その笛を聞いた瞬間、草原の盗賊六人が森に向かって全力で走り始めた。
撤退の合図だったのだろう。
森の仲間と合流して態勢を立て直すつもりなのだろう。
その背を低空飛行で追う。
連中が森に逃れる寸前で最後尾の男の背に爪がかかる。
そのまま、宙に釣り上げる。
その、一瞬、速度が緩んだ時に森の中から、三本の矢が鳥目掛けて同時に飛んできた。鳥の上昇速度を上げる。矢をかわしてそのまま上昇すると、三本の矢の軌道が変わって鳥を追いかけて来た。
(追尾式か!)
掴んだ男を盾にするが、矢はその男を避けて通り過ぎ、急カーブを描いて、三本とも鳥の体に突き立った。
(鳥には人口生命体の防御機構を備えた皮膚がある。硬質化で矢くらいは耐えられるはず)
そう思っていると鳥に突き立った矢が爆発した。
(何!?)
これは予想外だった。
捕まえた男が、二メルスくらいの高さから下に落ちる。
鳥も体から火を噴きながら、キリモミ状にコントロールを失って、森の奥に消えていった。
途端に俺と鳥のリンクが切れた。
(やられた!)
敵方にとんでもない弓の達人が居るみたいだ。あの爆発する矢は多分貴重品で切り札的な物なのだろう。そうでなければ商隊の護衛に対して先に使っているはずだ。それをしないで仲間を助けるために使った。この盗賊団は仲間の命を大切にしているようだ。だとしたら厄介だ。団結力の強い集団は簡単に瓦解しない。
鳥の視点を失って戦場の全体が俯瞰できなくなった。
俺はガルゼイに意識を戻して目を開く。
抜き身の二刀をくるりと返して、両肩に担ぐ。
敵が矢で勝敗を決められないと気付いたら、人数差に物を言わせて、突撃作戦に舵を切るかもしれない。
それを許したら、商隊の護衛は負けてしまう。
俺が動くのはここしかない。
森の中を走る。すぐに盗賊達の背が見えた来た。
連中は二人一組で散開している。
弓を体にタスキ掛けにして、剣を抜き放っている。
突撃するつもりだ。
「うら!」
最初の二人の間をすり抜けながら、左右のファルカタを水平に振り抜く。
まるで抵抗なく、首が二つ飛んだ。
(スゲー切れ味だな)
次の二人に迫る。
背後から走り寄る人の気配に、前の二人が振り向く。
俺の姿を視認して二人は俺の左右から挟み込むように切りかかって来る。
その剣を俺の二刀で同時に受ける。
受けた瞬間、俺の試作魔剣の刃から衝撃波が発せられ、相手の剣が中ほどから折れて飛んで行った。
それに呆然とする二人を袈裟懸けに切り倒す。二人の体は斜めに両断されて、地に倒れた。
ここに至って、盗賊達は自分たちの内側に敵がいる事に気付いたようだった。
「気を付けろ!後ろだ!手ごわいぞ!三、四、五、六班は森の際で前方を警戒。敵が前に出たら矢で牽制して寄せるな!残りは反転しろ!敵を捕捉する!敵は寡兵だ!押し包んですりつぶせ!」
と誰かが叫ぶ。そして、盗賊達の意識が全てこちらに向いた。
俺は声の主を目掛けて走る。
指示を出したのがここ盗賊の頭目だ。
この頭目を殺せれば敵は瓦解するはずだ。
俺は地を滑るように走った。
声の主が見えた。
立て続けに支持を出している。
中年の精悍な背の高い男だ。
金色の蓬髪を後ろでまとめている。森の中だが幅広のロングソードを手に提げている。
森から出て襲撃するつもりだったから、森の中で有利なショートソードは用意しなかったのかもしれない。
俺は男に殺到して、両刀で挟むように、同時に切りつけた。
男の両脇に二人の細マッチョの若者が、護衛のように控えている。その精悍な二人が俺のファルカタ二刀を構えた剣で受ける。
ファルカタから衝撃波が出て、強力な斬撃が二人の剣を襲う。
剣と剣の間でバリバリと火花が散る。
二人は俺の剣圧に耐えてその場を踏みとどまった。
それどころか剣を切り返して、同時に反撃すらしてきた。
俺は一度後方に飛び退ってそれをかわす。
(まいったな。強いぞこいつら)
一気に決めようとしていた当てが外れた。
俺の剣を受けた二人の後ろからもう一人が、飛び出して来た。巨漢が柄の長い斧槍を真っすぐ突きさしてくる。
それをかろうじてかわす。
前世で言うところのハルバードの様な得物だ。
ハルバードは先端が槍、側面が斧、斧の反対側に鎌がついていて、突く、叩く、引っかける、と自在な使い方が出来、戦術のバリュエーションが多い。秩序だった集団戦より、個人技の生きる乱戦向きの歩兵用万能武器で、力自慢の傭兵が好んで使う。その一撃は鋭利で重く、フルプレートの鎧も貫くという。
そんなものをこの木だらけの森で振るって、このおっさん何考えてるんだ。
四人が俺を囲むように動く。
その周りに更に人が集まってきた。
まずい、囲まれた。
仕方ない。
覚悟を決めよう。
ここからは、持久戦の削り合いだ。
俺は、三人の手練れの後ろの首領に目線を止める。
「このガキ一人か?こいつ笑ってるぞ」
俺の剣を先に受けた細マッチョの片方がつぶやく。
そうか、俺は笑っていたのか。
言われて初めて気が付いた。




