7 俺も歩けば串焼きを拾い、妄想をする
昼寝から目覚めたナコねーちゃんは、また出かけて行った。
ゴミ捨て場に売れそうなものを探しに行ったのだ。
それと大通りで物乞いのような事もしているそうだ。
親切そうな人のよさそうな人を見分けるのが難しいらしい。選択を間違うとひどい目に遭うこともあるという。
ナコねーちゃんはかわいらしい顔立ちをしているので心配だ。この世界にも子供好きの変態中年おやじのような生き物はいるだろう。
まあ、それを言うなら俺自身も、とてもかわいいので心配だ。
うん、以前なら口が裂けても、血を吐いても、血涙を流しても言えなかった言葉がこんな簡単にいえるとは、『憑依』とは実に恐ろしい力だ。
自分で勘違いしてしまいそうになる。
服を売った残りの金は、寝床の藁の下の砂利を浅く掘って埋めてある。
俺は掘っ立て小屋を出て、石垣の階段を登った。
ナコねーちゃんには小屋で待っているように言われているが、自分も現状打開のために動くべきだと思った。それに、霊体エネルギーを追加で吸収しないとこの体がもたないので、他の『浮遊霊』を探さなければならない。
少し速足で歩くだけで動悸が激しくなる。やはり、この子には心臓疾患か何かがあるようだ。
帰りの道を間違わないように道の角々で目印を決めて記憶する。
憑依前にこのあたりの地理は把握しているが、空を飛ぶのと道を歩くのでは少し感覚が違うので、用心したほうがいい。
15分ほど歩くと少しにぎやかな通りに出た。
道の端に白い小さな『もや』が揺らめいている。人の顔のようなものが見える。
子供だろうか、手をかざして吸収する。『もや』は霧散し、小さく輝いて消えていった。
うん、こんなところでうずくまっているより早く次の世界に行って、幸せになってくれ。と、願った。
何か金を得る方法はないかと考えた。
5才?くらいの体の悪い子供ができることなどほぼ皆無だろうが、そう言ってもいられない。
(うーむ、どうしたものか…、まいったな、何も思いつかない。)
定番では飲食店の裏で残飯拾いだが、ああいうのは浮浪者の縄張りがありそうだからうかつなことはできない。露店の出店で、何か恵んでもらえないだろうか。
(でも、怖いなあ)
虫けらでも見るように、追い払われたら嫌だ。考えると足がすくむ。俺は臆病で根性なしなのだ。理屈であれこれ言うのは得意だが、行動力は5歳児以下なのだ。
(よし、明日にしよう。もしくは、あさってにしよう)
もと来た道を戻り始める。
曲がり角の串焼き屋の前にくると、肉を焼くいい匂いがした。
見るとつらいので、うつむいて素通りしようとする。
すると、串焼き屋の前に何かが落ちているのが見えた。
食べかけの串焼きだ。
下半分くらいに肉の刺さった串が落ちている。
多分、誰かが食べている途中で落としてしまったのだろう。
チャンスだ。
俺はさりげなくよろめいて転んだ。
手は串焼きの上だ。
串焼きを握りしめ、「いてて…」と言いながらゆっくりと立ち上がり、串焼きをつかんだ手を服の下に入れる。
何事もなかったように歩き去ろうと顔を上げて、串焼き屋のおやじと目が合った。
やくざ顔でタンクトップのいかつい巨漢のおやじだ。
おやじは微妙ににやけて俺を見ていた。
怒られるかとドキドキして、そのまま歩く。
店の前を離れ、結局、おやじには何も言われなかった。
良かった。
肉を持つ感触にほくほくしながら、河原に戻る。
串焼きを水路で良く洗って掘っ立て小屋に戻った。
ナコねーちゃんはまだ戻っていない。
俺は疲れて寝床に横になった。
枯草を重ねて雨除けにした天井を見上げる。
これからどうなるのだろうか。
何も考えずにこの子に憑依してしまったが、このままこの子が生きていけるとは思えない。
ナコねーちゃん一人なら、なんとかやっていけるかもしれないけど、子供二人は無理だろう。
この都市に孤児院のようなものはないだろうか。
これだけ大きな街だから一つぐらいどこかにありそうなものだが…
霊体のときに見つけておけばよかった。
でも、あの時は憑依待ったなしだったから、そんな余裕はなかったな。
河原でゴロゴロしていたら、どこかの第三王女様がお忍びでやってきて、「まあ、かわいそうな子供がいるわ、お城に来なさい。私の従者にしてあげる」と保護される。なんてことが起きないだろうか。
それか、俺がどこかの貴族の隠されたご落胤で、他の兄弟が事故か病気で死に絶えて、「エルネスタ(俺の考えた名前)を探せ!」と捜索隊が組まれ、探し出されたりしないだろうか。その時は当然ナコねーちゃんも一緒に連れて行ってもらう。
自分に都合のいい妄想はいくらでも思いつく。
実際には無いだろうが…妄想するのは自由だね。
夕方になって、ナコねーちゃんが疲れた顔で戻ってきた。
「今日は大した収穫がなかったよ。幸運は続かないよね」
と肩に担いだずだ袋を下ろして俺の横に座る。
そのまま頭をわしわしされて、ぎゅっと抱き締められる。
「ねーちゃん、これ拾った」
と串焼きを見せる。
「え、どうしたの、これ」
「落ちてた。よく洗ったから大丈夫だよ」
「小屋を、出たの?」
「うん、そんな遠くには行かなかったよ」
「危ないよ。ここには悪い人たちがいっぱいいるんだから」
「近くしか行かないよ。迷子になると困るからね」
ナコねーちゃんは眉を寄せて心配そうに俺を見つめる。
「エルは元気になってから、なんだか別人みたいにしっかりしたね…。前はあたしの服をつかんで放さなかったのに…。それに、前は、あたしが朝出かけようとすると泣いて嫌がってたよね…」
「え、そそそ、それは、『男子三日会わざれば刮目してみよ』というし、まあ自覚が芽生えたというかなんというか…、それはそれこれはこれといいますか…」
「…なんか難しいこと言ってる。エルって実はいいとこの子供じゃないの?顔も上品だし」
「うー…、何も覚えてないだ…。嘘じゃないよ」
「…そう。でも、エルが迷子になったどこかの金持ちの子供で、家の人が探しに来てくれないかなー。それで、私も一緒に引き取って、働かせてくれるの。ねえ、いいと思わない?」
ナコねーちゃん俺と同じ妄想をしていた。
「そうなるといいね。でも、ナコねーちゃんもどこかいい家の子みたいだね。頭がよくて優しいし」
「ありがとね。でもまあ、あたしは駄目よ。追い出されたようなものだもん。あたしの家には嫌な奴しか居なかったの。もしいつかあたしが金持ちになったら、絶対あいつらに復讐してやるんだから!」
ナコねーちゃんの瞳に炎が瞬くのが見えた。
この子の原動力は実家への恨みか。エルの存在も彼女の心に生きる希望を与えているのだろう。エルが死んでしまったら、彼女の心はどうなってしまうのだろう。
「あー、腹ペコ。エルが見つけてくれた、肉食べようよ。肉なんて久しぶりだよ。お手柄だね。朝のパンと煮豆がまだ残ってるから、一緒にたべよ!」
俺とナコねーちゃんは半分の串焼きを二人で分けて食べた。
ねーちゃんは「見つけたエルがたくさん食べなよ!」と言い、俺は「1日出かけて疲れたナコねーちゃんが食べなきゃ」とお互い譲り合った。
結局二人できっちり半々にして食べた。
肉の量は足りなかったが、ナコねーちゃんと話をしていると心がぽかぽかして気分が良くなった。久しぶりに家族の温かさに触れた気がするひと時だった。