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77 ミーファ婚約する?

「マリさん、公爵様の御前ですよ。押さえて下さい」


と、振り向いて、マリさんに声をかける。


「しかし、お姉さまを愛妾になどとは。とても許せることではありません」


と歯を食い縛り、ギリギリと音がする。


「もう少し話を聞きましょう。それからです」


と公爵様に向き直る。


「まだ、決定ではない。このままではそうなるという話をしている」


「それを公爵様はどうお考えですか?」


「私はもちろん反対だ。賛成できるわけはない。いいか、王太子殿下の婚約者の一人は私の娘なのだ。この娘は殿下の第一婦人に内定している。つまり次の王妃だ。第二夫人は、中立派の公爵家の娘に決まっているが、この家は大して脅威にはならない。そこに『愛妾』とは言え、お前のような人間が入ってみろ。波乱の予感しかしない。正直何が起こるか予測がつかない。お前と言う強力な『武力』を手に入れた王太子殿下が次に何をすると思う?」


「分かりません」


「お前を使って、敵対する人間の粛清、暗殺を目論むかもしれない。その中には私の首もあるかもしれない。あの、暗い目をした陰気なお方は、今は従順だが、何を考えているのか分からないところがある。あの方に『お前』のような大きな力を与えるのは危険だ」


「私はそんなことに絶対に協力はしません」


「デーゲンがどう考えるかは関係ない。あの方がそう出来ると思ってしまう事が問題なのだ」


自分の娘婿に対して、ずいぶんと酷い言い方をすると思った。


「それは、王太子殿下に不敬な言い方では無いですか?」


と訊いてみる。


「私はここが『私室』だと言った。ここでの発言はどこにも洩れない。お前たちが他所に話さない限りはな。この話がよそに知られるという事はお前たちが喋ったと言いう事だ。その場合はお前たちが裏切り者だと分かる。それで私はお前たちに、それなりの対応をすることになる。お前がいくら強くても、やりようはいくらでもあるのだ。頼むから私にそんな手間をかけさせてくれるなよ」


と公爵様はいつになく鋭い目線を私たちに向ける。


「いいか、この場を設けたのは、私のお前に対する誠意だ。お前はまだ私を信頼できていないだろうが、私はお前の実力と人間性を高く買っている。お前は自分の仲間を決して見捨てられない人間だ。昨夜その侍女の命を救った事も暗部の女官から聞いている。その優しさはお前の美点でもあるが、付け込まれる弱さでもある。

この世には手段を択ばない人種が大勢いる。もちろん私も時に手段を選ばないことは有る。しかし、それは私欲を満たすためではないと私は自認している。この理不尽な世界では、大きな善を成すために、小さな悪を飲みこまなければならない事もあるのだ。まあ、今のお前に言っても分かりはしないだろうがな。ただ、これだけは言える。お前が今のお前のままでいる為には、独りで孤立して生きることは許されない。今のお前に必要なのは、お前の意思を守れる強い後ろ盾なのだ」


と、公爵様の口からは情熱的な言葉が綴られる。


「まあ、相変わらずお口の上手い事」


と小馬鹿にするようにマリさんが言う。


「お姉さまお気を付け下さいませ。このように、政治で人を操る輩は、とても口が上手いのです。信用して言いなりになっていると、ある日突然切り捨てられますよ。この私の様に」


「お前のはただの自業自得だ。私が今までどれだけお前を庇ったと思っている。お前が最初にいた暗部の組ではお前が使い物にならないから『処分』しろと言う話も有ったのだ。それを今の組に移してあの女官に矯正するように命令したのはこの私だぞ。つまり、お前の最初の命の恩人がこの私だ。それを何だこの恩知らずの馬鹿猫め!」


と公爵様がいつになく感情的になっている。


「ちょ、ちょっとお待ちください。暗部とは?皆一体何の話をしているのですか?」


と、話についていけずに、戸惑うマリスさん。


ゼルガ公爵様は彼に何も教えて居なかったのでしょうか?


「お前には話していない事も多い。お前は五男だからな。特に家の中でも役割を求められることなく自由に生きてきた。できれば私もお前にそういう生き方を続けさせてやりたいと思っていた。しかし、それもここまでだ。今後はお前にも相応の義務を課すことにする。その為に今日、ここに同席させた。分からなくてもいい。しばらくそこで、私の話を大人しく聞いていなさい」


と、あまりマリスさんを相手にしない感じで、素っ気なく公爵様は言う。


「それより、今はこの馬鹿猫だ。よくも私に今の様な生意気な口がきけたものだ。図に乗るな!」


「はっ、もう、あなた様は私の主ではありません。と言うより、そもそも本来、王国の暗部が一公爵家の支配下にある事がおかしいのです。今の私の主はミーファお姉さまです。もし公爵様が卑怯な手でお姉さまを篭絡しようとしているなら、私はこの命を捨てて、お姉さまをお守りします」


「だから、そのお前の主が窮地に至らぬように、この場を設けているのだ。状況をよく考えろ!そうやってむやみやたらと、誰にでも噛みつくな。それで『処分』されそうになった自分の過去を思い返してみよ!」


「マリさんも公爵様も落ち着いてください。もう少し冷静に話をしましょう」


と二人を取りなす。


「私は冷静だ。ただ、この馬鹿猫の言い方があまりに理不尽なので、一言いいたくなっただけだ。お前たちはこの私が、なんの感情も持たない石木だとでも思っているのか?私にも誇りや感情がある。物の道理もわきまえない小娘に、あしざまに非難される言われはない!」


「それならいかがします?私を『処分』なさいますか?」


「だから、そう極端な事を言うなと言っているんだ。目の前の事実だけを見ないでその裏にあるものを見極めろ!お前の失態を使って、責任を取らせる形で、お前をこのデーゲンの盾の一枚に据えた。その私の配慮にお前は気付いても居ないのだろう。暗部に指令をだせるのは私だけではない。私は王家の代理として暗部を統括しているに過ぎない。王家の人間なら誰でも暗部を動かせるのだ。暗部組織の一員としての役目なら、命令によっては、お前はデーゲンに敵対しなければならない事もあるのだ。その命に反したらすぐに『処分』されるだろう。

しかし、お前の主がデーゲン一人ならどうだ。他の何も気にせずにお前はデーゲンの為だけに戦えるのではないか?それが分かっているのか?自分が切り捨てられたとギャーギャー騒ぐ前に、今の立場が自分に何をもたらすかをまず考えて見よ。普通はこんな話は、私が説明する前に自分で察しなければならない事だ。それで本当にやって行けるのか?むしろ、私はお前をデーゲンに付けてしまったのが、自分の判断違いでは無かったかと不安になってきたぞ!」


と一気に話してから、公爵様は、目の前の茶器の取手をつまみ、お茶を口に運ぶ。


そのお顔が上気して赤くなっている。


確かに、私はこの人がいつも何か企んでいると思って、警戒ばかりしていた気がする。もちろんこの人が今までしてきた事を考えたら、信用できないのは当然だけど、それを態度に出し過ぎていたのかもしれない。公爵様も人間だから、それで傷つくこともあったのかもしれない。


もしそうなら、少し申し訳ない気がした。


「その配慮には……感謝いたします…」


と、公爵様の言葉に戸惑いながら、マリさんが口を開く。


「しかし、あなた様は私が暗部でどんな目に会ってきたかご存じないでしょう。それも、あなた様の命令によってです。あなた様は自分に都合の良いことは覚えていても、都合の悪い事はあまり覚えていらっしゃらない。いえ、私はただの遊戯の駒にすぎません。それは別にいいのです。そういうものと諦めていますから。でも、あなた様がまるで私達暗部の人間に対して、普通の人間に向けるような配慮をしていたかのように話されるのは、少し違う気がいたします」


と、マリさんは下を向く。


「そうか、お前がそう言うなら、それもまた本当なのだろう。しかし、私はそれを詫びる気はない。お前は自分が『遊戯の駒』であるというが、それが何だ。そんなことは誰でも同じだ。この私ですらただの駒にすぎない。まあ、私に直接命令できる人間は居ないから、そうでないよう見えるだけだ。我らは皆、運命という盤上にある一介の駒にすぎないのだ。その盤上で出来るのは、運命に抗うか諦めるかのどちらかだけだ。お前は抗う駒か⁉諦める駒か!?自分の意思を持つ者か⁉捨てる者か⁉一体、そのどちらを、お前は選ぶのだ⁉」


「わ、私は、抗いたいです…」


と顔を上げたマリさんの目から涙がこぼれる。


「そうか、それならこれよりデーゲンの為に存分に尽くせ!それがお前の本分と知れ!それがお前の今生きる意味だ!」


「…はい…」


と、結局なんだか分からないうちに、マリさんはゼルガ公爵に丸め込まれている。


やっぱり、公爵様は口が上手いと冷めた頭の中で思った。


感情に直接訴えかけてくる話し方をする。


やはり、こういう人でないと人の上には立てないのかもしれない。


これは、私ではとてもかないそうにない。


でも、わたしの無感覚な心に公爵様の言葉はあまり響かなかった。


なんでこんな当たり前のことを、いちいち大げさに大声で言うのだろうと、逆に不思議な気持ちになっただけだ。


世の中が理不尽なのは当然だし、みんな、生きる為に普通に毎日戦っている。


公爵様が今言ったすべては、普通に生きている人間がただ『生きている』と言うだけで、当たり前に日々やっていることだ。それを、あえて言葉にして言い立てることに、何の意味があるだろうか?


また、それに言いくるめられているマリさんの『感情』もどこから来るのだろう?


私には無い『感情』だ。


目の前で話をしている人たちと私の間に、底の見えない深い谷の様な物が長々と横たわっている気がした。


自分がこの世に独りぼっちでいるような、孤独で寂しい気持ちになる。


脳裏にガルゼイ様の顔が浮かぶ。


(そうか…)


なぜ私がガルゼイ様に惹かれるのかが、分かった気がした。


(似ているんだ…私と…)


ガルゼイ様も他人が情熱的に話すのを、何を考えているのか分かない薄笑いで見つめていることがよくある。


まるで自分がこの世界の登場人物でなく、それを外から眺める観客であるかの様な態度で話したりする。


私も自分がこの世界の『よそ者』であるような感覚を、いつも心のどこかに感じている。周りの人が真剣に話すのに合わせて微笑んでうなずいてみるけど、そういう他人の言葉はいつも私の心を上滑りしていく。


(会いたい…)


また、ガルゼイ様の情けない泣き言を、そのすぐ側で聞きたいと、心の底から思った。


そんな、私の顔を公爵様がじっと見つめているのが分かった。


まるでその目に今の心の底を見抜かれているような気がして、急に恥ずかしくなった。


「随分と前置きが長くなってしまったが、本題に入ろう」


と落ち着いた様子で公爵様が言う。


マリさんもさっきまでとは打って変わって、大人しくなっている。


「第一の騎士団長から、今日話はあっただろう」


「はい、聞きました」


「王太子殿下はお前との茶会をご所望だ。これを断ることは出来ない。もし、お前が茶会に出たら、デーゲン家再興をエサに、『愛妾』になることを求められるだろう。デーゲン家再興と言ってもただ一人の生き残りのお前が殿下の愛妾になるなら、その再興した家は実質名ばかりの存在でお前とは関係ない物になる。まずはお前の名で家を再興しお前は貴族に復帰する。適当な小さい領地を与え、そこに年嵩の領主代行を据える。お前が宮殿に入る時に、その領主代行が正式にデーゲンの名を受け継いで領主に就任し、お前は『元』デーゲン家の人間となる。と言う流れだ」


「何とかお茶会に行かないで済む方法は無いのでしょうか?例えば病気になるとか」


「昨日あれだけ大暴れをしていた人間が病気だと?殿下に喧嘩を売るも同然だぞ」


「では、どうすれば?」


「幸い、今、お前には殿下の前に出られるような会服などが無い。唯一の物は昨日駄目になったからな。それに、あの服が無事だったとしても一度着た服で殿下の前に出るのは不敬でもある。よって、新しい服を仕立てているという名目で時間は稼げる。それでも一月だ。殿下も、ちゃんと会ったことも無い人間にいきなり『愛妾』になれとは言ってこないだろう。まず、お茶会で話をして、お前が使える人間か見極めに掛かるはずだ」


「それなら、そのお茶会で私が失態を演じれば…」


「お前は演技が下手だ。余計な事はしない方がいい」


「それなら、私は殿下の愛妾になるしかないと?」


「それを、断れる方法が一つある」


「その方法は何でしょうか?」


「簡単だ。愛妾の話が出るより先に、他の誰かと婚約をしてしまえばいい」


「こっ、婚約⁉」


予想外の言葉に、驚いてしまった。


「そうだ。そして、その相手は今お前の目の前にいる、このマリスが適役だ」


「えっ、私ですか?」


と、マリスさんも驚いている。


「私には好きな人がいると!」


と、とっさに私はそれに反論しようとした。


「ヘーデン家の悪童だろう。知っている。それにしてもなぜ『アレ』なのだ?お前ならどんな男もよりどりみどりだというのに、数いる男の中で、よりにもよって『アレ』か?男の趣味が悪いにも程があるぞ」


「大きなお世話です!あの方の良さは私にしか分からないのです!」


公爵様の言葉に思わずムキになってしまった。


「えっ、お姉さま想い人が?しかもそれがあの黒髪のクソガキと?」


と、マリさんまで駄目出しに参戦してくる。


「お前は話に入って来るな、余計にややこしくなる」


と、公爵様がそれを突っぱねる。


「ぐむむむむ…」


と無念の表情でマリさんが口を閉じる。


「どうせ婚約するなら、私は…」


「駄目だ!ヘーデン男爵の子では駄目なのだ」


「なぜです!」


「よく考えろ。あ奴は、己の不始末で廃嫡されている。そんな者との婚約が王太子殿下の申し出を断る理由になると思うか?下手をしたら、殿下に逆らった咎でヘーデン男爵家が取り潰しになるかもしれないぞ」


「そんな…」


「殿下の申し出を断るには、それなりに力のある家の後ろ盾が必要という事だ。幸いお前とマリスが日頃から仲良く交流をしていたことは世間に知れている。昨日の晩餐会でも二人で参加していた。この二人が実は愛し合っていて、将来を誓う仲だったという話は、説得力がある。お前たちがすぐに婚約をして、この話を世間に広めれば、いかに王太子殿下と言えど、それを横取りするような真似は出来ない。もしそれをすれば殿下の評判は地に落ちる。そこまでしてお前に執着はしないだろう。これ以外に手は無いのだ。理解したか⁉」


と私に考える時間を与えないように、公爵様が畳みかけて来る。


私の頭に一つの疑念が浮かんだ。


「公爵様……、公爵様は王党派で、王太子殿下のご性格はよくご存じですよね」


「それほどではない。私はあくまで臣下だからな。顔を合わせるのも、たまの事だ」


「公爵様は、なぜ私をあの晩餐会にお呼びになったのですか?」


「お前には魔剣闘士として初試合が迫っている。その宣伝だ。お前の美しさを皆に周知させるお披露目の意味があったのだ。何を言っている?」


と、公爵様はとぼける。


私の疑念は確信に変わる。


(この方は殿下が私に執心することが分かっていた…。それなのに私をあの晩餐会に呼んだ。それは私をこの状況に追い込むため。それが分かっていても、今の私には選択肢が無い)


悔しくて歯を食い縛る。


ゼルガ公爵様が、人の良さそうな胡散臭い笑顔を私に向けている。


ここで、証拠の無いことを言い立てても意味がない。


私の妄想として片付けられてしまうだけだ。


(やられた…)


やっぱり、この人は油断できない。


あの時命を助けたのは、間違いだったのかもしれない。


「婚約と言っても、名目上のことだ。お前にその気が無いのなら、殿下の熱が冷め、ほとぼりが冷めた頃に、婚約を解消すればいい。婚約したからと言って必ず婚姻しなければならない事は無いのだ。不仲で途中で別れる者も多いしな。

先日別の舞踏会でも、ある侯爵令嬢が公衆の面前で婚約破棄をされていたな。相手はミスラン派寄りのユーム公爵家嫡男だ。なんでも、その侯爵令嬢は自分の婚約者と恋仲の男爵家の令嬢を、階段から突き落として殺そうとしたらしい。なかなか面白い茶番だったぞ。しかし、あの侯爵令嬢のした事になんの非があるというのだろうな?殺して当たり前では無いか。あの、体たらくではユーム公爵家はもう長くはないな」


「そんな話はどうでもいいです。婚約を結んでも、後で解消させてくれるのですね?」


と確認する。


「ああ、私は嘘はつかない。約束する。お前たちが本当に婚姻を結んで、デーゲンが私の娘になってくれればそれはそれで嬉しいがな。もし、お前たちが結婚するなら、適当な爵位を与えて、かつてのデーゲン辺境伯領の比較的治安のよい場所を割譲してやるぞ。そこをお前たちで治めて平和に楽しく暮らすのもいいのではないかな?強制はしないが、そういう未来もあるという話だ。まだ時間はある。よく考えておいてくれ」


と、背もたれに身を預けた公爵様は上機嫌で言う。


「それなら、私はこの話をガルゼイ様に伝えないと…」


「それは絶対に駄目だ!」


とすぐに私の言葉は拒否される。


「事は王家に関わる。その者がそれを知って、どこかで口を滑らしたら、その者も我等も大変な事になるぞ。この話はここに居る四人だけの胸の内に収めるのだ」


「そんな…」


「ヘーデン家の長子は来年十五で成人らしいな。バルドより聞いた。あれも一応は人の親らしい。子の行く末を少しは気にしていたぞ。あの長子の不始末はまだ成人前の話だ。それで一生を棒に振るのも気の毒だ。来年、成人を迎えた時に、また嫡男に戻してやるのもいいかと考えているところだ。

あの者がまた嫡男に戻って、何か功を上げたとしたら、お前との婚姻も叶うかもしれないな。それまで希望をつないで待つのも、いいのではないか?もしその間に、あの者が別に女を作って好き合ったとしたら、お前とはそれだけの関係だったと言うことだ。それ以前に、お前は、あの者の気持ちを確かめたのか?お前たちは将来を誓い合っているのか?」


「いえ、これは私の一方的な想いで…」


「答えは出たな。未来に希望をつないで今を耐えるのだ。仮の婚約者とは言え、仲が良い所を周りに示さないと、『偽装』がバレてしまう。お前とマリスは定期的に人目に触れる場所に出かけて仲の良さを周りに示してもらうぞ。」


「………」


何も言い返せない。


何もかもが公爵様の手の平の上みたいで、癪に障る。


マリスさんが心配そうに私の様子を伺う。


「急にこんなことになって、僕も驚いているよ。それにしても君に想い人がいたなんて、そっちの方が驚いたな。ははは…。困ったな。僕は少し席を外させてもらっていいかな…」


と言って、マリスさんがふらふらと立ち上がって部屋を出ていく。


それを公爵様が目で追う。


「あれも不憫な奴だ。デーゲン。マリスのお前への気持ちを気付いていたか?」


「えっ?マリスさんはマリさんを好きなのでは?」


「はあ!?」


と、マリさんが大声を出す。


「一体、何をどうひっくり返せば、そういう話になるのです!?私とマリスさんがお姉さまを巡って、あれだけバチバチやり合っていたのに、全く気づかなかったのですか?」


「いや、マリさんとマリスさんがとても仲がいいので、むしろお二人が好き合っているのかと…」


「…こっ、このっ!ぼんくらー!」


マリさんが怖い顔で私の悪口を言った。


マリさんに悪く言われるのは初めてで、新鮮な感じがする。


公爵様も眉間を親指と人差し指で押さえて、難しい顔をしている。


そして、


「本当に不憫な奴だ…」


とだけつぶやいた。

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