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70 ナコの鍛錬2

全身の痛みで目が覚めた。


(立たなきゃ…。ドグラはどうなった?)


あたしは首を上げて辺りを見回した。五メルスも先に奴が横倒しで倒れているのが見えた。


頭のこぶの真ん中がパックリと縦に割れて血が流れていた。


即死みたいだった。


(やった…。勝った…)


と、安心して、目の前が暗くなった。


瞼が自然と落ちてきて、それ以上眠気に逆らえなかった。


意識が暗闇の底に引きずり込まれてゆく。


そして…


どれくらい時間が経ったのだろうか。


何かの動く物音で目を覚ました。


ぴちゃぴちゃ…


みちみち…ぶちん!


動物が何かを咀嚼しているような音がする。


頭がもうろうとした状態で考えた。


(なんだ…?)


と、ドグラの倒れて居たあたりに目を向ける。


ドグラの大きな体の周りにうずくまる、同じくらい大きな肉の塊が三つあった。


よく見ると三つの肉塊はうずくまった人間の様に見えた。


いや、人間の様にというのは言い方が違う。


頭と手足があって、胡坐をかいている感じだけど、その姿はどう見ても人間のものでは無かった。肌が緑色で、体の太さがが普通の人間の五倍くらいある。


こちらから見えている後頭部には毛がほとんど無く、体の分厚い皮にひだの様なしわが横に何本も走っている。


腕が太くて力が強そうだ。


その人間もどきの横には木の根っこのような、無骨な棍棒が置いてある。


そいつら三人?三体?は夢中で何か食べている。


食べているのは、あたしが仕留めた、ドグラのようだった。


(あたしの獲物だ!)


と、正体不明の連中に腹が立った。


あたしは体を起こしてその場に立ち上がる。


「おい!てめえら!何してやがる!人の獲物を勝手に食うんじゃねーよ!」


とそいつらに向かって声を上げた。


そいつらは首をひねってこっちを見た。


変な顔だ。


なんだか、茹でた肉団子に無理やり目と鼻と口を付けたような不細工な顔をしてる。


あんな変な人間は見たことが無い。


こいつらは人間じゃないはずだ。


じゃあ、一体なんだ?


まあ取りあえず今はどうでもいい。


今問題なのは、奴らがあたしの仕留めた得物を勝手に食っているという事だ。


その三匹?はあたしの声に振り向いたけど、すぐにこっちに興味を無くした様に食事を続ける。


言葉が通じている感じは無い。


どうする?


あいつらが完全に敵対するならぶっ殺すけど、獲物を取られたくらいでは、殺すほどの事も無い。言葉が分からないなら、あれが私の獲物と分からなかったのかもしれない。


気を失ってた、あたしにも責任はある。


どうしたらいいか分からなくて、あたしはそのまま突っ立て見ていた。


じきに奴らは食事を終えて満足そうにげっぷをした。


それから、その三頭はまた首を回して、あたしの方を見た。


それで、ゆっくり立ち上がる。じっとあたしを見ている。


こいつらは服を着ていない。


三頭ともオスみたいで、股間に人間のと同じ感じの、チ●コがぶら下がっている。


あたしは痴女じゃないけど、ついその部分を見てしまう。


体の大きさの割にちっさい。


「ちっさ!」


とけなすと、三頭が不意に吠え始めた。


「ごあっ!ごあっ!ごあっ!」


「ごあっ!ごあっ!ごあっ!」


「ごあっ!ごあっ!ごあっ!」


と三重奏だ。


まさか、あたしがけなしたのを分かったわけじゃ無いよね?


すると、三頭のその股間の粗末な物がむくむくと大きくなって天に向いて立ち上がってきた。


「ぶふー!」


と、臭そうな息を吐き出して、口を開ける。


恐らく生まれてから一度も磨いたことのないような、尖った汚い茶ばんだ歯が口の中に並んで見えた。


こいつらは両手を大きく広げて、じわじわとあたしの方に迫ってきた。


(あー、つまり、てめえらはこのあたしに欲情してるってことで、いいんだね)


ふざけた奴らだ。


「ぶちのめす口実をくれてありがとよ」


と、先頭の奴に向けて走る。あたしの顔の前に突き出されている汚いもんに向けて右の正拳突きを食らわせた。


(あっ、しまった!)


ついうっかり、『ジン』を練り忘れて、いつもの感じで普通に殴ってしまった。


「ごはー!」


と先頭の奴は呻いて自分股間を押さえる。


急所だから『ジン』無しでも、結構効いたみたいだ。


「もう一発!」


と今度は、少し『ジン』を練った一撃をかがんだ顔にお見舞いする。


そのあたしの腕を隣の奴が、でかい手でつかむ。


思ったより動きが早くてとっさに避けられなかった。


(マズイ!)


と思う間もなく、そいつはあたしを振り回してそのまま放り投げた。


軽々と飛ばされたあたしは空中で自分がどこに飛んでいくのかを確認した。


視界の中に泉の水面が見えた。


そのまま水面に顔から突っ込んだ。


(いってー!)


顔を思い切りひっぱたかれたみたいに痛かった。


水中で目を開けると水面が輝いて見えた。


脚をばたつかせて、水面に浮きあがって、息をする。


三頭は、一頭が股間を押さえていて、もう一頭が、あと一頭の頭を拳骨でぼこぼこ殴っている。殴られて

いる奴は頭を押さえてそれを防ごうとしている。


(あー、あたしを投げたから折檻されているのか。死んだらやれないもんね)


泉の淵まで手足をばたつかせて泳いだ。


ちゃんと泳ぎを習った事は無いけど、小さい頃から川でおぼれながら遊んでいたから、何となく泳ぎは出来る。


あたしが水しぶきを上げて泉から上がると連中はこっちを向いて、


「ごあっ!ごあっ!ごあっ!」


と三重奏でおんなじように迫ってきた。


「コー、ヒュー、コー、ヒュー」


と今度はちゃんと『ジン』を練る。


すると、またさっきの感覚が蘇ってきた。


頭のてっぺんから何かが注ぎ込まれるような感覚が有って、下腹部で『ジン』が渦を巻き始める。

それを両方の拳に集める。


(完璧に覚えたよ!)


さっきは右肩に子供の手を感じたけど、今回はその手は感じない。


あれは、あたしの危機に『エル』があの世から力を貸してくれたんだと思う。


きっとそうだ。


この技はあたしとエルが一緒に完成させたんだ。


「クズ共、どっからでも来やがれ!魔獣だけじゃなくて、対人戦の実践までやらせてくれて、あんがとね!」


迫ってくる先頭のやつの腹のど真ん中に、『ジン』しっかり乗せた一撃を叩き込んだ。


ぼごん!とすごい音がして、腹の脂肪が体の外に向かって大きく波打つ。


「ごっはー!」


と叫んでそいつは前に倒れて、地面をのたうちまわる。


殺せなかった。


腹の肉が厚すぎて、『ジン』が大分散らされてしまったみたいだ。


もっと固い部分に当てないと駄目だ。


隣の奴のでかい足の先があたしの脇腹に迫って来る。


蹴られる直前に体の横に『ジン』を集めて備える。


また、あたしの体は吹っ飛んで行った。


今度は泉の横の大木の枝にぶち当たって、そのまま下に落ちる。


『ジン』で守っていなかったら、全身の骨がばきばきに折れてるところだった。


すぐに立ち上がって、また、呼吸を練る。


残りの二頭がどかどかと足音を響かせて、迫って来る。


こんな状況なのに、二頭ともまだ股間の一物を元気に立ち上げているのが笑える。


「あたしって、そんなに魅力的?」


と奴らに笑いかけた。


先頭の奴が今度は大きな腕で両方から挟み込むようにして、あたしを掴みにかかる。


今度は、目の前に来たこいつの左ひざに振り下ろすように拳を食らわせた。


膝の骨の砕ける感触が拳に伝わってきた。


「どうだ!」


逃げようとするけど、こいつは膝を砕かれながら、両腕であたしの体をしっかりつかんでいた。そのままギューギュー握りしめて、地面に転がりながら振り回す。


あたしは地面にこすられて全身が泥まみれになった。


それからまた、こいつはあたしから手を放して自分の膝を押さえてのたうち回る。


残った一頭は、その様子を見て、あたしに背を向けてどたどた離れて行く。


(逃げる?)


と思ったけどそうじゃ無かった。


こいつはさっき自分らがドグラを食べて居たあたりに置きっぱなしにしていた、木の根っこの棍棒を一本づつ両手に持って戻ってきた。


長い両腕にさらに長い棍棒を持ってぶんぶん振り回しながら迫って来る。


さすがにこいつの一物は小さくなっていた。


「あたしに、びびったね!」


と少し満足な気分になった。


チ●コをおっ立てながら戦える相手じゃないってやっと理解したみたいだ。


でも、この棍棒は厄介だ。懐に入らないと、攻撃が通らない。


なら、この邪魔なもんから先に無くしてしまおう。


奴が振り回す棍棒を拳で迎え撃つ。


棍棒がバラバラに砕け散った。


でももう一本の棍棒でふっ飛ばされた。


一つ防いでも、どうしても次の攻撃を貰ってしまう。


今度は横に飛ばされて、さっきの大岩に背中がぶつかって止まる。


さすがに息が詰まった。


疲れてきた。


膝が、がくっと抜けるようになって、力が入らない。


『ジン』は練れるようになったけど、あたしの体力の方が駄目っぽい。


あたしは、大岩のてっぺんになんとか飛び上がった。


大岩の上で呼吸を整える。


『ジン』が充実してるけど、脚ががくがくと痙攣し始めている。


もっと走って鍛えて置けばよかった。


爺様がいつも言っていたのに、ちゃんと聞いて鍛錬して無かったのを少し後悔した。


実戦は訓練と違って、何倍も疲れるってことがよく分かった。


今分かっても手遅れなんだけどね。


でも、この最後の奴だけは何とか仕留めてやる。


真っすぐ振り下ろされる棍棒を右で迎え撃つ。


棍棒が砕ける。


勢いそのままに緑の変な奴はあたしの目の前に顔を突き出していた。


その眉間の真ん中に渾身の左正拳突きを真っすぐ叩きつけた。


拳の下で分厚い岩が砕けるような感覚があった。


やつの頭が真ん中からあたしの拳の形にへこんでいた。


頭を砕かれて、最後の奴はその場で崩れ落ちた。


あたしも、大岩の上でへたり込む。


残りの二頭は戦う気が無くなったみたいで、地面を這いずって弱々しく逃げていく。


(勝った…)


と、ほっとする。


けっこうギリギリだった。


これからはもっと基礎体力を鍛えよう。


二匹は這いずりながら森の奥に向かっていく。


「ごあっ!ごあっ!」


「ごあっ!ごあっ!」


と、森に向かって吠える。


すると、森の木々が騒めいた。


地面に落ちた小枝を踏みながら、何か体の大きな動物がやって来る気配がした。


一頭じゃない。


何頭もの何かが木々を揺らして、近づいてくる。


ガサリと木の枝をかき分けて、それが姿を現した。


(ああ…、参ったね…)


茂みから姿を現れた奴は、緑の人間もどきだった。


あたしがやっつけた奴より一回り体が大きい。


それが五匹もぞろぞろと出てきた。


「ごあっ!ごあっ!ごあっ!」


「ごあっ!ごあっ!ごあっ!」


とあたしがやっつけた奴が、何か訴えている。


(拙いなあ…)


さすがにもう戦えない。


だからって、このまま死ぬ気は無い。


後から現れた緑の不細工たちは大岩の上のあたしを取り囲むようにじりじりと近づく。


どいつもこいつも手にぶっとい棍棒を持っている。


あたしは、大岩の上に立ち上がった。


呼吸を整えてまた『ジン』を練る。


疲れた体が熱く火照って来る。


こいつら全部を倒すのはさすがに無理だ。


でも、最初の一匹は必ず殺す。


それで、残りの連中がビビッて逃げてくれないかなぁと、都合よく考えた。


「来い!」


と腰を落として、両方の拳を腰の横に引き絞る。


「コー、ヒュー、コー、ヒュー、フッ!」


と呼吸を強くする。


体がはちきれるくらい、全身に『ジン』がみなぎっている。


連中はそんなあたしの姿をしばらく見つめてから、二三歩後ろに下がった。


(ビビった?頼む、そのまま逃げてくれ!)


と期待を込めて連中の様子を伺った。


でも…。


(最悪だ…)


緑の不細工たちは、泉の周りにごろごろ転がってるでっかい石を拾って、あたし目掛けて振りかぶってる。


その、投石器みたいな長い腕が、ビューンとすごい勢いで、あたしの頭ほどの大石を投げつけてきた。

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