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68 ミーファの宿敵

箱マ荷車が王宮に到着したようだ。


内宮の入り口で車を降りる。


ここから、長い階段を登って晩餐会大広間の入り口に登る。


結構長い階段なので夜会服の重たい女性は同伴者の腕をしっかりつかんでないと、よろけて下まで転げ落ちてしまいそうだ。


入場に爵位の順番の様な物はなく、到着した順に、皆自由に会場入りをしている。


私達も大広間の入り口に立ち中を見回した。


まばゆい水晶ばかりを合わせたような豪華な照明が、高い天井から金の鎖でいくつも下げられている。


壁にも魔石の照明がたくさん設置されていて、昼間の様に明るい。


貴族の夜会は財を誇る為に、貴重な魔石をたくさん使って、なるべく部屋を明るくすると聞いたことがある。


夜会の会場が薄暗いと、それだけ他の貴族に馬鹿にされてしまうらしい。


二人して中に入ると、一人の女性がいそいそと私に近づいてきた。


マリエル母様だった。


「まあ、ミーファ!なんて美しいの。ずいぶん会えなかったけど、元気でやっているの?心配していたのよ」


とマリエル母様が涙ぐんで目の前に立つ。


「はい、マリエル母様。私は元気です!男爵夫人になったそうですね。おめでとうございます」


と、その手を取って、両手で握りしめた。


私も思わず泣きそうになってしまった。


マリエル母様の後ろからバルドさんとメダス伯爵のロイスさんがゆっくり歩いてくる。


「こら、マリエル、そんな速足ではしたないぞ」


と、メダス伯爵が軽い感じでたしなめる。


「だって、娘に久しぶりに会えたのよ」


と、母様がそれに振り向いて言う。


「その言い方はやめろ。人に聞かれたらどうする」


と不機嫌にバルドさんが注意した。


「ふん、あなたには言っていません」


と棘のある言い方で返す母様。


「始めまして。私はゼルガ公爵家五男のマリス・リース・ゼルガです。ミーファさんとは仲良くさせていただいています。今日は舞踏会の同伴者を務めさせていただける栄誉に感謝いたします」


と礼儀正しくマリスさんが皆に挨拶をした。


「こっ、これはご丁寧に。私はメダス伯爵の、ロイス・リース・メダスです。身内の不調法をお許し下さい」


「バルド・リース・ヘーデン男爵です。よしなに」


と男性二人が深く頭を深く下げる。


「マリエル・リース・メダス・ヘーデン男爵夫人です。御前での無調法を大変失礼致しました。心より謝罪を致します」


と母様も淑女の礼で深く腰を落として頭を下げた。


「ああ、今日私はミーファさんの一友人としてここに居ます。堅苦しいことはやめましょう。どうか身内を迎えるように、気楽にしてください」


と、困ったようにマリスさんが言う。


こうして他の人の対応をみると、やっぱりマリスさんは偉い人の子供なのだと改めて、感じる。


いつもマリさんと一緒に軽口を叩いているけど、いいのだろうかと言う気持ちになった。


「私もマリスさんに馴れ馴れしくしない方がいいのかしら…」


と、独り言を小さな声で呟くと、しっかりマリスさんに聞かれていた。彼は大げさに自分の顔を押さえて天を仰ぐ。


「ああ、ミーファ、やめてくれ!今更君に距離を取られたら、僕は悲しくて死んでしまうかもしれないよ」


と言いながら指の間からこっちを見て笑っている。


「また、冗談ばかり。マリエル母様。この人はこういうふざけた人なんです。だから気なんか使わなくていいですよ」


と言うと、母様はなぜか複雑な様子で悲しそうに『ええ、そうなのね…、あなた達、とても仲がいいのね』とだけ言って頷いた。


その、悲しそうな表情の意味が分からなくて私は、自分が何か変な事を言ってしまったのかと不安な気持ちになった。


「やあ、揃っているな」


と、秘書の男性を後ろに従えた、ゼルガ公爵が姿を現した。


皆で、公爵様に深く礼をする。


私とマリエル母様も、淑女の礼で深く頭を下げる。


「おや?デーゲン君が私に淑女の礼をしてくれるとは、珍しいことがあるものだ。これは明日雪が降るかももしれないぞ」


とゼルガ公爵がふざける。


マリスさんが『ぷっ!』と吹き出す。


「公爵さま!人聞きの悪いことを言わないで下さい!近衛騎士団の鍛練場とここでは、話が違うではないですか!」


と下から公爵様を睨む。


「ほら、皆見たか!私はいつもこのように脅かされているのだ。こうして凄まれた夜は、思い出すと怖くて眠れなくなってしまうのだよ」


と更にふざける。


「それは恐ろしい事ですな。『白銀の光巫女』様は無敵ですから」


とバルドさんが公爵様に調子を合わせる。


メダス伯爵のロイスさんは、口をぽかんと開けて、そのやり取りに驚いた様子で固まっている。


バルドさんの後ろにいつの間にか、体の大きいロッソさんと言う秘書の人が寄り添っていた。その耳元に何か小声でつぶやいている。


かすかに『ミスラン』という言葉が聞こえた。


「面倒な奴らが来たな。いつもは王家主催の晩餐会には息子か、代理をよこすのにな」


とバルドさんが小声で言う。


「来たのかバルド」


とそれに公爵様が落ち着いた様子で目を向ける。


「はい、何をしに来たことやら」


「私を守れるか?」


「はい、命に代えましもて」


と余裕の様子でバルドさんが笑う。


「まあ、今日奴らが何かする可能性は低いだろう。とりあえず話の相手をしてみようか」


と公爵さまが言って、自分の腰の後ろに両手を回してその場に立つ。


すると会場の入り口から何人かの集団が入って来るのが見えた。


先頭に、背の高い上品なお爺さんがいる。長い白髪を後ろに流して、立派で長く白いお髭を蓄えている。

ゆったりとした、神官の服を着ているけど、肩のあたりに大きな金糸の装飾がついていて、襟も普通の神官服より高くてきれいな飾りがついている。


その上から紫に輝く長服を着ていた。ただ、着ていると言っても袖が無い羽織なので、肩から羽織るようにして紐で留めて身に付けている。


その人から少し遅れてすぐ横に、やはり白髪で白い魔導師服の強そうなお爺さんが居た。


その反対側には、金髪で赤い魔導師服の奇麗な女性。そしてその後ろに、真っ赤な美しい鮮やかな髪で、濃紺の魔法士学生服姿の女性が居た。


あの二人の女性には見覚えがある。


ガルゼイ様を殺そうとした人たちだ。


悪い魔法使いだ。


やっつけないと。


その四人は、私たちの前で正面に立ち止まった。


どちらもかしこまった挨拶などはしない。


「久しぶりだな、ゼルガ公爵」


「ああ、そうだな。ミスラン公爵。こうして顔を見るのは去年の御前会議以来だ。神殿に籠ってばかりでは、退屈にならないか?」


「どこに居ても情報は入る。最近も面白い噂を聞いてな。久しぶりに俗世の集まりに顔を出したくなってしまったのだよ」


「王家の晩餐会にその言い様は不敬だぞ」


「神殿の外は全て俗世だ。特に他意は無い」


「どうだかな。それで、今日は何の用だ。まさか旧交を温めに来たわけでは無いだろう。前置きは要らんぞ。お前と長々話しても仕方ないからな」


「久しぶりに会って、その態度か。少しは社交を身に付けたかと思ったが、相変わらずだな」


「社交も相手を選ぶことにしている」


ここで、ゼルガ公爵が後ろの秘書に何か話した。すると秘書が周りの来客達に何か手で合図をする。それで、周りの人たちは潮が引くように、私たちから離れて行った。


「これで、聞かれる心配はない。だが、あまり大声は出すなよ」


と、ゼルガ公爵。


「ふむ、まあいい、こちらも暇ではない。最近、お仲間を大勢、病死で亡くしたそうだな」


とミスラン公爵。


「白々しい事を。その辺の話は私より、お前の方がよほど詳しいのではないか?」


「やはりそう思っていたか。まあ、私も色々と暗躍はするが、今回の事は関係ないぞ」


「それを信じろというのか?」


「そうだ。お前も内心では分かっているだろう。こういう荒っぽいやり方は私の流儀ではない。今回の事はこのラグナ王国を不安定化させたい勢力の企みだろう。それに乗っては思うつぼだぞ」


「何とでも言えるな。そういえばそちらの神官長も病死したそうではないか。ずいぶん都合よくミスラン派の裏切り者が死んだものだな。今回の事は全てお前に都合よく話が進んでいる。一番得をしたやつが黒幕と考えるのが一番合理的だとは思わないか」


「歳をとったな。こんな策略に乗せられて、国を割る気か。今、そちらの武闘派が何か不穏な動きをしているのにお前は気が付いているのか?知っていて放置しているのではないだろうな?」


「ああ、知っている。今回の事で腹に据えかねている人間は沢山いるのだ。私も抑えられん」


「本気で言っているのか?」


「だったらどうする?」


「愚かな話だ」


「武闘派を押さえるのに何か材料がいる。それを提供できるのか?」


「ふざけるな。自分の関知しないことになぜ責任を取らなければならない。それよりそちらの大義名分は何だ。何もなしにどうやって行動を起こすのだ。まさか、派閥の連中に女をあてがって接待している席で油断をつかれて襲われたから、やり返しますとでも言うのか。そんなもの誰も同情しないぞ」


「理由なんぞ、何とでも付けられる。お前が謀反を起こしたことにすればよい」


「もうそろそろ、言葉遊びはやめよ。わしも疲れて来たぞ。で、結局、どうするつもりだ」


「ふん、どうもせんわ。このまま放置するしかあるまい。ただ、武闘派は押さえないとならない。それには金が要る。お前、半分出せ。それで王都の平和が保たれる」


「まあいい、金で済むなら、出してやる。ただ、今回は貸しだぞ」


「お前も得をする話だ。貸しにはならん」


「図々しい奴め」


「お前ほどでは無い。用事が済んだらさっさと帰れ」


「うむ、そうしたいのだが、炎帝の娘がそっちの魔剣士に話があるようでな。少しいいか?」


「うむ、どうするデーゲン」


とゼルガ公爵様が、こちらを振り向いた。


「ええ、私はいいですよ。私も言いたいことが有りますから」


と答えた。


それに答えて赤髪の魔法使いが、前に出てきた。


「なあ、お前。最近『白銀の光巫女』とか言われていい気になってるらしいな」


「何の話です。また知らない事で勝手に決めつけるのですか。見た目と一緒で頭の悪い人ですね」


「お前も相当頭が悪そうだけどな」


「努力して勉強をしているところです」


「無駄なことはやめちまえ。私には分かるよ。お前は、いつでも人の言いなりになって、騙されて、自分が騙されている事にも気が付かない阿保だ。嬉しそうにご主人様の言う事を妄信して、ハアハア言いながら飛び跳ねる犬っころみたいなもんだよ。哀れだね」


「なにが言いたいのですか?悪口を言いに来ただけなら、これ以上話すことは有りませんよ」


「なあ、あの日お前にふっ飛ばされたせいで、世間ではあたしがお前より弱いみたいな話になっているんだよ。そんな嘘を放置していたら、あたしの沽券にかかわるんだ。分かるよな」


この人は何を言っているのだろう。


「それ、別に嘘じゃないですよね。あなた弱いじゃないですか」


「あれは手加減していた」


「私もですよ。それで、どうしたいんですか?まさか私に街に出て、その噂を否定して回れと?申し訳ありませんが私は嘘が下手なんです。それにヘーデン君を殺そうとしたあなたに、そこまでして名誉を回復してあげる理由もありません。自分の実力をわきまえて今後はあまり大きなことは言わない方がいいですよ」


「うむ、なかなかいい事を言う。少しわきまえよ」


と白髪の白い魔導師服のおじいちゃんがニヤニヤ笑って、赤髪の魔法使いの子を見る。


「混ぜ返すんじゃないよ、爺様」


「いや、わしが常々言いたかったことを代弁してくれた」


「殺すよ…」


「わしを殺せたら、お前が次の『炎帝』だ」


「そんなパッとしない二つ名嫌だよ。もっと違うのがいい」


「何を!炎帝はカッコいいぞ!みんな褒めてくれるぞ!失礼な事を言うな!ばかたれ!」


「みんな、お世辞を言ってるんだってば。偉い人にホントの事なんか言えないじゃんか」


「そうなのか⁉」


と強そうなおじいちゃんが驚いた顔で口をぽかんと開けた。


私はこの会話に口をはさんでいいものだろうか。


「それでだ。あんた今日ここであたしと勝負してくれよ。これだけ偉い人たちがたくさん見ていたら、後で誤魔化したり出来ないだろ?」


と、彼女は胸を張って、腕組をした。


「勝負ですか?」


と私は自分の腕にはまっている『魔封じの腕輪』を見た。


彼女たちも、皆同じ腕輪をはめている。魔法使いや、身体強化の使える人間が王宮に来る時は皆この腕輪をはめられる。そうしないと危なくて偉い人の前に出ることは出来ないみたいだ。


『魔封じの腕輪は』、魔鋼と神銀という特殊な金属を使った合金で、製法は王家に秘匿されているという話だ。この腕輪を付けた人間は体内の魔力を練れなくなり、魔法や身体強化が使えなくなる。私も今は身体強化が使えなくなっているので、この固い金属を能力で外したり壊したりは出来ない。


…という事になっている。


「ああ、これかい?こんなものは…」


と言って赤毛の彼女は『コー、ヒュー』とゆっくりの呼吸を繰り返し始めた。


そして、右手の平を反対の手の腕輪の上にかざして、


「ふっ!」


と強く息を吐いて、軽く腕輪を叩くと、腕輪の留め金が壊れて下に落ちた。


「ほらね」


と、赤髪の子は私に目を合わせた。


「魔力は練れなくなるけど、『ジン』は自由に使えるんだなぁ」


と自慢げに言う。


『ジン』って何?


始めて聞く言葉だ。


彼女はもう片方の腕輪も同じように外す。


バルドさんと、ルッソさんが公爵様の前に出る。


「ああ、大丈夫ですよ」


と私がそれをとどめる。


私は右手で左手の腕輪を掴む。


そのまま、強引に引っ張ると、メキメキ音を立てて、腕輪の留め金が千切れた。


反対側の腕輪も、単純な腕力だけで強引に引き千切る。


「身体強化が使えなくてもこのぐらいは楽に出来るんですよ」


と、彼女を上から見下ろした。


先方の金髪の女性が神官着のミスラン公爵の前に出る。


彼女が何か言葉をつぶやくと、彼女の腕輪も鍵が外れて下に落ちた。


「前と同じだとは思わないでね」


と彼女はわたしに挑戦的な視線を向ける。


「二対一ですか。足りませんね。三対一でもいいですよ」


とそれに冷静に告げた。


白い魔導師服のおじいちゃんは特に腕輪を外そうともしない。


お年寄りだから、力が弱くて外せないのかもしれない。


「うーん、わしは最近腰が痛くてな、荒事は若い者に任せておこうか」


とニコニコしている。


「私もお年寄りを虐める趣味はありませんから。怪我をしないように静かにしていてくださいね」


と出来るだけ怖がらせないように優しく言うと『炎帝』と名乗っていたおじいちゃんはなんだか感激した顔をした。


「おお、普通の年寄りの扱いを受けたぞ。優しい娘だな。これはこれで嬉しいものだ」


と言っている。


でも、私の後ろの方で、


「おい、冗談だろ?」


とか、


「まさか炎帝を知らないのか?」


言うバルドさんと、ロイスさんの声が聞こえてきた。


失礼な話だ。そのくらい知っている。


でも、相手はお爺さんだ。体も丈夫ではないと思う。


だから、少し労わっただけなのに、私が何も知らない感じで話をするから、ちょと腹が立つ。


最近は近衛騎士団でもしっかり勉強をしている。


それなのに無知と決めつけて本当に失礼だ。


「安心して。私は手出ししないから。二対一で勝っても、自慢にならないでしょ?」


と金髪の女性が私を馬鹿にしたように言う。


「なんなら、私一人で相手をしてもいいけど、今回はナコに譲る話になっているから。なんでも、『白銀の光巫女』と『炎帝の天才養女』の再戦の方がみんな喜ぶんですって」


と不満そうにため息をついて首を振っていた。


「私が腕輪を外したのは、ミスラン公爵様をお守りするためよ。そっちが何もしなければ私も何もしないわ」


と偉そうに言う。


この女は何様なのだろう。


この人の自信はどこから来るのだろうか。


「守れるんですか?あなたが?あんなに弱かったのに?別の人に代わった方がいいのでは?」


と心底不思議に思って訊ねる。


「なんですって!」


と金髪女がムキになる。


「ぶふふふふふ、くくくく…」


と白魔導服の炎帝お爺さんが噴き出している。


「言われたな。エリスよ。これが勝負の世界だ。一度負けたら、何を言っても所詮は負け犬の遠吠えよ。だからわしら魔導師はいつどこで誰が相手でも負けられないのだ。学生と侮って手を抜いたお前の落ち度だ。いい勉強になったな」


と笑いを押し殺して、炎帝様が言う。


「将軍!あなたはどちらの味方なんですか!」


とエリス呼ばれた金髪女が炎帝様にくってかかる。


「強い者の味方だ」


と自信満々で炎帝様が胸を張る。


「そちらのお爺様はとても、常識的なお方ですね。こんな場面でなければお友達になれそうです」


と思った事をそのまま言った。


「おお、そうか!いいぞ、友達になろう。それよりわしの娘にならんか?もう一人強い娘が欲しかったのだ!」


と炎帝様が喜ぶ。無邪気な人だ。なんだかとてもかわいい。


「将軍、引き抜きはやめてもらおうか」


とゼルガ公爵様が口をはさむ。


「わしならこの娘をもっと強くしてやれるぞ。まあ、養女が無理なら、別にいい。派閥を抜けろとは言わん。派閥そのままでいいから一度我が家に遊びに来い!」


「爺様!浮気か?節操が無いぞ!」


と赤毛の『ナコ』?という女の子が怒って炎帝様に食ってかかる。


「何が浮気だ!強い者は強い者としのぎを削る事で、さらに強くなるのだ。お前もこの者に負けたから、修行をやり直して強くなったのだろう?いい好敵手が見つかって良かったな」


「何が好敵手だ!こんな何の技術も無い体力馬鹿なんか、ただの通過点だ!」


「それは、相手に勝ってから言う話だな」


と余裕の切り返しだ。


このナコと言う女の子は気に食わないけど、ナコさんと炎帝様が仲良く軽口をたたき合っているのを見て羨ましくなった。


最近は、近衛騎士団で仲のいい人も出来て、マリさんやメルフィさん達と気兼ね無く話せるようになったけど、まだどこか踏み込めない壁というか遠慮がある。


ヘーデン家のガルゼイ様や、マリエル母様、ベスさん、モンマル伯父様たちとの日常の暮らしとは全く違う。


これは家族と呼べるか、そうでないかの違いなのかもしれない。


「炎帝様。お誘いありがとうございます。今はちょっと無理ですけど、いつの日か機会が有ればまたお話ししたいです」


とやんわり断った。


「ほう!では機会を作ろうか?」


と積極的で前のめりな炎帝様。


「将軍。社交辞令と言う言葉を知っているか?」


とゼルガ公爵様がまた口をはさむ。


「ああ、貴族の流儀と言う奴ですかな?興味ありませんなあ」


と炎帝様がのんびりと返事をする。


「おい、みんな、あたしを無視するな」


と赤毛のナコさんが苛ついた声を出す。


「ああ、ごめんなさい。それでは早く済ませてしまいましょう。今ここでやりますか?」


「いや、ここは危ない。外だ。一階の外庭が広くなっている。そこでやる」


と二階の出窓の方を指さす。


「待て、それなら先に、陛下の名代でこの晩餐会に出席する王太子殿下に許可を得ねばならない。それで余興の模擬戦と言うことで認めてもらうことにする」


とゼルガ公爵様が、もう決定したことの様に言う。


晩餐会の開始の時間になり、陛下の名代と言う王太子殿下が玉座の後ろから入場してきた。


顔色の悪い陰鬱そうな人だ。


にこりとも笑わない。


顔立ちは割と整っていて、きれいな栗色の髪をしている。


王太子殿下はゼルガ公爵様の話を聞いて。


「許可する」


とだけ短く言った。


私とナコさんは数ある大きな出窓の外の広い空間に出た。そこには階段も何も無かったけど、ナコさんは躊躇せずに飛び降りる。


二階と言っても、実質は三階くらいの高さがあった。


地面に落ちる瞬間にナコさんの体の下でボンと空気の弾けるような音がして、緩やかに着地をしていた。


私は夜会用の細い靴を脱いで裸足になった。


頭の髪飾りや首飾りも全部外して、ゼルガ公爵の秘書の人に渡した。


夜会服は脱ぐわけにはいかないから、このまま戦うしかない。


被服職人長の金髪の男性の顔が目に浮かんだ。目の下に隈を浮かべて満足そうにやり切った顔をしていたのを思い出す。


(ごめんなさい)


と、その記憶の顔に謝った。


私も続いて飛び降りて普通に着地した。


「剣を持って来い。待ってやる」


とナコさん。


「晩餐会にそんな物を持ってくるわけがないでしょう。そんなことも分からないお馬鹿さんなのですか?」


「なんだと?言い訳して逃げる気か?」


「いいえ、剣なんかいらないという事です。私に剣を使わせるほど、あなたは強くありませんから。これで…」


と真っすぐ拳骨を突き出した。


「…充分です」


「それなら、あたしは魔法も身体強化も、どちらも両方使わせてもらうからね」


と言い、ナコさんは腰を落として半身になる。左手の手刀を前に出して、何かの体術のような構えをした。


「…コー、ヒュー、コー、ヒュー…」


と、不思議な、ゆったりとした呼吸音が彼女の口から聞こえる。


「それではこれより『白銀の光巫女』ミーファ・メル・デーゲンと『炎帝の養女』ナコ・ジン・マルークとの模擬戦を始める!」


と二階の出窓の広場から声がする。


炎帝様の声だ。


「えー、勝負の規則はー…、えーと、とにかく勝った方が勝ちだ!危なくなったら止める故、好きにやれ!」


と規則とも言えない大雑把な事を言う。


私とナコさんは数秒見つめ合い…。


同時に動いた。

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