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64 ミーファの独白3

魔剣闘士としての、試合の初戦が決まった。


それで、今日は、相手の魔剣闘士との顔合わせがあるという話で、王都中央闘技場に来ている。


闘技場は広い試合会場と客席がある地上と、選手の控室や訓練場のある地下とに分かれていた。


私は今日、地下の訓練場に来ていた。


私の付き添いでメルフィさんと、私の専属侍女の、マリさんが来て居る。マリさんは、黒の落ち着いた侍女服姿の、小柄なとてもかわいい女性だ。肩まである切り揃えた青髪がキラキラと輝いていて、髪色でどこに居るのかがすぐ分かる。青髪は黒髪ほどでは無いけど、街中であまり見ない髪色だ。


歳は私と同じくらいなのに、とても沢山の事を知っていて、いつも私にいろいろと教えてくれる。貴族としての振る舞いや、話し方も彼女に毎日彼女に指導されている。


私の身の周りの世話や、服選びもみんな彼女がやってくれていて、いつ寝ているのかと思うほど、忙しくいつも動き回っている。


「大丈夫ですか?少し休んだ方がいいのでは?」


と一度、訊いてみたけど、


「いえ、慣れていますから。以前はもっと忙しく働いていました。今はデーゲン様一人の世話でいいので、これでもかなり楽をさせてもらっているのですよ。それと、私に敬語は使わないで下さい。あなた様は私の御主人様ですから」


と、逆に注意をされてしまった。


彼女は歩く時ほとんど足音がしないし、身のこなしに無駄が無いので、何か武術の心得がある人だと思う。長い袖の両手首の辺りに、少しふくらみがあるのは、細い短刀か何かを隠しているからだと思う。私の護衛の役目もしてくれているのかもしれない。


着ている侍女服は飾り気のない、ゆったりとした見た目で、生地にも遊びがたくさんある。動きやすさを重視した作りで、服の各所に小物がしまえるような『隠し』がついている。


私が、何か必要になるとすぐに服の中から、取り出し手渡してくれるから、とても助かっている。わたしはいつも忘れ物をしてしまうけど、マリさんがいつでも必要な物は持っていてくれる。


あの簡単な服の中にどれだけ沢山の物が入っているのだろう?


一度全部出して見せてもらいけど、そんな失礼なことはとても言えないから、今は黙っている。そのうち、打ち解けて仲良くなったら、教えてもらいたい。


訓練場に入ると、長い立派なたてがみのような金髪姿の、体の大きなそれらしい男の人が、先に来ていた。


肩幅が広くて、胸板が厚い。横幅と厚さで私の三人分くらいある。


凄い筋肉質の体だ。


「やあ、君が『白銀の光巫女』だね。お会いできて光栄だ。私が、君の剣闘試合の相手を務める、マクス・ゲン・ベルンだ。闘技場では獅子王ベルンと呼ばれている。よろしく」


と、向こうから挨拶をしてくれる。


「あ、私はミーファ・メル・デーゲンです。よろしくお願いします」


「ああ、君の話はよく聞いている。だが、君は私を知らないだろうから、まずは自己紹介をしよう。私はもうこの競技場で、20歳から15年戦い続けている熟練魔剣闘士だ。数々の大会の優勝経験もある。一時は無敵と言われて、賭けで一番人気だったこともある。だが、最近は、歳と怪我の影響で戦績が振るわなくなっていて、『過去の人間』と呼ばれることの方が多い。

そんな私だが、今でも結構人気があって、これでも、私を観に競技場に足を運ぶ人間もそれなりにいるんだ。最近は、『名勝負製造機』と言われることも多いな。どんな選手とも、かみ合った試合ができるので、こんなポンコツのおいぼれでも、まだまだそれなりに使ってもらえているのは、ありがたいことだね」


とベルンさんが分かりやすく説明してくれる。


でも、35歳で老いぼれと言うのはちょっと、卑下しすぎだと思う。


「はい、ご丁寧にありがとうございます。私は初心者で、何も分からないので、色々と教えてもらえると嬉しいです。試合はとてもかなわないと思いますど、出来るだけ頑張ります」


と言って頭を下げた。


「ん?まだ筋書きは聞いてないのかな?今回の勝者は君だよ。そして、新人の君に負けた私は、体力の限界を感じて、この試合で引退するんだ」


「えっ!?それって…」


「ああ、真剣勝負ではない。剣闘劇だ」


「劇?それをお客さんは…」


「もちろん知らない。そんな事を知ってしまったら楽しくないじゃないか。市民たちは手に汗握る激戦を観に来るんだ。賭けも成立しなくなってしまう。今回の賭率は、多分、私の方に優勢になるだろうな。いくら天才でも初戦の相手が私では勝てないと、観客は考えるだろうね。そこを、君がひっくり返すんだ。これは熱い戦いになるな。実に楽しみだ」


と嬉しそうだ。


いかさまで自分が負けて、しかも引退させられる話なのに、なんでこの人はこんなに嬉しそうなんだろう。


「あの、ベルンさんはそれでいいんですか?」


「ん?ああ、君は私の立場を心配してくれているんだね。優しい娘だね。私にも娘が六人いる。ほとんど会ったことは無いから、顔もよく分からないが、この試合で引退したら、家族達の家をいくつかゆっくり周ってみようと思う」


「あの、私とちゃんと試合をしたら、ベルンさんが勝つのではないでしょうか。それなのに私が嘘で勝者になるなんて、それで本当にいいんでしょうか?」


「うーん、そこから説明が要るのかぁ…」


と言って、ベルンさんは、メルフィさんを睨んだ。


「君、何も説明もしていないのか?こんな説明を私にさせるつもりか?」


とメルフィさんが叱られた。


「いや、あたしはただ、今朝になって、闘技場について行けと言われただけで、そんな話は別の誰かがしているものだと…」


ベルンさんは、次にマリさんの事を見る。


「私はただの侍女です。戦いの事は何も知りません」


とマリさんは、何か訊かれる前に先回りして答えて、私の後ろに小さい体で隠れてしまった。


「みんな、逃げて、私に押し付けたと言う訳か。落ち目とはいえ、この闘技上で頂点に立ったことのある男だぞ私は。それが、この扱いか?」


と、ベルンさんは腕組して怒っている感じだ。


「すいません!私が何も知らない事で、ご迷惑をかけてしまったみたいです。よく勉強しますから、どうか許して下さい!」


と私は深く頭を下げた。


「待ちたまえ!君に怒っているのではないんだ。頭を上げなさい。これは困ったな。これではまるで私が分からず屋の悪人みたいではないか。人に見られたら困るからとにかく頭を上げてくれないだろうか?」

とベルンさんがおろおろして言う。


私の後ろで『ふっ…』とかすかに笑う息遣いが聞こえた。


マリさんは私には優しいけど、他の男性に対しては、少し意地悪な態度を取ることがある。


なんでか分からないけど、彼女は男の人が嫌いみたいだ。


「いいかい。この闘技場で毎日どれくらいの試合が組まれているか知っているかな?」


「いいえ」


「午前に五試合、午後に十試合だ。夜の部にも五試合が組まれている。それが毎日だ。人気剣闘士や、魔導師は中二日、三日くらいの頻度で試合が組まれている。この全てで真剣勝負をしていて、体がもつと思うかい?」


言われて考えてみた。


私は鍛錬でも、毎日、真剣勝負をしていたから、別に大丈夫だと思う。ガルゼイ様も、ぼやきながら私と同じように鍛えていた。モンマル叔父様もそうだ。


特に問題は無い気がする。


「大丈夫なのではないでしょうか?」


と自信が無くて、控え目に答えておいた。


「本気か!?」


と、ベルンさん。


「いや、無理だろ!」


とメルフィさんも、突っ込んでくる。


「ぶっ!くくくくくっ!」」


と私の背中で噴き出して笑いをこらえる声が聞こえてきた。


「私の師匠は、毎日真剣勝負で、ひたすら模擬戦ばかりしていました。私の兄弟子も毎日骨を折りながら、同じ感じでやっていました。中二日あれば休養は充分ではないでしょうか?」


とまた疑問形で控えめに言ってみた。


「うーむ、これは参ったぞ。どうも君は私達とは常識の違う場所で生きてきたようだ。いいかい、普通の人間がそんな事を続けていたら、ひと月で体を壊してしまう。厳しい鍛錬は必要だが、同じように休養も大事なんだ。休みなく鍛錬をしていると、いくら鍛えても体は痩せて弱って来るんだ。もちろん個人差はあるが、真剣勝負で消耗した体は、少しの休養や治癒魔法では回復しない。それにしても、君は本当にそんな鍛錬ばかりをしていたのかい?」


「ええ、騎士団予備校に入るまで、一年間全く休みなんかありませんでした。だから、騎士団予備校の授業がとても楽で、遊んでいるような気がしていました。他の人たちが苦しそうにしているのが分からなくて、みんな、わざと演技をしているのかなって不思議でした。でもあれは演技じゃ無かったんですね」


と長い事疑問に思っていたことが分かってすっきりした。


「これは、強いわけだよ…」


とメルフィさんが、呆れたように言う。


「あたしはあんたに謝らないといけないね。てっきり才能だけで、抜擢された苦労知らずのお嬢さんかと思っていたよ。でもその話を聞いたら納得だ。才能に加えて、そんな鍛錬をしていたら、誰も勝てないのは当たり前だよ。炎帝の養女と魔法師団の大隊長が二人とも一撃であんたに負けたのも当然だね」


「あの人達、ぜんぜん弱かったですよ。あんなの誰でも勝てますよ」


「いやいやいやいや!違うから!絶対に違うから!」


とメルフィさんが全力で否定してくる。


そうなのかな?


皆の言っていることが全く分からないのは、やっぱり私がおかしいといいうことなのだろうか?


「それにしても、あんたの師匠とその兄弟子って奴もただもんじゃないね」


「ええ、師匠は私よりずっと強いし、兄弟子も、二刀流なら私といい勝負です」


「ほんとかい?そんなバケモンがあんた以外に二人も居るなんて、どうなっているんだい?」


化け物と言われて、思い返すと、私は槍でも傷がつかない『身体強化』が有って、ガルゼイ様には、傷をすぐに治してしまう『超回復力』がある。


ではモンマル伯父様には何が有ったのだろうか?


モンマル伯父様は普通のちっちゃな体の普通の人間のはずで、そう言われてよく思い出すと、モンマル伯父様は、私やガルゼイ様がへばっていても、疲れた様子も見せずにいつもぴんぴんしていた。


もし、私が化け物なら、モンマル伯父様はそれ以上の化け物という事になる。


伯父様にも人と違う、秘密の能力か何かが有るのだろうか?


「私の師匠は、『死の二刀』と呼ばれる元傭兵です。兄弟子は…先日の剣闘大会で『黒の魔人』と言われるようになった。ガ…ヘーデン君です」


「うえっ?『死の二刀』に『黒の魔人』だって?あんたの周りの人間もとんでもないのが揃ってるね。でも、兄弟子があのヘーデン家の悪童だなんて、何か嫌な目に会わなかったのかい?」


と心配そうに訊いてくる。


「ええ、皆さんはヘーデン君の事を誤解しています。彼はとても親切で優しい、いい人です。一回だけ口喧嘩をしちゃいましたけど、ちゃんと謝ってくれました。ヘーデン君は皆がいうようなひどい人では無いんです!」


ガルゼイ様の評判は前と変わらずにとても悪い。


私が何を言ってもみんなあやふやに笑うだけで、真剣に聞いてくれないのがとても歯がゆい。


「あー、そりゃねぇ、あんたを虐められるほど強い人間なんて居ないだろうし、あんたほど美人なら、どんな男もみんな優しくしてくれるよね」


と、また思っていたのと違う感じで納得されてしまった。


なぜみんな分かってくれないのだろうか。


私の説明の仕方が悪いのだろうか?


「えー、話を戻そうか」


とベルンさん。


「もちろん剣闘士の試合の全てが『劇』と言う訳ではないよ。ここ一番の大勝負は、本当にいかさま無しの真剣勝負だ。ただ、そういった真剣勝負以外に、観客を楽しませる『演劇』的な枠組みの試合もあると言うだけの話なんだ。それがなぜだか分かるかい?」


「いえ…」


「かつての剣闘大会はそれは凄惨で残酷な物だったんだ。闘技場で戦うのは奴隷たちで、毎試ごとに死者が出ていた。当時は各地で戦闘が続いていて、敵の捕虜はいくらでも居たから、剣闘士は死んでもいい消耗品だったんだ。嘘か本当か知らないが、魔族や、獣人の剣闘士も居たらしい。闘技場では毎日血なまぐさい戦いが繰り広げられて、人の『死』がただの娯楽になっていた。

そんな状況を変えたのが200年前に忽然とこの国に現れた黒髪の勇者『スズキハルマ』だ。彼は魔導師でありながら、優れた剣士でもあった。彼自らが剣闘士として試合に出て、同時に彼は剣闘試合の競技化改革にも乗り出した。

彼の試合はとにかく面白かったという話だ。変則的な面白い動きで敵を翻弄し、やられたかと思うと、逆転して見せて、試合の最後では、相手を殺さずに、首の後ろを飛び蹴りで蹴って気絶させた。それから倒れている相手の上に覆いかぶさり、『ワン、ツー、スリー』と謎のエルフの言葉を言って、地面を叩き、その後で立ち上がり、拳を突き上げて『ダー‼』と叫んでみせたという。それで闘技場が地鳴りのような歓声で満たされていたという。

スズキハルマの剣闘試合は観客の価値観に新たな扉を開いたんだ。皆、人の死なない、楽しい笑える、剣闘大会に熱狂するようになった。そして、数々のルール改正が行われ、剣闘試合は今の形になった。

しかし、皆、人気の剣闘士の試合が見たいから、人気のある闘技者の試合はその需要にこたえて、多く組まれることになる。人気の剣闘士や魔導闘士が体を壊してしまったら、観客の需要にこたえられなくなるから、それを防ぐために、演劇的な手法を剣闘試合に持ち込むようになったんだ。それで観客も喜んで満足して帰っていく。皆が幸せになるんだ。それをいかさまと言う必要は無いと思わないかい?」


「ええ。お話を聞いてみて、理由はよく分かりました。そういう事も必要なのかなと分かる気はします。でも、私にその必要はありません。真剣勝負で負けるのは仕方ない事です。私の体は丈夫なので、どうか気にしないでベルンさんの本気を見せて下さい」


「あー、そこから既に誤解だ。これは君への配慮でなく、私への配慮だ」


「えっ!でも、ベルンさん強いですよね」


「ああ、強い。あと一試合くらいなら、全力で本気の試合は出来るだろう。その場合の勝ち負けは、正直予測がつかないな。しかし、そんな試合をしたら、私はまず間違いなく体を壊す。私は35歳だ。できればこれから60歳、70歳までも生きたいと考えている。これから始めたい仕事もある。その為には五体満足で健康なまま引退したいんだ」


と、照れくさそうに鼻の頭をかきながら、ベルンさんは言う。


「格好悪いだろ。かつての王者が今はこんな臆病者になっているのだから」


「いえ、そんなことは…」


と否定したが、正直ちょっと幻滅した。


でも、こうして正直に言ってくれることには、好感が持てた。


「それに、真剣勝負は試合が短くなりがちだ。お互いに一瞬の隙をついて互いの魔石を砕きに行くから、あっという間に試合が終わってしまうことが多い。それでは、君の活躍を期待して見に来た観客がかわいそうだ。もし君が大好きな剣闘士が居て、高い金を払って見に行ったとして、ちょっとよそ見をしている間に試合が終わってしまったら、がっかりするのではないだろうか?」


そうなのだろうか?


自分が勝つことは考えていたけど、試合を見に来る人の気持ちというものを、今まで考えたことは無かった。


「せっかく君は美しいんだ。その姿を存分に観客に見せてやろう。闘技場は広いから、同じ場所でばかり戦っていると、よく見えない観客も居る。だから、闘技場を広く使って、縦横に走り回って戦うことになる。これは真剣勝負よりきついぞ。不断の鍛錬をしていない者には、とてもこなせない。これがやれるから、闘技場の剣闘士は強いんだ。

だから、剣術の技術で騎士団が巧みでも、我々剣闘士の何の技術も無い一撃の剣で、騎士団の剣士は負ける。『劇』を演じているからと言って、決して我々剣闘士が弱いわけでは無いんだ。その辺は誤解してほしくはない。ああ、こんなことまで私に説明させるなんて君たちの上役は、ひどいねえ。本当に恰好がつかない。まいったなぁ…」


といいながら、ベルンさんは首を傾けてゴキゴキ鳴らした。


なんか照れ隠しの感じだ。


「そうなんですか…。分りました。私も別に真剣勝負にはこだわっていません。ただ、勝ちを私に譲るベルンさんが気の毒になっただけなんです」


「いや、私はこの試合で引退出来て嬉しいんだ。実はここ暫く、引退試合の相手を探していたんだが、新鮮味のない相手ばかりで困っていたところだ。そこに君が現れた。今王都で人気の『白銀の光巫女』が最後の相手なら話題性は充分だ。私にとってこれ以上の相手は居ない。君も、有名な私を倒すことで、名声がさらに高まる事だろう。これはお互いにとっていい話だ。今後君が王者になった時、いつも君の最初の相手として、私の名前が人の口にのぼるだろう。つまり、君が有名になればなるほど、私の名も残る事になる。そして、私は君と戦ったことを、引退した後も、酒を飲みながら皆に自慢できるだろう?」


と、ベルンさんはいたずらっぽく笑う。


私との戦いを自慢するというのは、お世辞で言ってくれているのだと思うけど、私が気にしないように気を使ってくれているのはよく分かった。


「よく分かりました。それではよろしくお願いします。それで私はどうすればいいのか教えて下さい」


と頭を下げてこちらからお願いした。


「うん、素直なのはいいことだ。実は私が自分の引退試合の為に温めてきた筋書きがあってね。それをこれから、演技指導していこうと思う。しっかりついてくるんだよ」


「はい!分かりました!先生!」


「おっと、先生と来たか。実はこれから後進を指導する道に入るつもりなのだが、君はその生徒第一号と言うことになるのかな?これはまた一つ、自慢できることが増えてしまったな」


とベルンさんは嬉しそうだ。


もちろん冗談だろうけど、なんだか私も、楽しい気持ちになってしまった。


「ところで、ベルン様」


とマリさんが私の後ろから出てきた。


「その筋書きには、ちゃんとデーゲン様の見せ場は沢山あるのでしょうね?」


と下からベルンさんを胡散臭そうに見上げている。


「もちろんだ。ちゃんと五分五分の活躍を考えている」


「五分五分ですか?それはベルン様が欲張り過ぎでは?この試合はデーゲン様が主役です。それを考えたら、7:3が妥当なのでは?」


「ちょっと待ってくれ。彼女が活躍するには対戦相手が強くなければならない。だから序盤は少し彼女が押し込まれる展開にしたいんだ。それを跳ね返して、後半の反撃につなげれば盛り上がること間違いなしだ。だから、総合して、五分五分の活躍にどうしてもなってしまう」


「いえいえ、観客はデーゲン様の強さを観たいのです。それなら、ベルン様を一方的に押し込んで、圧倒的な強さを示した方が伝説になるのでは?」


「そういう考え方もあるが、今回は私の引退試合でもあるのだ。私にそれなりの見せ場を作ってもいいと、すでに話は出来ている。だから、わたしもこの話を受けた。それを今さら変えるのはひどくないかい?」


「だとしても、7:3なら充分活躍したといえます」


「そこを何とかもう一声。せめて6:4くらいなら、筋書きが破綻しないでなんとかやれると思う。この辺が限界だ。それにしても、君はさっき、戦闘のことは分からないと言っていたではないか。いやに詳しく交渉するではないか」


「私はデーゲン様の侍女です。デーゲン様の利益を代弁して最大限獲得する使命が私にはあるのです」


と言うマリさんの横顔はなぜか誇らしそうだった。


私とは会ったばかりなのに、マリさんはいつも私の事を一番に考えてくれる。


とてもありがたい反面なんだか申し訳ない。


彼女は優れた人間なのにわたしにつきっきりでは、才能の無駄遣いではないかなと思う。


「マリさん。私は別に五分五分でも…」


と言いかけたら彼女にキッと睨まれてしまった。


「デーゲン様はお口を挟まれませんように。ここは私にお任せ下さい!」


と怒られてしまった。


「…はい…、すいません…」


と、お詫びして私は引っ込んだ。


「あー、このくだり長くなりそうかい?」


とメルフィさん。


「それなら私は控室に行って、知り合いの剣闘士と話をしてきたいんだけど、いいかな。いいよね」


とつまらなそうな顔で言って、返事を聞かずに、そっとその場を離れていく。

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