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63 ミーファの独白2

近衛騎士団での鍛錬の初日。


訓練所に大勢の騎士団の人達が集まっていた。


第十近衛騎士団の所属で無い、男性の騎士も沢山来ている。


みんな強そうだ。


大勢に見られて、緊張でどうしたらいいのか分からなくなってしまった。


「こっちに来な」


と、同室のお姉さんのメルフィ・ランスさんが声をかけてくれる。


私は訓練用の軽鎧を身に付けて、自分の『斬魔剣モノホシザオ』を左手にぶら下げていた。


訓練場の模擬剣でなくて、自分の好きな模擬剣を使っていいと言われたのでこれを持って来た。


マリエル母様に買ってもらったこの剣が一番良く手に馴染む。


「それじゃあ、軽く流しで、あたしと模擬戦をしようか、身体強化は使っちゃだめだよ。あんたの剣筋が見たいんだ」


とメルフィさんが言って、私の剣と同じくらい幅の広い長剣を構えた。


長さは私の剣が上だけど、メルフィさんの剣は厚さが私の剣の倍はある。


まるで金棒を平たく伸ばしたみたいな剣だ。


あの太さでは相当重いはずだ。自分以外であれほど大きな剣を持っている人を初めて見た。メルフィさんの太い腕を見れば、とても力が強いことは分かる。


体の横幅はわたしの倍以上あるので、正面から当たったら吹き飛ばされそうだ。


彼女とどう戦うか、頭の中で考えてみた。


とりあえず、軽く剣を合わせて様子を見よう。


左手の剣をぶら下げたまま、ゆっくりとメルフィさんの側に行き、いきなり斜め上に振り抜いてみた。


「おっと」


とメルフィさんがその剣に自分の剣を正面から叩きつける。


剣と剣の間で火花が散る。


やはり、こんな奇襲は通用しないようだ。


周りの人たちから、何故か笑いが起きる。


「ひゃー、あんた、見た目と違って、とんでもないじゃじゃ馬だねー」


と、メルフィさんも笑う。


言っている意味が分からない。


「騎士団で模擬戦をするときは、お互いに構えて『始め』の合図があってから、剣を振る決まりになっているからね。次はいきなり切りかかるんじゃないよ」


と優しく言ってくれる。


「あ…、すいません。私知らなくて…」


恥ずかしい。


自分の顔が赤くなっているのが分かる。


第十近衛騎士団団長のセレウスさんが前に出て、私とメルフィさんの間に立った。


人のよさそうな白髪のおじいちゃんのセレウス団長は、私を見てニコニコ笑っている。


「いや、真剣勝負では先手必勝だからな。若者が血気盛んなのはいい事だ」


と言い、指を揃えて開いた手を、二人の間に真っすぐ突き出してから、


「始め!」


と言って後ろに下がった。


「さあ、何でもやってみな!」


とメルフィさんが挑戦的な口調で言う。


でも、私はさっきの失態で恥ずかしくて、攻撃できなかった。


「おや、来ないのかい?それなら、こっちから行くよ!」


と幅広の大剣を上段に振りかぶって、私に向けて振り下ろしてくる。


それを、一歩前に出て、剣の中ほどで受けて、そのままメルフィさんの方に体重を預けた。


凄い重さを感じたけど、吹き飛ばされずに何とか受け切った。


周りの見ている人たちがどよめいた。


「へえ、これをあえて受けるかい。見え見えの大振りだったから、下がるなりしてかわしても良かったんだよ。それにしてもこれで吹き飛ばなかったんだから、まず第一段階は合格かな」


と鍔迫り合いしながら、顔を寄せて笑顔でメルフィさんが言う。


「これ、試合中だぞ。笑うな」


とセレウス団長。


「すいません。楽しくてつい」


と言ってから、メルフィさんが剣に体重を載せて、体当たりのように押し込んでくる。


さすがに堪えられなくて、円の動きで左に身をかわして、彼女の剣を下に切り降ろした。


彼女もそれに逆らわず、同じ動きで剣を流して、また私に正対する。


「それじゃ、これからあたしは身体強化を使う。あんたは使っちゃ駄目だ。あたしの全力の十連撃をお見舞いするから、受けられるなら受けて見な!」


と言った瞬間、彼女の全身に魔力がみなぎるのが分かった。


それにしても、先輩が身体強化を使うのに、私に駄目だと言うのはひどいと思う。


どこまで耐えられるだろうか。


「一!」


と、助走をつけた一撃が降って来る。


さっきのように受けるが、体重差で後ろに吹き飛ばされる。


空中で体制を整えて地面を踏みしめる。


「二!」


そこに矢継ぎ早に次に剣が振り下ろされる。


受けながらまた飛ばされる。


「三!」


メルフィさんの振り下ろしはもちろん早いけど、剣を引き戻す速度がまた、とんでもなく早い。それで、途切れない連続攻撃が繰り出せるみたいだ。


今まで私は剣を前に振る事ばかり考えていたけど、引き戻しの力をもっと鍛えなきゃいけないとメルフィさんを見て思った。


「試合中に考え事かい!四!」


「余裕だね!五!」


「いえ、そんな!余裕なんて無いですよ!」


と答えながらまた飛ばされる。


「返事が出来るなら!六!」


「余裕だろ!七!」


でも、飛ばされながら何となく、力の逃がし方が分かって来て、一撃目みたいに態勢を崩さなくなってきた。


「八!九!で、十!」


最後の一撃で訓練場の端まで吹き飛ばされて、木の柵に背中がついた。


こんな端っこまで押されていたなんて気が付かなかった。


さすがにメルフィさんの剣は重くて強烈だった。


手が少し痺れている。


今まで誰かの剣を受けて手が痺れる事なんか一度も無かった。


「メルフィさん凄いです。私、手が痺れています」


と感激して、彼女に声をかけた。


でも、メルフィさんは悲しそうに肩を落としていた。


「これが、才能の差なんだね。ほんとに落ち込むよ。ここは吹き飛ばなかったことを褒める場面だったんだけど、手が痺れたくらいの事に感激されちゃねぇ…」


「あ、すいません。私、飛ばされなかったことも感激です」


と慌てて付け加えた。


すると周りの人たちから、また笑いが起きる。


えっ?


今度は何を間違ったのだろう?


と不安になって、周囲の人たちの顔を見回した。


「感激の感想を強要したみたいで、ごめんね」


と、メルフィさんが謝る。


「いえ、本心です!」


「それじゃあ、これからはあんたが全力の攻撃をしてきな。あたしは受けに徹するからね。あ、身体強化はまだ使っちゃだめだよ」


「分かりました」


と言ってから、私は出来るだけ上空高く飛び上がって、剣を自分の背中に当たるくらい振りかぶった。


体を弓のように逸らして、思いっきり力を貯める。


そして、体の落下する勢いに乗せて、引き絞ったばねを一気に解き放つ。


これが身体強化なしで私の出来る最大威力の攻撃だ。


「ちょっ!」


と、メルフィさんが言って、何故か転がりながら後方に飛びのく。


私の剣は空を切って、闘技場の地面に激突する。


凄い音がして、地面の土が吹き飛んだ。


剣の先、四分の一くらいが地中深く突き刺さる。


私は剣を強引に地中から引き抜いて、メルフィさんを見る。


「あ、あんた!全力と言っても程ってもんがあるだろ!あたしを殺す気かい!」


と何故か怒っている。


「でも、全力で攻撃しろって…」


また、私は失敗したようだ。


でも、全力で攻撃しろと、確かに言っていたような気がする。


聞き間違いだったのかな?


「いや、これはランスが悪いぞ。デーゲンは言われたとおりにしただけだ。お前は『相手が死なないくらいの威力の攻撃をしろ』と言わなければならなかったのだ」


と、セレウス団長は自分の顎を撫でて、首を少し傾げながら、メルフィさんに言う。


「いやいやいや、でも団長、模擬戦で相手が確実に死ぬ攻撃をするって、この娘、頭のねじが飛んでますよ!」


「ふむ、どうやら、我々は、温い試合剣術にずいぶん慣れてしまったようだな。デーゲンの剣は戦場の剣だ。こんな若い娘がなぜこんな剣を知っているのか?」


と面白そうに団長は微笑んで言う。


「あ、私の師匠は、戦場帰りなんです。その師匠に教わったので、私はこのやり方しか知りません。何か、おかしかったのでしょうか?」


とそれに答える。


「ほう、それは興味深い。実は私も戦場は長くてな。君の剣筋を見ていたら、久振りに剣を振りたくなった」


とセレウス団長は、訓練所の端にて立て掛けてあった、素振り用の細い木剣を持って戻ってきた。


「ランスの剣は剛力の剣だ。同じ剛力の剣のヘーデンとは相性が悪かったな。私の剣は柔の剣だ。というか、歳をとって力も体力も持久力も無いので、もうこの剣術しか出来ない。これでヘーデン相手をしてみようか」


と、右手一本で木剣を持ち、右斜め下に下段の構えで私の前に立つ。


「いいぞ、私が『必ず死ぬ』攻撃をいつでもして来い」


と言って、そのまま動かない。


セレウス団長の構える剣先だけが、ふらふらと小刻みに揺れている。


本当にいいのだろうか?


このおじいちゃんは服の上からでも分かる引き締まった体をしているけど、体重も軽そうだし、華奢で、

叩くとそのまま折れてしまいそうだ。


さっきのような攻撃を、あの古い木剣だけで防げるのかな?


それとも、みんな見ているから、ここは団長に華を持たせて、わざと負けてあげた方がいいのかな?


でも、みんな強そうだから、下手な演技はばれてしまうかもしれない。


どうしたらいいのだろう?


私は考えがまとまらなくて、その場から動けなくなってしまった。


「ふむ、私が弱そうで、殺してしまう事を心配しているのかな?」


とセレウス団長は私の考えを当ててしまった。


「いえっ!そこまでは考えていません!」


と、とっさに嘘をついた。


「一つ訪ねようか。お前の師匠は戦場帰りと言うからには、かなり歳も行っているのだろう。私とどちらが若い?」


と、変なことを質問してくる。


「はい、モン…、師匠は42歳くらいなので団長より少し若いです」


「そうか。私が58だから一回り以上は離れているのか。これは負けたな。では、背はどうだ?」


「師匠はちっちゃいです」


「私よりもか?」


「はい、頭一つ、ちっちゃいです」


「では体格は?」


「ちっちゃいです」


「それで強いか?」


「はい。とても強いです。槍を持った5人をあっという間にやっつけました」


「そうか、それは相当の猛者だな。で、お前はその師匠とも模擬戦をしたのであろう?」


「はい、しました」


「お前はその時に全力で師匠を攻撃したか」


「はい、しました」


「相手が死ぬ攻撃か?」


「そうです。師匠は私に手加減してくれましたけど、私が全力を出さないと、すぐばれて、そのあと、いつもの倍ぼこぼこにされるんです。だからいつも全力で攻撃しました」


「そうか。では、私もその師匠と同じと心得たまえ。お前の攻撃で怪我をするようなやわな人間ではないから、安心して死ぬ攻撃をしてきなさい」


と言って、セレウス団長は私を安心させるように微笑んだ。


(あ、この人強い…)


この場面でこんなに余裕の顔でいられる人が弱いわけがない。


私はこの人にずいぶん失礼なことを考えてしまっていたんだ。


また、やってしまった。


恥ずかしい。


よし、今からさっきと同じ全力の攻撃をしよう。


全身に力がみなぎって来る。


「あー、それから、身体強化は使わないようにな。いくら私でも、お前の全力の魔力を当てられたら、吹っ飛んでしまうからな」


と、おかしそうに付け加えた。


「はいっ!分かりました!」


と言って、さっきと同じように上に飛び上がった。


カラン!と何かの落ちる音がした。体を弓なりにして剣を振りかぶった私は下のセレウス団長の姿を探す。


しかし、今まで団長が居た場所には古い木剣が落ちているだけだ。


(あれ?)


と、戸惑っていると、目の前にセレウス団長の顔があった。私の後から飛び上がったんだ。


とっさに、剣の柄尻をその顔に叩きつけた。


手ごたえが無い。


同時に景色がぐるりと凄い速さで回転して、落ちる感覚。


後頭部に衝撃が来た。地面の土埃の匂いがした。


(落とされた!?)


すぐに跳ね起きた。


同時にまた、空中高くに浮遊する感覚。


景色が反転して、後頭部に衝撃。


また跳ね起きる。


更にもう一度、浮遊感と景色の反転と後頭部の衝撃。


また、跳ね起きる…?


跳ね起きようとした。


でも…


起きたはずなのに、私の顔の前には地面があった。


体の自由がきかない。


それでもなんとか跳ね起きた。


脚に力が入らない。


ふらついて、その場に尻もちをついてしまった。


すごい!


何をされたのか、まったく分からなかった。


「ははは、凄いですね!」


と私はおかしくて笑ってしまった。


目の前には自分の袖の土埃を払って、困った顔をしているセレウス団長が立っていた。


「デーゲン君、頭は大丈夫か?あっ!いや、これは、本当の意味で頭が痛くないか訊いているので、別に悪口で言っているわけでは無いぞ」


と慌てるセレウス団長。


「はい、わかっています。大丈夫です。よいしょ」


と、その場で何とか立ち上がった。


でも、まだ足がふらつく。


「これは、本当に規格外だな」


と、セレウス団長が、呆然とした顔で自分の顎を撫でている。


「やられちゃいました。師匠とは感じが違うけど、団長さん強いんですね。びっくりです」


と、褒めてあげた。


「いやいや、驚いたのはこちらだ。普通はあの最初の落下で常人なら死んでいる。デーゲン君なら大丈夫だと思って落としたが、それでも半日は寝台で寝込むことになると思っていたのだが…、あれを2回まで耐えて、その上、もう立てるとは…。私もデーゲン君の才能に嫉妬してしまいそうだ」


と、団長も私を褒めてくれた。


嬉しい。


周りがやけに騒がしい事に気が付いて辺りを見回すと、訓練場の周りで見ていた人たちがこちらを指さして、興奮した様子で騒めいている。


ひょっとして、私、また何か変なことをやってしまったのでしょうか?

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ミーファめっちゃ強いやん
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