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57 ボブル家の食卓

ボブルの借家はランス川近くの住宅地の一角にあった。


ここは最近開発された新しい住宅地で、これから建物を建てるだろう空地があちこちに目についた。


大きな家主の家の敷地の中に5件ほどの小ぢんまりとした平屋が建てられていて、その中の奥の一軒がボブルたちの家だ。


ボブル家の家族構成は、母、姉、ボブル、の三人となる。


父は居ない。死別か離別かは知らない。


俺は髪色を魔術具でくすんだ赤髪に変えてその敷地に入る。


家主の敷地内に家があるのは窮屈な気もするが、この新市街の外れでは、同じ場所に大勢で住む方が治安上いいらしい。


家主も金を持っていると思われて強盗に入られやすいので、周りに人の目を集めたいという話だ。まあ、言ったら相互扶助だ。


なので、平屋の一軒屋にしては、よその相場より家賃を格安にしてもらえているとのこと。


難を言えば王都の中心から遠いので買い物が不便らしい。乗り物を使うと高くつくので、延々と歩いて買い出しに向かっているという。


ボブルの母はあまり体力が無いので自然と買い物は姉のエリと弟ボブルの仕事になっている。


そのボブルが最近は騎士団予備校で忙しいので、気を使ったエリが、今日一人で買い物に出かけてしまい、今回のように強盗に目を付けられてしまった。


ただ、今日はボブルの誕生日だと言う。それで、先に買い物を済ませて、ご馳走を作って出迎えたかったという気持ちも理解できる。


何にせよ、彼女が無事で本当に良かった。


俺は椅子に座ってただ待つのも手持ち無沙汰なので、ボブルが帰るまで、夕食の調理を手伝わせてもらうことにした。


前世ではずっと自炊をしていたので料理は得意だ。


しかし、今日の主役はエリさんなので、俺は出しゃばらずに、ナイフで肉や野菜を言われた通りに刻むことに集中していた。


「ガルゼイ様、手際がいいですね」


と褒められた。


「そのガルゼイ様はやめて欲しい。今、エリさんは使用人では無いのだから、私のことは『ヘーデン』もしくは『ガルゼイ』と呼び捨てにして欲しい。


とお願いした。


「んー、ではガルゼイ君、でいいかな?」


と、途端に砕けた言い方をしてくれる。


なかなか順応力が高い人だ。


過去のガルゼイはなぜこの人を屋敷から追い出したのかと、腹が立った。今この人が屋敷にいてくれたら、少しは家の雰囲気が良くなっていた事だろう。


しかし、今のヘーデン家の立場を思うと早く逃げ出せてよかったとも言える。


「ガルゼイ君?と言ったかしら?」


とボブルの母が声をかけてくる。


「あなたは、ボブルと同級生なのに、なぜ今日は学校に行かないの?」


と痛い所を突かれた。


「いや、私は先日の闘技会で怪我をしまして、今はその療養中なのです」


と苦しい言い訳をする。


そんな人間がなぜ人力車で走っていたのかと言う説明がつかない。


「あらそうなのね。うちのエリも以前は長い事寝込んでいたのよ」


と更に耳に痛い話をする。


「ほら、母さん、この料理の皿を向こうに並べて」


とエリさんが助け舟を出してくれる。


「はいはい」


とボブルママは皿を持って隣の部屋に歩いて行った。


「かたじけない」


「母がいろいろ訊いてしまってごめんなさいね」


と苦笑する。


「いえいえ、疑問は当然です。私も最近は自分が何をやっているのか分からなくなりつつあるのです」


と率直な思いを口に出す。


「ガルゼイ君はまだ14歳でしょ。今はうんと悩んで迷ってもいいのじゃないかしら?健康でいられれば、これからいくらでもやりたいことは見つかるはずよ」


と優しくカウンセリングしてくれる。


思わず新市街外れの『あの家』のお姉さんを思い出した。


しかし…


(すいません。14歳、嘘です。実は35歳です。おっさんでした。35歳のおっさんがこれからの進路に迷い悩み、深刻な顔で、人目もはばからずに落ち込んで、苦悩に身悶えしていたら、見苦しく気色悪いだけですよね…)


と言えない秘密を心の中で呟いた。


(俺のやる事は何もかもいかさまです。嘘です。嘘ばかりでごめんなさい。生まれてすいません)


と果てしなく俺の人格相場が自分の中で暴落していく。


(破産だ。俺が俺でいると結局、人生大破産だ)


とひたすらネガティブな方向に考えが向かう。


(ああ、俺も『陽キャ』だったら…)


と考えてそこで鈴木春馬氏の存在が脳裏をよぎる。


(いや、『陽キャ』ならあの意地悪エルフに惚れてしまうのだろう?それは嫌かな…)


と『陽キャ』への願望を瀬戸際で思いとどまることができた。


鈴木氏ありがとう。


その残念な存在がありがとう。


と馬鹿な妄想をしていると外に男の足音がした。


扉が開き、ボブルが阿保面で帰ってきた。


「姉貴よー、外にある人力車何?誰か来てんの?」


と入って来るなり言う。


俺は隣の部屋から料理の皿を持って、入り口の前の広い部屋に入る。


「よ」


とだけボブルに声をかける。


「え!?」


とボブルがフリーズする。


「おい、早く手を洗ってこい。お前は学校でもいつも便所を出るときに手を洗わないだろ。知っているんだぞ。俺が手伝ったエリ姉さまの料理を、そんな不潔な手で食べさせる訳にはいかないのだ。ほらはよ行け!ハリアップ、ハリアップ!」


と奴が疑問を口にするより早く、駄目出しをする。


「あら、ボブルそれは本当なの?駄目じゃない。裏の井戸で手を洗ってらっしゃい!」


とエリさんが乗っかってくれる。


ボブルは頭の上にクスチョンマークを5,6個並べた顔でまた外に出て行った。


「お姉さん、今日の事件のことはボブルには内密に…」


と小声でエリさんに口止めをする。


「でも、命の恩人なのに…」


とエリさんは迷う様子だった。


「私の為を思うならお願いします」


懇願した。


「分かったわ。でもガルゼイ君が我が家の恩人なのは、何があっても変わらない事よ。だから何か困ったことが有ったら何でもいいから言ってね。私やボブルができる事なんてたかが知れているでしょうが、それでも、何か助けが必要な時は話してね」


「はい、その時はお願いします」


とだけ答えておいた。


俺が困ったときは、恐らく本当に取り返しのつかないときだろう。


そんな時にこの善良な家族を俺が頼ることは無い。


絶対に無い。


だが、その気持ちだけを今は受け取っておこう。


「やっぱり変だ!」


とボブルが入り口の扉を荒々しく開けて入ってきた。


「この馬鹿め!そんなに大きな音で戸を開くな。それでハルマ教官に何度も殴られたのを忘れたか!ほら早く席につけ!今日はお前の誕生日だろ!」


と疑問を口にする暇を与えずに立て続けに駄目出しをする。


「あら、ボブルそれは本当なの?。駄目じゃない。早く席に着きなさい!」


とまた、エリさんが乗っかってくれる。


ボブルはまた頭の上にクエスチョンマークを5,6個並べた顔で席に着いた。


「今日はボブルの誕生日ね。あなたも20歳になったのね。これからも元気でいてね。それじゃあみんな食べましょう」


とボブルの母が音頭を取って、いつもより少し豪華なボブル家の夕食が始まった。


俺は何事も無かったように、一緒に食事を食べた。


エリさんとエリさんの母が作った料理はどれもとてもうまかった。


肉には薄くスライスしたものを重ねた隙間に、ふんだんに各種スパイス塗りこまれていて、ゼスの屋台の肉焼き串を思い出した。味は同じで無かったが似た系統の味だ。こういう焼き肉は、各家庭に伝わる伝来の味があるのだろう。


以前、赤毛の子供を使いにした時は、ゼスの屋台の串焼きを食べ損ねたが、今日の食事でその時食べられなかった分を取り返せた気分だ。


満足、満足。


そして、その後、食事の合間にボブルが疑問を口にしようとするたびに、逆に奴に駄目出しをして、それにエリさんが乗っかるという事を繰り返した。


しまいにボブルが発狂して、


「何でもいいからこの状況を説明してくれー!」


と叫んでいた。


「ああ、道でエリさんとばったり会ってな」


と、適当に答えておいたが、奴の頭の上にはずっとクエスチョンマークが並んだままだった。


外の人力車は俺からボブルへのプレゼントと言うことにしておいた。


「それにしても、なんだって人力車なんだ?」


とボブルの頭上のクエスチョンマークの数がどんどん増えて来る。


(悩め、若人よ!その葛藤が君を成長させるのだ!)


と自分の無成長ぶりを棚に上げて、俺は心の中でボブルにエールを送った。


この世界の夕食は早い。日が暮れる前に食べ終わり、暗くなったらもう寝るのだ。


俺も陽が暮れる前にボブル家を後にして家路についた。


別れを告げるのが嫌で、こっそりと家を出て歩き始めると、後から慌てたボブルが追いかけてきた。


「ガルゼイ!なんで、何も言わずに帰るんだ?」


俺は顔半分で振り向いた。


「日暮れ前に帰りたいんだ。最近この辺は物騒だという話じゃないか」


「お前、もう体調はいいんだろう?なぜ、騎士団予備校に復帰しないんだ?」


「ああ、まだ、体調が良くない。日常生活は問題無いが、激しい鍛錬はまだ無理だ」


「そうか…、体が良くなったら、復帰するんだよな?このまま辞めるなんてことは無いよな?」


と、痛いところを突いてくる。


「ああ、せっかく入学したからな。辞める訳ないだろう」


と、嘘を言う。


「みんな、待ってるぞ。最近、平民女子生徒の間で、『黒の魔人ガルゼイの評判を上げる会』という会が発足したんだ。主役のお前が復帰しなかったら、彼女たちも張り合いがないだろ?」


と聞き捨てならないことを言う。


何だ?


『黒の魔人ガルゼイの評判を上げる会』って。


それはやめた方がいい。


こんな、極悪人に肩入れして、いい事は無いのに…。


まあ、俺が学校を辞めれば、どのみち自然消滅するだろし、いいかな。


「デーゲンさんも近衛騎士団に行って居なくなったし、俺も鍛錬の相手が居なくなって、最近は中立派の第三剣術部で鍛錬しているんだ」


「そうか、やっていけているのか?」


「ああ、デーゲンさんに比べれば、みんな大した事はない。デーゲンさんやお前と模擬戦をしていて自分が弱いんだと思っていたけど、他の連中とやってみると、自分が強くなっているのがよく分かった。競技剣術ではまだ全敗だけど、ただの潰し合いなら士官科の上級生相手でも負けなくなってきた。俺を舐めて、潰しに来た連中はみんな返り討ちにしてやった。俺は来年、士官科に転科するつもりだ。俺の目標は剣でのし上る事だ。ただの雑兵で終わる気は無い」


と胸を張って希望を語るボブルの姿が、ただ眩しかった。


「なぜ、そんな話を俺に?」


「お前も俺と一緒にのし上がろうって話だよ。早く戻って来いよ」


と恥ずかしそうに言い、踵を返してボブルは自分の家に戻って行った。


(それは、無理な話なんだ…、お前だけでのし上ってくれ。すまない…)


と、胸の中に空しさの風が吹き抜けていくのを感じていた。


帰り道に、ヒャッハー達を倒した細道に行ってみたが、戦闘の形跡も、奴らの姿も、どこにもなかった。あの体でどこへ行ったのだろうか。あるいは、今まで強盗で稼いだ金で神殿に行ったか。もしくは、奴らに恨みを持つ他の人間に消されたか。あのヒャッハー達がどうなろうが知ったこっちゃない。生きるにしろ死ぬにしろ、後は自由に勝手にしてほしいと思う。

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