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56 ガルゼイ必殺○○人

その後、親切な人力車夫のお兄さんの縄張りを離れて、人気の少ない王都の外れ、ランス川の方まで足を向けた。


途中で見覚えのある通りに出た。


(ここは…)


そこは俺が日暮れ後に歩いていて、ごろつきに腹を刺されて捨てられた通りの近く、ごろつきに絡まれた酒場の側だった。


明るい昼間に見ると大分雰囲気が違うので、気付かなかった。


見回すと、あの時ごろつきヒャッハー達が出てきた酒場がある。


今は昼間なので、酒場兼食堂として営業しているようだった。


堅気の労務者風の人々がひっきりなしに出入りしていた。


(まさかあのヒャッハーたちは居ないだろうな)


と思って店の中を覗くと、一番奥の席で、見覚えのある『ヒャッハー』達が6人で昼間から飲んだくれていた。


(あいつら、俺を殺しておいて、どこにも逃げていないのか。俺が死んだと思って安心しているのだろうな)


連中の能天気な顔を見ていると、馬鹿馬鹿しくなった。


次に会ったら復讐してやろうと思っていたが、絡まれたとはいえあの時に先に手を出したのは俺の方だ。俺はこうして生きているのでまあいいか言う気持ちになった。


店の前を離れようと思って車を引き始めると、前回俺に最初に絡んできたヒャッハーその①が興奮した顔で小走りに店の中に入って行った。店をもう一度のぞくとヒャッハー①は他のヒャハー達のテーブルに行き、何やら小声で話している。


『遠耳』を発動して、連中の話を聞く。


「いいカモが来た。女だが、ちっと小金を持っている。財布の中に金色の光が見えた。多分金貨だ。一人で買い物をして、こっちに歩いてくるところだ」


「女か、顔はどうだ?」


「悪くない」


「そうか。それなら女も金も両方いただきだな」


と言い、男たちはニヤニヤ笑っている。


(ああ、こいつらはただの飲んだくれじゃない。真性の屑だ。俺だけじゃなくて他の人間も襲って食い物にしているんだな。それなら話は別だ。こいつらの息の根を止めておかないと…)


俺は残忍なガルゼイ風味を多めに表に出した。


俺はこれから奴らを殺そうと思う。


人殺しは初めてだが、ああいう連中が相手なら、良心が痛むことも無い。最近、意地悪エルフにいたぶられてストレスが溜まっていたので、ここでそれを発散させてもらおう。


ちなみに、意地悪エルフに対して『奇麗なお姉さんなら踏まれていいかな?』と思っていたのはあの時だけで、その後そんな気はかけらも起きていない。あのエルフの見た目に騙されてはいけない。


中身は業突く張りの偏屈マッドサイエンティスト・クソババアだ。


美しい見た目に驚いたのは最初だけで、今や、奴の胸の谷間を目の前に突き出されても、中身があのババアかと思うと何も感じなくなった。無駄にでかい脂肪の塊が二つあるだけの事だ。


鈴木春馬氏の女の好みのセンスの悪さには心底あきれ果てる。


ミーファの方が100倍1,000倍10,000倍も、あの意地悪エルフより美しい。


まあ、そんな愚痴は、今は横に置いといて…


(相手は7人か…まあ、何とかやれるだろう。俺も前より強くなった。しかも今回は武器もある)


何かあった時の為に、ハードウッドの警棒を二本、座席の下に隠してある。木の警棒と言えど、当たれば骨が砕ける得物だ。いざとなったら、闘技会の時の玉砕戦法で行く手もある。守りを無視して攻められるというのは、紙一重の戦闘の世界ではとんでもないアドバンテージになるのだ。


死兵と言う奴だ。


その死兵が急所を刺しても死なずに、両手で武器を振り回して突っ込んできたら、こんなに恐ろしいことは無いだろう。あの闘技会で『黒の魔人』の二つ名が俺についたのも決して大げさな話では無かったのだ。


(へっへっへっ、このガルゼイ様の性格の悪さを舐めるなよ。配慮しなくていい人間が相手なら、この俺はいくらでも残酷になれるぜ)


と店の横で客待ちの振りをして、通りを眺める。すると王都側から蔓草で編んだ大きな籠をもった若い女性が道を歩いてきた。


くすんだブラウンの髪を首の後ろでひとまとめに括っている。


平凡だが整った顔立ちをしている。


どこかで見たような顔だが、どこで見たのか思い出せない。


まあ、似たような人は広い王都でたくさんいるから、他人の空似だろう。


高い服では無いが清潔でこぎれいな身なりをしている。


物取りに会わないようにとの配慮だろう。高価な装飾品やアクセサリー類は一切身に付けていないが、買い物の時に財布の中身をヒャッハー①に覗かれたのはまずかった。


そういえばゼスのおっちゃんが、ナコねーちゃんに串焼きの釣銭を渡すときも神経質くらい周りに見られないように気にしてくれていた。


それだけ油断も隙も無い街なのだ。


店から7人のヒャッハーがぞろぞろと出てきた。


(『7人のヒャッハー』なんて映画のタイトルにもならないな)


と下らない事を思った。


男たちは、食堂兼夜飲み屋の店の前を横切る買い物籠の女性を、いやらしい目で舐めるように見てニヤニヤする。


女性が男たちの視線に気づいて、チラ見する。


そして、顔色を悪くして、速足で店の前を通り過ぎていく。


男たちがゆっくりとした足取りで女性の後を歩き始めた。


俺も男たちの後ろを偶然の感じで距離を開けて付いていく。


かなり歩いてだんだんと道が寂しくなってくる。女性が人の気配に後ろを横目で振り向く。


ぞろぞろと集団でついてくる男たちを確認して、女性は更に歩く速度を上げる。


男たちも少しずつ速度を上げて徐々に女生との距離を詰め始める。


(そろそろか…)


俺は人力車を強く引き、男たちの集団を追い抜いた。そして、女性に追いつくと、その横を並走する。


「お姉さん、いいですか?」


と女性を警戒させないように笑顔で話しかける。


こちらは子供の風貌なので、そう警戒はされないはずだ。


女性がこちらを見て、俺の顔を見つめて一瞬戸惑ったように考える素振りを見せた。


「今、お姉さんは質の悪い連中に付けられています。あいつらは物取りです」


と最低限の情報を手早く伝える。


「車に乗ってください。あいつらを振り切ります。どうか私を信じて。お願いします。あなたを助けたいんです」


と彼女に懇願するように言った。


女性は俺の顔を見つめていたが、すぐに決断した様に頷いた。


「ええ、あなたを信じます」


と言う。


俺が人力車を停めると、すぐに身軽に座席に飛び乗ってきた。


こんな時だが、買い物かごを投げ捨てずに、膝に大事に抱えているのが、堅実な主婦?っぽい。


俺は軽快に走り始める。


後ろのヒャッハー共も慌てて走り始める。


俺は連中がついてこられるギリギリのスピードでゆっくりと走った。


俺が本気で走ったらあんな酔っ払いどもはついてこられないが、それでは、奴らを『殲滅』することができない。


俺は連中が諦めないくらいの速度でわざとゆっくりと走り、あえて人気の少ない細道を行く。


一つ気懸りだったのは、女性が俺とヒャッハー達をグルと疑って逃げる事だったが、座席の女性の顔を盗み見ると真剣な表情でただ真っすぐに前を見つめていた。


(大丈夫そうだな)


女性は意外と度胸が据わっているようだ。


俺は脇道の無い長い細道を見つけて入る。人力車が一台入ると、向かいからの通行人一人とやっとすれ違えるくらいの細道だ。


ここならいい。


俺もここなら同時に二人までしか相手にしないで済む。


俺は人力車を停めて、女性の手を取って車から降りるように促す。


「さあ、あなたはここから反対側に逃げて下さい。それと、申し訳ないけどその買い物かごはあきらめて下さい。それを持って逃げたら、遅くなってしまいます」


と言い、彼女の手から買い物かごを受け取って、道の端に置いた。


「さあ、早く。ここは私に任せて」


と言い、人力車を横倒しにして完全に道を塞いだ。


女性は戸惑いながらも俺の言う通りに細道を小走りに進んで行った。道は右にカーブしていて、女性の姿はすぐに見えなくなった。


(さあ、戦闘開始だ)


俺は人力車から引き抜いた、二本の太い警棒を両手に構えて男たちを待ち構えた。


見るからに運動不足の男たちが、じきに足音をどたどたさせて追い付いてきた。


「このガキ!よくも女を逃がそうとしやがったな!」


と息も絶え絶えの様子で、皆肩で息をしている。


「逃げきれねえと諦めたか。てめえ、俺たちを走らせやがって、死んで詫びやがれ!」


と先頭の男が短刀を懐から出して白刃を引き抜いた。


他の男たちはのんびりと休んでいる。


大勢いるのだから人を分けて、反対側から別ルートで女性を追いかけることも出来るはずだが、そこまでの知恵も回らないのだろう。それか、俺を一瞬で制圧して、すぐに女性を捕まえられると考えているのだろう。


甘い。甘すぎる。


砂糖よりも、蜂蜜よりも、コンデンスミルクよりも、甘い。


所詮はごろつきだ。


子供の見た目に騙されて、相手の実力を過少評価している。


こんな場所で待ち受けるのだから、、何か勝算があるやもと疑ってかかるべきなのに、そんなことも考えないで、ただただのんきな顔をしている。


今、お前らの目の前にいるのは、異世界から来た破滅の使者だと、じきに気付かされるというのに。


なんて間抜けな連中なのだろう。


俺は自分の口が下弦の月のように、邪悪な笑いの形に吊り上がっていくのが分かった。


先頭の太鼓腹のヒャッハー②が無防備に短刀を突き出してくる。


遅い、遅すぎる。


ミクル・ジン・マルーク先輩と死闘を演じた俺の目には、ヒャッハー②の動きがスローモーションより遅く感じた。


これは、こんな細道で待ち受ける必要は無かったか。


広い河原で対決した方が早く片が付いたはずだ。


俺はヒャッハー②の短剣を持つ右手首の関節部分を、右の警棒で上から叩きつけた。


関節ごと骨の砕ける感触が手に伝わる。これでこの手は二度と短刀を持てない。


関節が砕けたら、治癒魔法でももう治せないのだ。


もしちゃんと治すなら、前世の先端医学知識で手術して骨の位置をそろえる必要がある。


ただ、前世の医学でも関節の軟骨の再生は出来ないから、治ったとしても手は一生不自由になることだろう。


ざまあみろ。


最初は問答無用で殺そうかと思ったが、気が変わった。


それよりもこいつらは生き地獄を味あわせてやった方がいい気がする。


生きて人生の辛さを思い知れ。


右手の関節を砕いた返す刀で左の膝頭の真ん中に正面から警棒を叩きつける。


膝の関節が派手に粉砕骨折する音がした。


これでこいつはもう歩けない。


ざまあみろ。


ヒャッハー②が崩れ落ちて、後ろの男たちは何が起きたのか分からない顔でぽかんとしていた。


分りやすく説明してやる。


「ああ、貴様ら、今この馬鹿の腕と膝を砕いた。こいつはもう右手で飯も食えないし、まともに歩けなくなった。ほら、他のお友達も骨を砕いてやるから、さっさとかかって来い。面倒だから一度に来い。俺も暇じゃあないんだ。あまり俺の時間を浪費させるな。お前ら程度のゴミムシにこの『黒の魔人』様が直々に相手をしてやるのだ。光栄に思えよ」


と言い、首にかけた魔術具の魔石を回して効果を切った。


俺の髪色が漆黒に変わる。


「お、お前はいつかのガキ!殺したはずなのになんで?」


とヒャッハー①が混乱していた。


「私があの程度で死ぬと思うのか?おめでたい奴らだ。貴様らは自分が誰を相手にしているのか知らないのだな。この王都に住む人間なら一度は私の名前を聞いたことがあるだろう?私はガルゼイ・リース・ヘーデン。今、王都で『黒の魔人』と言う二つ名で知られ王都市民から恐れられている男だ」


と言うとヒャッハー③が短刀を引き抜いて前に出る。


「てめえ、てめえが、あの『子供殺しの悪魔』か⁉」


と古い二つ名を持ち出す。


「ああ、よくもその二つ名で私を呼んでくれたな。不愉快だ。まったく不愉快だ。貴様ら下賤のクズ共は、情報の更新がエルフの学者並みに遅いのだな」


と吐き出すように俺は言った。


「エ、エルフだ?何を言ってやがる!」


「貴様はもうしゃべるな。耳が腐る」


と言って、③の右手と左ひざをヒャッハー①と同じように砕いてやった。


「うげはがあー‼」


と男は喧しく叫ぶ。


「うるさい!」


とその口元に警棒を振り下ろす。


顎が砕けて、③は血のあぶくを吹いた。


「さあ、後がつかえているぞ。早くしろ。だが、貴様ら安心しろ。殺しはしない。そして、もし貴様らの傷が癒えることがあるならいつでも復讐しに来い。このガルゼイ・リース・ヘーデンはいつでも相手になるぞ。私は逃げも隠れもしない」


と言い放った。


このヒャッハー共が、間違っても今後さっきの女性に関わることが無いよう、に全ヘイトを俺に向けておく必要がある。


まあ、こいつらは今後普通の生活が出来ない体になるから、復讐などがそもそも不可能な境遇になるのだが、念のためだ。


「同時に行くぞ!」


ヒャッハー④、⑤が横に並んで短刀を突きだしてくる。


「やっと頭を使ったか。だが所詮は猿知恵だ」


と左右同時に、左右の警棒で手首の関節を砕き、二激目で膝を砕く。


「おい、簡単すぎるぞ!これではまるで俺のストレス発散にならないではないか!だらしない奴らめ!」


と俺は苛ついて叱咤した。


残りの①⑤⑦ヒャッハーは顔色を悪くして腰が引けている。


「うわー‼」


ヒャッハー①が⑤と⑦を俺の方に突き飛ばして、踵を返して逃げ出す。


俺は左右の二激で同時に無駄なく、⑤と⑦の手首と膝を砕き、転がるヒャッハー共を一足飛びに飛び越えて、ヒャッハー①の背後に迫る。


「お前らヒャッハーの行動パターンはいつも同じなのだな」


と後ろから手加減した一撃で、腰を打ち据えた。


腰骨を折ると半身不随になって、この世界ではさすがに生きていけないので、それはやめておいた。腰が痺れて動けなくなっているところで、膝の裏から叩きつけて左の膝を砕く。そして、硬く踏みしめられた、小石交じりの土の道に投げ出された手首も上からの警棒で砕いておく。


よし、一丁上がりだ。


こいつらが弱すぎて、自爆作戦の出番は無かった。


不完全燃焼だ。


つまらん。


俺は横倒しにした人力車を起こして、座席の部分に女性の置いていった籠を載せた。籠の中を覗くと抗菌作用のある大きな葉に包まれて大きな肉の塊が入っていた。他に野菜や、黒パン、チーズに岩塩らしき固まりの包みもある。これは数日分の食料だ。あの女性が逃げるときも、持っていこうとした気持ちが分かった。


あんなに簡単に済むのなら、持って行ってくれても良かったなと後悔した。


あの女性はもう遠くに逃げてしまっているはずだ。


行き先を知らないので探すのも難しいだろう。


自分の失策にため息をついて、俺はとぼとぼと細道を奥に進む。


するとカーブの曲がり切った先に先ほどの女性がたたずんでいるのが見えた。


「あれ?なんでこんなところに?逃げなかったんですか?」


と尋ねる。


「ええ、ここで終わるまで待った方がいいかと思って」


と女性は言った。


「その黒髪…」


と彼女は言う。


うっかりした。また魔術具を発動させて色を変えておくのを忘れた。


「あ、いや、これはですね…」


と慌てて頭を隠そうとしたがもう遅かった。


俺が『ガルゼイ』と知られたら、この女性を怖がらせてしまうに違いない。


「いえ、ガルゼイ様ですよね。最初から分かっていました。髪の色は違っていましたが、ガルゼイ様の顔を見間違うことはありません。お久しぶりです。私の名は『エリ』です。覚えていらっしゃりますか?」


と彼女は言う。


(エリ、エリ、エリ…最近、どこかで聞いた覚えが…、しかし、どこだ?)


「分かりませんか?ボブルの姉と言えば分かりますか?」


「あっ!ボブルの!」


そうだ、そういえばボブルから姉の名前を聞いていたのだ。


と言うことはこの人はかつての俺が濡れ衣を着せて解雇したメイドさんと言うことになる。


「その節は申し訳気ございませんでしたー!」


と叫んで、その場で俺はジャンピング土下座をした。


前世の35年の人生でも2回しか発動したことのない、必勝ジャンピング土下座を思わずここで発動してしまった。


亀が身を縮めるような美しいフォームで、きれいに土下座が決まった姿が脳裏に浮かぶ。この時に肘を広げるか、肘を脇に付けるかの判断が迷うところだ。肘を開けば申し訳なさが強調されるが、フォームとしては肘を閉じた方が流れるような流線形になり、見た目が美しい。


今回は美しさを重視する流線形フォームを採用してみたが、どうだろうか?


顔を少し上げて彼女…エリさんの反応を窺う。


エリさんは唖然とした顔でフリーズしてこちらを見下ろしていた。


「一体、何を?」


と状況の把握ができていない様子だ。


やりすぎたか?


俺はすぐに立ち上がって、普通に気を付けの姿勢から、45度の角度で頭を下げた。


(これならいいだろう)


「私はかつて、あなた様に濡れ衣を着せて、解雇した愚か者です。あれは間違いでした。本当に申し訳ありませんでした。不肖ガルゼイ、心底反省しております。この場で貴女からどんなお叱りを受けたとしても、甘んじて受け入れる所存であります。どうぞ、お叱り下さいませ!」


と言いそのまま頭を下げ続けた。


「何と言っていいのか…」


とエリさんは当惑している。


「まずお礼を言わなければならないのは私の方です。あの強盗達から命を救っていただき、本当にありがとうございました。実は最近この辺で女性ばかり狙った、強盗殺人事件が頻発していて怖い思いをしていたのです。中には行方不明になって帰らない人もいます。明るいうちに買い物に出れば一人でも大丈夫だと思っていましたが、考えが甘かったです。

ボブルに言われたとおりに、弟が帰ってから買い物に出かけるべきでした。ガルゼイ様が居なかったら私も奴らの餌食になっていたところです。私が以前解雇されたことなどは今回の恩に比べたら物の数にも入りません。ガルゼイ様は私の命の恩人です」


とエリさんは早口で、一気に話す。


「へ?では私への恨みは?」


「そんなものとっくの昔にありませんよ。退職金も頂けましたし、新しい仕事のご紹介も頂きました。ボブルから最近のガルゼイ様の様子も聞いています。大勢の平民の女生徒の為に尽力されたとか。あのボブルは、入学前はガルゼイ様をぶちのめすと言って、私が止めるのも聞かないくらいだったのに、騎士団予備校に入学してからは、ガルゼイ様の凄い話ばかりを嬉しそうに話すので、こちらが逆にびっくりしてしまったくらいですよ」


あのボブルの阿呆め。よりによってそんな話を家でするとは、恥ずかしいにも程があるぞ!


俺は今自分の顔が赤面しているのが分かった。


(なんという屈辱。ボブルめ、一度ならず二度までもこのガルゼイを恥ずかしめるとは、ふてえ野郎だ!)


「それでは、そういう事で…」


恥ずかしさに耐えかねて俺はその場から立ち去ろうとした。


その俺の服の裾をエリさんが両手でつかんで離さない。


「え、この手は?」


「今日は我が家にいらしてください。狭い家ですが、恩人をこのまま返したら、母やボブルに叱られてしまいます。大したものはありませんし、ヘーデン家のようにおいしい物は用意できませんが、どうか私を助けると思ってお付き合いいただけないでしょうか?」


とお願い口調で言うが、両手はしっかり俺の服を掴んで離さない。


庶民の女性は強引で押が強いと聞いたことがあるのを思い出した。


これは、俺が『うん』と言わないと手を離してはくれなさそうだ。


「え。了解いたしました。え。それではお宅に伺わせていただきます。え。え。え…」


と煮え切らない返事をしておいた。


するとエリさんの顔が満面の笑顔になった。それは野の花が陽の光の下で咲き誇るかのような華やかさで、その無防備な美しさに思わず胸がドキリとした。

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