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52 魔術具を探す

騎士団予備校は怪我の療養のためと言う理由で、無期限に休校するということとした。


あの学校に通ってもこれ以上得るものは無いし、学校でミーファのサポートをするという、最大の通学理由が無くなったためだ。今は『休校』と言うことにしているが、折を見て退学届けを出そうと思う。


学校でのミスラン公爵派貴族の俺への反感が予想以上に強かったのを感じた。俺があの学校にこれ以上通ってもトラブルに発展する未来しか見えない。そのことでミーファの足を引っ張るつもりは無いのだ。


母上は反対するだろうが、その辺はおいおい説得することにする。


それで俺は今、王都東の旧市街の外れに来ている。


この場所は旧市街の中でも場末の場所になり、急な坂の地形に、曲がりくねった小道が縦横に走っている怪しさ満点の場所だ。区画としては旧市街に分類されているのに、旧市街を囲む城壁の内側に入れてもらえなかった曰くつきの地区だ。


通称『まじない坂小路』と呼ばれる一角で、魔術関連の書籍や、魔術具を売る店の集中するエリアだ。


なぜ俺がこのエリアにいるかというと、今回の決闘で、才能ある人間と、自分の剣の実力の天と地ほどの差を思い知らされたからだ。あの決闘試合は競技剣術のルールで行われたので、俺にも対抗手段があったが、あれが殺し合いだったら、俺は手も足も出ずに一息に殺されている。


まあ、黒衣の老人の力がある限りは簡単に死なないが、急所を何度切られてもぴんぴんしている様子を人に見られでもしたら、それこそ本当に魔人認定をされてしまうだろう。


そんなことになれば、屋敷の家族達(モンマルやベスなど他の使用人を含む)に迷惑をかけることになる。


今更命を惜しむ気は無いが、ガルゼイとして背負う物が増えて、以前のように簡単に死ねなくなってしまった。


それなら、自分の実力を底上げして、少しでも選択肢を増やせるようにしたい。


あの達人のモンマルですら魔術具を切り札にしている。


俺は俺の切り札を手に入れなければならないのだ。


と思い、朝から何件も魔術具店を梯子をして店を覗いているのだが、中々いい物が無い。


魔術で温風が出る筒などが売っていたので、ミーファの長い髪を乾かすのにいいかと、お土産にしようかとも思ったが、使う魔石の金額を考えたら、とんでもなく高くつくので、買うのは止めた。


この国での魔術の立ち位置は『便利な日用品』の範疇から出ないもので、戦闘用のアイテムの開発はされていないようだった。やはり、魔術の本場は『東の帝国』と言う話は本当のようだ。


まじない坂小路にはその名のとおり、まじないの店や、占い店、タリスマンのような幸運のお守りグッズを扱う店も多く軒を連ねている。また雑貨屋的にその全てを取り扱っている店もある。


占い店の店先には、『良く当たる』とか、『失せ物見つけます』などの宣伝文句の看板がぶら下がっていて怪しさ満点だ。


グネグネ曲がる坂道をひたすら降りていき、道はどん詰まりになる。坂の終わりの方は、湿地帯になっていた。


この坂をまた上まで登るのかと思うと憂鬱になった。


ここへ来るまでに、10体ほどの霊体を成仏させてそのエネルギーを取り込んだので、体は疲れていなかったが、気持ちが疲弊していた。


どこかで座って休みたいと思っていると、道の突き当りからさらに細道が左の奥に伸びているのを見つけた。


眼でその先を追うと、小さな怪しい屋敷が見えた。


その軒先には『魔術具』とだけ書いたシンプルな木の看板が下がっている。


その店で、休憩がてら物色してから上に戻ることにした。


細道を進み、高床になっている階段を10段ほど登り、板敷きの店の入り口前のテラスに立つ。


古い木の扉に手をかける。


扉に鍵はかかってなく、軋みながら店内に開く。


いくつかのランプに明かりが灯る、店内は薄暗い。


人の気配がない。


奥に二階への階段があるので店主は二階に居るのかもしれない。


店内を見回す。


ガラクタにしか見えない古い道具類があちこちの棚に並んでいる。


魔術書の様な本が本棚に並んでいて、その一冊を手に取るが、外国語で書かれた本らしく何を書かれているのかまるで分からなかった。


諦めて本を戻す。


店の奥に行くと精巧な人形がいくつも棚に並んでいた。


顔が人間のようにリアルで不気味だ。


(まるで呪いの人形だな…)


店の暗さに目が慣れてくると、奥の机の所に一人の人間の姿のあるのが分かった。


灰色のフードを深く被った老婆だ。


「あの、店を見させてもらっています。何か戦闘に使えそうな魔術具は扱っていませんか?」


と声をかけるが、老婆からの返事は無い。


寝ているのだろうか。


まさか、死んで無いよな。


そういえばこの店の中や周囲には霊が全くいない。


怪しさ満点の店だが、不浄の者を寄せ付けない結界でも張っているかのようだ。


目の前の老婆も死んでいるのならその辺に霊が居てもおかしくないはずだ。


ここは彼女が起きるのを待つか、それともこのまま帰るかだ。


どうしたものかと棚の一番上に置いてある、黒いフクロウのような鳥の人形に目をやる。


良くできた人形だ。


一見剥製のようにも見えるが、くちばしの継ぎ目や、脚の素材などから、人工物であることが分かった。

その鳥を観察していると鳥が瞬きした様に見えた。


気のせいかと傍によって、よく観察する。


鳥の瞳の中がレンズの焦点を合わせるように動いていた。


(これ、まさか監視カメラ?この世界にそんな高度な技術があるのか?)


とその鳥を手に取ってみる。鳥は『きゅわっ、きゅきゅ!』何か機械の動くような音を立てて、俺の手から逃れようと翼を動かす。


これは凄い、こんな精巧な人形は始めてみた。


思いがけない発見に興奮して、もっとよく見ようと人形に顔を寄せる。


すると頭がふらついた。


(何だ…)


何かに憑依する時のもうろうとするようなあの感覚が襲ってきた。


そして、手に『ザリッ』というあのマジックテープを張り付けるような感覚が有り…。


次の瞬間俺は俺の顔を見ていた。


俺は人形を手に持ち、それを見つめている。


同時に、俺は体を俺に捕まれて、黒髪の少年の姿の巨大な俺を下から見上げている。


二つの異なる視点が俺の中で共有されていた。


(なんだ、これは?)


意味が分からず混乱した。


今俺は確かに何かに憑依した。


しかし、ガルゼイの体から出てはいない。


視野が歪んで、頭がふらつく。


とにかく気分が悪い。


意識がもうろうとして俺はその場にへたり込んでしまった。


すると視界の奥で老婆が立ち上がるのが見えた。


キリキリと歯車の回る様な機械音がする。


老婆は硬質な足音を響かせて、俺の正面に立ち見下ろす。


「ふむ…」


と彼女が口を開く。


「これはどうしたことかの…」


その声は音の良くないスピーカーから流れているような音質だった。


「鳥で見ていたら、『取られて』しもうた。この力は何だろう…」


と意味不明な事を口づさむ。


「まあ、この体では埒が明かん。直接行くから待っておれ」


とだけ言い、老婆はまた机の方に戻って行き、椅子に掛けてその動きを止めた。


二日酔いのように気分が悪く、吐き気がする。


そのまま俺は意識を失った。


「これ、起きろ、起きんか!」


と誰かに足を蹴られる。


「ん、んあ…」


と寝ぼけまなこで見上げると、そこに背の高い人影が立っていた。


これは夢か幻か。


身をかがめて俺を見下ろすその人は、女性だった。


ボディーラインを強調する、セクシーな黒いマーメイドドレスに身を包んだ妖艶な金髪の美女が、眉間にしわを寄せて俺を見つめている。


髪を結い上げていて、白い長いうなじが露わになっている。


「これ、お主は一体なんだ?」


とその妖艶な美女は俺に問う。


「何と言われましても…」


と、俺は返答に困る。


段々意識がはっきりしてくる。


女性の様子を改めて確認する。


歳は二十代中ごろくらいか?


整ったプロポーション。


身をかがめた胸のあたりに見事な双丘がせり出している。


広く開いた襟元から胸のあたりに掛けて、宝石やスパンコールの様な装飾が模様のようにちりばめられている。


顔は整っている。整い過ぎている。


俺は今まで見た中で、ミーファほど美しい人間は居ないと思っていたが、この人はそれを越えている。


いや、ミーファの美しさが劣るという意味ではなく、美しさの次元がそもそも違う感じだ。


ミーファの美しさを『人類の至高』とするなら、この女性の美しさは絵画に描かれた『美術的な美貌』とでも言えばいいのだろうか。


そして、俺の目は今、信じられないものを目の当たりにしていた。


俺の注意はその女性の美貌よりも、別のある一点に集中していた。


耳である。


彼女の耳は常人とは違っていた。


横に広くとても長く、その先は鋭利に尖っていた。


この特徴は…、


まさか…、


「エルフだあー!」


と俺はたまらず叫んでいた。


「わっ!」


と俺の声に女性がびっくりしてのけ反る。


「急に大声を出すな、馬鹿者が!」


「えっるふだ、えっるふだー!」


と嬉しくて横になったまま身もだえしてしまう。


「エルフがどうした?気持ちの悪いこどもだの。エルフを見るのは初めてか?」


「あいっ!はじめてであります!」


と感涙にむせぶ。


「ああ、それはよかったの。わしは学者でな。そういえばこのところ研究室からほとんど出ておらなんだ。買い物は助手に頼んでいたので、外に出るのは久しぶりじゃ。わしも一般人に会うのは久しぶりなのじゃ」


「うふうう、喋り方が『ロリババア』だー」


と俺はさらに感動した。


「誰がロリババアだ、この阿呆め。分かったぞ。お前さてはあれだな。転生者じゃな」


とズバリ当てられる。


「えっ、分かるんですか⁉俺の言うことが分かるんですね!?」


と俺は他国の辺境を旅行中に、ばったり道で日本人に会ったかのように嬉しくなった。


「ぐふわー!」


と俺はむせび泣きつつ、彼女の片足にしがみついた。


「わっ、この馬鹿!何をする!気持ち悪い!離れんかこの!」


と後頭部を何度も反対の足の踵で蹴られる。


「いい加減に…せんかぁー!」


と言うと、彼女の手から火花のような輝きがスパークして俺の全身が痺れた。


「あばばばっばあばば!」


とその場で痙攣する。


「少しは正気に戻ったか?」


とそのエルフは腕組して、俺を見下ろす。


「は、はい。すいません。予想外の事に取り乱しました」


と、謝罪する。


「うむよかろう。まずは立て。話はそれからじゃ」


と俺は立ち上がる。


立って並ぶと彼女は俺より頭一つ背が高かった。


やはりガルゼイはちびなのだなと、ため息が出る。


「で、子供よ、お主はなぜわしの店に来た?」


「なぜと言われましたも、何かいい魔術具が無いかと、探していました」


「そうではない。なぜこの店に入れたかと聞いている。この店には認識疎外の魔術が仕込んであったはずだ。ここはわしが認めた者しかたどり着けない場所なのだ」


「そういわれましても、見えた物は見えたので…」


「うーむ、らちが明かんな。それに、あの『鳥』でお主を見ていたら、急にはじき出されて、入れなくなった。まるで操作を乗っ取られたようだった」


「あ、そうです。私はこの鳥が良くできた人形だと思って、手に取ったら、そのまま視覚を共有した感じになって、気分が悪くなって、気を失ってしまったのです」


「なるほど、ということは、お主はわしが魔術で可能にした『意識転写』の術を魔術なしで実現したという事か…そのようなことが可能とはな…。これは面白い!」


と彼女は嬉しそうに手を打った。


「それよりも、教えてください。『転生者』とは何ですか?私はなぜこんなことになっているのですか?」


「転生者は転生者じゃ。生まれた時より異界の記憶のある人間のことじゃ。お主のようにな」


「私の場合はそれとも少し違うのです」


「違うとは」


「私はこの世界に生まれていません」


「生まれていない?なら、今ここに居るお前はなんじゃ?」


「この私は私で有って私では無いのです」


「言っていることが分からん」


「そうでしょう。ああ、ここであなたに会えたのは多分運命です。そうとしか思えない。あなたになら私の秘密の全てを打ち明けてもいい気がします」


と言うと彼女は嫌そうな顔で後ずさる。


「うー、聞きたい気持ち半分、関わりたくない気持ち反分と言ったところじゃなぁ…。あまり、重い話は嫌なんじゃがなぁ…」


「むっちゃ、重いです」


「あ、出口はそっちじゃ。もう帰ってー、さいなら」


「いえ、いえ、いえ、いえ、逃がしませんよ。あなたには私の全てを聞いてもらいます。覚悟してください」


と、俺は自分の首を右、左、と左右に水平にスライドさせながら、笑顔でにじり寄る。


「お主は本当に子供か?なんかおっさんの波動を感じるのだが…」


「良く分かりましたね。私は前世では35歳のおっさんで、しかも童貞でした」


「おい、その後半の情報は要るのか?」


「私の全てを知ってもらいたいので」


「それでその童貞のおっさんがどうした?」


「私はこの世界に異世界転生したのではありません」


「しかし、前世の記憶があるのだろう?」


「ええ、異世界転生でなく、霊体としてわたしはこの世界に来ました。言うなれば『異世界転霊』をしてきたのです」


「異世界転霊…、それは異なことを…。まずは始めから順番に時系列を整理しつつ、詳しく話してみよ」


と彼女は学者の顔の顔になる。俺の話に興味を持ったようだった。

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