50 ナコの独白6
「よっ、売れてるかい?」
久しぶりにゼスの屋台に寄ってみた。
「げっ!お前何しに来た」
と嫌そうな顔をするゼス。
「なんだよ、せっかく売上に貢献してやろうと思って、来てやったのに。ちょっとは嬉しそうな顔ぐらいしなよ?」
と腕組して正面からでかいゼスを見上げた。
「お前に関わると、平凡な俺の日常が、どんどん壊れていくんだよ」
「ふーん、であんたまた子供の世話してんの?」
と、ゼスの屋台で手伝いをしている、6、7歳くらいの赤毛の男の子を見て言う。
「ああ、こいつか。なんとなくな」
よく見ると屋台の裏の木箱に同じ赤毛の3歳くらいの女の子が座っている。
「あ、もう一人いるじゃん」
「んー、なんとなくな…」
「あんた、孤児院でも始める気?」
「馬鹿野郎、そんなんじゃねーよ。うちの物置の屋根裏にお前とエルの寝床を用意したのが無駄になったんでな、代わりにこいつらの寝床に使わせてやってるだけだ」
「あ、魔導師様…」
と男の子があたしの制服姿を見て呟く。
「まだ、違うよ。今はただの学生だよ」
「でも、魔法使えるんですよね。あなたはいつもゼスさんが話している、『ナコ』さんですか?」
「そーよ、あたしが有名なナコよ」
とちょっと自慢気に言った。
「かー、こないだまで河原で腹すかせて、泥貝食ってたやつがえらそーに」
とゼスが混ぜ返す。
「あー、そうなんだよ。あたし、周りからちやほやされて、最近ちょっとばかし調子にのってたんだよねー…」
「ナコさんみたいな有名な人に会えて嬉しいです。ゼスさんがナコさんと知り合いだって言っていたけど、絶対嘘だと思っていたんですよ。まさか、本当に知り合いだったなんて、ゼスさんすごい!」
と赤毛の男の子が興奮気味に話す。
奥の女の子もとてとて歩いて傍に来た。
「かわいい子だね」
とその赤毛の小さな頭を撫でてあげる。
女の子は嬉しそうにあたしの脚にしがみついてきた。
「ああ、こんなかわいい子、拾いたくなるよ」
エルを拾った時の事を思い出して胸が痛くなる。
「ナコさん、僕たちもナコさんと同じ赤毛なんです。火の魔法を使えるようになれますか?」
と男の子が期待にわくわくした感じであたしに訊く。
「ああ、保証は出来ないけど、やるだけやってみな。赤毛は火のマナを体に宿すって話だし、可能性はあるよ。でも、赤毛がみんな火の魔法使いになれるわけじゃないから、駄目でも落ち込むんじゃないよ」
と励ましてやった。
「時間があるときでいいからこいつらが魔法を使えるか、調べてやってくれねーか?」
とゼス。
「ああ、いいよ。でも、身寄りのないガキのを集めて、あんたらしいね。この子らも河原で拾ったの?」
「いや、こいつらは、この兄の坊主のほうが先に客で来た。ぼろぼろの孤児がいきなり串焼き5本買いに来たんで、つい、お前やエルの事を思い出しちまってな。それでほっとけなくなっちまった」
「孤児が豪勢だね。王国銀貨でも拾ったのかねー」
「それがな。背の低い、身なりのいい黒髪のガキに買い物を頼まれたって言ってるんだ」
「黒髪…」
「ああ、黒髪はここじゃあ珍しいだろ。この王都で黒髪のガキって言ったらあの糞野郎ぐらいしか見た覚えがなくてな。その黒髪はこのガキに銀貨を渡してそのまま姿をくらましたみたいで、そいつが何をしたかったのか、まるで分らん」
「そいつはどういうつもりなんだろうね。まさか、あの糞野郎がまた何か企んでいるんじゃないだろうね。ゼスの様子でも探っていたのかな?」
「俺は関係ないだろ」
「だって、あんたあいつの護衛をブチのめしたじゃん」
「あっ、あれがあったか…。でも最近は野郎も騎士学校で大人しくしてるって噂だがな。ああ、でもなんか卑怯な手を使って模擬戦をしたって話も聞くな」
「ゼスは何を他人事みたいに言ってんだよ。あいつはエルの仇だよ」
「そういうがな、俺くらい長く戦場に居ると、人の死に慣れちまうんだよ。そん時は悲しいが、酒を飲んで次の日にはもう死んだ奴のことは忘れている。毎日誰かが死んでいる中で、恨みや憎しみを持続させるのは結構難しいもんだぞ。今日夕方まで自分が生きていて『ああよかった』って思う日々が毎日続くんだ。とはいっても、俺のは戦場の話だからな。お前にしてみたら目の前でエルを殺されて、許せる話じゃねえよな…」
「ああ、絶対に許さない。必ずあいつをぶっ殺してやる。あたしは今その為に魔法を鍛えてるんだ」
「で、お前、『白銀の光巫女』に一撃で負けたらしいじゃねーか。あの壁新聞の話は本当か?」
「うー…、ゼスまで知ってんのかよ。くっそ、本当だよ」
「マジか?同年代でお前に勝てる奴がいるなんてな、世界は広いもんだぜ」
「魔法使いは魔剣士に相性が悪いんだよ。あいつらの身体強化は魔法を弾くんだ」
「ああ、知ってる。俺も『魔拳士』だからな。敵の前線に魔法使いが出たら、いつも俺の出番だったな。魔法を弾きながら突っ込んでいくと、敵の魔法使い共は慌てふためいて逃げていきやがった。それで、高火力の敵を追い払って、そのまま前線を膠着させるのを毎日やってたな。勝ちも無ければ負けも無いだらだらした戦場だ。
時間稼ぎがうちの傭兵団の十八番だった。栄光には程遠い戦い方だが、これが、戦場では意外と需要があるんだ。へたに勝っちまうと、恨みも買うし、敵がムキになってやり返してくるからな。はっきり勝たないで追い払う程度が、いいんだとよ。おかげであっちの戦場こっちの戦場と、10年もこき使われたぜ」
「で、そんなゼスに頼みがあるんだ。」
「なんだよやめてくれ。お前の頼みなんてどうせろくでもない話だろ。平凡な一般人を面倒に巻き込むな」
「あたしに、身体強化を教えてくれ!」
「炎帝にきけ」
「爺様じゃ駄目なんだ。あいつ意外にポンコツなんだよ」
「おいおい、この王都で炎帝様をポンコツ呼ばわりするのは、お前くらいだろうな」
「頼むよゼスの旦那」
「やめやがれ!」
「教えてくれないと。あんたがあたしの師匠だって、そこら中で言いふらすよ」
「ふざけんな!営業妨害だろ!」
「ふん、あたしは強くなる為ならなんだってやるって決めたんだ」
「質の悪い野郎だな。やり口が炎帝様に似てきやがったな。だが駄目だ。俺には屋台がある。このガキどもをほったらかしにはできん」
「そこは、大丈夫。代わりの店番を連れて来るから。凄く強い奴で頼りになるから。それでこの近所の魔法演習場で貸し切りにして、周りにばれないようにするからさ。頼むよ。この子たちの指導もその演習場でしてやるよ。ねえ、ゼスのおっちゃん。頼むよ」
と猫なで声で哀願する。
「くそ、逃げられねえか…。よし、その代わり、店番はしっかりした信用できる奴を連れて来いよ」
「期待しててよ」
と、交渉は順調に済んだ。それで、次の日の午後、学校をバックレて、あたしはまたゼスの屋台に行った。
「おーい、来たよ」
とゼスに声をかける。
あたしは後ろに5人の男たちを引き連れていた。
「こいつらが店番だよ」
と顎をしゃくって男たちをゼスに紹介した。
「おいおいおいおい、これはどういう事だ?」
と呆れたようにゼスが言う。
「なんで、ここに赤服様がいるんだよ」
と後ろのイザークににいちゃんを見て言う。
「こいつ、巡視隊の演習場にいた奴だろ。こんなお偉いさんに肉焼き串の店番をさせる気か?」
「ああ、この兄ちゃんは、昔はチンピラの親分で、祭りの屋台を仕切ってたこともあるんだってさ。土魔法使いのイザークさんね。で、うしろの四人はイザークさんの子分で、その他大勢のごろつき達」
と雑な紹介をした。
「ちょっとちょっと」
とイザークさん。
「ナコちゃん、これ何?仲間集めろって言うから、声をかけて集めたけど、店番って何?聞いてないんだけど」
「そりゃそうよ。言ってないもん」
「僕そんなに暇じゃないんだけど…」
「どうせ、昼寝でしょ」
「いや、今日は会議が…」
「無いよね。知ってるんだからね。ちゃんとエリスさんに聞いたし」
「でも、だからって屋台の店番なんて…」
「いいじゃんたまにはこんなのも。気分転換だってば」
「それ、僕が言うならいいけど他人が言うことじゃ無いよね」
「気にしない気にしない。手伝ってくれたら、エリスさんにイザークさんカッコいいって言っといてあげるよ」
「なっ、何を!?」
とイザークの兄ちゃんが顔を赤くした。
このにーちゃんは本当に分かりやすい。
「だって、イザークさんエリスさんのこと好きでしょ?」
「なななななななあなな、何を!?」
とひどく動揺している。
「大丈夫だよ。今のところ気付いているのはあたしだけだから。エリスさんにも言ってないよ」
「そんなことは…、そんなことは…」
「あ、でも店番してくれないなら、このこと爺様に言っちゃおうかなー」
「や、やめてよ!嘘でもそんな話が将軍に知られたら、面白がって何をするか分からないから!ひどいよナコちゃん!」
とイザークさんがあわあわしている。
慌てっぷりがむっちゃ面白い。
「うん、あたしも鬼じゃないからね。これから、ちょくちょく店番を頼むけどよろしくね」
とかわいく微笑んでみた。
「いや鬼だ」
「悪魔だな」
とイザークの兄ちゃんと、ゼスが一緒に言った。
それで、すぐ近くの魔法演習場にゼスと子供たちとで、出かけて行った。小さな演習場だけど、二人で貸し切りなら十分広い。
準備運動をして待つと、へんてこな訓練着に身を包んだゼスが二人の子供たちを連れてやってきた。
「何そのかっこ」
ゼスは、白い厚布を前で左右に合わせて、腰のあたりで黒くて太い帯で結んだ、異国風の服を着ていた。
「こいつは俺の『拳服』だ。こいつに袖を通すのは久しぶりだな。お前には俺の『拳法』を教えてやる」
「え、いや、あたしが知りたいのは身体強化で…」
「俺の身体強化はそれほど大したもんじゃないぞ。その俺がなんで、前線で魔法使い達と戦えていたと思う?拳法の呼吸法で体の中で『ジン』を練って、身体強化を底上げしているからだ。これなら大した魔力も使わずに、強力な身体強化が長時間できる。俺は魔法が使えないが、お前の様な魔法使いが、魔力を節約しながら魔法と身体強化を両方使うなら、このやり方を覚えるのが早い」
といつになく引き締まった表情でゼスが言う。
「え、『ジン』って何だよ」
「お前の新しい名前にも中名に『ジン』がついているだろ。あれはミスラン家の先祖が『ジン』を信仰していたことに由来しているんだぞ」
「だから、それ、なんだっての」
「マナの濃い場所にまれに現れる正体不明の精霊のようなものだ。今の神殿の神々とは別の系譜の土着信仰で、地方の農村などではよく『ジン』を祭った祠が道の端に作られている。一種の自然霊崇拝だ」
「その、自然の精霊を体に宿すって事?」
「そういう感覚だ。自然のマナを体に取り入れて練り上げるんだ。それでこんなこともできる」
と言って、ゼスは演習場の端に転がっていたレンガを持って来た。
何をするのかと見ていると、左の手のひらにレンガを載せて、右の人差し指と中指を真っすぐ伸ばして、レンガに叩きつけた。
すると、レンガは指で叩いただけなのに、真っ二つに割れていた。
「すげー、ゼスさん!」
と男の子がびっくりして喜んでいる。
隣の女の子は小さくてよく分かっていないようできょとん顔だ。
「これは、指先に『ジン』を集めて叩きつけただけだ。同じように人間を殴れば、骨も砕けるぞ」
「あ、そういえばうちの爺様が似たような事をやってた。素手ででっかいゴーレムをくだいてた。あたしがやり方を訊いても、『バキー』とか『ズガー』とか言うだけで訳が分かんないんだよ」
「ああ、炎帝様は天才だから、何も考えなくても最初から出来るんだろ。まれにそういう『ジン』に愛された人間が居るんだ。そういう天才にやり方を訊いても無駄だぞ。当たり前にできるんだから、ただ『同じようにやれ』としか言えないだろ」
「うんうん、ほんっとそんな感じ、あの爺様教え方が馬鹿みたいに下手なんだ」
「俺は天才とは程遠いが、俺の流派には1000年以上続く古来の知恵の積み重ねがある。『古式玄竜拳』と言う名の拳法で、魔法全盛の現代ではすたれて忘れられた拳法だがな。鍛錬によって、無才の人間でも超人への頂に挑むことのできる方法論が、大昔からすでに確立されているんだ」
ゼスに話を聞いているうちに、なんだかやる気が出てきた。
あたしも、素手でゴーレムをぶっ壊せるくらい強くなりたい。
「うん、やるよ!あたし、がんばってやる!よろしくな師匠!」
というとゼスが嫌そうな顔をする。
「だから、師匠はやめろと言ってるだろ。背筋が寒くなる」
「まあ、あんたにはとことんあたしに付き合ってもらうからね」
と言ってあたしが笑うと、ゼスは腕組して少し考えてから、演習場の屋根を見上げてた。
「俺の技を後進に伝える日が来るとはな。こんなカビの生えた拳法がまた世に出るのか…」
と感慨深そうにしている。
「なんだっていいよ。あたしはあたしが強くなりたいんだ。いまのままじゃ、あの銀髪女には勝てないからね。何かもう一つ決定的な何かが必要なんだよ!あんたの技はその何かになる気がするんだ!」
「よし、それじゃあ、まずは立ち方からだ」
「え、レンガをぶっ壊すのは?」
「馬鹿野郎、いきなりできるわけないだろ。普通は立ち方だけで覚えるのに三年はかかるんだぞ。それで次に呼吸方だ。『立ち方三年、呼吸六年』と言ってな…」
「あー、そんなのうがきはいいよ。あたしは天才らしいから三日で覚えてやるよ。もたもた三年もやってらんないってば」
「ま、やれるならやってみやがれ。出来たら次を教えてやる」
「よっしゃ、やるよ!」
と、あたしは天井に向かって決意の拳を突きあげた。
「やるぞー!」
と赤毛の男の子も真似して拳を突きあげる。
女の子はきょとんとしている。
そういえばこの子たちの名前を聞いてなかったね。
「ねえ、あんたたちの名前を教えてよ」
と尋ねる。
「僕はネロ、妹はエイダ」
「ネロにエイダね。これからよろしくね」
と言ってあたしはニカッといつもの感じで子供たちに笑いかけた。




