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49 ナコの独白5

魔法師団の演習場顔を出すなり炎帝の爺様が嬉しそうに飛んできた。


「たっはー!聞いたぞ!一撃で負けたか!わしも観に行けばよかったのー」


「楽しそうだね…」


と、あたしはトム爺様をジト目でにらむ。


「うむ、楽しいな。お前が一撃で敗れる敵だろう。うーむ、わしもその者と模擬戦をしたかったなぁ。残念なことだ」


「天下の炎帝様が学生と模擬戦?」


「まあ、指導試合と言うやつだ」


「爺様あいつに勝てるの?」


「何を言うか、このわしがぽっと出の学生に負けるわけが無かろうが」


「でも、エリスさんも負けてた…」


「学生と侮って、手を抜くからだ。だが、次やればエリスの勝ちだ」


「なんで分かるの?」


「相手が規格外の魔剣士と言うなら、最初からそれを封じる戦いをすればよい。熟練の魔導師はいろいろなえげつない搦め手を知っているからな。エリスは特に性格が悪い。相手の嫌がることばかりねちねち仕掛けて、実力を出させないで勝つのが、あ奴のやり方だ。普段はあんないい人の様な顔で澄ましているが、戦闘になると、ひどいものだ。相手を追い込んで楽しそうにニヤニヤ笑っているのだぞ。本当に性格が悪い」


と爺様は『性格が悪い、性格が悪い』と何度も言う。


過去に二人の間に何かあったのだろうか?


「もっとも、魔法師団上層部の魔導師で性格のいい者など一人もいないがな」


「へーえ、まあ、爺様を見ていれば何となく分かるよ」


「いや、わしはましな方だと思う。わしを魔法師団の良心と呼ぶ者も居るくらいだからな」


「誰が呼んでるんだよ。聞いたことないよ」


「どこかで誰かがきっとそう言っているはずだ。そういう風の噂を聞いたような気がする」


「妄想かよ」


「まあ、エリスの性格の悪さは間違いないがな。嘘だと思うなら、他の魔導師に訊いてみよ」


「えー、じゃあ、本人に訊いてみようかな」


と言ってあたしは爺様の後ろに目をやった。


演習場の入り口で、ジト目のエリスさんが立っていた。


腕組で壁に寄りかかっている。


「性格の悪い女、エリスです」


と言って爺様の方に歩いてくる。


「おまっ!また気配を消していたな!それは止めろと言っておるだろう!」


「将軍はひどいですね。私が子供の頃は、『かわいい、かわいい』と頭をなでてくれたのに、新しい娘が出来たら、過去の娘の悪口ですか?悲しいですよ私は」


「小さい頃はどんな生き物でもかわいいものだ。蛇だってちっこいのはかわいいぞ」


「つまり、将軍は私が蛇と同じだと?」


「あー、ところでエリスよ。次に『白銀の光巫女』と戦うとしたら、いかにする?」


「誤魔化さないでください。まったくもう!ええ、まあ、あの銀髪の小娘と次にやるなら、あんなに接近させません。まず、相手の顔の前に『光花』を飛ばして、視界を奪います。それで一気に5重の『光檻』で囲って、動けないようにして、後はどうとでも、できます。『光檻』は身体強化の魔力に反応して反発して逃げるように柔らかくしておけば、簡単には破られません。それで、相手が一つ光檻を破ったら、外にまた一枚檻をつくって、それを続けていけば、相手が先に魔力切れを起こしてへばります。そのまま檻に入れて、遮断しておけば息が出来なくて、気を失って終わりです」


「なっ、こういうやつだ」


と爺様はあたしに同意を求める。


「将軍。あたしは元々攻撃型の魔導師ではないんですよ。受けと、守りと、回復が私の専門なんです。将軍みたいなごり押し攻撃型の魔導師と一緒にしないでください」


とエリスさんはふくれ面になった。


「あいつにあたしのファイアーボールを食らわせたら、あいつ爺様のと同じ魔法で防いでたよ。体が白く光って、魔法が弾かれてた。しかも、服も燃えてなかった。これって、爺様より魔法が強いって事じゃないの?」


と疑わしそうにあたしが爺様に訊くとじいさまはあからさまに不機嫌な顔になった。


「ふんっ!それは素人考えというものだ。魔力をどこにどれだけ使うかと言う配分の事が分からん者がそういうことを言うのだ。あ奴ら、魔剣士は魔法が使えない分、魔力を身体強化に全振りしているのだ。わしは攻撃魔法に7割の魔力を配分している。残り3割だけを身体強化に使っているので割り振っているから、魔法が弱く見えているだけで、わしがその気になれば、服を燃やさずにお前の魔法を防ぐなど簡単な事だ」


「なんか言い訳っぽいな……」


と言うと爺様は怒ってムキになった。


「そんなに言うなら、わしに特大青火球を当てて見よ。服を燃やさずに防いで見せる!そら、やってみろ!」


と言い演習場の真ん中に出ていく。


「分かったよ」


と言い、手の先から白い炎を高温で噴出させて、鞭のように長くしならせて伸ばし、横に振り抜いた。


「こら、火球と言ったろう!」


と爺様は飛び上がってあたしの『白炎鞭』を避ける。


「なんで避けるの?」


ともう一度逆から、振り下ろす。


「温度が高すぎる」


と爺様があたしと同じ『白炎鞭』を振って、あたしの炎鞭を切り飛ばした。


それで、すかさずあたしは超高温の小型『白ファイアーボール』を手元に準備する。


「それも駄目だ!青火球といっておろうが!」


「注文が多過ぎるよ爺さん。出来ないなら出来ないって言えよ。かっこ悪りいなぁ」


「何?わしよりカッコいい魔導師がどこに居る!」


「将軍、もう止めましょう」


とエリスさんが間に入る。


「普通の魔剣士が相手なら、将軍の言うとおりですが、あの銀髪の魔剣士はひいき目に見ても、100年に一度の天才です。動きは素人に毛が生えた程度なのに、身体強化の底上げで、信じられないくらい早くて重かった。才能のごり押しだけであれほど強いんです。本当に鍛えたらどこまで伸びるか想像がつきませんよ。それに将軍、身体強化苦手じゃないですか。ナコの魔法を防いだのだって、身体強化じゃなくて、『白華』を全身に纏っただけでしょ。あの服が燃えたのだって、ナコの魔法じゃなくて、自分の魔法で燃えたんですよね。嘘はいけませんよ嘘は」


「ふんっ!嘘ではないわ!駆け引きだ。身体強化も得意と言っておいた方が、敵への牽制になるだろう」


「うげ、爺様、だっせー!虚勢かよ…」


「虚勢って言うな!わしは有名すぎてどんな弱みも見せられないのだ。有名ゆえの強者の悩みがお前らに分かるのか!?」


と逆切れする。


「まあ、将軍のいう事にも一理あるのですよナコ。手の内を全て晒してしまうと、他国との戦争の際に対策されてしまうからね。炎帝様ともなれば、模擬戦でも真の実力は出せないのよ」


「へーそんなもんかいね」


「こら、お前も他人事では無いぞ。わしの後を継ぐなら、今後多くの強者がお前に挑むことになろう。その全ての模擬戦でお前は己の戦力の全てを見せることは許されぬ。いつも、5割の力で勝利できるようにしないといかん。残り5割の力は隠しておくのだ」


「えー、マジかよ」


「これが強者の責任というものだ」


「まあ、今のところ魔導院では4割くらいの力しか出してないけど、いつもメダスの馬鹿が絡んできてうっとおしいんだよね。あいつの力はわたしの3割くらいだから、はた目には、接戦みたいに見えるみたいで、なんかライバル認定されててウザい」


「メダス家の次男か。あそこの家はお前と因縁があるのだったな」


「ああ、あの人殺しの母方の実家らしい。あたしの邪魔をした銀髪の魔剣士は血縁じゃないらしいけど、あの人殺しの事を家族って言ってた。なんであんな屑に肩入れするのかな?あんな人間の屑に味方がいることが信じられないよ」


「ふん、一人の悪人が他の一人の恩人になることもある。だから、くだらない貴族の派閥などがあるのだ。お互いに相いれないから、いずれは決戦になるだろう。なるべく内乱でなく、政治的に決着がつけばいいのだがな。それに一時クズだった人間が急に改心して、英雄になることもある。ほれ、あのイザークがそうだ。あいつは昔はやさぐれてて、チンピラの頭目などしてひどいものだったぞ。わしがガツンとこてんぱにしてやってから少し良くなったが、未だに時々昔の癖が出る」


「えー、あのヘタレの兄ちゃんが?」


「そうよ。今でこそあんなだけど、前は変な髪形と服でかっこつけて喧嘩ばかりしてたのよ。将軍に鼻っ柱を折られてから、落ち着いているけどね」


と言っていると演習場がぐらぐら揺れて中央部の土が見る見る盛り上がってきた。


そのまま、背丈が5メートルもある巨大な土人形が立ち上がって、大きな足音でこちらに歩いてくる。


「うわっ!何?」


とあたしはびっくりして後ずさった。


「おっ、やっぱり居たか」


と爺様。


「居たかじゃないですよ。知ってて人の悪口言ってましたよね」


とその巨大な土人形が喋った。


「おい、さっさとその『ゴーレム』から出て来んか!ぶち壊すぞ」


と爺様。


「え、ゴーレムってなに?」


とあたし。


「この、でかい人形のことよ。昔のエルフの言葉らしいわ」


そのゴーレムの頭の部分が開いて、そこからイザークの兄ちゃんが顔を出した。


「人が昼寝してる頭の上でよくそんなに悪口を言えますね」


と不満そうなイザークの兄ちゃん。


「こんなところで寝ているお前が悪い」


「だって、部屋で寝ていると、マルーク将軍がイタズラするじゃないですか」


「寝てる暇があったら鍛錬をしろ」


「嫌ですよ。疲れるじゃないですか」


「だからわしがいつも強制的に鍛錬をてつだってやるのだ」


「勘弁してくださいよ。ぼくは一日10時間寝ないと具合が悪くなるんです。お昼寝しないと、お肌がカサカサになるんですよ」


「何がお肌だこの怠け者め!よし、では今回はナコよ、こいつと模擬戦をせよ!」


「えっ!?これとやるの?これに火の魔法通じるの」


「普通では通じんな。火魔法は土魔法に相性が悪い。だから、こやつも最初わしを侮っていたな」


「やり方教えてくれないの?」


「甘ったれるな、実戦の中で対応する癖をつけないと未知の相手と戦った時に手も足も出なくなる。戦いの中で、勝ち筋を見つけるのだ」


「えー!?そんなー…。これにどうやって勝つんだよ?」


「やかましい!では開始だ!」


と言い爺様は演習場の端にはけていく。


「あ、マルーク将軍は手出ししないんですね?」


とイザークに兄ちゃん。


「分からんぞお前があまりにふがいなかったり、手加減するようなら、つい手が出るやもな」


「仕方ないね。炎帝様がああ言っているから、ナコちゃん悪いけど全力で行くよ」


「いや、イザークさん全力は無いでしょ?あたし、まだ学生だよ?手加減してよ」


「ああ、いざとなったらそこのエリスさんが大盾で守ってくれるから大丈夫だよ。じゃあ、とりあえず一撃で死ぬ攻撃行くから、避けてね」


とイザークの兄ちゃん。顔が笑っている。


ゴーレムが右手を振りかざしてあたしの立っている場所に振り下ろしてくる。


とっさに後ろに逃げると、今まであたしの立っていた場所の地面に巨大なげんこつが激突して爆音を上げる。


土が大きくえぐれている。


「いや、これほんとに死ぬよ?ちょっと待ってよ」


「こら、真っすぐ後ろに下がる奴が有るか!こういう時は前に出て相手の足をへし折るのだ」


と爺様。


「いや、こんなのどうやってへし折るんだって。それに近づいたら、蹴られるだろうが!」


「そこはうまくやれ」


「ちょっとは教えてよ!」


「そら、また来たぞ。よそ見をするな!」


「ひー!」


背中を見せて全力で逃げるあたしの後ろをゴーレムが追って来る。


「あははは、逃げてばかりじゃ勝てないよナコちゃん」


とイザーク兄は嬉しそう。


「この野郎!」


振り向きざまに、むき出しの顔に青ファイアーボールを放つ。


「おっと」


と、一瞬でゴーレムの顔の部分が土で覆われてイザーク兄の生身の部分が見えなくなる。


完全防備体勢でつけ入る場所が見当たらない。


困った。


あたしは、とにかく追い付かれないように演習場の中を走り回る。


えー、ゴーレムの弱点、弱点…


あれは土で出来ているよね。


土に魔力を載せていて柔らかいから動けるわけで、


なんで柔らかいかというと、水分があるからで…


…ってことは火であぶって乾燥させてしまえばいいんじゃないかな。


あたしは逃げながら『白炎鞭』を伸ばして、脚に向けて振り抜く。


足の表面を少し削ったけどゴーレムはぴんぴんしている。


このままじゃあたしの体力が先に尽きる。


ここは短期決戦で出し惜しみ無しでいくしかない。


『炎壁!』


と言って目の前に赤い炎の壁を作る。


これはあたしの位置を見られないための時間稼ぎだ。


技の名前を叫んだのは授業の演習で、危なくないように出す技を宣言するという決まりが有る為だ。今は技名を言わなくていいのだけど、ついいつもの癖が出てしまう。


自分の場所を移動して頭上に巨大な青い炎の塊を練り上げる。


ゴーレムが赤い炎の壁を突き抜けて向かってきた。


「くらえ『炎柱』!」


炎の塊をゴーレムの足元に叩きつける。


足もとで弾けた炎はそのまま円柱状に立ち上がってゴーレムの全身を包み込む。


それを遠隔で操作して、ゴーレムの進む方向に追いかけて相手が炎の中から出られないようにする。


体内の魔力がゴンゴン減ってくる。


やっぱり、遠隔操作は魔力効率が悪くてキツイ。


そのうちにゴーレムの動きが鈍くなってきて立ち止まる。


そしてぼろぼろと崩れ落ちて、ただの土の山になった。


あたしは、魔力切れでその場にへたり込んでいた。


「やった、勝ったよ、爺様」


と息も絶え絶えで爺様の方を見るが、爺様は不満そうな顔をしている。


「駄目だ。まだだ」


と言う。するとあたしの真下の地面が盛り上がって来て、体が浮き上がる。


さっき倒したのと同じゴーレムがあたしをお姫様抱っこして立っていた。


ゴーレムの顔が開いてイザークの兄ちゃんが顔を出した。


「相手から隠れているときは、自分も相手を見失っているということを、頭に入れておかないとね。君が『炎壁』の後ろにいる間に僕も別のゴーレムを作って地中に潜っていたんだ」


とにこやかなイザークの兄ちゃん。


穏やかな感じで、とても昔荒れていたとは思えない雰囲気だ。


「ゴーレム二つ操れるなんて、反則だって…」


「まったく、なさけない」


と爺様。


「じゃあ、見本見せてよ爺様…」


とあたしはふてくされて言った。


「よし、手本を見せてやる!」


と爺様が飛び出してくる。


「え!手出ししないって言ったのに!」


と慌てるイザークの兄ちゃん。


あたしの周りに一瞬で光の檻が展開されていた。


これエリスさんの魔法だ。


「行くぞー!」


と叫んで爺様がゴーレムに突っ込んで来る。


「まずこうだ!」


と言ってゴーレムの右足に拳骨を食らわせる。


ゴーレムの右足が粉々に吹っ飛ぶ。


「そしてこうだ!こうだ!こうだ!こうだ!」


と次々に拳骨を繰り出す。


その度にゴーレムの体の一部が吹っ飛んでいく。


そして最後は頭の部分だけ残してゴーレムが砕け散っていた。


頭の部分でイザークの兄ちゃんが恐怖に顔をゆがめて泣きっ面だ。


「まあ、こんなもんかの。次からこうやるように」


と満足げにどや顔であたしを見る爺様。


「ふざけんな!こんなのどうやって真似すんだよ!ぜんぜん参考になんねーよ!」


とあたしはブチ切れた。


「何?なにが分からん?こうやってバキー!バキー!てやって、グッとして、ズガー!だ。簡単だろ」


「簡単じゃねーよ!あたしは火の魔法使いなんだよ!なんで素手でこのでか物を砕けるんだよ!ちっとは考えろよ!」


「わしも火の魔法使いだぞ。わしにできるんだからおまえも出来るはずだ」


と心底不思議そうな顔をする。


エリスさんがあたしの周りの光の檻を解いてくれる。


「将軍は言葉が足りません。これだから天才は…」


とエリスさん。


「あとで、私が理屈を説明してあげるね」


とにこやかなエリスさん。


「ええ、助かりますエリスさん。じゃあ、これからニシキ屋に行きましょうか」


「そうね」


「あ、僕も行く」


と泣きべそのイザークの兄ちゃん。


「わしも行くぞ」


と爺様まで乗っかってくる。


「駄目駄目、女子だけの話があるんです。将軍もイザークも別の日に二人で行ってください」


と眉間にしわを寄せて拒否るエリスさん。


「さ、行きましょ」


と二人の返事を待たずにエリスさんがあたしを立たせて、一緒に演習場を後にする。


後ろを振り返ると、爺様とイザークの兄ちゃんが取り残されて寂しそうな顔をしていた。

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