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4 イベント発生か?

と…少し上流のほうから大きな水音がした。


でっかい石でも水中に放り込んだような大きな音だ。


視線を上流に向けると、何か動くものが流れてくる。


よく見ると服を着た成人男性が手足をばたつかせながら、近づいてきた。


水流が意外に早いようで、その男は水にまかれながら、俺の頭上を通り過ぎてゆく。


口からあぶくを吐き出して手足をばたつかせて必死の表情をしていた。40代くらいの中年の男だ。


つい反射的に俺は男を追う。


男はしばらくもがいていたが、そのうち意識を失ったようにおとなしくなって、ただ流されていく。


ああ、困った。俺がふつうの人間なら、助けてやれたのに。


と悲しい気持ちになりつつも、俺は未練たらしく男を追跡する。


霊だから触れないが、何となく男を抱えるように手を差し伸べてみた。


両手が男に触れる。


掌の先に「ザリッ!」と引っかかるような感触があった。


(えっ、何!?)


と考える間もなく、体のあちこちに「ザリッ、ザリッ!」男の体が引っ付く感触があった。


(えー、なんだこれ、なんだこれ!)


とパニックになり体を離そうとするが、マジックテープで張り付けられたように、離れられない。


次の瞬間、急に水の冷たさを感じ始めた。


呼吸も苦しい。


つまり体の感覚がある。


体が重い。手足をばたつかせて水面に向かう。


肺が苦しい。息ができない。


なんとか、河原にたどり着いて、呼吸をしようとするが、肺に水が入ったように呼吸ができない。おれは水を吐き出した。頭がガンガンする。気分が悪い。


何度か水を吐き出して、やっと呼吸が少しできるようになった。


肺がぜーぜーと荒い音を出す。


(いったい何が起きた)


手が河原の砂利をつかむ。体の感覚がある。溺れていた男の姿は見当たらない。


なんで幽霊の俺に体の感覚が戻ったのだろう。


よく自分の体を見る。


さっき溺れていた男の服と同じ服を着ている。


(溺れていた男の中に入った?)


これはあれだろうか、憑依現象というものだろうか。


ホラー映画で見たことがある。


不成仏霊から、悪霊にランクアップしたということか。


全身が重くひどい疲労感でこれ以上体が動かせない。


「助けて…」


と俺の口から声が出た。


日本語ではない。さっきまでちんぷんかんぷんだったこの国の言葉だ。


「あー、あー、本日は晴天なり、晴天なり…」


と試しに喋ってみる。やはり言葉がわかる。男に憑依して頭脳を共有したということか?それで記憶も共有しているのか?


そう考えた瞬間にある記憶がよみがえってきた。


「やばい、逃げないと…」


この男は逃げていたのだ。逃げきれなくなって、一か八かで流れのはやい水路に飛び込んで溺れたのだ。そして、追手の男たちはまだあきらめていないだろう。この場を離れないと。


重いからだを引きずって河原を這っていると、頭上でバタバタと人の足音が聞こえてきた。高さ6メートルはある、石垣でできた擁壁横の階段を二人の男が駆け下りてくる。


先頭の男はいかついスキンヘッドで、悪党っぽさが半端ない。そして、右手に荒削りの短い棍棒を持っている。どこのゴブリンだよっ!と突っ込みたい見た目だ。後ろの男は背が低くネズミのような卑屈な顔をしていた。絵にかいたような下っ端だ。


今憑依したばかりで俺としてはなんとなく他人事のような感覚だ。


しかし、この男の記憶が(逃げろ!にげろ!)と激しく警鐘を鳴らしている。


「おう、俺から逃げられると思っているのか!」


スキンヘッドが棍棒を自分の掌にぺちぺちうちつけながらゆっくり歩いてくる。


(おお、男の言葉が分かる!)


と俺は感動していた。今まで誰が何を言っているのかまるで分らなかったのが

憑依したとたんこんな簡単に理解できるようになるとは。


「何、笑ってんだこの野郎!」


とスキンヘッドに左肩を蹴られる。痛みとともに俺はあおむけにひっくり返った。


「もういい、てめえのようなクズはみせしめだ。殺す」


話がやばい方向に向かっている。何とかしないと。


「や、や、待ってください。は、は、話せば分かる…」


絞り出すような声で、スキンヘッドの説得を試みる。


「うるせえ!!」


こん棒が俺の視界の中でどんどん大きくなるのがスローモーションのように見えて、頭の中に火花が散った。


(あれ、どうした…)


どれくらい経ったのだろうか。意識が徐々にはっきりし、俺は宙に浮いていた。痛みや苦しみはない。体ががふわふわする。


見下ろすと、頭から血を流して男が倒れていた。


溺れていた男だ。


スキンヘッドとネズミ顔の男は石垣の階段を上っているところだった。


これは、殺されたということだろうか。


「あにきー、これからどうしますよ」


とネズミ顔がスキンヘッドに言う。


あれ、幽霊に戻ったのに、言っていることが分かるぞ。


「うーん、頭にきてやっちまったが、やっぱり奴隷に売っぱらっちまったほうが良かったなぁ」


「へえ、まあ殺しても、一銭にもなりやしやせんからねぇ」


「まあ、やっちまったもんは仕方ねえ。次の奴からはきっちり取り立ててやるぜ」


「お願いしますよ」


聞くと金がらみのトラブルのようだった。


それにしてもなんで言葉が分かるようになったのだろうか。憑依すると相手の記憶を取り込めるという便利な機能があるのだろうか。だとしたら、頭のいい人に憑依すれば、知識でチートができるかもしれない。これは希望が見えてきたぞ。


殺されてしまったのは残念だが、どうせ憑依できるなら金持ちのイケメンがいい。


うきうきした気分でふよふよと浮かんでいると、少し離れた場所に立っている河原の掘っ立て小屋から、10代前半くらいの赤毛の短髪の子供が出てきた。痩せているが女の子に見える。汚れたぼろ服を着ているので浮浪児なのだろう。


女の子は死んだ男の横でうずくまり、ポケットの中を物色し始めた。ろくなものがないとわかると「ちっ」と舌打ちし、男の服を脱がせ始めた。死体を右に左に何度もひっくり返して悪戦苦闘しながらなんとか服を脱がせる。死体を裸に剥き終わると、少しずつ転がして水に落とす。水流が速いので死体はすぐに流されて見えなくなった。


女の子は血の付いた服を水路の水で念入りに洗い、掘っ立て小屋の屋根に干してから、小屋の中に入った。俺は小屋の屋根の上に移動して、屋根から顔を下に突き出して中を覗いてみる。


乾草のような寝床で5歳くらいの小さな男の子が寝ていた。金髪でかわいらしい顔をしているが痩せていて顔色が悪い。多分何かの病気だ。呼吸が荒い。


「いいものが手に入ったよ。明日、泥棒市場でお金に換えたら、食べ物買ってくるからね。早く元気にならないとね」


と女の子が男の子に話しかけている。


男の子はにこりと笑って見つめ返す。きれいな澄んだ碧眼だ。彼は声を出す元気も無いようだ。これは時間の問題だろう。男の子が寝床から回復することはないのだろうなと悲しい気持ちになって、俺は見下ろしていた。


自分の日常だけに生きていれば他人の不幸は見ないで済む。こうして余計な好奇心を持ってしまうと余計な悲しみも、ともに背負ってしまう。心が痛い。


(失敗した、見るんじゃなかった)


嫌な気分でその場を離れる。

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