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48 ナコの独白4

銀色の髪の女が嘘みたいに長い魔鋼の長剣を振り抜く。


あたしは魔鋼の円盾に身体強化をかけて、全力で衝撃に備えた。


でも、次の瞬間、盾が粉々に砕けて、すごい衝撃で吹っ飛ばされていた。


風景がぶれて、訳が分からなくなった。


背中が何か硬い物に激突して息が詰まる。


気が付くと、あたしは地べたに寝転んでいた。


(やられた!何が起きた?)


意味が分からない。


確かに防御した。


あいつは魔鋼の剣を持っていたけど、こっちも魔鋼で、盾には爺様に教わった身体強化をちゃんとかけていた。


今まではあれで魔法も、斬撃も全部防げた。


むしろ攻撃した方が、弾かれて吹っ飛んで行っていた。


(それがなんで?)


追撃が来るかもしれないので、体を起こそうとする。


(あれ?体が動かない?)


意識ははっきりしている。


衝撃の割にはそれほどの痛みは無い。


なのに、立てない。


自分の体が、まるで自分のものじゃ無いようだ。


(くっそ!)


それなら、すぐに反撃できるように、右手に魔力を集めて火球を練ろうとした。


でも……。


(火球が練れない?)


いつも簡単にやっていたことが、何も出来ない。


あたしの体は一体どうしてしまったのだろうか。


視線を銀色髪の魔剣士の女に向けると。女はこちらに背を向けてあの人殺しの元に駆け寄っていた。


あたしの事なんて、眼中にない感じだ。


(くっそ、なめやがって!)


あと、なぜか若い女たちが、あの黒髪のクソガキの元に駆け寄って、世話をしている。


泣いている者も大勢いた。


(そいつは、極悪の人殺しよ!みんな騙されちゃ駄目だ!)


声を上げたいけど、ろれつが回らない。


あのガキにこれほどの人望があるなんて考えられない。


まさか、『魅了の魔術』なの?


でも、魅了魔術は、特殊な条件下で、相手に少しの好意を持たせるくらいの事しかできないって習った。相手が寝ている間に、薬と暗示の魔術で心理操作をする技術で、手間がかかる割には、効果が薄く、ちょっとして衝撃でたやすく術が解けるから、あまり意味のない魔術だ。


あんな大勢の人間を従わせられる術では無いはず。


「おい、そこの神官のあんたら!倒れてる女子二人を早く助けてやれよ!ボケっとするな!」


と、あの殺人鬼のガキの声がする。


(えっ、何?なんであいつが私とエリスさんの事を心配するの?)


何もかも訳の分からない事ばかりで、あたしは混乱した。


(相手を気遣う振りをして、いい人なろうとしてやがるの?)


ミクル義兄(にい)様を今さっき殺そうとしたくせに今更何を考えているのだろうか。


すぐにあたしの元に小柄な神官のネールさんが走り寄って来て、癒しの魔法をかけてくれる。


少し遅れて、太ったケルスさんがエリスさんに走り寄っていた。


体の芯がじわじわと温かくなってくる。


「ありがとう、ネールさん」


やっと声が出るようになった。


「声が出なかったし、体も動かない。これ、どういうこと?」


とネールさんに訊いてみた。


「ああ、これは体内の魔力が乱れて、安定しなくなっているのです。ある種の魔力暴走と言ってもいいでしょう」


「は?魔力暴走?あたしが?」


「ええ、この状態の魔力暴走は、通常はマルークさんのような強い魔力を持つ魔法使いでは起こらないのです。これは、魔力の低い者が、上位の魔法使いの魔力にあてられて起こるものです」


魔力が低い者?


と言うことは…。


「あの魔剣士があたしより強い魔力を持っているって事?」


「言いにくいのですが、そうとしか……」


「あ、あたしって天才なんじゃなかったの?今の高等魔導院にあたしにとまともに戦える人間なんていないのよ?そのあたしより、あの魔剣士が凄いって事?」


と訊くと、ネールさんは気まずそうに眼を逸らした。


あたしも魔導院で、模擬戦をしてあんまり弱い相手とやるときは、魔力を押さえて大分手加減していた。そうでないと戦うまでもなくちょっと触っただけで、相手が泡を吹いて倒れてしまうのだ。


(それを、あたしが逆にやられたってここと?)


自分が圧倒的実力差で負けたのだという事実を、嫌でも目の前に突きつけられていた。


じわじわと屈辱感に心が覆われてきた。


(負けた!あたし負けたんだ!しかも、手も足も出ないで……)


あの魔剣士の女は、多分ゼルガ派だ。


あんな強い女が向こうの陣営にいるの?


今まで、爺様とあたしが居れば、ゼルガ公爵派の人間なんかいつでも殺せると思っていたけど、あんな奴がいるなら、うかつに手を出せなくなる。下手なことをしたら、逆に返り討ちになってしまう。あたし独りならそれでもいけど。そうなるとゼルガ派とこっちの勢力図が逆転してしまう。


それはまずい。


あたしのせいでみんなに迷惑をかけてしまう。


あの黒髪のクソガキはなんて運が強いんだろう。


この決闘で、ミクル義兄(にい)様があいつを懲らしめてくれるのを楽しみにしていたけど、あんなことになるし。それで、あたしがこの場でどさくさ紛れにあいつを殺してやろうとしたのも、邪魔されるし。やっぱり、敵対派閥の人間を始末するのって、簡単じゃない。向こうも強者を見つけてきて対決に備えているんだ。


今まで、爺様たちが実行できなかったのも、そういう事なのかな。


(ちくしょう!ちくしょう!)


今のままじゃ駄目だ。


高等魔導院で『天才』とおだてられていい気になっていた。


(あたし、馬鹿だ……)


いい生活をして自分の目的をいつの間にか忘れていたんだ。


情けなくて泣きそうになった。


体が動くようになって、あたしはふらつく足取りで、何とか立ち上がる。


エリスさんも、上半身を起こしていた。


「何なのあれ?」


とエリスさん。


「あいつの魔力があたしたちより凄いみたいです」


「ええ、それは分かっているわ。マルーク将軍との模擬戦で何度も経験しているもの。私が言っているのは、あの魔剣士の存在がん何なのかっていうことよ。あんな強者がいるなんて聞いてないわよ。あんなの反則よ!なんなのよ!私はこれでも『赤』を許された大隊長なのよ。それがあんな、ぽっと出の学生に負けたっていうの?こっちも本気じゃなかったし、油断していたけど、こんな大勢の前であんな負け方して、大恥じゃないの!あー、もう!これじゃ魔法師団に帰れないわよ!ほかの大隊長たちに何言われるかわからないってば!もーいや!」


といつも冷静なエリスさんがひどく取り乱している。


「あたしも、大恥です。こっちも本気じゃなかったけど、向こうもかなり手加減していたみたいでした。あたしも、魔導院で何を言われるか分かりません。いつも嫌味な同じ火魔法使いのメダスの野郎が絶対、何か言いますよ」


とあたしは落ち込んで言った。


「あなたは、いいわよ。まだ学生だもの!あたしは立場上学生なんかに負けられないのよ!そんなことになったら魔法師団全体が弱く見られるじゃない!」


「エ、エリスさん、もう少し小さな声で……。みんな見てますから…」


と言うとエリスさんは、ハッと我に返って慌てて自分の口を押えた。


今更口を押えても仕方ないかと思うけど、この人のこういうちょっと抜けたところは、かわいいと思う。


黒髪の糞とその取り巻きの女生徒たちは、もうどこかに行ってしまった後だ。


あの白い魔剣士の女の姿も無い。


闘技場の整備員たちが下りてきて、血に染まった砂を取り除き、砕けた盾のかけらを集めている。魔鋼は高価なので本当はあたしが全部集めて帰らないといけないのだけど今はそれをする気力が無い。


整備員の人に魔鋼の回収をお願いしてこのまま帰ることにした。


「エリスさん立てますか?」


「やってみる。う、うわ、ととと」


とよろけるエリスさんに肩を貸す。


「こんなことになっちゃったけど、ニシキ屋の甘味、奢ります?」


「あたしも、役に立たなかったから、一回分でいいわよ」


「そこは遠慮して辞退するというのは無いんですね」


「ええ、あそこの甘味高いでしょ。大隊長って意外に給料安いのよ。だから、タダで味わえる機会は絶対に逃さないわ。あなたはいいわね。いつでも将軍におねだりできるから。あたしがそんなおねだりしたら交換条件に何を言われるか分からないわ。最近の将軍は子煩悩な爺ちゃんみたいで、威厳が無いって評判よ。あなたのことがかわいくてしょうがないみたい」


「えー、そんなことないですよ。模擬戦で意識が飛ぶくらい毎日ぼこぼこにされてますよ」


「あの将軍のシゴキに付いてこられる人間が今までいなかったのよ。だから将軍が言ってたわよ『わしの5割の力にあいつはたえおる。次は6割で行ってみようと思うんだがどうだろうか?』ってね」


「で、エリスさんはそれになんて答えたんですか」


とあたしはジト目でエリスさんを見る。


「知りたい?」


「ええ、あたしの命に係わることですから」


「じゃあ、続きはニシキ屋でね」


「……はい、ニシキ屋で…」


と、あたしとエリスさんは互いにつっかえ棒みたいになりながら、体を支え合って闘技場を後にした。

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