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47 バルド襲来

新市街の自室ベッドで目覚めると、枕もとでミーファが俺の様子を心配そうに見つめていた。


「ガルゼイ様、どこか痛いところはありませんか?」


身を起こそうとして体が動かない。


肘で体をずり上げ、何とか半身を起こす。


ミーファがそれを手伝ってくれる。


「ああ、ミーファ、今回は助かったよ。心配かけてすまなかった」


「決闘の途中で出ていきたかったけど、ガルゼイ様の負けになると退学なので、飛び出すのをずっと我慢していたんですよ。あのくらいの怪我でガルゼイ様が死なないのは分かっていたから耐えられましたけど、辛かったです」


「ごめん。私はミーファに嫌われてしまったと思って、やけくそになっていたんだ」


「そんなわけないじゃないですか。喧嘩したのは初めてだけど、あのくらいで嫌いになんかなりませんよ」


「私は馬鹿だな…」


「本当です…」


と、部屋のドアが開き、母マリエルと、モンマル、ベス、が入ってきた。


「あなたと言う子はいつもいつも問題ばかりで、気の休まる暇が有りません」


と、開口一番、母マリエルが駄目出しをする。


「すいません」


「坊ちゃん、もう体は大丈夫なんですか?」


とモンマル。


「そんなわけはないだろ。重症だ。体が動かせない」


「あの力は?」


「燃料切れだ。どこかで補充しないと使えない」


「飯を食っても駄目ですか?」


「駄目だな。特別な燃料なんだ。今のところこの家では無理だ。どこかへ出かけて探さないと」


「私が探してくることは?」


「出来ない。自分で行かないと駄目だ」


「それは、不便ですな」


「普通の人間なら死んで居るところだ、これでも便利な力だよ」


あれ、俺、死にたかったはずなのに、なぜか生きていることにほっとしている。


まずいな。


この家に愛着が湧いてきてしまった。


なにより、ミーファに対して…。


自分の気持ちが誤魔化しきれなくなってきている。


ミーファに嫌われたと思った時の、あの絶望感は予想外だった。


これはもう認めざるを得ない。


俺の心がミーファのことを好きになってしまったということを。


まいった。


未来の無い身の上なのに…。


「それにしても、ミーファはあんなに強かったんだな。驚いたよ。今までの模擬戦では手加減されていたんだな。いい気になっていた自分が恥ずかしい」


「そんな事ありませんよ。いつもの模擬戦で私が手加減したことなんか無いですよ」


「えっ?でもあんなに強かったじゃないか」


「あの、相手の人たちが弱すぎたんですよ」


「いやいや、そんなわけないだろ。あの二人はどう見ても王都で指折りの強者だぞ」


「えー、そうなんですか?なんでだろう?」


と不思議そうなミーファ。


「それはあれですよ」


と、モンマル。


「身体強化です」


「ああ、あの時、ミーファの体が光っていた。魔法も効かなかった。あれは何だったんだ?」


「ああ、わたし、あの時本当に腹が立って、今まで使わないように言われていた身体強化魔法を無意識に全力で使っていたみたいです。周りが明るくなって何だろうなって思ったんですけど、あれが、そうなんですね」


マジか?あの時初めてあの能力を使ったって、どんだけ才能があるんだ?


「あの、ファイアーボール…、じゃなくて火球を防げるのが分かっていたのか?」


「いえ、なんか飛んで来るなと思って、見ていたら、やられちゃいました」


とうっかり顔で言う。


「そんな、一歩間違ったら、死んでいたんだぞ」


「でも、生きてますよ」


「死んでいた可能性があったんだ!」


「だから、生きてますってば」


「お前と言うやつは…、もっと自分の身を大切にした方がいい」


「それは、ガルゼイ様の事です」


「うん、これから気をつける。だから、ミーファもあまり無茶をしないでくれ」


「お互いに気を付けましょうね」


「ああ」


と、その時、部屋の外が騒がしくなった。


どかどかと大股で歩く足音が聞こえてきた。


俺の部屋のドアが荒々しく開け放たれる。


そこに、あの男が立っていた。


バルド・リース・ヘーデン準男爵。


俺の父だ。


バルドの背後には、秘書兼護衛のルッソが小山のような体を縮こめて、影のように寄り添っている。


「先ぶれも無しに、何しに来たのです!」


と母マリエルがバルドの無作法を咎める。


「自分の家に帰るのに何の遠慮がある?」


とぶっきらぼうに言うバルド。


バルドは部屋をぐるりと見回し、ミーファの上で視線を止める。


「それが例の娘か。なるほど美しい」


と感心したように言う。


母マリエルの顔色が蒼ざめる。


「この子は私の娘です!あなたと言えども、手出しはさせません!」


と母マリエルがミーファの前に立ち塞がる。


モンマルが無表情で一歩進んで、母上の少し前に出る。


彼はなぜかこの室内で二刀のファルカタを腰に佩いていた。


ミーファは状況が分からずぽかんとしている。


ルッソがやはり無表情でバルドの横で一歩前に出る。


ルッソの襟元から魔鋼の鎖帷子が覗いている。


腰には魔鋼の警棒が下げられている。


警棒の先に拳大の塊がついていて、一撃の破壊力が強化されている。


モンマルとルッソがお互いに静かに見つめ合う。


二人の間の空間で、空気が歪むような圧力を感じた。


どちらもまだ腰の物には手も触れてないが、一触即発の空気が場を支配していた。


「ふん、良く手なずけたものだな」


とつまらなそうにモンマルを見るバルド。


「そう警戒するな。その娘に何かする気は無い。むしろ、その娘にとっていい話を持って来た」


とこの男には珍しく母マリエルの機嫌と取るように、軽く微笑んで見せる。


仕事でよくする営業スマイルだ。


「詳しく聞かせてくれますか?父上」


と俺が口をはさむ。


このまま戦闘になるのはまずい。


なんとか口で丸め込まないといけない。


この場でそれができるのは俺だけだ。


「その娘、デーゲン辺境伯家の生き残りだな」


騎士団予備校に入学するときに名前は届けているので、本名がバレているのは想定内だ。


問題はバルドが自分の滅ぼした一族の娘に何を思うかだ。


表向きには手出しができないはずだが、裏から何か仕掛けることは出来る。


今まではそれが心配で、バルドの動向に対し常に警戒は怠らずにいた。


俺の『父上』と言う言葉で、ミーファもこの男が自分の親の仇であることに気が付いたようだ。とたんに、顔色が悪くなり小さな母の後ろで隠れるように身をひそめる。


「だとしたら、その娘は『王党派』の血筋で、ゼルガ公爵様の派閥の人間という事になる」


「それはどうでしょうか?ゼルガ公爵様は、蛮族にデーゲン辺境伯領が滅ぼされるのをあえて助けなかったという噂がありますが」


「ミスラン派のたわ言だ。聞く必要もない。それで、今回、お前の命を救ったその娘は、あの『炎帝』の秘蔵っ子天才魔法使いを、子ども扱いで退けたそうだな。しかも、現役の魔導師団大隊長と一緒に。その魔導師団大隊長は戦闘が得意な人間ではないという話だが、誰も破れない光の盾使いで、防御に特化している者だと聞く。それを一撃で倒したなどと言う話は、常識では考えられん。事実か?」


「ええ、それは事実ですね。死にかけの私の目の前でそれが起こりましたから。一部始終をその場で見ていました」


「ふむ。でかしたぞ!」


と柄に無くバルドが興奮した様子だ。


「今回のその話をゼルガ公爵様が耳にして痛く上機嫌でな。俺に真偽を確かめろとの仰せだ。公爵様の使いにその娘の事を訊かれて、すぐに答えられなくて大恥をかいたぞ。それにしてもこの家の事で俺の知らないことがあるとはな。あの『耳』はその娘の能力をわざと報告しなかったな。こんど呼びつけて、叱りつけてやる。まあ、あの『耳』がお前に肩入れしたくなる程度にはお前に人望があったという事か。その点は褒めておいてやる」


と、珍しくバルドは上機嫌だ。


取りあえず、ミーファに何かひどいことをされる心配は無くなった。


問題はこの後の話だ。


「それで、父上の言ういい話とは?」


「それか、お前たちはその娘の家を復興しようと計画しているそうだな」


「よくご存じで」


「それが、叶うかもしれないぞ」


「というと?」


「王都の近衛騎士団が王党派であることは知っているな」


「はい」


「その娘を近衛騎士団の預かりで鍛えてもいいという破格の話が来ている」


「それはそれは」


「喜ばないのか?王国全土でたった1,000人しか選ばれない狭き門だ。血筋がしっかりしているとはいえ、その娘、今は平民で、ただの学生でしかない。そんな人間に近衛騎士団から声がかかるなどという事、普通はありえないぞ」


「それだけ彼女に価値があるという事でしょう。ミーファの能力が明らかになったら、どんなことも起こり得るのは分かっていました。だから今までそのことを秘してきたのです。変な人間にかき回されるのは、ごめんなので」


とバルドの顔を見つめる。


「調子に乗るなよ。価値があるのはその娘で、お前ではないのだぞ」


「口が過ぎました。謝罪いたします。それで、具体的にミーファの待遇はどうなるのですか。見世物にされて、あちこち連れまわされて、使いつぶされるようなことにはなりませんよね?」


「当然だ。そのつもりなら最初から、近衛騎士団には呼ばん。将来の全騎士団の看板になる人材にするべく、長期的な視野で育てていくはずだ。少なくとも今まで近衛騎士団に抜擢された人間はその方針で育成されている。学生でもあるし、実戦で手柄を上げるような方向にはもっていかないだろう。考えられるのは魔剣闘士として闘技場で試合を組んで、実力を徐々に周知していくことか。

闘技場の競技剣術なら危険もないし、市民の目に触れる機会も多い。その娘の見てくれに合わせて華美な装備を仕立てれば、人気が出る事に間違いはない。そうなれば、その娘を見出して庇護した我が家の株も上がり、ゼルガ公爵様に面目も立つというものだ。停滞していた、俺の貴族への昇爵もかなうだろう。お前も念願の貴族に還り咲けるのだぞ」


とバルドは母マリエルの方を見る。


「それは…」


と母マリエルは複雑な感情に支配されたように困惑する。


「どうした?ふむ、お前が貴族の対面より、母としての感情を優先するようになるとはな。なるほど、この娘の力は大したものだな」


「この娘ではありません。『ミーファ』です。『ミーファ・メル・デーゲン』という名前が彼女には有ります」


と俺。


「うむ、それでミーファよ」


とバルドに声をかけられてミーファが身をすくめる。


「将来の英雄がその有様か。なぜ俺を恐れる?」


「父上!それで大事な話があります」


と話を遮る。


バルドは感が鋭いのでミーファとあまり話をさせない方がいい。


「このミーファの今までの暮らしについてです」


「言ってみろ」


「彼女は中州育ちです。この経歴については全力で隠蔽してほしいのです。この話が表に出れば、輝かしい将来が揺らぎかねません。どうかお願いいたします」


「なんだ、そんなことは当たり前の話だ。この娘…ミーファと言ったな。その娘の逃げて隠れていたことにする村や、育ての親を名乗る人間もこちらで手配する。ミーファの経歴に一点の曇りも残しはしない。私を誰だと思っている。情報操作など簡単な話だ」


「ありがとうございます。それだけが心配でした」


「余計な事だ。それよりお前は自分の悪評を何とかしろ。あまりお前の評判が悪いと、そのミーファの足を引っ張るぞ。お前、あの騎士団予備校の定期闘技会の決闘で新しく変な二つ名がついていたぞ。確か『黒の魔人』と言ったか…」


マジか!


あれ、定着したんだ。


「イエス!高木クリニック!」


とおれはガッツポーズをした。


「狂ったか?」


とバルドが呆れる。


「時々こうなるのです。お気になさらず」


と母マリエル。


「ああ、そういう年頃なのだな…」


とバルド。


それでなんとなくその場に間抜けな空気が流れ、皆の緊張がゆるむ。


うん、計算どおり。…ではないけど結果オーライだ。


「ミーファ」


「何ですか?ガルゼイ様」


「話は聞いての通りだ。まだ確証は無いが今聞いていた範囲では、いい話のようだ。この話を受けて見ないか?」


「断ることは出来るのですか?」


「それは…、無理だろうな…、ゼルガ公爵からの直々の話だ。断るのは実質不可能だ。だが、条件を付けることは出来るだろう。お前の希望が有ったら、主張は出来るだろう」


「分かりました。私がその話を受ければ、母様は貴族になれて、ガルゼイ様の立場も良くなるんですよね。私ガルゼイ様のいい話をみんなに話して聞かせます。それで、この家にずっと住んでいていいんですよね?」


「それは出来ない」


とバルド。


「近衛騎士団の預かりになれば、生活の根本から、指導が入る。その為、近衛師団の女性宿舎に入ることになる」


「そんな!」


「ミーファ仕方ない」


と俺はミーファをなだめにかかる。


「お前の能力が明らかになれば、この家に住めなくなるのは最初から分かっていた。それが少し早まっただけだ」


「嫌です、母様や、ガルゼイ様、モンマル伯父様と離れるのは!」


「頼むよ、ミーファ。時々は休暇で帰れるように交渉すればいい。ずっと一緒にいなくても、家族の絆が切れることは無い」


と話す俺たちの様子をバルドは面白そうに眺めていた。


「変われば、変わるものよ。この変化は誰がもたらしたものか」


と独り言のようにつぶやく。


「俺の用件は終わりだ。詳しい話や日程についてはまた使いをよこす。帰るぞ、ルッソ!」


とだけ言い、こちらの返事も聞かずに、バルドは部屋を出て行った。


バルドに続くルッソが意外な細やかさで部屋のドアをそっと閉めて出ていく。


台風が部屋の中を通り過ぎたような、怒涛の一時だった。


ハラハラしたが、まずはいい感じで話がまとまったのではないだろうかと思う


死にかけの怪我人にこの一連のやり取りはキツかった。


眠くなる。


「ではしばらく寝ます。少しそっとしておいてください」


と眠ろうとすると、クールな侍女ベスが手に小ぶりな壺を持って、ズイズイと前に身を乗り出す。


「坊ちゃんまだ寝ないでください。寝ている間に漏らされると掃除が大変ですから、先にこれに『しっこ』をして下ください。今お手伝いをしますからじっとしていて下さいね」


と尿瓶壺を布団の下に入れて俺の股間をまさぐり始める。


「ばか!何をする!この俺の男のナニをナニして、何する気だ!」


と股間を押さえて抵抗する。


「何を今さら。ぼちゃんのぼっちゃんなど小さい頃から、何度も嫌って程見ています。何を恥ずかしがるのです。ほら抵抗しないで。じっとしていればすぐに終わりますから。天井のシミでも数えておいてください」


「なんだその、言いぐさは。私は全力で抵抗するぞ!」


「もういい加減にしてください!ほら、モンマルさんも、ミーファも手伝って!」


「あっ、あっ!ばかばかばか!やめろー!やめ!あーっ!」


ベスの言うとおり、俺の膀胱は限界だったようで、皆に抑えつけられて、腹を押されると、聖なる金の雫がたちまち決壊し壺を満たしていく。


「こ、この、屈辱は忘れないぞ…」


男のプライドを蹂躙された俺に、ミーファがにっこりと微笑む。


「大丈夫ですよ。ガルゼイ様のガルゼイ様は、ほかの大人のと違ってきれいでしたよ。ちっちゃくてかわいかったです」


と、一仕事やり遂げて満足げな表情のミーファ。


ベスはそそくさと壺を手に部屋を出ていく。


「だから、女子がそういう事を言ってはいけないのだと、いつも言っているだろうに…」


と恥ずかしさと情けなさで泣きたくなった。



その翌週早々に、ミーファは近衛騎士団に向かった。


その前に急遽新市街の屋敷で使用人たちも含めて、てるてる坊主バイキングのお別れ会が行われた。使用人たちも同席させたのは、ミーファのたっての希望だ。貴族至上主義の母がそれを許したのは意外だった。


なんか、最近の母上はキャラ変してしまっている。もしくはこれが本来の母マリエルのキャラで、今まで心の底に押し込めていただけなのかもしれない。


この日は、旧市街のメダス伯爵家の面々も招かれており、駄目なサンタクロース顔の先代当主も『我が家から近衛騎士団に行く英雄が輩出されるとは、名誉なことだ』と大喜びしていた。厳密にはメダス伯爵家と関係ないが、その辺は無視されている。


この日は、高等魔導院でナコねーちゃんと何かと比較されて悔しい思いをしているマーク叔父上(19歳)も来ていて、


「よくやった!あの闘技会の後、あの高飛車女は、魔導院で誰とも口もきかないほどひどく落ち込んでいた。実にいい気味だったぞ!こんなに胸のすく思いは久しぶりだ!お前は我が家の英雄だ!」


と興奮を隠しきれない様子でミーファを絶賛していた。


何があっても元気なあのナコねーちゃんがそんなに落ち込むなど、とても考えられないが、あの負け方を思えば、それも仕方ないかと思う。衆人環視の中で手も足も出ずに一撃で完敗したのだ。ナコねーちゃんには早く復活して元気になって欲しい。


そして、天才と名高い『炎帝の養女』に完勝したミーファの事は今や王都中のニュースになっていた。その美しい容姿と髪色、身体強化魔法の輝きから、彼女には『白銀の光巫女』と言う二つ名がつけられていた。


これは王都の掲示板新聞に掲げられたキャッチコピーで、それが一気に大衆の間に広まったものだ。なかなかうまい二つ名を考えたものだ。ミーファにぴったりで俺も納得だ。


その掲示板新聞に俺の話は無く、ミーファと『炎帝の天才養女』の闘技会での対決だけが面白おかしく虚実織り交ぜて書かれていた。魔法師団大隊長の女性がその場で一緒に負けたことも書かれてはいなかったが、当日会場にいた人々の口から、その事実も既に広く世間に知られてしまっていた。


俺の決闘の話は掲示板新聞にこそ載らなかったが、不気味な力を持つヘーデン家の悪童が青髪の天才学生魔剣士と死闘を演じて、引き分けたという噂になっていた。俺は卑怯な手を使って、相手の魔剣士を侮辱して笑いながら翻弄したそうだ。まあ、それは概ね事実だが。全体に俺を『黒の魔人』と非難していて、青髪の剣闘士の若者に同情的な論調になっていた。


『黒の魔人』の二つ名も、俺の黒髪の見た目と、卑怯な振る舞いから名付けられていて、俺を本気で『魔人』と考えている者はいないようだった。『魔人』はしょせんお伽噺の存在で、実在すると考えている人間は居ないのだ。


俺の悪評はさらに増えた感じだが、『子供殺しの悪魔』から『黒の魔人』に昇格出来て、俺的には満足だった。ミーファは俺のいい話を広めると言っていたが、無駄だろう。皆自分の見たい物しか見ないのだ。俺は悪人として定着しているので、その評判が覆ることは無いだろう。


更にミーファに関しては、バルドが創作した身の上話も広められて、巷の同情を集めていた。


その内容は、かいつまんで話すとこうだ。


彼女は蛮族に家族を殺され、命からがら母と辺境の村に隠れ住む。その後母を病気で亡くし、飢えに苦しみながら農家の下働きをしてなんとか独りで生き抜く。貧しい孤独な暮らしの中、剣術だけを心の支えとして研鑽する日々。血が絶えて没落した生家をいつか復興させることを胸に誓って彼女は苦難の道を歩いてゆく。


そしてある日彼女の才能に目を止めた地方の商人の夫婦に引き取られて、愛を受けて成長する。その夫婦の紹介で王都のメダス伯爵家の預かりとなり、学費を援助されて騎士団予備校に入学することになる。そして、先日の闘技会でその強さを『炎帝の天才養女』に見抜かれて勝負を挑まれる。この辺、なぜ戦いになったかが曖昧で大分ご都合主義だが、大衆は自分の好きなように脳内補完するから、適当で構わないそうだ。


そして、魔剣闘士としていきなり彗星のごとく現れ、その実力を示して見事に勝利する。美しい悲劇のヒロインにして将来の英雄様の爆誕である。


身柄を寄せたのをヘーデン準男爵家でなくメダス伯爵家にしたのは、世間の評判をおもんぱかっての事だ。ヘーデン家は悪評にまみれているが、没落しかけた名門のメダス伯爵家に悪意を持つ人はあまりいない。どちらかと言うと、人のいい名門貴族の家が、悪辣なヘーデン準男爵に付け込まれて取り込まれたとして、同情されることの方が多い。


今回の事でも、人のいい駄目なサンタクロース的前当主が、ミーファを不憫に思って損得を度外視して引き取ったという話になっている。『あのおっさん、そんないいもんじゃないぞ。自分の不始末で家を没落させておいて、恋人のいる娘を無理矢理神殿に送ろうとするクズだぞ』と俺は白けた気分だが、見た目でいい人に分類されるので、あのおっさん、今回の事では大分得をしている。


これではヘーデン家に得が無いように思えるが、そこはこのおっさんが、貴族の社交で『ヘーデン準男爵が快く、不遇な娘の為に資金を援助してくれた』と言う話に持っていく算段になっているという。悪辣なヘーデン家が後ろ盾だと『ミーファを利用して悪だくみをしている』と勘繰られてしまうが、メダス伯爵家に金を出しただけなら、それほど違和感がなく受け入れられるのだ。


このあたり、バルドがメダス伯爵家をうまいこと『看板』として使うものだと、その手腕には感心する。普通の馬鹿な成り上がり者なら、『ミーファの後ろ盾は自分だぞ』と高らかに宣言することだろうが、それをやらないところに姑息な小狡さを感じる。


実に腹立たしいことだが、影の軍団の総帥にしてヘーデン商会の主幹のバルドは、見た目に反してかなり頭が切れるらしい。


そうでなければ、下賤の盗賊(?)から商会を立ち上げ準男爵までなり上がれなかっただろう。今回の功績は、ゼルガ公爵に高く評価され、男爵への昇爵の大きな一押しになることだろう。


俺も前回の失態を、ミーファのことで挽回した形になる。俺はミーファを利用する気は無いし、そんなことでゼルガ公爵から評価されるのは不本意で嫌だが、結果としてどうしてもそうなってしまうらしい。


ああ、それと一つ嬉しいニュースがある。


本科の女子たちが放課後に訓練をしていた護衛の課外活動が、正式に授業カリキュラムとして採用されることになった。


本科女子たちの苦境が今回の事で表立って知られることになり、『そんなことになっているとは知らなかった』と貴族家の女主人の間で問題意識が共有されたためだ。ほとんどの貴族女性は騎士団予備校で何をやっているのか知らず、ここに入れば護衛として成長すると思い込んでいたという。そして、貴族の奥様方の嘆願や、少なくない数の貴族家の働きかけがあり、学校側が動いた結果だという。


今年度は授業の一環として女子だけが週に二日程度の別訓練を受けるとのことだが、将来的には『女子護衛科』として別科が設立されることになったそうだ。


講師も専門の人間が王城より派遣されるそうだ。引退した元侍女達で護衛としての技術のある人間達だと言う。元『侍女』と言ってはいるが、おそらく引退した『暗部』の人間ではないかと思う。そうでなければ女性で短剣術や、手裏剣術、男性を制圧できる体術などを、教えられる人間などそうそう集められるとは思えない。


これはうがった見方だが、『女子護衛科』で鍛えた生徒の中から見所のある人間を『暗部』にリクルートする考えもあるのではないかと思う。


そう考えるとこのカリキュラムが成立したことに、複雑な思いを感じずにはいられない。


なんにせよ、本科の女子たちにはこれから新しい環境を生かして頑張って欲しいと思う。

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