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45 懐かしい人

「それでは、はじめ!」


とまた審判が仕切りなおす。


観客席の全方位から俺への罵声が飛ぶ。


今度も俺は正眼に構えて待つ。


今度、マルーク先輩は攻めて来ない。


細剣を自分の顔の前に立てて、目をつむり、ゆっくり深呼吸をしている。


そして、目を開け、静かに剣を構える。


表情に冷静さが戻っている。


さすがはエリート剣士だ。


ペースを乱されてもすぐに軌道修正してくる。


(これは、駄目かー…)


こうなったら、もう手は無い。


手は無い。


そう、俺以外なら…


俺には黒衣の爺さんの能力によるごり押しと言う手がある。


(さあ、削り合いだ!このまま、ただではやられないぞ!)


マルーク先輩が地を滑るように迫り来る。


俺が剣の間合いに入り彼の細剣が左右に動き『ヒュンヒュン』と風音が鳴る。


同時に俺の両小手の魔石が砕けて光が上がる。


早い!予想以上だ。何をやったのか見えなかった。


やはり、天才の実力は本物のようだ。


俺の両小手の魔石を砕いた彼はすぐに後ろに飛び退り、油断なく構える。


「さっきは悪かったね。俺はもう君を侮らない。ここからは全力で君を葬ることにする」


と冷静に言う。


はい、『葬る』と来ましたか。


殺す気満々じゃねーか。


それにしても今の攻撃で俺の両手は動かなくなってしまった。


砕かれて魔石から、演出の血が流れる……ように観客には見えているだろう。


しかし、これは赤い塗料ではなく本当の俺の血だ。


防具にはなんの防御魔法もかかっていない。


完全な紙装備だ。


さっきの二撃で、俺の腕の中程まで細剣の刃が貫いていた。


「もう、剣を持つことも辛いだろう。君がここで降参するなら、俺はこれ以上やらなくて済む。一応これで俺の義務は果たしたと皆には納得してもらう」


と俺にだけ聞こえるように小声で言う。


「お気遣いいただいて、恐縮です。しかし、この程度でもう勝ったつもりですか?競技剣術ばかりやっていると、ずいぶん考えが温くなるのですねぇ」


と呆れたように返事を返す。


「分かった」


とだけ言って彼が細剣を横に一閃する。


俺の兜が魔石ごと切られて頭上から吹っ飛ぶ。


俺の額がぱっくりと切れて血が流れる。


観客がどよめく。


「さあ、後はその胸の魔石だけだ。さすがにそこを攻撃したら君は死んでしまう。だから、俺はその魔石を攻撃しない。君が自分でその魔石を砕いて負けを認めるんだ。君が魔石を砕くまで俺は君の他の部分を攻撃することにする。例えば、こういう風にね」


と言い突きが俺の脇腹をかすめる。脇腹の皮膚がパックリ裂けて血の玉がこぼれる。


「ほら、ほら、早くしないとどんどん怪我が増えるぞ」


と俺の体のあちこちをを切り刻む。


「審判!反則だろ!」


と観客席から声がする。


あれはボブルの声だな。


審判は知らん顔をしている。


審判が『防具以外への故意の攻撃』と認めない限り試合は止まらない。


腕や足にも細剣が突き刺さり、じきに体中が血まみれになる。


最初のうち喜んで騒いでいた観客もだんだん静まり返ってくる。


「おい、ちょっとやりすぎじゃないか」


「もう勝負はついてるよな」


などと言う声があちこちから聞こえる。


マルーク先輩は二度と俺に声をかけては来なかった。


言うべきことは言ったので、後どうするかはあくまで俺の選択と言うことなのだろう。


うおーん。


うおーん。


うおーん。


黒衣の爺さんが深い傷を次々直していく。


表向きは満身創痍で血まみれだが、じつはそれほどのダメージにはなっていなかった。


しかし、マルーク先輩の剣が早すぎて、こちらの攻め手が無い。


(どうしたものか…)


ミスラン派の審判は俺が降伏しない限りストップをかけないだろう。


あるいは、俺が胸の魔石を壊して降伏しても、見えなかった振りをして試合を続行するかもしれない。


(よし、ここは元日本男児として、捨て身の特攻だ)


俺はロングソードを振り回して先輩の方に投げる。


先輩がそれをかわして下がる。


その間に俺は左右のファルカタを両手で引き抜き、斜め上に高々と掲げた。


以前、モンマルがミーファにやっていた構えだ。


そして、ここからが俺のオリジナル作戦だ。


「BANZA―I‼」


と日本語で叫びそのままノーガードで突撃する。


「何!?」


虚を突かれたマルーク先輩が細剣を俺の体にまっすぐ突き出す。剣は俺の左の胸の少し下、魔石から握りこぶし一つ下の位置に深々と突き刺さって、俺の背後に突き抜けた。


「キャー!」


と観客席から女子の悲鳴が上がる。


剣を抜こうと先輩は下がる。


(抜かせませんよー)


口から血を吐きながら、それに追いすがり、両手のファルカタを先輩の両小手に振り下ろす。


先輩の小手の青い魔石が砕けて光が弾ける。


青魔石から青い液体など出てこない。


やっぱりあれは嘘だったな。


最初から先輩がやられない前提で話を作っていたんだ。


更に下がろうとする先輩。


(下がらせないよー)


と口から血を吐きながら無意識に俺は笑っていた。


俺を見るマルーク先輩の顔が恐怖に歪む。


右手のファルカタで先輩の左胸の魔石を防具の上からたたきつける。


光が飛び散る。


俺のファルカタの重い攻撃で、防御魔法をかけた胸当ての上からでも攻撃が通る。


先輩の肋骨が何本か折れる音がした。


(気ー持ちいいー)


と左手のファルカタを持つ手首を返して、分厚い剣の峰側で、斜め上から先輩の兜に向けて振り下ろす。


これは、モンマルが娼館でごろつきの頭を砕いた技だ。


(あっ、これ、まずいのでは?)


と一瞬冷静になるが、剣の勢いはもう止まらない。


(やばい、俺、先輩殺した…)


と、頭蓋骨の砕ける感触を覚悟したその時、何かが俺の左手首に向けて飛んできた。


円盤のように回転するものが俺の左手首にうち当たり、俺の剣はその円盤と一緒にはじけ飛んだ。


手首の骨の折れる音がした。


俺の手首に当たったのは黒鉄に銀色の輝きが乗る、魔鋼製のラウンドシールドだった。


(いてえ、いてえええ、でも誰だか知らないけど助かった。先輩を殺さずに済んだ)


肋骨の折れたマルーク先輩がその場で胸を押さえてうずくまる。


もう試合続行は無理そうだ。


審判はどうしたらいいのか分からず、棒立ちになっている。


「どいて下さい。どいて!どけっ!」


と懐かしい聞き覚えのある女性の苛つき声が聞こえてきた。


観客席の人込みをかき分けて、ひとりの人物が競技エリアに飛び降りてきた。


肩の上でまであるつややかな赤い髪。


濃紺の騎士服の様な服を着ている。


騎士服よりゆったりしていて、エリが高く、裾もひざ下まである。


これは高等魔導院の制服だ。


俺の前で、彼女は不満気に口を結び、胸を張り、仁王立ちになっていた。


(あー、会いたかった…。髪が伸びて、女性らしくなったね)


ナコねーちゃんだ。


ナコねーちゃんの後から、以前河原に来ていた太ちょとちびの神官が下りてきて、マルーク先輩に治癒魔法をかけ始める。


「お前、今、この従兄(にい)様を殺そうとしたな!」


と、断罪するように言う。


その言葉に会場が騒めく。


「あ、分かった?」


と軽薄な感じで答えると、観衆の間に驚きの声が上がる。


(ん?にいさま?)


俺は、胸に刺さった細剣を無造作に抜いて放り捨てる。


「いててて、それにしてもひどいことをするね。今ので腕が折れちゃったよ。ナコねーちゃん」


ねーちゃんに会えてうきうきする気持ちでつい、エルの感じで話しかけてしまった。


「貴様!その呼び方を誰に聞いた!あたしをナコねーちゃんと呼んでいいのはエル一人だけだ!やめろ!この汚らわしい汚物め!」


と激怒する。


(俺がそのエルなんだけどなー)


とアドレナリンとドーパミンのナチュラルハイになった頭で思った。


でもこれ以上言うとおちょくる感じになるので黙っていた。


それでも嬉しくてニコニコ顔でナコねーちゃんを見つめる。


「お前は、あの時もそうやって上から見下ろして笑っていたな。お前にとって人の命は何なんだ?許さない。あたしはお前の様な人間が生きて呼吸をしていることを絶対に許さない!」


この状況で観客は彼女が『悲劇の子、エルネスタ殺害事件』のもう一人の主役、ナコ・ジン・マルーク伯爵令嬢であることに気が付いた。


マルーク?


そういえばこの青髪の先輩も『マルーク』だな。


これは…


「お前はエルだけでなく、私の大事な義理の従兄の兄さまを殺そうとした。もう許せない!ここで私と戦え!」


何という偶然か。


いや偶然では無いのだろうな。


俺と分かってマルークの姓を持つ彼をぶつけてきた人間が居るんだ。


そして、身内のナコねーちゃんはそれを見に来たと。


降って湧いたような劇的な展開に、競技会場は、人気劇場の舞台のプレミアチケットをいきなり手に入れた様な観客達の興奮の渦に包まれていた。


「ねーちゃん。僕はもう戦えないよ。怪我が凄い。胸に剣も刺さった。死んでないのがおかしいくらいだよ」


「貴様!また!」


と俺の口調にナコねーちゃんがかっとする。


「いえ、あなた、その怪我、今、すごい勢いで治っているわよね」


とナコねーちゃんの後ろから競技エリアに降りてきた金髪の美人が、落ち着いた声で言う。


「どういう事よ。エリスさん」


エリス?俺の腹違いの姉の『エルス』とは一字違いか。似ていて紛らわしい。


エリスと呼ばれた金髪の女性は真っ赤な魔導師服を着ていた。この赤い色は、かなり偉い魔導士の士官クラスの人間のだけが着られる色じゃなかったっけ?


「この人普通の人間じゃないわ。あたしの『眼』で見たら、触手のような黒い霧状の物が体の中を蠢いていて、どんどん傷を治していってる。こんなの今まで見たことが無い。治癒魔法でも無いし、何らかの未知の魔法ですらない。恐ろしい。まるで魔物よ」


「悪魔…」


と小太りの神官がつぶやいた。


「いや、魔人か…魔人は神話上の架空の存在のはずだが…、まさか実在するなんて…」


いやいや、なんか大事になりつつある。


「そうか、それでやっと納得がいった。あの河原であたしは一度お前を殺している。確かにお前は一度死んでいたんだ。それが生き返った。貴様が魔物であると言いうなら、それも納得だ。それなら遠慮はしなくていい。今ここで私はお前を討伐する。これは決闘などでなく、ただの魔物の討伐だ!ケルスさん、ネールさん、ミクル義兄(にい)さまを連れてこの場を離れて!エリスさんはあたしのサポートと観客の安全確保を、こいつがまだどんな力隠しているか分かりませんから!」


「ええ、仕方ないわね。あとで奢りなさいよ」


「ニシキ屋の甘味1回分で」


「駄目よ。3回分よ」


「足元を見ますね。では2回で」


「商談成立ね」


お、なんか気心の知れた冒険者たちの小粋な会話みたいなやり取りを、ナコねーちゃんとエリスさんと言う女性がしている。


くっそ羨ましい。俺もそういう小粋な会話がしたかった。


異世界転生の醍醐味の仲間に入れて欲しいなあ…。


ナコねーちゃんはへたって居る俺の前にやる気満々で立ち塞がる。


しかし、俺にはもう余力が無い。


霊エネルギーの備蓄は今の一戦で空っぽにになった。


今攻撃されたら一撃で死ねる自信がある。


まさか最後は魔物として討伐されるとは思わなかったけど、観客もみんな喜んでいるしいいか。ガルゼイが魔物に心を乗っ取られていたという話なら、ミスラン派とゼルガ派の争いを越えて、『対人類の敵』と言う感じで丸く収まるかも」


(おしっ!)


最後の力を振り絞って俺はその場に立ち上がった。


ナコねーちゃんの手に青い火球が現れる。


やっぱり、技の展開が段違いに早い。


以前見たものより炎が安定していて、強力そうだ。


「くらえ、ファイアーボール!」


とナコねーちゃんが叫び、火球が俺に向かって飛ぶ。


(あ、僕が教えたあの技名を採用してくれたんだ)


嬉しくなって、俺は両手を広げ,ナコねーちゃんのファイアーボールをその場で待ち受ける。


…と、その時、良い香りがして、白銀の色が目の前を横切る。

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