41 ゼルガ公爵派の企みって?
ある日、学校に行くと、ハルマ教官に呼ばれた。
「校長がお前を呼んでいる。何をした?」
と言う。
ついにばれたか。
「さあ、なんでしょうか?」
としらばっくれて校長室に行った。
「失礼します」
と校長室の扉を開くと中には5、6人の貴族の風のおっさん達がソファーに掛けていて、俺にじろりと視線を向ける。
奥の執務机には白髭でガタイのでかい男、元騎士団で将軍をしていたという校長が座っていた。
「ガルゼイ・リース・ヘーデンです。呼ばれたので来ました」
と直立して言う。
「控えろ、下民が!貴族の前だ、跪け!」
と手前のおっさんが不機嫌そうに言う。
俺はそれに返事をせず、校長に問う。
「私は跪いた方がいいのでしょうか?ここの主は校長です。あなたが命じるなら従いましょう」
と返事を待つ。
「いや、それには及ばない。知っての通り、この学校内でそうした礼法は免除されている。特段の無礼が無い限り、立礼で構わん」
と言う校長。
当然だ。
校長がそれを命じるとしたら、個人的な事情で校則を恣意的に変更するということだ。それは、後々問題になるからそんなことは命じられるわけはない。
「不愉快なガキだ」
と今の貴族が吐き捨てるように言う。
「今日呼ばれたのはどういう用件でしょうか?」
と貴族を無視してまた校長に問う。
「ふむ、じつはある告発があってな。その真偽を確かめる必要があるのだ」
「告発とは?」
「ヘーデン準男爵家の人間が、騎士団予備校の女子生徒を密かに集めて、不穏な動きをしているという告発だ。なんでも国家反逆罪の疑いがあるというので、放っておくわけにはいかなくなった」
『国家反逆罪』と言う言葉に血の気が引いてきた。
甘かった。
俺が何かして、こういう疑いをもたれる危険性に考えが及ばなかった。
「それは、誤解です。私確かに本科女子の課外活動の手助けをしていますが、これは元々、女生徒たちの希望で始められたことです。わたしは彼女たちに鍛錬の助言をしているだけで、主体は彼女たち女生徒です。最近は私が教える事も無くなり、女子生徒達だけでも、活動が円滑にできるようになっています。もし私がかかわるのが問題だと言うなら、今すぐでも私は手を引きます」
と早口で現状を説明する。
「今更そんな言い訳が通用すると思っているのか?」
と、さっきと別の貴族が口を出す。
「将来、貴族の護衛になる女ばかりを自分の陣営に取り込んで何をする気だ。陰から指令を出して、敵対派閥の人間を暗殺するつもりか?」
有り得ない言いがかりに、頭に血が上る。
「馬鹿な!もともとはこの騎士団予備校で、彼女たちの望む鍛錬を行わなかったのが、原因じゃないですか。彼女たちには、土木作業も、盾を持っての行進も必要ありません。皆、護衛の技術を高めたくてここに来ているのです!あんな、馬鹿げた訓練を続けるほうが問題だとこの学校の人間は誰も気付かないんですか?」
と、憤慨して日頃思っていることを口にする。
「ここは騎士団予備校だ」
と校長は落ち着いた様子でゆっくりと言った。
「騎士団で使える人間を養成しているのであって、護衛の養成学校ではない」
「しかし、現に護衛になりたい女生徒を入校させています。分かっていて入校させるなら、それを指導する責任があるはずです。指導できないなら最初から不合格にすればいいでしょう」
と矛盾点を指摘する。
「ああ、そうだな。最初は皆不合格にしていた。しかし、一部の貴族から強固な希望があって、特例的に少数の女生徒に入学を認めている。なぜかわかるか?」
「いえ、分かりません」
「肩書だよ。自分の侍女が騎士爵を持って護衛をすれば他の貴族に自慢ができるからな。それで、とにかく何でもいいから入学させろと言う要望で、仕方なく受け入れを再開している。そんな者たちの為に、学校全体の指導方針を変えるわけにはいかないのは分かるな」
なるほど、そういう経緯か。やはり、貴族共のやることはクソだ。
彼女たちがどんな決意でここに居るのかをまるで考えていない。
(ああ、頭にくる…本当に嫌になる。貴族は本当に嫌だ。クソだ)
しかし、今俺がここで癇癪を起したら、本科の女子生徒たちに迷惑が掛かる。
「とにかく、本科の女生徒たちは皆自分の義務を全うするために必死に努力しているだけです。我が家の属する派閥とは無関係です」
「それをどう証明する?」
と細面で厭味ったらしい別の貴族が言う。
「証明などできるわけは有りません。それは『悪魔の証明』と言うのです。そもそも無かったことを無かったと証明するなんてことは、誰にも出来ません。もし、私や、彼女たちの罪を告発するなら、その、告発をする人間が有罪の証明をするべきです」
「ふん、そんなことは簡単だ。二三人を拷問に掛ければすぐに証明できる」
と別の太った貴族が笑いながら言う。
「ふざけるな!そんなことは許さない!」
と、無意識に俺は吠えていた。
頭の中が煮えたぎり、血が逆流するほどの怒りが込み上げる。
(コイツラ、ミナゴロシニシテヤル!)
どす黒い凶悪な感情が、腹の底から這いあがってくる。自分の両手が少しずつ黒く染まって、指の先が鋭く尖っていく。黒衣の爺さんの腕が自分の腕に融合して馴染んでいくのを感じた。この変化は霊的な物で、目前の貴族たちは見えていないようだが、俺の気配の変化にただならぬ物は感じているようで彼らの顔色が悪くなっていく。
「本性を現したな!この卑しい下民が!」
と手前の貴族が叫ぶ。
校長は口を挟まずに無表情で俺に視線を向ける。
と、その時校長室のドアが開き、見覚えのない貴族風の男たち数人がどやどやと入ってきた。
「これはどういうことですかな、校長?」
とその先頭の恰幅のいい厳つい男が言う。
ソファーの手前の貴族が『ちっ!』と舌打ちをする。
「ミスラン公爵派のお歴々が雁首をそろえて、ヘーデン準男爵家の子息に何用ですかな?」
とその男は、先に部屋に居た貴族たちを立ったまま見下ろして言う。
「この者には国家反逆罪の疑いがある」
「ほう、学校のただの課外活動がいつからそのような重罪に問われるようになったと?私は寡聞にして、そのような話は今まで裁判所でも他のどこでも聞いたことが有りませんな。その国家反逆罪の証拠は有るのでしょうな」
「それは、これからだ。あの平民どもを拷問すればすぐに明らかになる」
とさっきの太った貴族が言う。
「ああ、この本科に通う女子生徒は確かに皆平民です。強引に拷問にかけることもできなくはない。しかし、あなたたちは何か忘れてはいませんか?この本科に通う女子生徒の全てが推薦入学枠の生徒あるということを。つまり皆、有力貴族の庇護下にある人間だと言うことだ。かく言う私が推薦状を書いた娘もこの課外活動に参加しているのだが、あなたは我が妻のお気に入りで私の庇護する大事な娘を、まさか拷問にかけるというのですかな?あなたにそんなことができると本気でお考えか?」
と男は畳みかけて言う。
太った貴族は、言葉が出せなくなり、顔色が悪くなった。
「しかし、学校の方針に逆らって勝手に生徒を集め、無許可で課外活動をするのは明確に校則に違反しているはずだ。参加者は全員退学にすることもできるのだぞ。そうだな、校長!」
と形勢不利になって、『国家反逆罪』が『退学』までグレードダウンした。
「ええ、確かに。それはそうですな」
と校長。
「能書きはそこまでだ」
と後から入ってきた別の頭の薄い貴族が言う。
「いつまでこんな茶番をしているんだ校長。君が本科の女生徒全員を退学にするなら、我々にも考えがある。中立を破ってミスラン公爵派に肩入れするなら、別の校長に代えるまでだ。そもそも本科女生徒の中には半数近くミスラン派の生徒も居るだろう。その生徒達も皆、退学にすると言うのか。最初から出来ないことを天秤にかけるのではない、この考え無し共が」
「これは困りましたな」
と困ったように見えないのんびりとした声で校長が言う。
「要はこのヘーデン準男爵子息を糾弾したいという話だろ。その事に本科の女子生徒達を引き合いに出すな」
とその頭の薄い貴族が続けて言う。
「ふん、退学の話はいいとしても、とにかく、このガキはミスラン公爵家の子息を殺害した重罪人だ。そんな下劣な人間がこの学校に居るのは我慢がならん」
と手前のソファーに掛けた貴族が吐き捨てるように言う。
風向きが変わった。
これなら責任を取るのは俺一人で済む。
「分かりました」
と俺は口を開く。
「私は責任を取ってこの学校を去ります」
うん、それなら、いいな。どうせ、学校はすぐにでも辞めたかったのだから問題はない。
これで、八方丸く収まる。
と、着地点が見えて気が緩んだ。
黒衣の爺さんの腕と俺の腕の融合が解けて、普通に戻る。
あのまま融合が進んだらどうなったのだろうか。
取りあえず、明日からは訓練も必要ないから、家でひたすらゴロゴロしよう。
もう疲れた。
出来るだけ怠惰に過ごしたい。
『怠惰ですね~』と変なアクセントでつぶやいて、その怠惰な自分を褒めてあげたい。
ああ、よかっためでたしめでたしだね。
と安心して、ふと気づいた。
あ、駄目だ、こうして安心すると必ずフラグが立つんだ。
今もひょっとしてどこかでフラグ立ってるんじゃね?
と周りを見回す。
フラグは俺の横に立っていた。
後から入って来て、最初に口を開いた、恰幅のいい厳つい貴族が俺に視線を向けて優しく微笑んでいる。
あ、駄目駄目、そんな目で俺を見てはいけない。
どうか、俺を助けようなんて、余計なことは考えないでね。お願いだから…。
「この者は、聞いていたような非道な人間には見えませんな」
と彼は口を開く。
はい、フラグ来ちゃいました。
「この者の潔い覚悟に免じて、この学校に残れる機会を少しくらい与えてもいいのではないですかな」
と続ける。
「駄目だ駄目だ、そんな話は認められない」
と手前のソファーの貴族。
「しかし、我々もこの場に足を運んでおいて、なんの譲歩も引き出せずに、一方的に言いなりになっては面子に関わるのでね。このままでは帰れませんな」
「本科女子の退学を求めないことで譲歩しただろう」
「それは譲歩になりませんな。あなた方は本科の女生徒を退学させる気など最初から無かったでしょう。できるものならやってみなさい。ミスラン派閥の生徒が退学になって、あなたたちの奥方達が心穏やかに居られますか?」
「だとしても、この者の退学は譲れない!」
「それなら…」
と校長がここで口を開いた。
「ここは古式に則って、騎士流の方法で決着をつけるのは?」
「と言うと?」
「簡単に言えば決闘です」
はい、またもきました脳筋展開が…
結局これですか?
やっぱり、これですか?
「決闘するのはこの者です。それで相手はこの学校の生徒の誰かを選び、勝った方に『天意』があり正しいということにします。このヘーデンが勝てば退学はなし。決闘相手が勝てば彼は退学。それで、いかがです?」
「ふーむ、この学校の生徒の誰を選んでもいいと…」
と少し考えて、太った貴族はにやりと笑った。
「面白い、皆の面前でこのガキを痛めつけるのはいい余興になるな。分かった、その提案を飲みましょう」
「決闘方法は模擬剣で、競技剣術ルールに則って行います。学校内でやるからにはそこは譲れません」
と校長。
「その代わり、本科の女子生徒達が参加している、今の課外活動は解散してもらいますぞ。何をやっているか分からない集団にうちの派閥の人間をいつまでも関わらせておくわけにはいかないのでね」
「仕方りませんな」
「ではそれで」
「決闘の日はいつに?」
「それはまた調整を付けて後日…」
などと、勝手に話が進んで行った。
いや、俺、やるなんて一言も言ってないよ。
俺が学校に残れるように声を上げた厳つい貴族のおっさんが俺の方を向いた。
そして、『とりあえずやれるだけのことはやった。あとはがんばれ!』とエールを送るようなやり切った満足顔で、俺に向かってサムズアップをして微笑む。
もーやだ。
決闘なんかしたくない。
当日逃げたら、不戦敗にしてくれるかな…
などと決闘をしなくてすむ方法を俺は考えていた。