3 地味で面白みのない私
水路の底に沈みながら俺は焦っていた。
「このままじゃいかん」と。
強制的に社会に出ることになって、働き始めてからはあまり本を読まなくなったが、時々暇つぶしで無料のネット小説を読んでいた。
その多くは「異世界転生物」で荒唐無稽な設定に現実味がなくて、その分、絵空事として気軽に読めるのが良かった。
自分がこうして異世界に転生?…生きてないので、異世界転霊か?…してみて、自分が異世界物の作者だったら今の自分の状態をどういうストーリーにするか考えてみた。
まず、おっさんが幽霊になって異世界にいる。
おっさんは霊のまま、あちこちうろうろしている。
そのうちおっさんは飽きてしまった。
で、おっさんは一月後、水路の底に沈んで、うだうだと愚痴を言っている。
うーん、ドラマチックな展開がどこにもない。
こんなんいったい誰が読むんだという平坦さだ。
普通、異世界転生物と言ったら、貴族の子供に生まれて、チート能力を隠しながら成長するとか、貧しい村に生まれて、チートで村を豊かにするとか、幼馴染が美少女とか、メイドが美少女とか、第三王女様の馬車が盗賊に襲われるのを助けるとか、いきなり婚約破棄されるとか、序盤からイベントもりもりなものだろう。
それに比べて俺の現状はどうだ。こんなものをお話にして、どこの暇人が読んでくれるか。俺が読者だとしても、「ちっ!」と舌打ちしてすぐに「戻る」をクリックするだろう。
それでも、だからどうだというのか。しょうーがないだろ。といつもの言い訳を自分にしながら、
「なんか、イベント起きねーかなー…」
と思うだけで何もせず、何もできず、俺はただ、水の底に沈んでいる。
そして、なぜ水路の底にいるのかというと、単純にここは落ち着くのだ。水中がこんなに気分のいいものだとは知らなかった。スキューバダイビングをやる人の気持ちが少し分かった。まあ、現実世界では、あんな金食い虫の趣味に自分がかかわることは100パー無かったろうが。
(水中こもりだな。ぐふふふ…)
となんかうまいことを言ったような気になって、気分が少しだけよくなった。
しらふで誰かに聞かれたら、羞恥心に悶えて公衆トイレに逃げ出すレベルのつまらなさだが、自分の心の中の独り言なので問題はない。うん、問題はないはずだ。これに、ダメだしする人はこの世界に存在していないはずだ。よかったよかった。
このまま水中でゆらゆらしていてもらちが明かない。
何か現状を打開する行動を起こさないといけないことはわかっている。
普通に異世界転生したならいくらでもやりようがあるが、霊魂じゃどうしようもない。
試しに誰か呪ってみるか?それで、霊能者か呪術師でも来て、おまじないで俺を成仏させてくれないだろうか。でも、俺の呪いが予想外に強かったとして、無関係の人を不幸にしてしまうのは嫌だし。分りやすく『俺様』をアピールする方法はないだろうか。