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【4万PV感謝】異世界転霊した陰キャモブ顔おやじはとっとと逃げたい、お前ら凄いんだから俺のことはほっとけ  作者: 寝院 駝朗
第2章 悪役になる編

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35 バルドとの対決

久しぶりにバルドに呼び出されていた。


いつもは護衛のモンマルを連れているが、今日だけは別の護衛を付けている。


モンマルの村の仇がバルドと分かったからには、うかつにモンマルとバルドを接触させられないからだ。


今日の護衛は、母上の実家に連れて行った、騎士学校崩れの男メルクだ。


こいつは多少剣の腕が立つらしいが、頭が悪く、機転が利かないので本当に護衛の役しか出来ない。騎士団予備校に入学したものの座学についていけなくて、説教する教師を殴って退校になった阿呆だ。


最近はモンマルに挑んでは叩き伏せられて、『たっはー!いてえ!』と叫びながら走って逃げ出して、それでも二,三日すると『今度は負けないぞー‼』と元気いっぱいに挑んではまた叩き伏せられるという事を凝りもせずに繰り返していた。


ランス湖の別邸の門をくぐる。門の中でも外でもバルドの配下の者が何事か忙しそうに走りまわっている。大きな帳面を抱えた男たちが行き交い、別邸の屋敷を慌ただしく出入りしている。


バルドの執務室の前室に入ると、解放奴隷でバルドの秘書兼護衛のルッソが、丸眼鏡の奥からこちらを見上げた。小さな木の机の前で岩のような太い肩を窮屈に縮込ませて、積まれた帳面や書類に目を通していた。


この男を見ていつも思うのは、芸を教わったゴリラが行儀よく服を着、伊達メガネをかけて、本を手にしている図だ。これほど書類仕事が似合わない男がこの世に居るだろうか。しかし、実際は見た目に反してこの男ルッソは記憶力が良く一度覚えたことは忘れない優秀な頭脳を持っているそうだ。


アバウトなバルドは人の顔は覚えていても、名前や地位など詳細に覚えないが、後ろに控えるルッソが全て記憶していて、貴族のパーティーなどでは、対面する相手の詳細をバルドに耳打ちして教えている。


このルッソのおかげでバルドは複雑な貴族社会のしきたりの中で粗相をせずに仕事をこなせていると言っても過言ではない。


今日はルッソの横にもう一つ机が並べられていた。


そこにはバルドの内縁の妻の子エルスが居て、何人かの部下の男たちに仕事の指示を出している。


エルスの指示を聞いた部下の男たちは、速足で前室を後にする。


「来たぞ。ヘーデン準男爵に呼ばれている。」


とだけエルスに言う。


エルスは俺を見て困ったような複雑な顔をする。


「主幹はあなたのお父上でしょう。それをその呼び方は、まるで他人の様ですよ」


と苦言を呈する。


「お前も奴を『主幹』と呼ぶじゃないか」


「仕事中は公私を分けているだけです」


「俺もだ」


「仕事中なのですか?」


「ああ、奴に会うのは全て仕事だ。今まで親子として奴に会ったことは一度もない。奴も親として私に接したことは無いはずだ」


「そんなことはありません」


「なぜ分かる?」


「父上は厳しくしますが、内心は優しいお方です。そうでなければこれだけ沢山の人々を従えて仕事をすることは出来ないでしょう」


「ああ、おまえには優しいのかもな。だが、それは私には適用されないのだ。まあ、私は人間のクズなのでそれを非難する気は無いよ。お前は善人で心が奇麗だから物事を美しく見るのだろうが、世の中には救いようのないゴミのような人間というものがけっこうたくさん居るのだよ。私もそうだし、ヘーデン準男爵様もそっち側だ。嘘だと思うならそこのルッソに聞いてみろ。本当の事は話してくれないだろうがな」


とルッソの方に顎をしゃくる。


ルッソは無表情で、眼鏡の奥から冷たい目線をこちらに向けていた。


「なっ!あなたは!」


とエルスは顔を赤くして椅子から立ち上がり、口をパクパクさせた。


その顔には思いがけず俺から自分の事を『善人で心が奇麗』とプラス評価で褒められたことと、愛する父をけなされたことへの怒りとで、感情の収拾がつかなくなっていることが見て取れた。


「ほら、そういうところだ。そんな簡単に感情を露わにする人間にこの仕事が務まるのか?お前はどこかで慈善団体でも運営して、貧しい人々に炊き出しでもしているのが似合っているぞ」


と追い打ちをかける。


「私を馬鹿にしているのですか⁉私はあなたの姉ですよ!」


と真っ赤になって怒る。


「これは失礼、麗しい姉上様。いえ、馬鹿にしているつもりは有りません。これは出来損ないのひがみですよ。私は本心からあなたを尊敬しているのですよ。あなたは私に無いものを全て持っている。それが妬ましくて嫌がらせをしているだけです。

ああ、無駄話が過ぎたな、これ以上ここで時間を潰していたら、あの短気な準男爵様に刺客を送られてしまう。おい、ルッソ通るぞ。いいな」


とルッソに向き直ると、彼は感情の感じられない顔で、軽く執務室の入り口の方を手のひらでで指し示した。


姉エルスは、俺の意表を突く言葉の数々に混乱して、何も言い返せなくなっていた。


思えばこれほど長時間この姉と話をしたのは初めてかもしれない。


今後、またこのように話をする日があるかどうかは分からない。


それほどこの善良な姉と俺には接点がない。


執務室のドアのノブに手をかけて、俺は後ろを首だけで振り向いた。


護衛のメルクが俺の後ろにぴったりくっついている。


「お前は中に入れない。ここで待て」


と言う。


「はいはい」


とメルクは軽薄な返事をする。


「はいは、一度だ」


「はいぃ~♪」


普通に返事も出来ないぼんくらに、ため息が出る。


「坊ちゃん、あの坊ちゃんの姉さん、きれいな人ですね。恋人とかいるんですかね」


と嬉しそうに大きな小声で耳打ちしてくる。


こいつは普段の声が大きいので、小声でも普通の人と同じボリュームで話す。だから、気を使って内緒話をしたつもりでも話は全部本人に聞こえているのだ。


阿保のメルクを無視して執務室のドアを開け、顔の前でバタンとドアを閉めてやった。


心をシリアスモードに戻してバルドに対面する。


「来ました。用件は?」


とだけ言って黙る。


「何度も使いを出したはずだ。なぜすぐに来ない?」


と、無表情のバルド。かつての俺はこのバルドの見下すような冷たい視線に、心を病んだが、今となっては毛ほども気にならない。


奴は俺を切り捨てたつもりかもしれないが、俺の中でもこいつに対する感情はある程度けりがついたのだろう。ガルゼイの感情に、陰キャおやじの視点が加わることで現状を客観視できるようになったのかもしれない。


「最近は私も忙しいのですよ。ヘーデン準男爵様ほどではありませんが」


と白々しい態度を取る。


「ふむ、お前はこの私を甘く見ているようだな。実の子だから私がいつまでもその態度を許していると思うのか?」


「思いませんよ。で、どうします?娼館の名義人の次は、奴隷商の名義人でもやらせてくれるのですか?」


「ああ、あの件については、褒めてやる。珍しく役に立ったな」


「襲われたから反撃しただけです」


「お前に反撃できる戦力があったとはな」


「私の力ではありません」


「死の二刀」


と言って俺の表情を伺うバルド。


「よくご存じで、我が家にスパイでも居るのでしょうか」


「私の我が家だ。お前のではない」


「返す言葉もありません」


と首をすくめて見せる。


「お前の護衛をしているマルコと言う男をこちらで預かることにした」


と言う。


ほら来た。こいつがモンマルに食指を伸ばすことは予想していた。


「お断りします」


と宣言する。


「お前にその権限は無い。決めるのは俺だ」


「逆です。あなたにその権限は無い。決めるのは私です」


と言い返す。


「あの男は母が、母の資産で個人的に雇っている男です。そして彼の去就は私に一任されています」


「あの家の主は私で、あの女の主も私だ。私の家の物は私が自由にできる」


「それは思い違いをしていますよ。あなたはメダス伯爵家と契約して母上と婚姻を結んだだけで、これはお互いに得のある対等の取引でしかありません。

欲張ってはいけませんよ準男爵閣下。あなたはメダス伯爵家の名前を利用する権利を得ただけで、そのすべてを支配できるわけではありません。

私はあなたの血を引いているかもしれませんが、メダス伯爵家の血も引いています。そしてあなたは、由緒あるメダス伯爵家とは、なんの血のつながりが無い赤の他人だ。私は今メダス伯爵家の代表として、あなたに話をしています。つまり、わたしとあなたでは、そもそも寄って立つ地盤がまるで違うのですよ」


と、慇懃無礼にゆっくりと話す。


「私があの潰れかけた家への援助を止めれば、すぐにでもあの家は立ちいかなくなるぞ。それが分かって言っているのか。言葉に気を付けろ。お前がメダス伯爵家の代表と言うなら、お前の言葉をメダス伯爵家の総意と思っていいのだな」


「おや、脅迫ですか。ということは、ヘーデン準男爵は由緒ある貴族と結んだ契約を、勝手に反故にすると。ゼルガ公爵様が、自分の頼子の由緒ある貴族家と自ら仲立ちをした契約を、たかが子供についた護衛一人が自由にならないくらいで反故に?それをゼルガ公爵様にはなんと説明をするのです。『息子がいうことを聞いてくれなくて、頭に来たので止めます!』と駄々をこねますか?それでゼルガ公爵様が納得するのでしょうか?」


「ふっ、浅知恵だな。契約を反故にしなくても、メダス伯爵家に俺が話を通せばあの当主の男は泣いて詫びを入れて来るぞ。あの男に俺に逆らうような気概は無い」


「ええ、そうでしょうね。ただ、あなたが強権を発動して、たかが子供の護衛の事で、貴族を動かしたという事実は残ります。そんな軽々しく貴族を脅す人間に対して、貴族院はどんな感情を持つでしょうか?もしあなたが正式に昇爵したら次は自分たちが脅されると考えはしないでしょうか?」


というとバルドの背後に黒いオーラが立ち上るような幻覚を感じた。


「つまり…、お前はこの私を脅しているのか?」


と不自然なくらい優しい声色でバルドが言う。


ひえー!こわい!こわい!


陰キャモブ親父とガルゼイの性格ハイブリッド化で恐怖心を殺して耐えているが、このおっさんのプレッシャーが半端じゃない。恐怖心回路をOFFにしてなお恐ろしい!


「いえいえ、とんでもない。私は一般論を言っているのです。私も母上もヘーデン家の名誉と栄達の為に全力で尽くす覚悟はしています。まあ、最近の私の不始末には申し訳なく思っていますが。しかし、父上はこう言っては何ですが敵の多い方です。父上の悪評を探して回る人間に、これ以上材料を与える必要は無いのでは?」


とここで『父上』と初めて呼びかける。


身内感を出して、歩み寄る姿勢を見せておいた。


「それなら、お前が大人しく、『死の二刀』差し出せばいいだけの話だ」


「だから、それはお断りすると言っています。味方のほとんどない私にとって、あの男は初めての子飼いです。今はあの男が私の生命線なのです。あなたが私に押し付けた娼館でも、あの男が居なければ私は死んでいました。モン…、マルコは私の命の恩人でもあるのです。

例えば、あなたの秘書のルッソを誰かが『寄こせ』と言ってきたら、あなたはどうしますか?いいよいいよと大人しく差し出すのですか?私はあなたにとって要らない子供かもしれませんが、どうか私に少しの手駒は与えてください。どうか私からあの男を奪わないで下さい。お願いします!」


と言い、深々と頭を下げた。


「……」


バルドはしばらく無言で考えている様子だ。


俺はずっと頭を下げ続けた。


奴は他人の言いなりになるのを嫌う。俺がずっと強硬な姿勢を見せていたら、損得を度外視して、意地でもモンマルを奪いに来るはずだ。だからここは、俺が懇願して許しを得たという形を取らなければならない。それでこの男の面子が立つのだ。


最初から低姿勢で行ったら、侮られて相手にされないから、まずは強硬に出て、ある程度の交渉材料を提示して押してから、譲歩の姿勢を見せる必要があった。


「ふむ…」


とバルドがゆっくり口を開く。


「お前にしてはよく考えたが、しょせんは浅知恵だな。押して引いて、最後はお願いか。よくある交渉術だ」


うへえ、ばれてるよ。


頭を下げたまま冷や汗が出てきた。


「だが…少しは自覚をもって考えるようになったことだけは、褒めておいてやる。今回の娼館の件では、あまり期待していなかったが、お前は予想以上の働きをした。お前は俺をどう思っているか知らないが、俺は正当な行いには正当な報酬を与えることにしている。『死の二刀』は褒美としてお前に預けることにした。あれを無駄使いせずに有効に利用しろ」


と無感情な声で言う。


これは…


助かったということか?


と、安心しかけていると、


「ところで娼館には一人美しい娼婦が居たそうだな」


と不意にバルドが言う。


「あ、あれは娼館の名義人である私の物です。所有権は私にあります!」


と、慌てて言う。


「ふっ…」


とバルドの笑うような声が聞こえる。


えっ、この男が笑ったのか?


(うっそ!?)


聞き違いかと思った。


「色気づいたか。ただの娼婦に部屋を与えて行儀見習いをさせ、服を仕立てるか?」


全部ばれてるよ。


やっぱりスパイ居るな。


「まあいい、その娘のおかげで、最近はあの気難しい女が上機嫌だという話だな。あの女の機嫌を取れるだけで上出来だ。その娘もお前に預けておいてやる。それで娼館の名義人はどうする?嫌なら廃業届を出してやるぞ」


「いえ、名義は私のままにしておいて下さい。考えがあります。あそこはいい隠れ家になります。今後何かの役に立つこともあるかもしれません」


「うむ、悪評を残すか。分かった。それならもうこちらの用件は済んだ。お前に話が無ければ帰っていいぞ」


と言い捨てると、バルドは俺に興味を失ったように手元の書類に目を落とす。


あ、いつものバルドだ。


俺は頭を上げて背後のドアから出た。


助かった。


奴は何もかもお見通しだった。


やっぱり十三歳の子供と三十五歳陰キャおやじに太刀打ちできるレベルじゃなかった。


ホント疲れた。


でもこっちの希望の満額回答を得られたので、結果オーライだ。


しかし、ミーファの出自と『身体強化魔法』のことだけはなぜかばれていない様子だったな。それが不思議だ。出自については俺とモンマル、母上にベス、だけの秘密なので外部にもれることはなさそうだが、『身体強化魔法』は中庭での鍛錬が人目に触れている。


スパイは魔法や剣術の知識の薄い人間なのかな?いったい誰がスパイなのだろうか。もっとも誰がスパイでも不思議でないし、複数居るかもしれないので犯人捜しをするだけ時間の無駄だな。


そのまま執務室の前室を出て、気が付くと『マ荷車』の中で揺られていた。


執務室を出てからの記憶がない。


緊張しすぎて脳がオーバーヒートしたようだ。


車に乗るまでに誰かに話しかけられた気もするがまるで覚えていない。


今日は帰ったら甘いものを食べて昼寝をしようと心に決めた。

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