31 モンマルの実力
モンマルがゆっくりと両腕を交差させ、左右のファルカタを引き抜く。
刃が鞘にこすれる硬質な音が室内に響く。
モンマルは引き抜いた剣の刃をくるりと天に向け、そのまま両肩に担ぐようにして構えた。
「おい、ちょっと待て、少し話をさせろ」
と体の大きいごろつきA。
5人は武器も持たずに、座ったままだ。
その割に余裕の表情でいる。
何か身を守る算段があるのだろうか?
「お前ら、バルドの野郎からの刺客か?その割に人数が少ないな。外に人を隠してねえことは確認してある。あんた一人で、この五人に勝てる気か?」
いつの間にそんなことを。
他の四人が遅れて降りて来たのは二階から家の周りを確認していたためか?
だとしたら見た目以上に用心深い奴らだ。
「奴が俺たちを殺したがっているのは知っている。今まで二度ほど刺客を送り込んできたな。金で雇ったごろつきだったが、あれは奴の差し金だ。あいつら俺たちが寝静まった朝方に襲撃してくるんで、こっちは寝る暇がねえ。それで、毎日一人、不寝番を置く羽目になりやがった」
ごろつきBが一人で一階に居たのはそう事か。
「俺たちは元々七人いたが、それで二人減った。女の何人かもそれで死んだ。そのガキの母親が死んだのも、そのせいだぜ。まあ、もっとも女を刺客の方に突き飛ばしたのは俺だがな」
とごろつきAはいやらしい顔でにやけた。
モンマルが油断なく男たちを見つめながら、無言で二歩前に出る。
「あの女てめえの何だ?妹か?幼馴染か?あの女の旦那が誰だか知らねえが、バルドの野郎がぶっ殺したって話だ。ひでえ野郎だよな。俺たちは正規の報酬を払えって言っただけなのに、無関係の村で略奪するんだからな。しかも、同じラグナ王国の味方の村だぜ。さすが元馬賊のヘーデン準男爵様はやることが違うよな。
あの女は顔もいいし、あっちの具合が最高でなあ、毎晩ひいひい言わせてやったぜ。俺も死なせたくは無かったんだが、悪党バルドのせいでかわいそうなことをしたぜ」
こいつはモンマルの動揺を誘っている。
モンマルは冷静でいられるだろうか。ベテラン戦士の経験値を信じたい。
更に二歩前に出る。
ごろつきと共との距離が少しずつ縮まる。
「ところでお前、その剣、『死の二刀』の真似か?はったりなら通用しねーぞ」
「俺がその『死の二刀』本人だと言ったらどうだ?」
と初めてモンマルが応える。
更に二歩。
「馬鹿が。俺は奴の本名を知っているんだ。奴の名は『マルコ』だ。モンマルなんてへんてこな名前じゃあねえ」
と言いごろつきAは余裕の態度だ。
「へえ、そうかい、ばれちまったか。だが、俺はモンマルって名前、気に入ってるぜ。初めて人間になれた気分だ。『マルコ』なんて奴の方が糞野郎に思えるがな」
とモンマルがさらに二歩前に出る。
奴らとの距離は1メルス(1.5メーター)ほどだ。
ごろつき共はまだ座ったままだ。
緊張感が半端ない。次の展開が予想できない。
少女ミーファも一言も口を開けないでいる。つないだ手が震えているのが分かる。
こんな時だが、これほどの美少女と手をつなぐのが初めてなので、ドキドキする。
思春期のリビドーは、時と場所と状況を選ばないので始末に悪い。
ナコねーちゃんにときめかなかったのは体が子供のエルだったからだろうか。
だとしたら、今会えばときめく?
いや、無いな。
あの脳筋ねーちゃんにときめく自分が想像できない。
と緊張に耐えられず、現実逃避でよけいなことを考えていた。
「まあ、待てよ、どうだ、金で解決……おらっ!」
とごろつきAが言った瞬間、男たちの前の二つの木のテーブルがモンマルに向かって飛んできた。バックステップでそれを軽くかわすモンマル。
ごろつきたちとの距離が開く。
モンマルの方にひっくり返ったテーブルの向こうで、男たちが同じ姿勢で腰を落として横一列に整列していた。
そのすべての男が手に長さ一メルス(1.5メートル)ほどの短槍を構えている。
短槍の柄は鉄パイプのような軽い金属製に見えた。
テーブルの下に短槍を仕込んでいたのだ。
左右両端の男が少し前に出る。
すぐにはかかってこないで油断なく構えている。
拙い。
この狭い場所で横一列に槍衾を構えられたら攻め手が無い。どう攻めても、五人のうちの誰かの槍がモンマルに届く。
左右の両端の男を少し前進させた隊形で五人同時に前に出る。
モンマルを半円状に包囲するように、じりじりと小刻みににじり寄る。
モンマルの構えは変わらない。
両方のファルカタを肩に担いでいるので胴ががら空きだ。
なぜ剣を前に構えないのかとハラハラした。
五人のごろつきが、呼吸を合わせてもう一歩前に出ようと足を挙げる。同時に、モンマルの頭が揺らいで、その姿がその場から消えたような錯覚を感じた。
ほとんど動いたと感じないのに、次の瞬間モンマルの体はごろつきAの真ん前にあった。
「ふっ!」
と男たち五人が、同時に短槍をモンマルのがら空きの胴に突き込む。
それに合わせて、モンマルが二本のファルカタを正面の槍と槍の間にまっすぐ振り下ろし、そのまま半円を描くように90度外に開き、二本の短槍の軌道を左右に逸らす。
モンマルの体が、中央のごろつきAとCの間にくっつくように入り込んでいる。
左右から包囲していた他三人の男の短槍が、モンマルの背後で空を切る。
ファルカタの内カーブの独特な形状の窪みに、ごろつきAとC短槍の柄が当たっている。
そのまま槍と槍の間を、モンマルが男たちの方に駆け抜ける。槍の柄がファルカタの刃に削られて『ギャリギャリ』と嫌な音立てる。
「クソ!」
ファルカタの刃が手元に迫り、ごろつきAとCが短槍から手を放す。
その場でモンマルの体が、コマのようにくるりと回転した。
ファルカタの刃を水平に寝かせて、踊るように振り抜いていた。
首元から血しぶきをあげて、ごろつきAとCがその場で垂直に崩れ落ちる。
何だ今の!?
何だ今の!?
つえええええええーっ‼
モンマルかっけー!
俺は猛烈に感動していた。
この男こんな強かったのか。
『死の二刀』の二つ名は伊達じゃなかった。
残り3人のうち二人が連携も何もなく、バラバラにモンマルに短槍を突いてくる。モンマルが眠そうな顔で一人目の槍を左手の剣で受けて、その手元に右の刃先を落とす
ごろつきEの手首が半分ほど断ち切られて、短槍を取り落とす。
その無防備になった頭の真ん中に、左の手首を返して、ファルカタの分厚い背の部分を斜め上に叩きつける。『パキ!』と乾いた音がして、男の頭蓋骨の側頭部が窪んでいた。
もう一人のごろつきDも『このやろー!』と叫びながらモンマルに突っ込んでいく。
安心してギャラリー気分で見ていたら、何を考えたのか、ごろつきBが後ろを振り返って俺の方に向かって来る。
あ、こいつ逃げる気だ。
「どけっ!」
と叫んで槍を俺の方に突き出す。
(あ、死んだ)
丸腰でボケっと見ていた俺はその場から動けなかった。
でも、ちょっと待てよ。これはチャンスだぞ。ここで俺が死ねば、女の子を守って死んだ名誉の戦死になるし、死に方も不自然じゃない。
あとはこいつが、上手く俺を即死させてくれるかどうかだ。
とにかく、痛いのは嫌なのだ、痛いのは。
痛いのは本当に嫌なんです。
なので、この場でしゅっと死のう。
(よし、ばっちこーい!)
と俺は女の子ミーファを守るようにその場で両手を広げた。
「坊ちゃん!」
モンマルが初めて焦った声を上げ、目の前のごろつきDの槍をさばく。
ごろつきBの短槍が俺の前で突き出される。
(こえー!)
俺は槍の穂先が心臓の真上に来るように微妙に体の位置を修正した。
よし、完璧だ!
思っていると、背後で
「危ない!」
という鈴を鳴らすような爽やかな声がして、後ろから突き飛ばされた。
ミーファだ。
俺を助けようというつもりなら、横方向に押すべきなのに、この娘はなぜか俺の背後から斜め前に体ごと体当たりしてきた。
「ばっ、お前!」
俺は向かって来る槍に、こちらからも二人して勢いをつけて突っ込んでいくという、果てしなく自殺行為で、チキンレース的な状態で進んで行った。
そして、無事槍は俺の右肩を貫通して、背後のミーファにも突き刺さっていた。
(心臓に刺さるようにちゃんとやっていたのに、何してくれてんだこのバカ娘は!おまけに自分にも刺さってるじゃないか。どうか死んでくれるなよ!)
と祈る気持ちで、体に刺さった槍の柄を掴んで抑え込んだ。
これ以上突き入れられて、ミーファの怪我がひどくならないようにしないと。
「この、放せ!」
と俺の腹に蹴りを入れて来る。
でも放さない。
「畜生!」
ごろつきBが短槍を抜くのを諦めて、槍から手を放す。
そのまま俺の横をすり抜けて外に出ようとしている背後で『ひゅんっ!』と何かが風を切る音がした。同時に鈍い音がして、ごろつきBの後頭部から斜め上にファルカタが生えていた。
ごろつきBは何も言わず、そのままうつぶせに倒れた。
俺はその場で膝をつく
「大丈夫ですか⁉」
とミーファが俺の前に出て声をかけてきた。
(ああ、無事だったのか。てっきり後ろまで槍が刺さったかと思った)
俺の前に来たミーファの胸元を見ると、槍の刺さった形跡があり、服の前が小さく破けていた。
しかし、血は出ていない。
その服の破れ痕をじっと見つめた。
「あ、私、怪我しないんです!」
と『私失敗しないので』的なノリで言う娘ミーファ。
(この人、何言ってんの?)
次にミーファは俺の肩から生える槍を両手でつかむ。
(えっ、何する気?)
嫌な予感がした。
そしてこの予感が当たることも分かっていた。
「よいしょー!」
と声を出してミーファが思い切り槍を引き抜く。
頭のてっぺんに電気を流されたような激痛が走り、肩の傷から大量の血が噴き出して来る。
(ああ、この娘、天然さんだ…)
と思い、意識が薄れる。
残りのごろつきを始末したモンマルが、少女ミーファの後ろで口をぽかんと開けて見ている。
彼もこの展開は予想外だったようだ。
耳元で『うおーん』と言う聞きなれたうめき声が聞こえてきた。
その気色悪い呻きを子守歌にして、俺の意識はブラックアウトした。




