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2 どうやら異世界らしい

そして、1か月くらいの月日が経ち…


俺は、幽霊状態のままで川底に沈んでいた。


(飽きた……)


好奇心であちこち見て回るにも限界がある。


誰とも話ができずにひたすら無視されるのが、こんなにしんどいとは思わなかった。


今はとにかく。誰かと話がしたい。


どこかに、幽霊と話せる霊能者でもいればいいのだが…


霊能者がいたとしても、見分けがつくわけではない。


川底から見上げる水面が、きらきらして綺麗だ。


数尾の小魚の群れが、シルエットになって横切っていく。


このひと月ほどで、いろいろなことが分かった。


まずこの街は、一つの国、王国の王都のようだ。


国の名前はまだ不明だ。


人々が話をしているのを聞いても。何を言っているのかまるで分らない。


まあ、言葉が分からないのは当然として、それでも重要な一つの事実が分かった。


どうやら、ここは俺の生きていた地球ではないようだ。


『異世界』というやつなのだろうか。まるで物語の中の話のようだ。ここが異世界だと確信せざるを得なかったのは、人々が『魔法』を使っているのを見てしまったからだ。最初は手品じゃないかと思って疑ったが、そうではなかった。


食堂のおばちゃんが、かまどに火をつけるのに、指先から火を出していた。


俺のいた世界では、魔法などありえない話だ。


この世界でも、皆が魔法を使えるのではないようだが、確実に一定数の魔法を使える人たちがいることは確かだった。なんてこった。


今、俺が沈んでいる川は、王都の中を流れる水路のひとつだ。王城の裏手にそびえる山岳地帯から、いくつかの川が王都の中を縦に貫いて流れている。


護岸を石垣で直線に矯正された水路は、王都内の物流に利用されていて、最後は王都の城下町の前を横切る大河に合流する。


その大河はいくつかの丘の横を緩やかに蛇行して、王都の下流2キロほどのところで、対岸の霞んで見えないくらいの大きな湖となる。湖の湖岸には大きな港が整備されていて、海から川を上がってきた巨大な輸送船が、十隻くらい係留されている。そして湖の沖合にも、大きな船が何隻も停泊して、荷下ろしの順番を待っている。


この街は人口も多く、活気があり、はた目にはかなり栄えているように見えた。


街中の主要な大通りのほとんどは、石畳で舗装されていて、『馬』にひかれた荷車が行きかっている。


今、『馬』と表現したが、馬のような動物であって、完全に馬と同じものではない。馬風の体形で、10センチくらいの長さのグレーの体毛が、全身を覆っている。目は細く鋭く、口がワニのように大きく、鋭い歯がずらりと口の中を並んでいる。どう見ても肉食獣だ。エサはどうしているのだろうかと心配になった。


気になって観察していると、大河の河原で放たれている馬…もどきの食事を見ることができた。河原の水辺に葦のような茎の太い植物が一面にしげっており、馬もどきは長い首を横にして鋭い歯で刈り取るように葦のような植物をバリバリと食べていた。あの歯はそういうことかと納得した。


口の奥には、植物をすりつぶせるような奥歯が隠れているのかもしれない。


食べながら馬もどきが糞をすると、穀物を入れるような、繊維の毛羽立ったずだ袋持った身なりの汚い子供たちが寄ってきて、素手でその糞を袋に拾っていく。草食動物の糞は乾燥するとよく燃えるというから、燃料にでもするのだろうか。それとも肥料かな。自分で使うにしては量が多いようだが、どこかで売れるのだろうか。


街中を行きかう人の風貌は、大都市だけあって、千差万別だ。


肌が白いのも、褐色も、背が高いのも、小さいのもいる。明らかに人種の違う人達が、同じ場所で当たり前に混在している。ただ、一番多いのは白人風の肌の白くて、髪色の明るい人たちで、この人種が支配層に多い人種構成なのだろう。


異世界だったら、獣人とかエルフとかいるかなと期待していたが今のところそういう人達は見ていない。ここにいないだけで、他の国や地域にはいるかもしれないので、まだ希望は捨てないでおこう。


一つ嫌な発見があった。ここでは『奴隷』の存在が許されているようだ。合法か、慣習的なものかは知らないが、それらしい人々をそこかしこで目にする。


末端労働者風の屈強な男たちが、例のずだ袋を逆さにして手足の穴をあけただけのような粗末の服を着て、行列して荷運びをしていた。腰布だけで上半身裸の男たちもいる。仕事が終わると一つの掘っ立て小屋に戻って地べたで食事をして、夜は雑魚寝だ。首輪などはしてないが、窓に鉄格子がついていて、小屋の外から閂をしていたから移動の自由はなさそうだった。


にぎやかな繁華街ではきれいに着飾った人も見られる。若い女性数人で連れ立って、露店を見て回っているところを見ると、比較的治安はいいようだ。俺は霊魂だけの男になってしまったが、それでも若い美女を見るのは、嬉しいものだ。何もできないけど、眺めるだけでも嬉しい。


この体ならスカートを覗いたり、風呂の壁も抜けられるぞ、と一瞬…いや、数日間考えて悶々とした。


だが、もし、そんなことをしているのが、どこかにいる神様にばれて『お前何やってんの?』と後で説教されたら、死ぬほど恥ずかしいので、やめておいた。こうして幽霊がいるのだから、どこかに神様がいてもおかしくない。


仮にそれが女神様で、『最低のクズですわね。この下種野郎っ!』などと軽蔑の目で見られたりしたら、俺は耐えられずに消滅してしまうだろう。


基本、俺は小心者なのだ。


悪事して自分だけ得をしたい気持ちはあるが、そのことで非難される覚悟は1ミリも、ひとかけらも、まったく無いのだ。

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