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28 決闘の行方

(こっそり帰りたい…)


と思う。


しかし、裏口などなく、帰るには皆の待つ中庭の出口に行くしかない。


しぶしぶだらだらと下に降りた。


マークが爆発しそうなテンションで待っていた。


「いつまで待たせる!」


と切れかけている。


うわー、無いわー…なぜそんなに戦いたいんだろうか?


平和な日本で日々平和ボケして惰眠をむさぼっていた俺には理解不能だお。


「あー、ここで残念なお知らせです。実は今日いつも使っている短剣を持って来ていなくて、あれが無いとちょっと…」


と言いかけると、うちの護衛がずいと前に出る。


「こんなこともあろうかと持ってきました!」


と嬉しそうに見覚えのある大振りの短剣二振りを目の前に差し出し、俺に手渡す。


そして、ぐっと握りこぶしで親指を立てて笑顔で突き出す。


(何やってくれてんだよこいつ。なんでこんなことがあると思うんだよ。俺だって思ってなかったよ。こんな事予測するなよ)


「モンマルさんの指示です!」


と『俺偉いでしょ、褒めて褒めて』のテンションで満面の笑顔だ。


(モンマルてめえ!おい、それと、俺の考えたモンマルの呼び名定着してるじゃん。それじゃ隠語として内緒のやりとりできないじゃん。ところで、この世界でもサムズアップって通用するんだ。知らなかった)


仕方なく短剣を受け取る。


「ところで模擬戦の勝ち負けはどう決めますか?」


と聞いてみる。


「何を言っている。これはヘーデン家の跡継ぎの座をかけた決闘だ。どちらかが死ぬか、戦闘不能になるか、降参するまでだ!」


とイケメンバーバリアンは吠えた。


(よし、戦うふりして、怪我しないうちに降参しよう)


と固く心に決める。


鞘のままの短剣を両手に持ち、手を下にだらりと下げる。


「鞘を外せ!」


とマーク。


「あ、このままでいいです。必要ないので」


と答えるとマークの顔が真っ赤になった。


「僕が相手では鞘から剣を抜くまでも無いというのか!なめるな!」


と、ますます怒る。


(あ、しまった)


そういうつもりでなく、すぐに降伏して、攻撃する意思は無いということなのだけど、誤解させてしまったようだ。


とりあえず愛想笑いをしてみる。


すると、母がおれの頭を軽くげんこつで小突く。


「こら、あなたは遊び半分で勝つつもりかもしれないけど、相手は真剣なのよ。そんな笑っていたら失礼ですよ」


と呆れたように言う。


えー、俺またやらかしましたか?


「ふっ、ふっ、ふっ、フッザケルナー‼」


と口から火を噴く勢いでマークがのけぞった。


「僕の力を見ろ!これだ!」


と言い、手を空に向けて魔法を打つ体制になる。


「うーん」


とうめくと手の平にゴルフボール大の赤い炎が出現する。


「うーうううう!」


と更にうめく。


何か1週間糞詰まりの人間がトイレで必死にうなっている場面を想像した。


その赤い炎はソフトボール大の大きさになる。


(えっ、これ本気でやってる?ちょっと遅すぎない?ナコねーちゃんはもっと大きいのをシュバっと凄い速さで出していたよ)


「ごはあー!」


とマークが叫ぶと同時に赤い火球が打ちあげ花火のようにひゅるひゅると空に昇って行った。


そして、上空50メートルくらいで自然に消えた。


何というか…


拍子抜けというか…


しかし、周りのギャラリーはどよめいている。


えっ、何?


今どよめく要素何かあった?


「どうだ、これが僕の実力だ。火だるまになって死にたくなかったら今のうちに降参しろ!」


と満足げに宣言する。


母の顔を見るとマークの魔法を目にしたことで、焦って悔しそうな顔をしている。


「大丈夫?いけるの?」


と不安を隠して俺に聞いてくる。


これ、なんの茶番?


ひょとしてみんな俺をドッキリで騙そうとしてない?


「えーと、一つ訊いていいですか?」


と手を上げる。


「何だ、降参か」


とマーク。


「いえいえ、今の魔法ってまさか全力じゃ無いですよね。大きさも小さいし、スピードも遅すぎるし、みんなに見せるためにわざと控えめにしょぼい魔法を打ったんですよね?」


と尋ねる。


「きっ、きっ、きっ、きっさまー‼こんな侮辱は生まれて初めてだ、そんなに死にたいなら今ここで殺してやる‼」


と俺に向かって両手を突き出す。


あっ、マジの本気だったのですね。


これは拙いですね。


俺の周りから母を含めたギャラリーが蜘蛛の子を散らすように離れる。


にしても、あんな遅い魔法では簡単に避けられると思うのだが、どういうことなのだろうか?


俺はぼんやりとただその場に突っ立っていた。


「むっ、あれは『無為の構え』という達人の到達する構えと聞いたことがあります。あの歳でこの境地に至るとは、さすがガルムの子はガルムですね」


と護衛の騎士もどきが聞きかじりの半端な知識を披露する。


(いえ、違います……。ただ何もせず立っているだけです)


「ごゴゴ…ガガガ…!」


マークが呻く。いつになったら魔法が来るのだろうか。


周りのメダス家の使用人たちは頭を抱えて震えながらうずくまっている。


(あー、そうか…)


何んとなくこの状況が分かった。


(この人たち、魔法も戦闘も何も知らないど素人だ。全員分かった振りしているだけのただのど素人なんだ。何が決闘だよ。バカバカしい)


そう分かると気が抜けた。


こんなままごとには付き合いきれない。


俺は両手の短剣を地面に落として、ゆっくりマークに歩み寄る。


「マーク叔父様、もう止めましょう。無理はしないでください。これ以上は不毛です」


歩みを進める俺に周りのギャラリーが息をのむ。


「叔父様?」


何かマークの様子が変だ。口から泡を吹いている。そのまま仰向けに倒れた。


「魔力暴走だ!まずいぞ、神官か治癒魔法士を呼ばないと!」


と誰か叫んでいる。


(これが魔力暴走か)


と泡を吹くマークを見て、新宿の路上で急性アルコール中毒で倒れた昔の同級生を思い出した。


こういう時は体を横にして吐かせるんだっけ?それとも心臓マッサージ?


皆がうろたえてただ右往左往するだけなので、俺はなんとなくマークの横にしゃがんで胸に手をあてる。


うおーん…


と聞き覚えのある声がした。


俺の胸から黒い手が一本伸びてきて、マークの胸に突き刺さる。


(あっ、馬鹿!この人まだ生きてるんだよ。ひっこめ、早くひっこめ!)


と慌てる。マークにこのまま死なれたら俺が実の叔父を決闘で殺したというとんでもない悪評を背負うことになる。それだけは阻止しなければ。


すると、パリパリ!と音と光がはじけた。


そして、黒い腕が引っ込む。


マークの心臓に耳をあてる。


鼓動が聞こえる。


生きている。


良かった。


「うん…僕は今…」


と、ぼんやりした顔でマークが目覚める。


「あ、大丈夫ですか?」


と俺。


メダス家の人々が周りに集まってくる。


「マークよお前は魔力暴走を起こして危ないところだったのだ。それをこのガルゼイが何かの力で助けてくれたのだ」


と間抜けなサンタクロースもどきの前伯爵が心配そうにマークをのぞき込む。


「そういえば僕は、途中から体の自由が利かなくなったことを覚えています…」


と言い身を起こす。


「決闘はもう止めましょう。マーク叔父様の提案はもっともなことです。私は身を引きます。どうか、ヘーデン準男爵家のことはよろしくお願いします」


と笑顔でいう。


「あなたは何を!」


と母がいきり立つ。


それをマークがそっと手で制する。


「いや、マリエル姉さま。私が間違っていました。これほどの器の違いを見せつけられては、もう私の出る幕はありません。ガルゼイ君はきっと大きな人間になるでしょう。私は潔く身を引きます」


と吹っ切れたいい笑顔でマークがサムズアップする。


いや、違うでしょ。


なんでそんなにすぐ諦めちゃうの?


本人が跡取り譲るって言ってんだよ。


ありがたくもらっとけばいいじゃんよ。


なんでそこでさわやかないい人笑顔で涙ぐんでるだよ。


おかしいだろ。


「分かってくれたのねマーク!」


と母も涙ぐんでいる。


皆が肩を寄せ合ってハグして、『雨降って地固まる』的ないい感じのノリになっている。


これは一体何?


少し離れた場所でクールな侍女のベスも目尻の涙をぬぐっている。


だから、これ、なんの茶番だっての?


俺だけこの輪の中に入れず、気まずい思いでただただ浮いていた。


この後、このエピソードが『ガルゼイが無手で火の魔法使いを制圧し、相手の命も救う』という盛りに盛った伝説として独り歩きしていく事を、この時の俺はまだ知らない。

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