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25 剣の師匠を見つける

新市街の屋敷でのリハビリが進み、大分体は鍛えられた。


朝から屋敷の周りの庭を走って鍛えている。


毎日肉を食べられるので、驚異的な速度で健康が回復している。


黒衣の爺さんのおかげでダイエットもできたので体形がシュッとして体も軽い。


地味なモブ顔も、太っているときは、肉まんの中にゴミが散らばるように、目・鼻・口が埋もれていたけど、痩せてみるとすっきりした和風のしょう油顔になり、そう不細工と言う感じではない。かといってイケメンでもないので『モブ顔』であること自体は変わらないが。


せっかく痩せたのだからイメチェンに髪型を変えてみた。


以前の髪型は、黒髪ぱっつんでいかにもボンボンと言う感じだったが、今はサイドを刈り上げ気味にして前髪は後ろになでつけてオールバックにしている。


最初は前髪を自然な感じでスキ刈りにして放置しておいたが、『みっともない』と皆から言われ、メイドにオールバックにされてしまった。


服を脱いで鏡の前に立つ。


寝込んでいた時には、痩せて骨と皮になったと思っていたが、よくよく自分の体を見ると、結構、筋肉質で細マッチョの感じだ。腹筋も割れて、小さめの6パックになっている。太っていた時に、自重である程度は筋肉に負荷が掛けられていたようだ。


腐ってもあの野獣の血を引いている体ということか。


最初に体が動かなかったのは、単純に栄養失調による弱体化が原因だったようだ。


屋敷にあった模造剣を持ち出して庭で振ってみる。


騎士の持つロングソードで長くて重い。


素振りをすると振り回されてしまう。


小柄な13歳にはまだ扱えないようだ。


それでも体力作りに振り回していると、夕方、交代で下がってきた門番の男が声をかけてきた。


ブラウウンの髪に白髪の混じる、人のよさそうな小柄で初老の男だ。


「坊ちゃんそんな大きな剣を無理に振り回していると肩を痛めてしまいますよ」


と言う。


「しかし、他に剣が見当たらないのだ。ゆっくり振っているので大丈夫だろう」


と返事をした。


「それなら、木の棒でも振られたら?」


「それじゃあ、気分が出ないだろう」


と少しむっとして言い返す。


「ああ、そうですな。武闘派ヘーデン家の跡取りが木の棒で素振りと言うのは確かに外聞が悪いかもしれません。それならほれ、私の剣をお使いなさい」


と言い彼は右腰の短めの剣を腰帯から鞘ごと引き抜いて、俺に差し出した。


「いいのか?剣がないと仕事に困るのでは?」


と、戸惑いつつもその剣を受け取る。


「私はほら。二刀使いなのでもう一本あります」


と左腰の剣の鞘をぽんぽんと叩く。


貸してもらった剣をさやから引き抜く。


変わった剣だ。普通の剣は真っすぐの両刃だが、この剣は片刃だ。


それも剣の背の部分が分厚く先に行くにつれて刃の面が広くなり、反りは刃の方向に逆向きに反っている。握りの終わりにU字状の返しがついていて、小指側を外からくるむような作りになっている。

刃の形状で名前を付けるなら、『逆反り湾刀』とでも言えばいいだろうか。


これは、ネパールのグルカ兵が使ったというククリナイフを少し細めにして長くしたような剣だ。確か古代ローマの『ファルカタ』と言う剣もこんな感じだったような気がする。


大学生の頃、夏休みにインドとネパールを観光旅行したことを思い出した。


ネパールで『ダサイン』と言う祭りがある。この祭りでは『ドゥルガー女神』への生贄として家畜をささげる習慣がある。俺の泊まったゲストハウスでも、生贄のヤギを買ってきて、庭につないでいた。明日殺されるヤギが夜の間ずっと物悲し気に泣いていたのを聞いて、同室の日本人たちと「殺されるのが分かるのだろうか?」と話していたのを思い出す。


翌日ヤギは庭の中央に引き出され、ショートソードほどもある大振りなククリナイフで首をはねられていた。まるで人形の首が取れるように、簡単にポロリと首が落ちた。


あれがヤギでなく人間だったとしても、同じように簡単に首は落ちるのだろうと思い怖くなった。人の首を切るのはベテラン首切り職人でも難しいと書いてある本を読んだことがあるが、ネパールでは素人のおにーちゃんが簡単にヤギの首を切っていたので、実際どうなのかと疑問に感じた。


だが、そんな知識を披露できないので、この形状の剣については初見の振りをしておいた。


「変わった剣だ。初めて見る」


「そうでしょう。異国の剣です。その国の言葉で『戦場剣』と言います。そのままで面白みのない名前ですな」


「その剣はどこで?」


「私は昔、西の国境に配備された傭兵団の一つで兵士をしていました。何度か普通の長剣で戦場に出ましたが、私は体が小さいので、剣に振り回されてしまって危うく死にかけました。それで敵の死体から手に入れたこの戦場剣を使うことにしました。刃元より刃先のほうが重いので鉈のように振り下ろすと結構な威力があります。握力だけはあるのでそれを左右に持ちバランスを取りながら交互に振ります。長さは短いですがその分小回りが利くので、片方の剣で相手の攻撃を受けておいて、近接戦闘に持ち込み、もう片方で相手の体に切りつけると面白いように攻撃が通ります。これで私はこの歳まで生きられました。おかげで今は、ここでのんびりと門番をさせてもらっております」


「その戦い方はお前が編み出したのか?」


「体格の不利を補うために苦し紛れに考えた我流ですよ。雑魚と戦うには有効ですが、剣の実力者には通じません。所詮は目くらましの曲芸のような技です。達人に油断なく長剣を構えられたら間合いに一歩も入れずに、一方的に切られます」


「いや、それでも、雑魚に負けないだけでも立派なものだ。実は私も見ての通り体が小さい。まともな剣術では他の剣士に体格負けをするだろう」


「坊ちゃんはこれから成長されるでしょう」


「いや、私は父の血より、母の血が濃い。体格も容姿も小柄な母に似ている。体の成長もあまり期待できない」


「あー、なるほど……」


ここで、『そんな事ありませんよ』などと気休めを言わないところに好感が持てた。


「どうだろう。空いている時間でいいので、私にお前の剣を教えてもらえないだろうか?その分別に手当は出そう」


「はあ、私はこの歳で独り身です。帰っても酒を飲んで寝るだけなので構いませんが、いいのですか?私のような下賤の者に剣を教わったりして、奥様に叱られませんか?」


「それは大丈夫だ。母は剣の事など何も分からない。それでも後で何か言われてお前が罰せられても気の毒なので、一応形だけでも許可を取っておくことにしよう」


「それは助かります。実は少し借金がありまして、少しでも収入が増えるのはありがたい事です」


「立ち入ったことを聞くが、お前の月の収入はいくらなのだ?」


「はい月と言うか、1日に王国半銀貨1枚です。それを10日ごとに貰います」


半銀貨1枚と言うことは大銅貨10枚で、肉串焼き10本分。黒パンなら20個分か。結構安いな。


「それでは生活はギリギリだろう。やって行けるのか?」


「ええ、なんとか。ここは新市街の一等地で治安もいいので、門番と言っても実際には相棒と二人一組で来客の取次をする伝言係みたいなものです。屋敷の中と庭には警備の騎士が巡回していますし、各階の詰所にも騎士がいますから、それ以外でわたしのやることなどほとんどありません。大分楽をさせていただいているので、お給金もそんな物でしょう」


「いや、それは拙いな。門番が生活に困っていては、どんな誘惑に駆られて、盗賊を引き込まぬとも限らない。あ、いや、お前がそうだと言っているのではないぞ。しかし、これは問題だ。その件についてしばらく私に預けて貰えないだろうか。約束はできないが何とか昇給できるように母上と相談してみよう」


「ちょちょっと待ってください坊ちゃん。そんな話をされたら、私が坊ちゃんを(たぶら)かしたと思われて、首になってしまいますよ!」


「大丈夫だ。お前の名前は出さない。それにこれはもはや我が家の治安維持にかかわる問題だから、お前個人の問題では無くなっている」


「へえ、そうですか。くれぐれも私が首にならないようにお願いしますよ。やっと見つけた楽で安定した仕事なんです。ところで坊ちゃんは私の名前をご存じないでしょう?」


「ああ、すまない。使用人の名前を覚えてないのは良くないな」


「いえいえ、そうでなくて、名乗らせていただいてよろしいかお聞きしたかっただけです」


「もちろんだ」


「私の名前は『マルコ』と言います。ただのマルコです」


(うん、門番のマルコだな、略して『モンマル』か)


「よし、これからはお前のことを『モンマル』と呼ぶことにしよう。それなら他の者に何か話を聞かれても、お前の事とは思われないだろう」


「はあ、モンマルですか」


「違う違う、発音は『()ンマル』だ。『()ン』に強いアクセントをつけるんだ」


「へえ、『()ンマル』ですね」


「そうだそれでいい。これから頼むぞモンマル」


「なんだかよく分かりませんがお願いいたします」


と言うことで、思いがけず俺は剣の師匠を得た。


ちょっと頼りない感じだが、このくらいの緩い感じでちょうどいい。下手に騎士にでも相談して、スパルタ特訓でもされたら目も当てられない。モンマルなら優しく教えてくれそうだ。


……と……。


…そんな風に思っていたことが私にもありました。


モンマルが意外に厳しくてスパルタであることが、この次の日に発覚することとなる。


ニコニコ笑いながらえげつないほど厳しい。


『ほらほら右手がお留守ですな』などと言いながら、俺の手足を木の細枝で打ち据える。こちらも自分から言い出した手前、もう止めようとも言えず、仕方なく指導に従った。母上にも許可を取ってしまった後だ。もう後の祭りだ。


俺が二刀を覚えたいを言ったら、短剣を2本持って来てくれて、それを鞘のまま振って二刀の感覚を掴むようにした。軽い短剣でも片手で振るとすぐに手が疲れて、プルプルする。思い切り振った短剣が手から離れてぽんぽん飛んでいく。


まずは基礎体力をつけることが先だ。よく見るとモンマルの二の腕は丸太のように太い。小柄な体形に騙されていたが、だぶついた貫頭衣の下は、ミチミチの筋肉だ。


やはり、戦場帰りは伊達じゃない。初老まで戦場で生き抜いたということは、その歳まで負けなかったということなんだと、遅ればせながら気づいた。そんな人間が普通の人間であるわけはないのだ。


これは、やっちまった。


俺やっちまった。


これなら、最初から、屋敷の騎士崩れに小遣いをやってちょこっと教わった方がましだった。


本当に俺、何やってんだ。また俺に騙された。


ふざけんな、俺!


「モンマルは剣を学んだことはあるのか?」


とある日の稽古の後で訊いてみた。


「ありますよ」


とモンマル。


「流派の名前などはあるのか?」


「はあ、田舎剣術なので名前と呼べるものなどは…。剣術は近所の神官に教わりました。村には小さな古い神殿があり、そこには豊穣と多産と朝日をつかさどる地母神、『ルーサ・マーエス』が祭られていました。神官は退役騎士で、騎士団を満期除隊した年金として、神殿付きの村を領地にもらったそうです」


「元騎士なのに神官でもあるのか?」


「貴族の三男あたりがコネで神殿の役職について、その後戦場に行くことなどよくある話です」


「モンマルはその神官の領民だったのか」


「ええ。まあ領民と言っても家が50件ほどしかない小さな村です。領主の神官も自分で畑を耕したりして、村人と変わらぬ生活をしておりました。彼にはきれいな奥様と小さな男の子が一人いました。私はその子と歳が近かったので、よく一緒に遊びました。それで、ついでにその子と一緒に、剣の指導もしてもらいました」


「のどかな村だったのだろうな。たまに帰ったりはするのか?」


「帰ろうにも、もうその村はありません」


「村がない?」


「ええ、北の蛮族に襲われて、村人は皆殺しになったそうです」


「お前は、なぜ生きのこることができたんだ?」


「私がまだ30代初めの頃で、その時私は西の戦地に居ました。村が無くなったのを知ったのは、襲撃の2年後です。次に戻った時には、村のあった場所は草木が生い茂り、どこがどこだかよく分からなくなっていました。騎馬盗賊の一団はその辺の村々を根こそぎ襲って回ったようで、村の知り合いが生きているのか死んでいるのかも、今となっては分かりません」


「そうか、それは気の毒に。お前は村に家族がいたのか?」


「両親も兄弟も私が子供の頃に、流行り病で死にました。家族同様と言えるのは神官の一家くらいですね。私が共に剣を学んだ幼馴染は、成長して村の娘と所帯を持ち、小さな娘が一人いましたが、あの子もきっともう生きちゃいないでしょうね」


「それで、傭兵をやめてから王都に来たのか?」


「はい、最初はランス湖の港で荷揚げ人足をしていました。人足はその日に給金がもらえるので体が丈夫な食い詰め者は皆人足になります。わたしもしばらくは人足をしていましたが、戦場での古傷が痛むようになったので、別の楽な仕事を探して、今の門番の相棒にここを紹介してもらいました。給金は安いですが、体がきつくないので助かってますよ」


「うむ、その給金の事だが、1年以上務めた者には昇給があることにした。金額はその者の働きに応じることとする。お前は既に1年以上働いているし、私の剣の教師も務めているので、1日に王国銀貨1枚を給金で与えることとなった。つまり以前の2倍だな」


「へっ?それは、有り難いことです」


「なんだ、あまり嬉しそうではないな」


「いえ、嬉しいことは嬉しいですが、そんなに良くされると、かえって気持ちが悪いというか…、後で何かやばい仕事を私にさせようとか考えてませんか?」


「お前はなあ…」


せっかく給金を高くしてやったのに、疑い深い奴だと気分を悪くしたが、かつてのガルゼイの行動を振り返るに、それだけ警戒するのもうなずける話だ。奴は使用人の生活を考えてやるような慈善精神のある人間ではなかった。下の者が警戒するのは、全てはガルゼイの信用の無さゆえの話だ。


「あー、そう警戒するな。これはお前の為ではない。前にも言ったが我が家の治安を守る為の方針なので、特別何かお前にやらせるわけではない」


と、面倒くさそうに言ってやるとモンマルは安心した表情をした。


「しかし、坊ちゃんは、何と言ったらいいのか、こう言っては何ですが、以前とは人が変わったようですね。あ、いい方にですよ」


と、失言のお詫びをするようにモンマルが分かり易くもみ手をして言う。


「あー、多分お前も知っているだろうが、私は廃嫡された。愚かな行動故で自業自得だ。それで思う所があって行動を改めることにしたのだ。これから、もし私の行いで何か拙いことが有ったら遠慮せずに教えて欲しい」


「へえ、今のところ、特に気付く事はありません。私は坊ちゃんとは話をしたこともありませんし…。しかし、屋敷の使用人の中には坊ちゃんに泣かされてやめた者も沢山いたようですね」


そういえばそうだった。


気に食わないメイドや料理人など、殴りつけて、追い出したものだ。辞めさせられた者には執事が紹介状を出しているはずだが、今度確認してみよう。


お詫びと言っては何だが、今から退職金のような物を届けさせてもいいだろう。それで、先方の恨みの気持ちが薄れるとは思えないが、まあ、やらないよりはましだ。


というより、自分の罪悪感が少し薄れる。


それで俺の気分が救われるので、俺のためにやろう。


小心者は辛いよ。

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