24 ナコの独白3
「で、そこな娘、ナコルンよ」
と爺さんがあたしに向き直る。
「違う!ただのナコだ。そんな女みたいな恥ずかしい名前であたしを呼ぶな!
「うむ、ではナコよ」
「なんだい」
と強がってみせたけど、尻もちをついたままじゃ、かっこがつかない。
立ち上がろうにも足に力が入らないんだからしょうがない。
「お前、わしの娘になれ」
「はあっ~?」
この爺さんボケて頭わいてんのか。
「娘ってなんだよ!あんたの歳なら孫だろ!」
って、あたしも何言ってんだ?
「貴族ならわしの歳でも、子供くらい作るぞ」
「じゃあ、勝手にどっかで作りな!なんであたしがあんたの子供になるんだよ?」
「死刑よりましだと思わんか?」
「ぐ……」
それを言われると何も言い返せない。
「娘って何するんだよ」
と、とりあえず聞いてみる。
「そうだな、とりあえずは行儀見習いだな」
「はあっ?」
「今のお前の口の利き方ではどこにも出せん。最低限の振る舞いが身に付いたら、魔導院で魔法を学んでもらう」
「魔導院って言ったら『幼年魔導院』か。あたしも本当はあそこで勉強していたはずだったんだよ」
「あほか、誰が『幼年魔導院』に行かせると言った」
白髪の炎帝じじいは呆れたように言う。
「あー、じゃあもっとしょぼい私塾かい?」
ま、そんなにうまい話ははないか。
「何を言っとる。わしを裸に引ん剝いた奴を、そんな水準の低い学校に行かせられるわけが無かろうが」
「ばっ、誰がじじいを裸に剝いたって言うんだよ。ふざけんな人聞きの悪い。じじいの裸なんて誰も見たくもねーよ」
「おい、そこまで言われたら、さすがのわしも傷つくぞ」
「勝手に傷つけ!この変態野郎!」
「変態?わしが変態とな?いや、長生きはしてみるものだ。この年になってこれほど罵倒されるとは思わなんだ。これはこれで新鮮だな。わしはとても偉いんだぞ。偉すぎて、最近は誰もわしのことをちゃんと怒ってくれないのだ」
「罵倒されて喜ぶなんてマジもんの変態じゃねーか…」
「お、おい、娘」
と真面目そうな茶髪で小太りな魔導師服の男が、慌ててあたしと炎帝爺さんの話に割って入る。
「さすがに言いすぎだ。そのくらいにしておけ。聞いていてひやひやする。お前は今猛獣の口の中で舌を引っ張って遊んでいるのだぞ。自分の立場を分かっているのか?怖いもの知らずにもほどがある。もしこの場のお前以外の人間が同じことを口にしてみろ。3日間は足腰が立たないくらい折檻されているぞ」
「おーい、イザークよ」
炎帝じじいが、茶髪の『イザーク』と呼ばれた男に冷たい視線を向ける。
「はっ」
「お前はわしの楽しみの邪魔をする気か?誰が猛獣だ?わしがこんな幼い子供を嚙み殺すほど分別がないと?ふむ、お前にはその言葉通り念入りに『指導』をしてやる必要がるようだの」
「いやっ、いや、それは…」
「遠慮するな。次の大隊長会議で、久しぶりにお前の土魔法の上達具合を確認してやろう。わしの拳にお前の『壁』が何発まで耐えられるかの。確か前回は一発で崩れたのだったな。魔導師にも肉弾戦は必要だぞ。その腹が引っ込むように、協力してやろうな。いや、礼はいらん。わしも人を殴ると気が晴れるしな」
「そんなあぁ…」
と茶髪のイザークは情けない声を出した。
「余計なことを言うからだ。相変わらず過去から学ばない男だ」
と青髪眼鏡の男がぼそりと小声で言った。
「話が途中だったなナコよ。お前が行くのは2年制の高等魔導院だ。幼年魔導院は4年制だが、程度の低いところで4年も無駄に遊ばせる気は無い。魔法の実力で言えば高等魔導院の上級生でもお前に勝てるものは少ないだろう。だが、お前は魔法の基礎理論を学ぶ必要がある。初年生の実技授業は多少退屈かもしれないが、それも修行と思ってしっかり学べ。無駄にはならん」
降って湧いたような話に頭が追い付かない。あたしが高等魔導院?なんの冗談だ。あたしをいい気にさせてだまして、あとであざ笑うつもりじゃないだろねぇ。
「ねえ、あんたの言う通りにしたら、あたしもあんたと同じくらいに強くなれるかい?」
「むしろ、わしより強くなってもらわないといかん。わしの指導についてこられれば確実に強くなるぞ」
と爺さんが言うと周りの魔導師たちがドン引きして苦笑している。
「将軍に鍛えられたら、下手したら死ぬぞ…あの娘…」
と例の茶髪イザークが小声で言っているのが聞こえた。こいつは思ったことを口に出さないといられない奴みたいだ。
そちらを炎帝爺さんがじろりと睨む。
ひっ、と悲鳴をあげてイザークは金髪エリスの後ろに隠れた。
「あたしはこれ以上奪われたくないんだよ。強ければ何も奪われなくて済むかい?」
「ああ、奪われんさ。むしろお前はいつでも奪える側の人間になる」
「そうかい…」
爺さんの言葉にあたしは一つの決意をした。
「あたしは復讐しなくちゃいけない奴がいるんだ。まず実家の盗人ども。次にエルを殺した奴。あたしの復讐に手を貸すなら、あんたの言う通りにおとなしく勉強してやるよ」
「手は貸せん。だが復讐は勝手にしろ。邪魔はせん」
「ちょっと将軍」
癒しの魔法をゼスに使った金髪美人さんのエリスが口をはさむ。
「駄目ですよ。そんな約束してこの子が本当に復讐したらどうするんですか」
「復讐心も成長のバネになる。強い動機が人間を成長させるのだ。大体、貴族なんてものは誰でも誰かに復讐してやろうと思って生きているものだろう。わしそんな連中を山ほど見て来たぞ。なぜこの娘の復讐だけを止める?」
「そんなこと言って…」
金髪エリスが呆れた顔をしている。
足元に少しずつ力が戻ってきてふらつきながらあたしは立ち上がった。
「約束だよ。破るんじゃないよ」
とあたしは爺さんに念を押す。
「かまわん。どうせお前の復讐相手は、じきわしらの敵になる連中だ。かえって手間が省けるくらいだ」
「で、今日のあたしの寝床はどこになるんだい?まさかここの牢屋で暮らせなんて言わないよね」
「うむ、とりあえずは我が家の離れかの」
「ああ、屋根があればどこでもいいよ。離れって言ったら物置みたいなもんかい?屋根裏でもかたずけて開けてくれるのかい?」
「この馬鹿垂れが!養子にする娘を物置に放り込んだりしたら、王都中の口さがない連中から非難されるわ。わしは偉いからいつも皆に注目されているのだ。お前はこのわしの輝かしく栄光に溢れた素晴らしい評判を落とす気か?」
「だって、離れだろ?」
「離れは新築だからむしろ本邸よりきれいで暮らしやすいくらいだ。部屋も15もある。お前はその中の1番いい部屋に入れてやる。どうだ。分かったか。分かったらこのわしの素晴らしい評判をお前も広めるのだ。いいな」
「あー分かったよ。服を燃やされて喜んでる、素晴らしい変態だって広めておくよ」
「こ、この、馬鹿もんが!あー、これは養子にする人選を誤ったかもしれんな…」
「いまさら、逃げんなよ爺さん。男に二言はないだろ」
とあたしはにやけて炎帝爺さんの脇腹を肘でつついた。
それを見てゼスが自分の額に手を当てている。
「俺の次の被害者は炎帝か…このガキは、実はとんでもない大人物なのかもな…」
とため息交じりで言う。
「今更気付いたのかい」
と思いっきりふんぞり返って胸を張ってやった。
「ついさっきまで泣きべそかいて、死にたいなんて言ってたくせに、げんきんなもんだぜ」
とゼスはあきれ顔だ。
「前にエルが言ってたよ。『男子三日会わなかったら…』えー何だっけ、『…目ん玉ひんむいて見やがれ?』ってね」
「お前、女じゃねーか」
とゼスが余計な一言を言う。
「焼くよ」
とゼスに右手を向ける。
「ああ、すまんすまん、そういえばお前は男だったんだな。胸も尻もぺったんこだしな」
すかさず赤い火球を一発ゼスに放つ。
「うおっ、あぶねえ!」
と横になったところから器用に跳ね起きてゼスは火球を避けた。
「きゃあ!」
巻きこまれて、足の治療中の金髪美女エリスが尻もちをついた。
「ほんとに魔法を打ちやがった。怪我人に何すんだ!」
と怒って拳を振り上げる。
「怪我人がどこにいるって?あたしの前には、金髪ねーちゃんに優しくされて鼻の下を伸ばした仮病野郎しか居ないね。後ろを見ないであたしの『ふぁいあーぼーる』避けたんだから。そのくらい楽に避けられるだろ」
「馬鹿!あれはお前が魔法を打つ間隔を測って、避けただけだ!それに仮病って何だ、俺は立派な重傷をな、…重傷を…あれ痛くねーぞ」
とゼスがでさっきまで折れていた右足を踏みしめる。
「もう直しました」
と転ばされてふてくされた金髪エリスが、自分のお尻の土埃を払いながら立ち上がる。
「早すぎだろ、脛の太い骨がぽっきりいってたのに、こんなすぐにくっつくなんてとんでもねーな」
「将軍の折り方がうまいんです。訓練でもさんざん人の骨を折っているので、治りやすいように折るのが得意なんですよ」
「マジか?」
「うむ、マジだ」
と炎帝じいさんは自慢気だ。
「ちゃんと治りやすくきれいに折らないと、治癒の魔力が枯渇するとか言って、そこなエリスが怒るのでな」
「いや、骨を折らないように訓練するという選択肢はないのか?」
「ない」
「即答するなよ。少し悩めや!」
「人生は短いのだ。悩んでいる暇はないぞ」
「なんかいいことを言ったような顔をするな。全然いい事言ってねーからな」
「お前も、ナコの保護者だけあって、わしに厳しい物言いをするな」
「保護者もどきになったのが運の尽きだぜ。平凡な肉焼き屋のおやじが、なぜかこんなところで物語の中の英雄と模擬戦をして足を折られてるんだ。俺の次の保護者のあんたもこのガキに関わって、きっと色々と楽しい目に会うんだろうな」
「わしと共同で保護者をやる気は無いかのう?お前も乗りかかった船だろう?」
と炎帝の爺さんはなぜか急に弱気な顔をする。
「いや、俺はとっとと下船するぜ。この船の持ち主はあんただ。良かったな」
気のせいか二人があたしを押し付けあっているように見える。
「も一度燃やしとこうか」
と右手をゼスに向ける。
「おっと、『炎帝』の娘が怒ってやがる。脚も治ったし俺はこのまま帰るぜ。いいよな。かかあが待ってるんだ」
と言うなりゼスは身をひるがえして訓練所から跳ねるように出て行った。
それを見てなんだか急に心細い気分になった。
あんな鬱陶しいおっさんでも居なくなると少し寂しい。
今度屋台に行って、また肉串焼きを買ってやろう。
あたしは貴族の子になるのだから、少しくらいの小遣いは当てにしてもいいよね。
「いあや、良かった良かった」
と花を買ってくれたぼさぼさ灰色髪で丸眼鏡の男、えー名前何だっけ、スゲー何とかってやつが寄ってきた。
「私を覚えているかね。シスルの花を買ったルイス・ゲーン・ハルマだ。君が私の『言札』を持っていると連絡を受けてね。それで来てみたら、なんとシスルの球根があんなに沢山あると言うではないかね。いや助かったよ。ありがたい。君には王立魔導研究所から報奨金が出るように手続きをしておくよ」
「はあっ⁉この爺さんは重罪で死刑だって言ってたよ」
「何のことだね。あの球根は私が君に採取を依頼していたものだ。わたしの指示に従ったのだからそのことに関する一切の責任は全て私にある。そして、私はシスルの採取が認められた数少ない人間のうちの一人だ。」
炎帝爺さんの顔を見ると、してやったりと言う悪ガキのような顔でにやりと笑った。
最初から段取りをつけてあったんだ。
騙されて悔しい気持ちと、罪が無くなってほっとしている気持と半々で、なんだかもやもやする。
「まあ、そういうことだ。これでお前はわしの物だ。もう逃げられんからな。覚悟をしておけよ」
と爺さんがあたしの肩をポンと軽く手で叩く。
「ふんっ!覚悟するのはどっちかね。また裸に剥かれてもいいように、あんたは新しい服をたくさん用意しておいた方がいいんじゃないかい?」
「言いおる。その強がりがいつまで続くか見ものだな」
「どうせ一度は死んだ命だ。なんだってやってやるよ。あたしに見込みがなかったら。その時はあんたが殺してくれればいいよ」
「うむ、いい覚悟だ。おい、お前ら!」
と爺さんは他の魔導師たちに向き直る。
「この娘と同じことを言ってみろ!どうだ、言える奴はいるか!」
その場にいた赤服の魔導師たちは皆気まずそうに眼を逸らした。
「私たちは普通の人間なんですよ、どう見ても規格外のあなたたちと比べられても…」
とイザークがまた何か小声で言っている。
「何か言ったかイザークよ」
「い、いえ、何も、何も言いません」
とイザークはエリスの陰で小さくなる。
「王都一の優秀な魔導師達がそろってこれか。まったく困ったものだの」
「将軍、あまり虐めないでください。我々も忙しい任務の中でできるだけ鍛えるようにはしています。昔のように鍛錬の時間が取れないのです」
と青髪の細メガネの男が苦笑しながら言った。
「鍛錬より大事なことがあるものか。余計な仕事は全部副官に任せてしまえ。そのために奴らがいるのだろう」
「それが難しいのです。副官の質がなかなか上がらないので、重要な事柄は任せられないのですよ」
「まったく面倒な話だ。皆わしのようにやればいいものを。わしはなんでも好きにやっているぞ」
炎帝爺さんの言葉にイザークが口を尖らせて何か言いたそうな顔をしている。
「なんだイザークよ言いたいことがあるなら言え」
「言ったら怒るじゃないですか」
「怒らないから言え」
「嘘だ!信じません!今までもほんとのことを言ったら怒ったじゃないですか!」
「本当のことなら怒らないぞ。お前はいつも訳の分からない勘違いをしているから、『指導』してやっているのだ」
「ほら、それです!何を言っても結局『指導』じゃないですか!」
「こやつは、被害妄想がずいぶん進んでいるな。わしの愛の鞭を何だと思っている。わしと会うためだけに大金を払おうという者がいくらでもいるのに、そのわしに『指導』までしてもらって、有り難がらないとはな。贅沢な話だ」
「それなら、大金を払った連中を『指導』してくださいよ!僕は痛いのは嫌なんです!」
と泣きべそをかきそうな顔でイザークが訴える。
「将軍」
エリスがため息をついて口をはさむ。
「イザークをからかうのはそのくらいにして下さい。あんまり虐めると魔法師団から逃げてしまいますよ」
「いや、これが楽しくてな。すまんすまん。今日はこれくらいで勘弁してやるか」
「虐めだ。僕は虐められている。訴えてやる」
「ほら、そうやって余計なことをいうからまた怒られるのよ。あなたも、いい加減、覚えなさいよ」
「言っても言わなくてもどうせ虐められる。だったら言いたいことを言うんだ。僕は負けないぞ!」
うん、分かった。魔導師団ってのは変な奴ばっかりだって。
金髪女と、青髪はまともそうだけど、隠しているだけで実は変人かもしれない。
これから先のあたしの人生はどうなるのだろうと、漠然とした期待と不安が胸の奥から込み上げてきた。
「ところで爺さん」
「なんだ」
「あんた何て名前何だい?」
「これは驚いた。この王都にまさかわしの名前を知らない人間が居るとはな」
「ああ、『炎帝様』のことは誰でも知ってるよ。でも貴族の長ったらしい名前を庶民が知るわけないだろ」
「そういうものか?うむ、トム・ジン・マルーク伯爵だ。伯爵と言っても元々は貧乏騎士爵の次男で家柄は大したことはない。中名の『ジン』はミスラン公爵家からもらったもので、わしがミスラン家の一門であることを表している。よって、お前は今後、ナコ・ジン・マルーク伯爵令嬢と名乗ることになる。よいな」
「貴族の名前にしては短くていいね。そういえば、『トム爺さんの大冒険』て話を吟遊詩人が広場で歌ってるけど、あれはあんたのことかい?」
「そうらしいな。中身は作り話だが、主役はわしを元にしていると聞いている」
「じゃ、これからよろしく頼むよ、トム爺さん」
「こら、父上と呼ばんか」
「へいへい、爺上様」
「どうしても『爺』をつけるのか?」
「だって爺さんじゃん」
「困ったやつだ。これは行儀見習いが最大の難関になりそうだの…」
と途方に暮れたように、炎帝は太い眉尻を下げて、眉間にしわを寄せた。