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23 ナコの独白2

牢を出されて、通路を歩く。剣士の訓練場のような広場に連れ出された。


ゼスの顔も緊張している。


「最初は俺の後ろに隠れていろ」


小声であたしに耳打ちする。ゼスも相手の魔導師が手を出さないなんて話は信用していないみたいだ。


あたしは、これから起こることに何も期待していない。連中は貴族だ。どうせ何か企んでやがるんだ。良くて戦場送り、悪くてなぶり殺しってとこだね。


訓練場のような広場の壁際に何人かの人が立ってこっちを見ている。


みんな、赤色のそろいの魔導士服を着ている。


中によれよれの黒色の長上着姿のみすぼらしい男が一人いた。よく見ると花に金貨を払ってくれたおっさんだった。ニコニコ笑って、こっちに手を振っている。


なんか嫌な感じだ。おちょくられてるみたいで気分が悪い。


「元傭兵のゼスよ。武器は何を使う」


と広場の中央に手ぶらで立って、白服魔導師の爺さんが言ってる。


「円盾を2つくれ。もしあれば、魔鋼の奴がいい」


「剣はいらんのか?」


「いらん。これが戦場での俺のやり方だ」


「お前『魔拳士』か。これは珍しい。そういえば昔、北の激戦地で『不死身の盾師』と呼ばれる二枚盾の傭兵の話を聞いたことがある。その者のいる傭兵団は、とにかく死人が少ない、守りの硬い部隊だった言う話だったな。あれはお前のことか?」


「へっ、昔のことは忘れたな。今の俺には『肉焼き屋のゼス』っていう立派な二つ名があるんだ」


「そうかそうか、しかし、これはまいったぞ。『不死身の盾師』を相手に受けだけではつまらぬな。魔鋼の盾と言うことは、魔鋼にも身体強化をかけて、魔法を弾けるのだろう。威力は小さくするから、怪我をしない範囲で少しだけ攻撃してみてもいいかな?」


と言っている間に、爺さんの合図で巡視隊の男が盾を二つ持って来た。


黒鉄に光るきれいな亀の甲羅みたいな盾だ。


それをゼスが両手で持って、軽く振っている。


「いいぜ、最初からそのつもりだろ。こっちは本気で行かせてもらうぜ。この盾で頭をかち割られないように気をつけな」


ゼスが歯をむき出しにして、獰猛な闘犬の様な顔で笑った。なんだかいつものゼスじゃない。ちょっと怖い。


「ナコ、守りは俺に任せな。あいつはまずお前に先手を譲るはずだ。だからお前は何も考えずに、全力の一撃をぶちかましてやれ。森で俺を焼き殺しかけたあれだよ。あれだけでかい奴をやられたら、狙いなんかめちゃくちゃでも相手はよけられねーからな。魔導師は、技は強いが、動きは鈍い。そこに付け込むんだ」


「人聞きの悪いこと言うんじゃないよ!誰が殺しかけたって?ちゃんとあんたをよけて打っただろ。ちょっと服が焦げたくらいで大げさなんだよ。あ、でも、そういえばエルが言ってた。魔法使いは前衛の盾使いに守ってもらうんだって。エルの言うことは正しかったんだね。もっとちゃんと話を聞いてあげれば良かった…」


「感傷に浸るのは後だ。あの爺さんはとてつもなく強いぞ。多分『炎帝』だ。本当に手加減してくれないと1分も持たねーぞ。とにかく先手を取っていくからな」


「えんてー?えん、えっ、ひょっとして『炎帝』?」


「あ、こりゃ、まずった。戦う前に余計なことを言っちまったかな?緊張するなよ」


「馬鹿、炎帝だって知ってたら、あんなに余計なこと言わなかったよ。あたしは本当に馬鹿だね」


「ああ、馬鹿だな。まあ、知っててこの場に立っている俺も相当だがな」


「いいよ、炎帝だって人間だろ、やってやるよ!畜生!」


炎帝と知ったら爺さんの余裕の態度が不気味に思える。


魔導士の爺さん、―おそらく『炎帝』は人のよさそうな顔でニコニコ笑顔だ。


「相談はもういいかな。良ければ始めるぞ」


「おう、来やがれ!」


とゼスが叫ぶ。その声と同時にあたしはゼスの横に並んで、目の前の空間に火の魔法を展開して一気に前に押し出した。


火の赤い壁を前に押し崩すような感じだ。


「速さは合格か、だが威力が足りん」


火の壁の中央で爺さんが左腕を振り上げると爺さんの前の空間だけ炎が掻き消える。


爺さんの左手にはゼスの盾と同じ色の手甲がはめてある。


あれで魔法を弾いてるんだ。


「だよね!」


最初の攻撃が防がれた時には、もう次の火の魔法をあたしは打ち出していた。青白い高火力の火球だ。それを左右の手で隙間なく、次々打ち続ける。


「これがあたしの必殺技の『ふぁいあーぼーる』だよ!どうだ、あたしの技を受けられるもんなら受けてみな!」


連続で打ち出すあたしの技を、爺さんは左手を小刻みに動かすだけで全部弾き飛ばしてる。全然余裕な感じだ。背筋が寒くなった。


「こら、この魔法の名前は『青火球』と言うのだ。勝手に変な名前をつけるな」


「変じゃない!かっこいい名前だ!エルが考えてくれたんだ!」


「そうか。だが、お前の『ふぁいあーぼーる』とやらは、速さと威力は合格だが制御がめちゃくちゃだな。わしに向かってくるのが半分も無いぞ」


「うるさい!」


爺さんの言うとおりだ。とにかく数打てば当たるで、適当に連発してるだけで、どこに飛んでいくのか、あたしも分からない。


「おい、ナコ!俺が前に出て時間を稼ぐから慎重に狙って、強力なでかいのを用意しろ!」


言って、ゼスが身を低くして盾を構えながらあたしの前に飛び出していった。


「ばっ、危ない!」


魔法を止めきれなくて、ゼスの背中に1発撃打っちゃったけど、まるで、後ろが見えてるみたいに、ぎりぎりでかわしながらすごい速さで前に走っていく。


「来たな。防げよ」


爺さんがにやりと笑って、あたしと同じ技をゼスに向けて右手で同時に2発打った。


爺さんの技はあたしの技より小さいけど光が強くてまぶしい。


あれを貰ったら、ゼスは死ぬかもしれない。


「ふっ!」


それを両方の盾でゼスが弾いた。


弾かれた技はそのまま爺さんに向かって真っすぐ戻って行く。


「おっ、やるな」


嬉しそうに爺さんがそれをまた左手で防ぐ。


と、その時、ゼスが走りながら両手の盾を左右に大きく水平に広げて持った。


それを左、右、と前に振り抜くような動きで爺さんに向けて、円盤のように投げた。


(盾を投げて何考えてんだ⁉)


意味が分からずひやりとした。


盾なしで素手では魔法が防げないのに…


ゼスが弾いた火球を爺さんが叩き落したすぐ後で、盾の円盤が爺さんの胸のあたりに飛んでいく。それに向かって1発青白い火球を爺さんが打つけど、回転する円盤に当たると火球はちぎれるように掻き消えた。


「むっ!」


そのまま飛んでくる円盤に爺さんは、手甲の左手で殴りつけた。


凄い音で盾が弾かれて斜め下に跳ね飛ぶ。


でも、もう1枚の盾が爺さんの膝のあたりに、風を切って飛んでいく。


あれはよけられない。


「やった!」


とつい叫んだ。


「おっと!」


と声を上げて爺さんがその場で1メルスも飛び上がる。


助走もしないで凄い跳躍力だ。


「ぜあっ!」


と気合と共にゼスが爺さんに向かって低い体勢から飛び上がる。


ゼスの右足がばねで弾いたみたいに真っすぐ爺さんの腹のあたりに伸びる。


「そうくるか!」


爺さんが獣のような表情で笑いながら、空中で左のこぶしを振り下ろす。


バキン!とすごい音がする。


ゼスの足が変な方向に曲がってる。


駄目だ!やられた!


あたしは『ふぁいあーぼーる』を頭上に振り上げて、3メルス上あたりで火力を強くしながらどんどん大きくする。


そのままだと火が散らばりそうだったから、渦みたいにぐるぐる回しながら一か所にまとめた。

脇で見ている人たちが「あーこれは」とか「凄いな」とかなんとか言ってるのが聞こえたけど、何を凄いと言ってるのか分からない。


ゼスは足を折られながら、前転するみたいに地面を転がって横に避けた。


今、あたしの前には爺さんしかいない。


「やれ!」


とゼス。


「行くよ!」


とそれに答えて両手を前に振り抜く。


全身から力がごっそり抜かれる感じがして、あたしはその場に尻もちをついた。


あたしの特大『ふぁいあーぼーる』は狙い通りに轟音を上げて爺さんに向かう。


「ぬん!」


と爺さんが気合を入れると、爺さんの前に一瞬であたしのより大きな青白い光が膨れ上がった。


技が早すぎる。駄目だ。悔しいけど、実力が全然違うみたいだ。


負ける。


あたしは自分が爺さんの青白い火の玉に飲まれる姿を想像した。


足腰が立たないから、逃げられない。


その時ゼスが何かを爺さんの火球に向かって投げた。


さっき爺さんの左手に弾き飛ばされた魔鋼の円盾だ。


ゼスは、逃げる時に円盾の落ちているところに向かって転がったんだ。


盾が爺さんの火球に当たると、その場で爆発するみたいに火球は飛び散った。


「あっ⁉」


と爺さんは初めて焦った顔をした。


そこに間を開けずに、あたしの『特大ふぁいあーぼーる』が頭上から押し寄せる。


観衆の魔導師たちがどよめいた。


「ふんっ!」

と言いながら、爺さんは両腕を脇にぴったりつけて、両拳を握りしめ、腰を落として蟹股に構えた。全身に力が込められている。


爺さんの全身が白く光ったように見えた。


あたしの『特大ふぁいあーぼーる』が瞬く間に爺さんを飲み込んだ。


爺さんの体を包んで火柱が上がる。


そのまま青白い炎が荒れ狂う。


まさか、当たると思わなかった。


爺さんを殺してしまったかも。


これじゃ、あたしもゼスも死刑だよ。どうしよう。


火柱の中の人影がゆっくり動いているのが見えた。


火の中から爺さんが出てきた。


「これはまいったな。まさかこの技を使わされるとは、思ってもみなかった。おかげで新調したばかりの服が消し炭だ」


と両手で股間を押さえた、素っ裸の爺さんがそこに立っていた。


「ぶっ!」


と見ていた魔導師の一人が噴き出した。


「こら、笑うな!」


とそちらに左手のこぶしを振り上げる爺さん。


「いや、笑うなと言われましても、天下の炎帝のこんな姿を見る機会はめったにありませんので。いや、今日は役得でした。予定を変えてここに来たかいがありましたよ」


と細い眼鏡をかけた背の高い細面の男が笑いながら言う。


青色の髪で赤い魔導士服を着ている。


金髪の美人は自分の顔を両手で押さえて後ろを向いている。


「将軍、服を着てください!」


と後ろ向きに言う。


「おい、エリスよ。わしの服より先にそこに転がっている男の足を治してやれ。楽しくて、ちとやり過ぎてしまったわ」


「服が先です!」


とエリスと呼ばれた青髪の美人は切れ気味に返事をした。


すぐに巡視隊の男の一人がカーキ色の外套を持ってきて爺さんの、肩に羽織らせる。


「こんなみすぼらしい服しかなくてすいません」


としきりに恐縮している。


「構わんよ。とりあえずわしの大事なものが隠せればなんでもいい。ほれ、服を着たぞ」


と言う爺さん。


大の字に転がったゼスが肘で体を起こした。


「まったく、手加減はどうした、手加減は。殺す気か!」


と折れて曲がった脚で苦しそうに呻いて文句を言う。


「手加減はしたぞ、ほれ」


と言い、炎帝じいさんは足元の円盾のへりにつま先をひっかけて軽く宙に蹴り上げる。


落ちてくる盾に向かって、右の手のひらを振り降ろす。手の平が白く発光している。その手が盾に触れると「シュバッ!」と音がして、手がすり抜けた。触れた場所が蒸発したようにぽっかりと消え失せている。


「それが、防御無効の『白華掌』か。その技の評判は聞いてたから、近接で食らわないように、先に盾を投げたんだ。生きているうちにそいつを拝めるとは思わなかったぜ。」


「健闘したお前への褒美だ。なかなかいい動きをする。楽しかったぞ。焼き肉屋をやらせておくには惜しいな。どうだ、騎士団に入る気は無いか?」


「ごめんだね。戦場はもううんざりだ」


「戦場に行かんでも指導者と言う道もあるぞ」


「俺の技は騎士団には向かない。傭兵だったから好き勝手やれたんだ。みんなが俺みたいにやり始めたら、収拾がつかないだろ」


「ふむ、そうか無理強いはできんな、まあ、時々は魔法師団のほうに遊びに来い。茶飲み話でもしようぞ」


「へっ、その度に模擬戦をやらされて、足をへし折られたんじゃたまらんから、止めとくよ」


「ちゃんと治してやるぞ」


「ふざけんな。適当なこと言いやがって。…いちちち、そこの金髪の姉さん、頼むから早く治してくれや」


言われて金髪の美人さんが慌ててゼスに駆け寄る。

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