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1 まず落ち着こう

(………)


(…………)


どのくらい時間が経っただろうか。


俺は何も見えない場所にいた。


明るいのでもない、暗いのでもない、なんだかわからない場所だ。


体が宙に浮いているような感覚がある。


上も下も分からない。


ゴウン、ゴウン、ゴウン、ゴウン………


空気の振動するような気味の悪い音がしている。


空気の振動音はどんどん大きくなってくる。


しまいには音が耳から入り込んで全身の細胞を揺さぶるくらいに大きくなった。


(なんだこれは!このままじゃ体がバラバラになる!)


危機を感じて、上下も分からない中で俺は必死にもがく。


前に手を伸ばそうとするが、自分の手がどこにあるのかも無いのかも分からない。


どこにあるのか分からない手が何かをつかんだような気がした。


『それ』を手繰り寄せる。


そして、それに向かって頭を押し付ける。


(怖い、怖い、こんなところから早く出たい!)


恐怖心がピークになった俺はしゃにむにつかんだ何かに体を預ける。


ふいに目の前に光が広がった。


まばゆい光に目がくらむ。


だんだん目が慣れてくる。


白い世界に色がついてきた。


何かの景色が写真のように目の前に広がる。


(街…?)


外国の風景だろうか。映画で見たことがあるような中世ヨーロッパ風の街並みが目の前に広がっていた。


(え、どういうこと?)


俺は今まで倉庫で作業をしていたはずだ。


それで、荷崩れをして…


よく周りを見回してみる。


街は中世風だが、にぎやかに人が往来を行きかっている。


石畳で舗装された幅10メートルほどの大通りの左右に焦点らしきこぎれいな店が立ち並んでいる。視線を上げる何百メートルも先の高台に大きくて立派な城のようなものが見える。


ここで、俺は一つおかしなことに気付いた。


俺の視点がおかしいのだ。


そう、俺は今空中の高さ10メートルくらいのところから周りを鳥のように見下ろしている。そして俺の体は何もない場所で宙に浮かんでいるのだ。


改めて、自分の体をよく確認してみる。


体が全体に白っぽくぼやけている。


両手を目の前に出す。


もやもやの棒状の塊が二つある。


手を上下に動かすと白いもやもやが動く。


(あああ、これは…)


ここに至って、俺は自分の現状に何となくの想像がついた。


(俺は、どうやら死んでしまったらしい…)


そして、どういうわけか外国でお化けになったということか。


それにしてもここはどこだろうか。


中世ヨーロッパ風ではあるけど、今まで自分がテレビや写真で見たことのあるどんな国とも微妙に違う。


何より、人々の服装がおかしい。


祭りのようでも無いのに、昔のようなへんてこな洋服を着ている。


着こなしの感じからは、特別気取ったようすも無く、普段着のように見える。


(とりあえず、どうしよう…)


今の今まで自分が死ぬとも、お化けになるとも想像したこともない。


こんなことは本当に想定外だ。


このまま、じっとしていたらその売りあの世に行くのだろうか。


ここで一つの可能性に気付いた。


(ひょっとして、さっき俺はあの世に行こうとしていたのではないか?)


その途中で不安になって暴れたので、無関係の場所に途中下車してしまったのではないだろうか。だとしたら自分のせいでお化けになったのか。


(まいった…)


とりあえず、宙に浮かんだままでは具合が悪い。


移動できないかと、手足をばたつかせてみると行きたい方向に体がスーと動く。


地上まで下りて周りを見回すと、横幅の大きいひげ面の労務者風のおっさんが急ぎ足でこちらに向かって歩いてくる。道を譲ろうともたもたしているうちに、おっさんは俺にぶつか…らず、体をすり抜けていった。


(やっぱり、俺はお化けなのか…)


改めて、現実を突きつけられた気がした。


この世に未練があったわけではない。


俺は、今年で35歳になる独り身のおっさんだった。


両親は俺が大学生の時に、交通事故で亡くなっていた。その為、大学を中退し、働き始めた。これといった能力があるわけでもない、文系の人間に、碌な仕事はなく、日雇いバイトをしながら、仕事に役立ちそうな、いくつかの資格を取った。


派遣社員をしながら日々の忙しさに追われ、家と職場の往復で毎日を過ごしていた。


疲れて帰ってからどこかに出かける気力もなく、休みの日は狭いアパートの部屋で、ただごろごろしていた。気晴らしと言ったら、テレビのお笑い番組や歌番組を見たり、時々映画を見に行くことぐらいだったろうか。


学生のときはよく読書もしたが、働き始めてからは、頭を使うのが面倒で本も読まなくなった。


たまの贅沢と言ったら牛丼屋で、牛丼特盛を注文して、さらにチーズをトッピングすることぐらいだった。あと生卵も付けて、

(おー、今日はすごいな。こんな贅沢が許されるのだろうか。ぐふふふ)

と心の中で独り言をつぶやいたりしていた。


生活の安定しない派遣社員では結婚もできず、結婚をする気もなく、彼女もいない。


こんな中途半端状な状態で生きていて…いや、死んでいて、どうすればいいのだろうか。


まずはこの街をあちこち見てまわろうか。それから今後どうするのか考えよう。


お化け?幽霊?霊魂?


言い方はいいろいろあるだろうが、今の状態で食事も必要ないだろうし、寝る場所の心配もないの。時間はいくらでもある。


まあ、観光に来たと思って気楽に過ごすのもありだろう。


そういえば、ここ10年くらいどこも旅行に行ってなかったなあ。


そうと決まれば、観察、観察。


そして前に移動しようと念じたところ、何もしなくてもスイと体が前に進んだ。いちいち手足をバタバタさせる必要はないようだった。


さあ行くぞ!と覚悟を決めて、俺は街の観察を始めた。

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